正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第二話

000

 

 

裂那たちが召喚された翌日から、王国に属する騎士団長監修のもと訓練と座学が始まった。

 

ハナがイシュタルからもぎ取った、自分たちに関する全権限を利用するまでもなく、裂那が言いくるめたわけでもなく、これは愛子が頼み込んで実現したものだった。

 

帰せないのなら、せめて生徒達全員の命を保証しろ。

勝手に呼び出したのだから、生活に困らない程度の教育と訓練を受けさせろ。

 

愛子らしくない命令口調の要求に、愛称で呼んでからかっていた女子達は目を丸くしていた。

 

もっとも、ハナが語るには愛子が言うまでもなく、イシュタル達はそのつもりだったらしいが。

 

 

 

001

 

 

まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始める。

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

非常に気楽な喋り方をするメルド。

ハナは退屈そうにプレートを曲げようとしており、裂那は珍しく機嫌の悪い愛子を宥めるのに必死だった。

 

「愛子、そう怒るなよ。朝っぱらから部屋に飛び込んで語りまくったのは謝るからよう」

 

「そこじゃありません。私は二人に考察を任せ切ってしまっている私に怒ってるんです」

 

「それをオレにどうしろってんだよ。ハナから考察を抜いたらただのストーカーだぞ」

 

「……」

 

愛子は頬を膨らませて黙ってしまう。一応メルドの方を見ていることから、話はちゃんと聞いているようだ。

 

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

アーティファクトという聞き慣れない単語に天之川が質問をする。

 

その質問にはハナが答えた。

「魔法みたいな科学的に説明できない不思議アイテムだよ。一寸法師の《打ち出の小槌》とか浦島太郎の《玉手箱》みたいな」

 

日本人なら誰でも分かる解説に、分からず屋の天之川すらも納得した。

 

「普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

なるほど、と頷き、生徒達は顔を顰しかめながら指先に針をチョンと刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつけた。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。裂那も同じように血を擦りつけ表を見る。

 

 

神刺裂那 16歳 女 レベル:1

転職:軍師

筋力:80

体力:30

耐性:3000

敏捷:10

魔力:0

魔耐:10

技能:口撃術・言語理解・金色なる種

 

 

表示された。

 

まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、裂那は自分のステータスを眺める。

 

 

そしてすぐ、異変は起きた。

 

 

 

002

 

 

落ちた。何もない空間に、垂直に、重力に従って無抵抗に落ちた。肉体がモノクロに染まって、新たに色を塗り直されるような未知の感覚。

 

正面には全身モノクロのハナがいて、だが表情が消えている。目に光がなくて、口がポカンと開いている。

 

おい、ハナ。ハナ!

 

声が出ない。口が動かない。身体が動かない。目を閉じることも、手を離すこともでき無い。

 

ただ身体が塗り替えられる感覚に意識を委ねる。

 

モノクロだったハナに色が塗られていく。

 

茶髪が混じっていた黒髪は、赤と桃色のグラデーションのような色で、肌は元々の色より薄くなった気がする。服も造形は変わら無いが、配色が髪と似た、赤や桃色で塗り直されている。目も桃色で、淡く光っているようにも見える。

 

なんなんだこれは。オレの身体はどうなっている。ハナは無事なのか? 何処に向かって落ちているんだ。そもそも落ちているのか? 足裏の感覚が無くなったからそう思い込んでいるだけなのかもしれない。いや、そんなことはどうでもいい。これからどうなるんだ。クラスメイトの奴らも同じような目に逢っているのか? ハナとオレの位置関係に変化はない。いたら視界に写るはずだ。つまりいない。オレとハナだけがこの状況に遭っている。何処に向かっているんだ。考えろ。考えて知ることのでき無いことなんてないのだから。動け。そうすれば何かしらの結果は出る。働かない脳に腹が立つ。微動だにしない手足に腹が立つ。この状況に無力なオレに腹が立つ。

全身に筆が走るような感触が走る。辛うじて見えるオレの腕にも色が塗られていく。白が黒く塗られて、黒が赤く塗られて、赤が緑に塗られて、緑が蒼く塗られて、色は白に戻った。頭皮から毛先までに、ゴムで擦られるような感触が響く。

