正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第四話

000

 

問題、正義とは何か。

 

答え、都合の良いこと尽くめの幻想。

 

愛子との約束を守ることが迷惑な奴がいるならそれは正義ではなく、いじめを止めることで迷惑する奴がいるのならそれも正義では無い。

オレが天之川の正義を嫌悪するように、奴らはオレの正義を嫌悪したのだろう。

 

誰もが認める正義になるのは簡単だ。

 

 

気に入らない奴は全員殺せ。残った奴が親友で、残らなかったらテメェは正義の傀儡だ。

 

 

001

 

 

足首に響く衝撃に呻き声を上げながら、花々は周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどは尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、天之川君達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

巨大な石造りの橋。長さざっと百メートル。天井高さ二十メートル。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっている。まさに落ちれば奈落の底といった様子である。

 

橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さま。あたし達は橋の中間にいる。両端には奥へと続く通路と階段。

 

レナが隠す気の無い怒りを露わにしながら指示を飛ばす。

 

「全員! さっさと立って階段まで走れ! トラップがこれだけで終わると思ってんじゃねぇぞ!」

 

雷光の如く突き刺す命令にジタバタと動き出すクラスメイト達。

 

しかし、レナの言う通り、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が出現。咆哮を上げている。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

メルド団長が呟いた《ベヒモス》という魔物。体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けている。近い既存の生物に例えるならトリケラトプス。

ベヒモスというには小さく、トリケラトプスというには禍々しい。

 

骨格だけの体に剣を携えた《トラウムソルジャー》という魔物。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 裂那、お前達は早く階段へ向かえ!」

 

咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

 

「ざけんじゃねぇぞ天之川ぁ!! 元凶のテメェが何勝手なことほざいてやがる! いいから骨ども蹴散らして逃げ道を作れ! 戦力分散させる余裕なんてねぇんだよ!」

 

レナが八重樫ちゃんに守られながら天之川君を説得している。

あたしは脳を走らせ、現状の最善策を見つけ出す。……。

 

「ハナァ!! どうしたらいい! 一秒でも長く生き延びる方法を寄越せ!!」

 

すぐ隣にいる愛ちゃんがあたしの手を握る。不安そうな顔であたしを見つめている。

 

愛ちゃんの手を握り返し、レナの求めた方法を叫ぶ。

 

「前衛を全員トラウムソルジャーにぶつけて! 魔法職は要らないからベヒモスに! あとはジョーカーを上手く使って!!」

 

阿鼻叫喚の状況でもレナには聞こえたみたいで、すぐに指示を出した。

 

「メルドォ!! 武器持ち全員連れて骨を殺せ!! 魔法使えるやつはベヒモスの足止めだビビってんじゃねぇ! 轢き殺されたくなきゃ全力で止めろ!」

 

「馬鹿野郎血迷ったか!! ヤツは《最強》と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

メルド団長の鬼気迫る怒号に怯むことなく、レナは言い返す。

 

「んなもんオレだって同じだ!! いいから下がれ! 邪魔なんだよ!!」

 

メルド団長は歯を食いしばり、己の弱さを悔いながら下がると、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまう。

 

そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――《聖絶》!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが後退したメルドの背後に顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態。レナの命令と、天之川君のキラキラでなんとか立ち向かえているが、それもいつまでもつか。

 

「クモ! ちょっとこっち来い! やらせることがある! シロ! テメェは安全なとこで片っ端から治療だ! 愛子とハナも暇なら手伝ってろ!」

 

何もできず佇むあたし達に目をつけたレナが、あたしたちにできることを指示する。隊列を上手く操作できてるようで、一箇所、魔法部隊との間に治療をできるスペースを作っている。

レナは南雲君の手を強引にとり、ベヒモス側の最前線へと出て行った。二人の魔力のステータスを知る魔法使いたちは怪訝そうな顔をするが、お構いなしにレナは障壁の目の前まで南雲君を連れて行った。

 

あたしは治療スペースに移動し、状況を観測しつつ香織ちゃんの応急処置を手伝う。

メルド団長の参戦によって精神的な余裕ができたのか、一気にトラウムソルジャーの数が減っていく。

 

