正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第三話

000

 

 

戦闘訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

街の腕の良い錬成師のもとで師事を受けるハジメ、香織のもとにも一人の騎士が向かい、その騎士の案内のもと、《オルクス大迷宮》へ挑戦する冒険者達のための宿場町《ホルアド》に向かうこととなった。

 

 

 

001

 

 

時を遡り、ハジメが戦闘訓練に参加しないことを決めた翌日のこと。

 

裂那は、先日のやり取りを見て、自分も治療法を学びたいという女子達に戦闘訓練が生ぬるく見えるような訓練を行っていた。

傷口の洗浄など、誰でもわかりきっていることは口で説明するだけに留め、今は包帯をまく訓練だった。裂那が地面に寝そべり、片腕に二人、片足に二人、計八人に包帯を巻かせ力加減や巻き方を覚えさせるというものだった。

 

「右二の腕力が弱え! もっと殺す気で巻きやがれ!」

 

「はっ、はい!」

 

「左脛力こめすぎだバカ! 殺す気か!」

 

「ご、ごめーん!」

 

「右腿やってるやつ内腿撫でるんじゃねぇくすぐったい! なにがしてぇんだテメェは!?」

 

「ご、ごめんなさい神刺さん」

 

「テメェハチか! 巻き終わったんなら解いて次の奴に変わりやがれ! あと巻くの上手いな合格! 今日は戦闘訓練に戻りやがれ!」

 

 

 

大の字に寝そべる女子の四肢を八人の女子が各々包帯を巻いているというカオスに、異物が水をさした。

非戦闘職であるハジメにも戦闘訓練を強制させた戦争狂、天之川だ。ハジメと香織がいないことに気がついた天之川が、訓練内容を各自指示していた裂那のもとを尋ねた。

 

「やあ神刺さん、ちょっといいかな」

 

「あぁん!? いいわけねぇだろ、見りゃわかれ! おいバカそこ首だマジに殺す気なのか!?」

 

「え、あ、あれ? どうしてこんな、あれ?」

 

意図してやったわけじゃないのか、焦って解こうとする女子を、裂那はギロリと睨みつける。

 

「テメェ、才能ねぇよ。諦めてハチんとこ行ってこい」

 

「……え?」

 

睨まれた女子は裂那の目に怯えた様子で、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「時間は有限だ。足りねぇ才能を努力で補うのを否定はしねぇが、今テメェまでできる必要はねぇ。諦めろ。モテてぇなら別の努力をしやがれ。ここにゃ邪魔だ」

 

彼女はフラフラと立ち上がり、涙を流しながら歩き出した。

包帯を巻いていた者達も、思わずその場から去ろうとする女子に同情しそうになるが、しかしその情はすぐに嫉妬に裏返った。

 

天之川が、繊細なガラス細工を扱うように優しく抱きしめたのだ。

 

この場の多くは、天之川の目を少しでも引きたくて集まった連中だ。中にはそうでない者もいるだろうが、天之川争奪戦から有力候補の白崎香織が離脱したのだから、ならば私が、白崎にふられた天之川君を慰めて、あわよくば。その思いで裂那に教えを乞うたのだ。諦めたものが優しくされるなんて、納得いく訳が無い。

 

「言い過ぎなんじゃないのかな、神刺さん」

 

傷心の女子を抱きしめながら、寝そべっている裂那を見下し睨みつける。

 

「あぁ? 文句あんならあとにしろ。テメェの今の仕事はそいつ慰めて使いモンにすることだろうが」

 

「君が傷つけておいてそれか。見損なったぞ」

 

その場の全員が確信した。天之川光輝は怒っている。

 

「随分と上から物を言うな? 勇者様」

 

裂那は手足を持つ教え子たちを振り払い、立ち上がった。

 

「君が最低の人間だからだ」

 

「オイオイ、オレに訓練内容の決定権を寄越したのはメルドと愛子だぜ。恩師をそう悪く言うなよ」

 

「話を逸らすな!」

 