 

キシキシと。

 

グニグニと。

 

目蓋が重い。いつの間にか、ハナは目を閉じていた。抵抗できず、オレも目を閉じた。

 

 

 

003

 

 

「っは!! …………んだよ、今の」

 

気がついたら、元の場所に戻っていた。目の前には目を見開き、驚愕の表情を浮かべるハナがいて、オレ達を心配そうに見つめる愛子が隣にいる。

 

ハナの髪と目、服装は塗り替えられたような桃色のグラデーションだった。

 

自分の手や服装を見てみる。

手は、元より白くなった気がする。服も白を基調とした色に変色しており、所々金色の箇所がある。

 

愛子や周囲の人間が不思議そうに見つめているのに気がついた。愛子に尋ねようと肩に手を伸ばすが、ハナが唇に人差し指を立てて当てているのが見え、手を止めた。

 

ジェスチャーとアイコンタクトでハナが何かを伝えてきている。

 

(問題は、ない。バレて、いない)

 

つまりなんだ、オレやハナに起きた異変はオレとハナにしか認識できてないって、そう言いてぇんだな?

 

コクリと、ハナは肯く。

 

 

004

 

 

メルドからステータスの説明がなされた。

 

「全員見れたか? 説明するぞ? まず、最初に《レベル》があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスが上がる訳ではないらしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

メルドの言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはない。強くなるにはやはり鍛錬あるのみというわけだ。

 

「次に《天職》ってのがあるだろう? それは言うなれば《才能》だ。末尾にある《技能》と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

裂那は自分のステータスを再度確認する。転職は軍師。要は指揮官だ。チェスで言うところのプレイヤー。筋力なんざは求められていない、非戦闘職。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

なるほどなるほど。心当たりの無い筋力80と耐性3000はひとまず置いとくとして、注目すべきは魔力0だ。これは、つまりは自身の魔力を使う魔法は使えないということだろう。平均値以下の才能なし。ドラゴンクエストⅢの武闘家みたいなものか。

 

つまり、問題はねぇ。

 

ハナを見ると、自分のステータスが満足いく結果だったのか薄く笑みを浮かべていた。

他の奴らも、顔を輝かせている。……一名を除いて。

 

 

 

メルドの呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは……

 

 

天之河光輝 17歳 男 レベル:1

天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

 

 

まさにチートの権化だな。面白みの欠片もない。勇者って天職もハマりすぎだ。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

 

「いや~、あはは……」

 

団長の称賛に照れたように頭を掻く天之川。ちなみにメルドのレベルは62でステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さらしい。しかし、天之川はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

他の連中も、天之川に及ばないながら十分チートだった。それにどいつもこいつも戦闘系天職ばかりだ。生産職はステータスオール10の南雲ハジメと、魔力チートの作農師、愛子。そして生産系でもないオレか。

 

裂那も報告の順番が回ってきた。

 

今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルドの表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 

「さぁ、見せてくれ」

 

「悪いが断る。口頭で伝えるからそれで勝手に判断してくれ」

 

オレの言葉に、メルドは首を傾げ、一部男子達がニヤニヤと見てくる。

 

「構わないが、なぜだ?」

 

「きっとこいつも南雲みてーに雑魚なんすよ! それがバレたくねぇから見せたくねぇんだろ!」

ゲラゲラ笑って割り込んできたのは檜山。いっつもは南雲に絡んでいるが、オレとハナをなんでか目の敵にしてるんだったか。

 

「オレは勝手に判断しろっつったぞ。雑魚だと思いたきゃ勝手にしろ。……別に大した理由はねぇ。野郎にスリーサイズ聞かれるようなもんだと思ったら、気色悪くて仕方がねぇって思っただけだ」

 

「そ、そうか。じゃあ、聞かせてくれ」

 

メルドは手帳を取り出し、聞く姿勢になった。

 