そろそろ一分が経過する。障壁の消える時間だ。

メルド団長が指揮をとりみんなを撤退させており、あたし達も魔法部隊に押されるように後退する。様子を見るに、彼らはレナの命令で後退しているようだ。左右に別れ、レナと南雲君の逃げ道が確保されている。

 

あたし達も階段近くまで撤退すると、香織ちゃんが猛抗議した。

 

 

「裂那の作戦だ! 安全地帯から魔法で一斉攻撃を開始する! もちろんあいつらがある程度離脱してからだ! 魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

 

「なら私も残ります!」

 

「ダメだ! 撤退しながら、香織には光輝を治癒してもらわにゃならん!」

 

「でも!」

 

聞き分けのない香織ちゃんの説得を、あたしがメルド団長から替わることにした。

 

「香織ちゃん!! これはあたしと南雲君、ジョーカーの作戦だ!!」

 

「花々、ちゃん?」

 

突然叫んだあたしに、香織ちゃんは困惑した様子だ。

 

「ジョーカーはワイルドなんだよ! そうなったらジョーカーは必勝で無くなっちゃうんだよ!! お願いだから、レナを信じて! レナを信じた南雲君を信じて!!」

 

「ッ――」

 

香織ちゃんは、泣きそうな顔でうなずいた。愛子ちゃんが、あたしと香織ちゃんの手をとり包み込んだ。

 

「白崎さん、華々さん。私たちは戦う力のない弱者です。それでも、応援くらいはできます、よね」

 

 

 

002

 

 

「いいか、クモ。作るってのは破壊することと同義だ」

 

「う、うん」

 

怪物と壁一枚隔てたところで、レナは持ちうる言葉の限りを尽くして後押しをする。

 

「人力ってのはどうしたって出力が小せぇ。だから道具や機械を使うんだ。だが、テメェの魔法はそれを容易くやってのける。誇れ。テメェの出力は重機よりも強え」

 

「うん……」

 

ハジメの顔から、不安の色が消える。

 

「軽く押しつぶせ! 平たく均せ! 彼女じゃなくて悪りぃがオレが最後まで手綱を握ってやる!! がんばれ!!! 」

 

「うん!」

 

障壁が消える。隔てるものが無くなり、ベヒモスは赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。

 

「がんばる!! 錬成!!!」

 

口角を吊り上げ、必死に笑みを浮かべながら叫ぶ詠唱。

 

跳躍し、空中にいるベヒモスの腹を岩の壁が勢いよく伸び、かちあげた。

 

「グルルルァァァアア!?!?」

 

苦しそうな泣き声をあげひっくり返ったベヒモスに、壁が倒れ、押し潰す。

 

ただ、そう何もかもは上手くもいかず、ジタバタと振り回した手足に壁が砕かれ、ベヒモスは瓦礫の山に埋もれる。

当然その程度で死ぬわけもなく、すぐに瓦礫を吹き飛ばしながらベヒモスは立ち上がった。

 

「まだ行けるかよ?」

 

「あと、一回。時間があれば少しなら」

 

「オゥケイ。五秒でいいな」

 

「何をする気!?」

 

「はっ! なぁに、いつも通りさ」

 

シニカルに笑い、拳を握る裂那にハジメは冷や汗を流す。

 

「国際交流と洒落込もうじゃねぇか! ベヒモスゥゥゥウウ!!」

 

剣も魔法も通じなかった怪物相手に、レベル1の非戦闘職が殴りかかった。

応戦するように、ベヒモスは熱の冷めた兜を再び熱する。

 

兜に拳をぶつけた。筋力80の拳はせいぜい小石が当たった程度の衝撃で、ベヒモスは構わず突撃し始めた。

裂那は両手で兜を掴み、地面に踏ん張った。止めることはできずとも、足首まで地面に埋め込ませながら勢いを殺している。

 

「ガンガン伝わってくるぜ! テメェの怒り! ストレス! 無邪気な本能!」

 

靴はとうに壊れて無くなり、手の皮膚も徐々に火傷していくが構うことなく、裂那は笑う。

 

「オレの意地も感じ取りやがれ! ベェヒモスゥ!!」

 

「錬成!」

 

地面から太い柱が一本伸び、逆U字に曲がり真上からベヒモスを押し潰した。

ベヒモスは胴半ばまで地面に埋まり、動きが止まる。

 

裂那は運動エネルギーに押し飛ばされ、そのままハジメの近くに落下した。

 