「逸らしてねぇよ。返しただけだ。会話のキャッチボールをしようぜ? あくまでも平和的に、な。

そういやオレになんか用があってきたんだろ? そっちを先に片付けようじゃねぇか」

 

天之川は、思い出したように言った。

 

「香織をどこへやったんだ。香織に何かあったら、俺は君を許さないぞ!」

 

「あぁ、そいつならクモ、南雲と一緒に街一番の錬成師のとこに行ってるぜ」

 

「なん、だと……」

 

目を見開き、思わず抱きしめていた女子を離した。

 

「つーか、ハチ、八重樫に聞いて無えのかよ。部屋替わってもらうために全部説明してやったってのに」

 

こいつら、実は不仲なんじゃないかと裂那は愉快な想像をした。

 

「部屋を替わるだと? そ、それは君と香織が相部屋になるってことなんだよな?」

 

なにやら焦った様子で、裂那の肩を掴んで問い詰める。

 

「なんでんな意味ねぇことしなきゃならねぇんだ。南雲と白崎のことに決まってんだろ」

 

裂那は振り払い、巻かれている包帯を解き始める。

 

「ど、どうしてそんなことになっているんだ! 香織は、お、俺のために君のもとで頑張って」

 

「妄想と現実の区別をつけやがれ。あいつは初めっから俺に「南雲君に何かしてあげられることないかな」って尋ねてきたぞ。テメェの名前なんざ一回も出てきてねぇよ」

 

「そ、そんなわけがない! 君と香織の間に絆なんて無かったはずだ! そんな相談できるわけがない! それに、南雲は無能で、オタクで……」

 

「それが全部テメェのくだらねぇメルヘンな妄想だっつってんだろ。あいつが俺に相談してきたのはテメェが頼りねぇからで、あいつにとっちゃ南雲が無能でオタクだろうと、そんなことが霞むくれぇのクソカッケェ魅力ってやつが見えてるから惚れてんだろうが」

 

包帯を解ききった裂那はそこらの女子にそれを押し付け、服の汚れを払う。

 

「あいつら、少なくともテメェと一緒にここにいるよりかは幸せそうだったぜ」

 

「そんなわけ……、南雲は、無能で、香織を困らせるクズで、汚いオタクで」

 

「あ、あのっ! 天之川君!」

 

妄想を垂れ流す天之川に物申したのは、裂那ではなく、当然香織でもなく、一人の、裂那からしたら名前も知らない女子だった。

彼女は天之川に惚れているから参加していたのではなく、今日までのやり取りの中で裂那に魅了され、いい機会だと裂那主催のこの集まりに参加した者の一人だった。

 

「そんな言い方、ひどいよ。南雲は確かにオタクかもしれないし、戦いじゃ弱いかもしれないけど、それでも誰かを困らせるほどクズなんかじゃない! そんなに非難するほど天之川君は南雲のことを見てきたの!? 檜山達の方がよっぽどクズじゃん! 嫌がらせしたり、いじめたり! なのになんでいつも檜山達を庇って、南雲を責めるの!?」

 

必死の訴えに、天之川は狼狽る。

 

「き、君まで南雲に脅されて……。おのれ南雲!」

 

「そんなわけない! 南雲はいじめられても殴り返せないような雑魚でチキンで、そしてうまく隠してるだけで優しい人だよ! 誰かを脅すなんて出来るわけない!!」

 

もしこの場にクモがいたら、間違いなく泣くだろう。そして、この女子に惚れでもするのだろうか。

 

「ま、そういうわけだ。わかったらフラれたと思って諦めやがれ。フラれても諦めねぇ男ほど見苦しいものもねぇ」

 

天之川は生気を失ったような歩きで、八重樫が剣を振るっている方へと去っていった。

 

「んじゃあ再会と行こうじゃねぇか。怪我なんてぜってぇさせたくねぇと思うくらいハードに行くぜ」

 

シニカルに笑う裂那に、女子達からも生気が失われていった。

 

 

 

002

 

 