「転職軍師。筋力と耐性が高めで魔力はゼロ。直接戦闘はしねぇからオレ自身の戦闘訓練は必要ねぇ」

 

「ぜ、ゼロだと? まさかそんなわけが……」

メルドは手を顎に当てて考え込んでしまう。

 

裂那の言葉を聞き、檜山は爆笑した。斎藤達取り巻きも爆笑なり失笑なりをしていく。

「ぶっはははっ〜、なんだそれ! 一般人以下じゃねえか!」

「ヒァハハハ〜、カッコつけといて南雲と同レベルじゃねえか! いや、耐久が高えなら肉壁にはなるかもな!」

「ぎゃははははっ!」

 

次々と笑いだす生徒に、ハナが憤然と動きだす。

 

「あたしらにおんぶにだっこの肉塊どもが、何レナに指差して笑ってるの?」

 

元の世界ですら、体育でハナの化け物じみた身体能力(人の頭の上で片手で逆立ちしたり、息だけでティッシュに円形の穴を開けたり)を散々見せつけられてきた檜山たちは笑みを潜めて警戒を露わにする。

 

「手ぇだすなよハナ。全員オレが使う駒なんだから、たとえ敵駒だろうと勝手に殺すのはオレが許さねぇ」

 

「んもう、レナったら優しいんだから」

 

「しゃーねぇだろ。愛子と約束しちまったんだから。全員生かして帰すってな」

 

その愛子は今、死んだ魚のような目をした南雲を慰めるのに御執心みたいだが。

 

 

 

005

 

 

その日の晩。オレとハナは自分達にあてがわれた部屋で、変色の異変について確認をする。

 

髪は、目で確認した限りでは二人とも根元から色が変わっている。

目は、コンタクトではなく、指先で眼球に触れた感触もいつも通りだった。

服は、脱ぐと元の色に戻ったし別のものを着たら当然のように変色した。

 

互いの状態は確認できたが、ここに来てから鏡というものを見ていない。髪の長いハナはともかく短いオレは毛先くらいしか確認できないのだ。

 

「……なあハナ、オレは何色だ?」

 

「金色。真っ金金。服とか肌は白いから高級感みたいのはあるよ」

 

オレはアクセサリーか!?

 

「ねえねえ、あたしは何色?服はピンクみたいだけど」

 

「全部ピンクだ。良かったな。好きだったろ、ピンク」

 

「全部ピンク!? 嘘っ!? もしかしてあたし今魔人ブウみたいになってる?」

 

「……すまん。言い方が悪かったのは謝る。でも手とか腹とかは見えるだろうが」

 

「そこなんだよ、レナ」

 

「は?」

 

……いや、そうだ。髪や服の色が変わるなんて、この世界ならありうることなのかもしれないが、それでも愛子が声を上げて絶叫しない訳が無い。きっと、「神刺さんが不良になってしまいました!!」とでも言うはずだ。

 

「多分、他の人達にはあたしらの容姿は普通の黒髪黒目に見えてる。どう云う原理かなんてわかんないけど、それは間違いないはずだよ

 

「そして、多分原因はこの変な技能だろうな。《金色なる種》ったって、何ができんのかさっぱり分からん」

 

「あたしは《桃色なる種》だったよ。なんなんだろうね」

 

「さぁな。淫ピとかじゃねぇの!」

 

「レナ、バカじゃないの?」

 

「いきなりマジになるなよ」

 

「レナに淫ピ扱いされそうなのにマジにならないわけないじゃん」

 

「へーへー、分かったから今日はもう寝ようぜ。オレぁもう疲れた」

 

「一緒に寝ていい?」

 

「勝手にしろっての。抵抗する気力もねぇ」

 

「わーい」

 

 

 

 

006

 

 

南雲ハジメが自分の最弱ぶりと役立たず具合を突きつけられた日から二週間が経った。

 

現在、ハジメは訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしている。その手には《北大陸魔物大図鑑》というなんの捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑があった。

 

力がない分、知識と知恵でカバーできないかと訓練の合間に勉強しようと思ったのだが、見覚えのある先客がいた。

 