「まだ生きてる! さっさと逃げんぞ!」

 

「うん!」

 

ハジメは倒れている裂那の手を取り、立たせて駆ける。

 

 

 

003

 

 

ベヒモスがもがく中、裂那とハジメは疲れ切った体に鞭打って駆ける。

 

次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が頭上を通った。

 

夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。大したダメージは無いだろうが、それでも無いよりはいい。これこそが一秒でも長く生き延びる策であり、ジョーカーを上手く使った裂那の策である。

 

成功を確信し、思わず二人とも頬が緩む。

 

しかし、その直後、ハジメの表情は凍りついた。裂那の表情がまた怒りに染まった。

 

無数に飛び交う魔法の中で、四つの魔法がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

うち三つが裂那に向かって。うち一つがハジメに向かって。

 

明らかに作戦を利用した、裏切りだ。

 

咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、来た道を引き返すように吹き飛ぶ。

 

躱そうと横に逸れようとした裂那だったが、それすらも予想していたかのように、吸い込まれるように火球が一発顔面に命中。風球二発が胸、腹に命中した。

勇者の数十倍の耐久の前にはダメージは無いに等しいが、衝撃はモロに食らい、ベヒモスよりずっと後ろまで飛び、

 

裂那は奈落へと落ちて行った。

 

ハジメは振り返らず、立ち上がって走り出すがもう一度火球がカーブを描きながら飛んできて、横殴りにハジメは橋から落とされた。

 

(ああ、ダメだ……)

 

そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や愛子に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。メルド達騎士団の面々も悔しそうな表情でハジメを見ていた。

だが何より記憶に刻みつけられたのは、

 

「ハナ!! 勝手に殺すんじゃねぇぞぉ!!」

 

という、自分よりずっと下から聞こえてくる怒号と、二度と見たくなかった華々花々の無表情だった。

 

 

 

 

004

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!! ドスッ!

 

何かが叩きつけられ、壊れる音が連続して響いて、何かが部屋の地面に落ちた。

 

ずっとずっと、ずっとずっとずっと誰も来なかったこの部屋の初めての来客に、私は年甲斐も無く歓喜した。

 

あいも変わらず首から下は全く動かないが、開放されていたら子供のように両手を広げて喜んだだろう。

 

気を失っているみたいだけど、百年以上待ち続けた。あと数分か、数時間か、数日か。その程度待つのは苦でもなんでも無い。

 

天より舞い降りた、というより叩きつけられた金色の少女の目覚めをまだかまだかと待つ。

 

久方ぶりに、自身の鼓動を感じた。

 

 

 

005

 

 

何者かの裏切りによって、オレは橋から落ちた。

 

犯人が誰かなんてわかり切っている。そんなことは今はどうでもいい。今生きているのなら現状の確認が最優先だ。

 

落ちる途中に何かにぶつかり、そこで気を失ってたみてぇだが骨に異常はねぇ。

 

疲労は半端ねぇが大した怪我はねぇ。寝ればなんとかなる。

 

それより、さっきから気になるのが……

 

「……起きて」

 

「……まだ?」

 

「……死んだ?」

 

何分か置きに聞こえてくる掠れた女の声だ。

 

誰か別に落ちたと仮定しても、そいつがオレより早く起きれるとは考えにくい。ってことは、奈落の底の住人、仮称《地底人》でもいるのか?

 

いつまでも寝てても仕方ねぇ。意味の無い我慢比べは嫌いじゃねぇが、今回は負けてやるとしよう。

 

目を開け、身体を起こす。

 

周囲を見渡すと、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。

そして、部屋の中央付近、自分の目の前には巨大な立方体の石が置かれており、自分がぶち抜いたであろう穴から差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

「……起きた」

 

立方体が喋った!?

 

というわけでは無く、立方体から少女の上半身が生えていた。長い金髪で、紅い瞳の、小学生くらいの少女。手は立方体に埋まっていて、強制的に上半身を持ち上げられている。

 

とりあえず、コミュニケーションを試みる。戦闘になるとは到底思えないが、険悪な仲にはなりたく無い。

 

「よう、地底人」

 

「……違う」

 

掠れて呟きのような声だったが、確かに返事を返してきた。

 

「……お願い。……助けて……」

 

「あん?」

 

助けて? 助けてだと?