宿場町ホルアドには新兵訓練によく利用される王国直営の宿屋があり、クラスメイトよりひと足先に到着したハジメと香織は部屋に入った。当然のように二人部屋で、その状況にハジメも香織も慣れつつあった。

 

同時にベッドにダイブし「ふぅ〜」と気を緩めた。ふと横を向くと異性の顔があり、二人揃って苦笑いで照れを誤魔化す。

 

 

 

《オルクス大迷宮》

 

それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 

明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、それくらいなら、ハジメのような最弱キャラがいても十分カバーできると昨日作業場に遊びに来た花々から言われた。己の弱さを笑い物にされているのは同じだが、檜山達とは違いこちらを程よく楽しませてくるものだから返ってたちが悪い。

 

王都に置いて行ってくれてもよかったのに……と言ってみたハジメだが、武器の扱いを見るだけでも来る価値はあると言いくるめられた。

 

しばらく、借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいたハジメだが、少しでも体を休めておこうと少し早いが眠りに入ることにした。学校生活で鍛えた居眠りスキルは異世界でも十全に発揮される。

 

しかし、ハジメがウトウトとまどろみ始めたその時、ハジメの睡眠を邪魔するように香織から話しかけられる。振り向くまでもなく、香織はハジメのベッドの、視界に入れる位置に腰掛けた。

 

「南雲くん、起きてる?」

 

そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織がいて、南雲の頭を優しく撫でる。

 

「まぁ、うん。どうかした?」

 

「少し、話したいことがあって」

 

暗い表情の香織に、ハジメは何事かと眉をひそめる。

 

「明日の迷宮なんだけど、南雲くんには町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆、神刺さんと華々さんは私が必ず説得する。だから、お願い!」

 

話している内に興奮したのか身を乗り出して懇願する香織。ハジメは困惑する。ただハジメが足手まといだからというには少々必死過ぎないかな? と。

 

「えっと……確かに僕は足手まといとだは思うけど……流石にここまで来て待っているっていうのは認められないんじゃ……。それに、やっぱり怒ると思う。特に華々さんは……」

 

図書館でのことを思い出すハジメ。彼女のあの無の感情は、今でも思い出すと鳥肌がたつ。

 

「違うの! 足手まといだとかそういうことじゃないの!」

 

香織は、ハジメの誤解に慌てて弁明する。自分でも性急過ぎたと思ったのか、手を胸に当てて深呼吸する。少し、落ち着いたようで「足手まといなんて私もそうだし」と続ける。

 

「あのね、なんだか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢をみて……南雲くんが居たんだけど、……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで、最後は……」

 

その先を口に出すことを恐れるように押し黙る香織。ハジメは、落ち着いた気持ちで続きを訊く。

 

「最後は?」

 

香織はグッと唇を噛むと泣きそうな表情で顔を上げた。

 

 

 

「……消えてしまうの」

 

「……そっか」

 

しばらく静寂が包む。

 

再び俯く香織を見て、ハジメは何かを思い出し、持ってきた荷物を漁る。

 

「それなら、さ、白崎さんが僕を守ってくれないかな」

 

掌に乗る程度の大きさの木箱を取り出したハジメは、それを香織に見せるように開けた。中には細やかな装飾の彫られた指輪と、ガラスの球体のようなものに銀の台座と装飾の施された、ネックレスが入っていた。

 

「それは?」

 

香織の疑問に答えるように、ハジメはその指輪を自身の右手薬指にはめた。

 

「師匠から貰ったアーティファクトでね、この指輪とネックレスはペアになっているんだ」

 

ネックレスを香織に手渡す。球体の中には方位磁針のような針が浮いていて、針が指す方向にはハジメのつけた指輪があった。

 

「本当は迷子防止用の物なんだけど、どうにか全員分集めたら指揮がしやすいんじゃないかって神刺さんに提案したら「オレに戦争でもさせる気か。屋内なら直で見た方が早い」って言われちゃって。……それを見れば僕の居場所が一目で分かる。

どうか、僕を守る保護者をしてください」

 

ハジメの言葉に、香織はネックレスをつけ、笑みを見せることで返した。

 