足に腕時計をつけていたり、誰も知らないはずの情報をなぜか知っているアンチミステリアス、華々花々が机に大量の本を積み重ねて読書に耽っていた。

 

ろくに話したことのない相手に、ハジメは会話を試みた。

 

「あの、華々(はなばな)さん、だよね」

 

「んー? ……ごめん、あと六秒待って。……。……。……。……。おっはよう南雲ハジメくん! 元気? あたしは元気! あははっ! こんなところに何をしにきたのかな! 金床はここにはないよ? あっ、もしかして炉から自作するための勉強とか? きゃーハジメくんったらすーってきー!」

 

直接話したことはないながらも、それでも知っていた華々花々のスタンダードテンション。感情が喜怒哀楽ではなく喜喜喜喜になってしまったかのような、今にも壊れそうなテンションに、ハジメはその場から逃げ出したくなった。

 

「ち、違うよ。僕、非力だからさ、その分を知識とかでカバーできないかと思ってきたんだ」

 

「……へぇ、そう」

 

ハジメが魔物図鑑の表紙を見せると、花々から感情が消えた返事が帰ってきた。スタンダードが《喜喜喜喜》なら、今は《    (・・・・)》だ。

 

「ばっかじゃないの。なんでそんなことしてんの」

 

パチーン!

 

ウサギがジャンプするような素早い動きで席から立ったハナは、ハジメの頬に平手打ちをかました。

 

「いっつっ……!?」

 

なんで叩かれたのか分からない。ハジメはそんな顔をしていた。

 

「あたしと君はトランプで言うところのジョーカーなんだよ。戦闘での強さなんて最低限でいいの」

 

「ジョーカー? なんで、僕が。そういうのは天之川くんとかの方がいいんじゃないかな。なんて、あはは……」

 

「彼はせいぜい絵札だよ。切り札にはなれない」

 

「切り札……」

 

「仕方ないなぁ。まぁ、これもレナのためかな。バカでもわかるように教えてあげるから、メモなんて取る必要ないけどちゃんと聞いてね」

 

異世界に来て二回目の、花々(かか)の講義が始まった。

 

 

 

007

 

 

「ジョーカーに求められるのはいざってときの必勝性。

 

「あたしはこの世界のあらゆる情報を元に、あらゆる状況を解決するためのレナの知恵となる。

 

「あなたは生産職、それも精密な金属加工を得意とする錬成師。

 

「なら戦闘訓練に参加なんてしてる場合じゃないよ。

 

「天之川の戯言なんて素直に従っちゃダメだよ。

 

「聞くべきは勇者の無駄口なんかじゃなくって、レナの、軍師の命令だよ。

 

「あなたにはこの世界であなた以外にできない重要な仕事がある。

 

「そう。武器の生産だよ。最強の刀剣武器、《日本刀》なんて芸術に拘らない限り、作り方さえわかれば簡単に作れるんだから。

 

「武器の質という覆しようのない不動のアドバンテージ。

 

「これを築けるのはあなただけなんだよ。

 

「人類を発展させてきたのは勇者でも騎士でもなく、職人なんだから。

 

「それに何よりも、あなたはオタクだ。

 

「だからこそ気付けることがある。

 

「お約束のパターン。建ててはいけないフラグ。味方にすべきヒロインを味方にするやりとり。

 

「そういうのを的確に判断できるのはオタクの人間だけだよ。

 

「誇るといい。あなた達オタクはここでは崇め奉られるべき人間だ。

 

「夢が現実となったこの世界。その夢を誰よりも見てきたあなたは誰よりも賢い。

 

講義が終わったのか、花々は積み重なった本の山から数冊抜き取り、ハジメに手渡した。

 

「分かったらあたしの話なんて聞いてないで錬成の精度を上げてきてよね! 指輪とかネックレスなんか作ってくれたらつけてあげないこともないんだから! なぁんてっ、ツンデレっぽく言ってみたりして! でもごめんね? あたしはもうレナのものだからさ! アッハハハハ!」

 

「えっ、あっ、ちょ」

 

グイグイと押され、ハジメは追い出されるように図書館を出た。

 