つまりなんだ、このガキは、なんかやらかしてここに閉じ込められでもしたってのか。いくらファンタジーっつっても躾じゃねえよな……。

 

「なんでも、する……。だから……」

 

「いいぜ。なんでもしてくれるんなら助けねぇ理由がねぇ」

 

「ほんと!っ! けほっ、けほっ、……」

 

喜びに満ちた明るい顔をした少女は、いきなり声を張り上げて咳き込んでしまった。

 

「まぁ落ち着けよ。で? オレはどうすりゃいいんだ」

 

「……知らない」

 

「オイオイ。何日ここにいんだかしらねぇけどよう、その真っ赤なお目々はなんのためにあんだよ」

 

「……、……」

 

表情を暗くし、黙ってしまった。

 

裂那は気怠げに立ち上がり、少女の頭を撫でてやった。

 

「まぁ、ちと待ってろ。なんか方法書いたりしてねぇか見てきてやる」

 

「ん……」

 

 

006

 

 

いくらか体力の回復した足を動かし、部屋の壁に片手を当てながら歩く。

 

「広いな……」

 

延々と続く壁。装飾は多少あるが、ハナでも無いとこの装飾に意味を見出すのは難しいだろう。

床や柱を見てみても、絵画の一つもない。

 

「んだ、ありゃ?」

 

奥に進んでふと天井を見ると、大きな魔法陣が描かれていた。

 

「だからって、どうしようもねぇよな」

 

そのまま四面壁を見てみたが、それらしい物は何一つ無く、泣く泣く立方体の前に戻ってきた。

 

「タハハ、悪りぃ。オレにゃ無理だ」

 

「……そんな……」

 

「クモでも居りゃ解決なんだがな。あいつ、今なにしてんのかね」

 

「……クモ?」

 

「なんでもねぇよ。無い物ねだりなんて虚しいだけだ。せめて悲しい話をしようぜ。お前、なんでここにいるんだ?」

 

シニカルに笑う裂那に、少女は唇を尖らせ、拗ねるようにして答えた。

 

「……別に、ただ裏切られただけ。殺せないから、封印された」

 

「はっ! ならオレもおんなじだな。ただ裏切られて落ちたんだ。どうだ? 可哀想だろ」

 

裏切られたことをさも喜劇のように語る裂那に、少女は冷たい視線を向ける。

 

「それより封印だと? こんな奈落の底みてぇなとこそうそう来れる場所じゃねぇだろ。お前、人間か?」

 

少女は睨むように目を細め答えた。

 

「……私は、先祖返りの吸血鬼」

 

「ほぉん」

 

「私も、聞きたい……」

 

「いいぜ。なんでも聞いてみろ」

 

「あなた、人間?」

 

少女は穴の空いた天井を見上げて尋ねる。

 

「多分な。少なくとも両親は人間だぜ。ただ最近、人知を超えたよくわからん現象に……。」

 

「……?」

 

急に黙った裂那に、コクッと首を傾げた。

 

「なあお前、結構長生きしてんだよな?」

 

「ん……。あなたより、ずっと歳上」

 

「ならよぉ、服着たらその服が目とか髪とおんなじ色になる、みたいな現象に心当たりねぇか?」

 

裂那は花々以外に明かさなかった疑問を、望み薄で尋ねたつもりだったが、少女の顔を見てその思いは変わる。

少女の表情は、驚愕と悲しみに塗り潰されたような顔をしていた。

 

「なんか、知ってんだな?」

 

ゆっくりと、少女はうなずいた。

 

「教えてくれ。頼む」

 

少女は何度も深呼吸をしてから言った。

 

「……あなた、……もしかして《黄色なる種》……?」

 

「いや、ちげぇ。オレのは《金色なる種》だ。あとオレの親友が《桃色なる種》だった」

 

「……そう」

 

安心したような、昔を懐かしむような、優しげな顔つきになった少女に裂那は再度問う。

 

「なんなんだ、その、〜〜なる種って奴は」

 

「…………知らない」

 

「あ?」

 

「……だから、知らない」

 

「ん、そっか。まぁいい。他にも似たようなのがいたってだけでも収穫だ」

 

「……黄色なる種の、あの子は、自分のことを危険信号(シグナルイエロー)って言ってた。……私の、友達だった」

 