「いいよ、私が南雲くんのママになってあげる」

 

「え、いや、そういう意味じゃなくて」

 

性癖を誤解されたかと思ったハジメは焦るが、それは喜憂に終わる。

 

「あははっ、わかってる。ごめんね、からかって」

 

「ほんとだよ、もう」

 

枕に顔を埋めて足をバタバタさせるハジメを微笑ましく見る香織。

 

「あ、そうだ。一つ、約束してよ」

 

「……何かな?」

 

嫌な予感のしたハジメは冷や汗を流しながら枕から顔をあげる。

 

「迷宮から帰ってきたらさ、私のこと名前で呼んでよ。私もそうするからさ」

 

嫌な予感が的中した!? ハジメは花々から散々大事にしろと言われたオタクとしての感性を呪いたくなる。

 

「……白崎さん、それ、死亡フラグだよ」

 

「えっ、嘘、ごめんね!? なし!今のなし! あ! なしもヤダ! 南雲くん私どうしたらいいの!?」

 

「……なんかごめん。僕もそれは知らないよ」

 

 

 

003

 

翌日、裂那達はオルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。

 

裂那としては薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

 

なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

 

入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

 

浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。

 

「なぁハナ、なんか変なとことかないか?」

 

「ないね。戦争とかも考慮すれば不自然さが欠片も無い。無さすぎて逆に不自然なくらい」

 

「そーか。面倒なことになんなきゃいいが」

 

「ほんとにね」

 

 

迷宮に入る前に、全員の配置を指示するのは軍師である裂那の仕事だ。メルドは「お手並み拝見だ」と、腕を組んで裂那を見ている。

 

「近接で戦うやつは前、魔法で戦う奴は後ろだ。治療に専念する奴はさらにその後ろ。天之川、八重樫も最後尾だ。非戦闘員である南雲、白崎、花々、愛子、オレを守るのがテメェらの仕事だ。メルド他騎士はばらけるようにして近くの奴のサポート。わかんねぇことはオレかメルド、あと南雲に訊け」

 

 

 

 

 

004

 

 

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 

縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、オルクス大迷宮は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

 

一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

 

と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

前衛と後衛の間辺りにいるメルドのアドバイスを聞きつつ、斬りつけ、突き刺し、燃やし尽くした。

 

前衛から先に魔物が行くことはなく、大した危険もなく広間のラットマンを殲滅した。

 

「オーバーキルだ。テメェらの体力事情なんて知ったこっちゃねぇが、行きと帰りのことを考えて加減しやがれ。いつでも全力ってのはバカのやることだ」

 

裂那の言葉に顔を顰める者も多いが、その容赦ない発言を評価する者もいくらかいる。

 

そこからも特に問題もなく、細かい前後の交代をしながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。

 

そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 

全員戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなのと後ろに最強の二人がいると言う安心感から割かしあっさりと降りることができた。

 

もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。メルドからも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われているのだ。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

メルド団長のかけ声がよく響く。

 

ここまで、ハジメは特に何もしていない。一応怪我をした者の治療をする香織を手伝ったりはしていたものの、それだけだ。

同じく守られているだけのハナは、戦闘こそ一切参加していないものの、道具を一切使わずにトラップを見抜くという恐ろしいまでの観察眼を見せつけ、騎士達を関心させた。

 

小休止に入り、ふと横を見ると香織と目が合った。彼女はハジメの方を見て微笑んでいる。

 

見守られているようでなんとなく気恥ずかしくなり目を逸らすハジメ。若干、香織が拗ねたような表情になる。それを横目で見ていた雫が苦笑いし、小声で話しかけた。

 

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

「えへへ、うーん、ちょっとねー」

 

口元が緩みっぱなしの香織を見て「本当にこの子は……」と思い、言いそうになるが裂那に「テメェは母親か」と言われたのを思い出し口を閉じる。だが、視線までは隠せなかったのか、香織が肩に頭を乗せて甘えてくる。

 

そんな様子を横目に見ていたハジメは、ふと視線を感じて思わず背筋を伸ばす。ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。今までも教室などで感じていた類の視線だが、それとは比べ物にならないくらい深く重い。