渡された本は、武器の図鑑やアクセサリーのカタログ、金属加工の指南書。訓練時間を読書に当てようと、ハジメは合わせても精々辞典程度の厚さの書物達を脇に訓練施設に向かった。

 

 

 

008

 

 

訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。ハジメは施設の隅で壁に背を預けるようにして腰をおろし、指南書を開いた。

 

と、その時、唐突に左肩に衝撃を受けてハジメは地面へ転がりころけた。大した怪我は無かったものの抜き身の剣を目の前にして冷や汗が噴き出る。顔をしかめながら振り返ったハジメは予想通りの面子に心底うんざりした表情をした。

 

そこにいたのは、檜山大介率いる小悪党四人組(ハジメ命名)である。訓練が始まってからというもの、ことあるごとにハジメにちょっかいをかけてくるのだ。ハジメが訓練を憂鬱に感じる半分の理由である。(もう半分は自分の貧弱っぷり)

 

「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が本なんて読んでる暇ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

「ちょっ、檜山マジソレナ! ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

一体なにがそんなに面白いのかニヤニヤ、ゲラゲラと笑う檜山達。

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

そんなことを言いながらヘラヘラと見下す檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようだが見て見ぬふりをする。

 

 

こんな状況に、思わずハジメはため息をつき、呟いた。。

 

「どいつも……こいつも……。」

 

いつもとハジメの様子が違うことに、檜山達は酷くイラついた様子だ。

 

「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何意味わかんねぇこと言ってんの? マジ意味不なんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよキモオタが!」

 

そう言って、脇腹を蹴る檜山。ハジメはゴロゴロと転がり、「ぐっ」と鈍い痛みに顔をしかめながら呻く。

 

「ほら、さっさと立てよ。楽しい訓練の時間だぞ?」

 

檜山、中野、斎藤、近藤の四人がハジメを取り囲む。ハジメは渋々立ち上がった。

 

「ぐぁ!?」

 

その瞬間、背後から背中を強打された。近藤が剣の鞘で殴ったのだ。悲鳴を上げ前のめりに倒れるハジメに、更に追撃が加わる。

 

「ほら、なに寝てんだよ? 焦げるぞ~。ここに焼撃を望む――《火球》」

 

中野が火属性魔法〝火球〟を放つ。倒れた直後であることと背中の痛みで直ぐに起き上がることができないハジメは、ゴロゴロと必死に転がりなんとか避ける。だがそれを見計らったように、今度は斎藤が魔法を放った。

 

「ここに風撃を望む――《風球》」

 

風の塊が立ち上がりかけたハジメの腹部に直撃し、ハジメは仰向けに吹き飛ばされた。「オエッ」と胃液を吐きながら蹲る。

 

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

 

そう言って、蹲るハジメの腹に蹴りを入れる檜山。ハジメは込み上げる嘔吐感を抑えるので精一杯だ。

 

蹴られ、撃たれ、殴られ。痛みが耐え難くなってきた頃、突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。

 

「何やってるの!?」

 

その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている白崎香織だったのだから。それに、最近よく一緒にいるのを見る香織の対極、神刺裂那もいた。

 

「いや、誤解しないで欲しいんだけど、俺達、南雲の特訓に付き合ってただけで……」

 

「南雲くん!」

 

檜山の弁明を無視して、香織は、ゲホッゲホッと咳き込み蹲るハジメに駆け寄る。ハジメの様子を見た瞬間、檜山達のことは頭から消えたようである。

 

「言い訳は必要ねぇぜ、クズども」

 

何やら不機嫌そうな裂那は、拳をパキパキと鳴らしながら檜山達に詰め寄る。

 

「ま、待てっ、神刺。は、話し合おうぜ、な?」

「そ、そうだ、平和的にって、お前がいつも言ってることだろ?」

 

後ずさる檜山達。その様子に、裂那はシニカルに笑う。

 

「いいぜ。話し合うってのは賛成だ。拳で語り合おうぜ、フェミニストども」

 

「ガァっ!」

 