 

 

 

005

 

 

「だぁから! 愛子に戦わせるつもりなんざねぇっつってんだろ!」

 

「ダメです! 私は先生なんですから! みんなが戦っているのに私は見ているだけなんて絶対ダメです!」

 

「ふざけろ死ぬ気か! テメェは魔物どころかただの牛にも負けそうなくらいクソ雑魚だろうが!」

 

「せっ、先生になんて口の聞き方ですか!」

 

「はっ! 威厳出したきゃとりあえず天狗下駄履いて般若面つけろ。話はそれからだ」

 

「ただの妖怪じゃないですかそんなの!」

 

「生徒を母親と間違えるような奴はそんくらいしねぇと威厳ゼロだ! むしろマイナスなんじゃねぇか!」

 

「なっ、なな、言ってはいけないことを言ってしまいましたね神刺さん!? それもみんながいる場所で!」

 

「こんな世界だ。オレに母性を見出すのはかまわねぇが、だからって生徒を間違えて「お母さん」なんて呼ぶんじゃねぇよ。八重樫ならともかく」

 

「ニャー!! ミャニャミュミョー!?」

 

「あと自分のキャラ考えろ。呼ぶなら「ママ」だろ」

 

「ミャアアアアアアアア!! 私のミスを面白く解説したうえに変なアドバイスまでしないでください! 威厳が! 威厳が溶けちゃいますから!」

 

「溶ける威厳がねぇだろうが。いいから大人らしく大人しくしてろ」

 

軍師と教師の会話は、その場の全員の心に和みを与えた。

 

 

 

006

 

 

一行は二十階層を探索する。

 

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 

現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 

二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 

そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

すると、先頭を行く剣持ちやメルドが立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

飛びかかってきたロックマウントの剛腕を魔法の火球が弾き返す。次々と切りかかってくる剣士たちに怯んだロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法《威圧の咆哮》だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 

まんまと食らった前衛達が一瞬硬直してしまった。

 

ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越え、詠唱の間に合わない後衛を超え、岩が香織達へと迫る。

 

「錬成!」

 

とっさに動けたのは、ハジメだけだった。壁や天井を変形させ、触手のような滑らかな質感の岩がそれを掴んだ。

 

その光景を近くにいた者は感心してみていたが、その表情は驚愕に変わる。

なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。天之川と八重樫が空中に拘束されたロックマウントを斬ろうと剣を抜くが、その必要は無かった。あくまでも材質は岩の触手がロックマウントを締め付け、全身の骨を粉々に砕き、最後には絶望を幻視させる表情のロックマウントの生首が足下に落ちた。

愛子と雫が「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げる。香織も悲鳴を上げはしなかったものの顔を青ざめている。

 

そんな様子を見てキレる若者が一人。正義感と思い込みの塊、我らが勇者天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」

 

「馬鹿野郎テメェ何してやがる!」

 

裂那の声を無視して、天之川は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 

その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントの死体を縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った天之川。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫る裂那を見て身体を凍らせた。

 

「テメェ、オレらを殺す気か? だったら残念だったな。クモが柱作ってくれたお陰で一命を取り留めちまったぜ」

 

裂那の背後には、額に脂汗を浮かべながら地面を錬成するハジメと、先の触手を太くしたような柱が複数本立ち並んでいた。

 

「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。

 

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 

そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

と、メルド。

 

「罠だね」

と、花々。

 

「だろうな」

と、裂那。

 

「素敵……」

と、香織。

 

香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとしており、花々の言葉が聞こえていない。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。

 

ハジメは疲れ切った表情をしていて、宝石どころではなさそうだった。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのは裂那とハジメだ。

 

「勝手な真似すんじゃねぇぶっ殺すぞ!」

 

「まって! 多分罠だ!」

 

 

 

しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 

二人の警告は一歩遅かった。

 

 

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 

魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが、間に合わなかった。

 

部屋の中に光が満ち、視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

 

 

第三話、END.

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