檜山の鳩尾に、裂那の拳が突き刺さった。吐き出される胃酸が自分にかからないように、回し蹴りを追撃してその場に倒れさせる。

 

「ほら、その剣は飾りか? 魔法はただのカッコつけか? 来いよ。乙女のか弱さを武器に、いじめにあってる可哀想な子のために、健気にいじめっ子に立ち向かってやろうじゃねぇか」

 

さすが小悪党。女子を攻撃するほどの悪党にはなりきれず、誤魔化し笑いをしながらそそくさと立ち去った。

 

倒れる檜山を置いて。

 

「ケッ、つまんね」

 

裂那は退屈そうに頭を掻きながら、檜山を蹴飛ばす。いまだレベル1の、筋力80の蹴りの威力は意識を刈り取るのに十分であった。

 

香織の治癒魔法によりハジメが徐々に癒されていく。

 

「あ、ありがとう、白崎さん。助かったよ。それに、神刺さんも」

 

苦笑いするハジメに香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

 

「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」

 

何やら怒りの形相で檜山達が去った方を睨む香織を、ハジメは慌てて止める。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」

 

「でも……」

 

それでも納得できなそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。渋々ながら、ようやく香織も引き下がった。

 

「そうかそうか、大丈夫か。なら、今日からでいいか」

 

地面に座り、香織に支えられているハジメに裂那は手を差し伸べる。

 

「え?」

 

ハジメは訳がわからないといった表情をしている。

 

「テメェらは今日から別んとこで訓練だ。やめんだろ? 戦闘訓練」

 

ハジメの手を強引にとり、無理やり立たせて、持ち込んでいた本を手渡す。

 

「う、うん!」

 

この世界に来て一番の返事を返したハジメは、他の女子達がチラチラと見てきていることに気がつき、照れ臭くなって頬を赤らめた。

 

「頑張ってね、南雲くん! あんまり会えないかもだけど、私応援してるから!」

 

「あ、ありがと。白崎さん」

 

「なにラブコメやってんだテメェら」

二人の様子に、裂那は呆れた様子だった。

 

「おいシロ、なんのために昨日まで散々治療法叩き込んでやったと思ってやがんだ」

 

香織を《シロ》と呼んだ裂那は、軽くチョップをかました。

 

「いっつ……、え?」

 

裂那は頭をさする香織を無視して、ハジメの本の一つ、金属加工の指南書を指差した。

 

「いいかクモ」

 

「クモって、……もしかして僕のこと!?」

 

「他に誰がいやがる。いいから黙って聞きやがれ」

 

八つ当たりに檜山をゲシゲシと蹴りつつ、裂那は語る。

 

「金属加工には怪我がつきモンだ。するのはしゃーねぇ。だがなクモ、テメェにいちいち治療させてる暇なんざねぇんだ。……だからテメェに切り傷やら火傷やらの魔法以外の治療法叩き込んだろうがシロォ!」

 

「は、はい!」

 

急に怒鳴られた香織はすぐに立ち上がり、軍人のような綺麗な敬礼をして見せた。思わず魅せられたハジメは、ポカーンと口を開けている。

 

「テメェがクモに惚れてるっつーから都合が良いし教えてやったんだろうが! なのになにが「会えないかも」だチキンかテメェは!」

 

「「えぇ!?」

 

二人揃って裂那の言葉に驚く。聞き耳を立てていたクラスメイトたちは血涙を流していたり、謎に親指を立てている者までいる。当然のごとく、天之川にだけは聞こえていない。

 

「会えないわけあるか。むしろ今日から常に一緒だテメェらは。部屋もハチに話つけてっから諦めて接吻でも性交でも好きにしやがれ」

 

裂那の言葉に顔を赤らめ、照れ合う二人の姿は、さながら初めてキスした小学生カップルのそれだった。

 

 

 

 

009

 

 

《ハチ》とは香織の親友である八重樫雫のことである。裂那との会話がまるで、娘を預ける母親と、預かる先生のような空気であったことを知っているのは、借りてきた猫の如くその場から動かず呆然と眺めていた愛子だけである。

 

 

第二話、END.

 

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