「危険信号、シグナルイエローねぇ。ま、地上に戻れたらその辺探してみるのもありか」

 

「行っちゃうの!?っけ、っけほっ! けほっ!」

 

「落ち着け落ち着け。すぐにゃ行かねえよ。オレは魔力もなければ筋力も大したことのない、魔物相手にゃクソ雑魚の人間様だぜ。助けが来るのを待つに決まってんだろ。ついでにお前の封印解くよう説得してやるよ」

 

「……ありがとう」

 

年長者特有の、微笑ましい物をみるような目で言われる礼に、裂那は返事を詰まらせた。

 

 

 

 

007

 

 

裂那が金髪の少女の封印された部屋に来てから、一週間が経過した。

 

「なぁ、ここにきてからなんも食ってないんだが」

 

「……ん」

 

「ここ食いもんとかでねぇのか?」

 

「……無い」

 

「ったく、礼儀のなってない奴だな。ここに封印したって奴もよう」

 

「……そもそも、礼儀を求める相手がいない」

 

「マジに無人なのかよ。その石、吸血鬼パワーで壊せたりしねぇの?」

 

「……できたらやってる」

 

「だろうな。言ってみただけだ」

 

「……そういえば」

 

「あん?」

 

「……あなたの名前、聞いてない」

 

「んぁー、今更だろ。会って何日よオレら」

 

「……なんとなく気になった」

 

「やー、もういいだろ、別に。互いの名前を知らない友達ってのもなかなか素敵じゃねぇか」

 

「……意味がわからない」

 

「意味のあることなんてねぇのさ。意味を見出すことにだけ意味があるんだ」

 

「……」

 

少女はキッと裂那を睨みつけた。

 

 

 

 

008

 

 

裂那が来て、もうすぐ二ヶ月になる。

 

あの時名前を名乗らなかったことには本当に意味も理由も無かったらしく、数日後にもう一度聞いてみたら、普通に教えてくれた。そのことを言われた日は、一日口を聞いてやらなかった。

 

定期的に食事を求めるようなことを言っているが、お腹が空いているというわけでは無いらしい。裂那も今まで知らなかったみたいで、餓死しないことを喜んでいいのかと微妙な顔をしていた。

 

裂那の話は、どれもこれも愉快で面白い。暇つぶしと言って聞かせてくれる異世界の冒険譚は未知の文化、技術、歴史。どれをとっても私には想像もつかないものばかりで、この二ヶ月間は封印される前に負けずとも劣らない楽しいものだった。

 

かの世界では、吸血鬼は創作物らしい。裂那はそこから考察を広げていって、この世界の不自然さをいくつも発見し、私に訊いてきた。

 

私も二百年を生きたとはいえ、学者では無い。進化の起源なんて知るわけがないし、進化論なんて言葉も初めて聞いたくらいだ。

 

どんな疑問にもなんだかんだ私にも分かるように教えてくれる裂那には教職が向いてるんじゃないかと言ってみたら、そんなことは世界が平和にならないと無理だと言われてしまった。

 

裂那は一体、何を背負って生きているのだろうか。

 

 

 

 

009

 

 

二ヶ月と何日か経過して、いいかげん体内時計に不安を覚えてきた頃になって、外の様子に変化が現れた。

ドパンッ! と、銃声のようなものが開かない扉の向こうから聞こえてきた。

 

この世界に銃、あっても金属加工の技術面からおかしくないとはハナから聞いていたが迷宮の、それもかなり下の層であろうここで通用するとは思えない。せいぜい火縄銃が限界と聞いていたが、何発も撃っているのを聞くに間違いなく、オレらの世界と同レベルの銃だ。

 

戦闘が終わったのか物音が無くなると、カコンと何かが嵌まる音が微かに響き、間も無く扉が開かれた。

 

扉を開けたのは、隻腕白髪の男だった。明らかに銃のような物を片手に、部屋を見渡している。

 

間違いない。オレは確信した。この世界にあのレヴェルの金属加工ができる男なんてあいつしかいない。いるはずがない。いたらあいつをオレもハナもジョーカーなんて大層な呼び名をつけたりしない。

 

「よう、我らがジョーカー。全くいつまで待たせやがるんだ?」

 

肩をビクつかせ、ジョーカー、南雲ハジメは警戒しながらこっちを凝視した。銃を向け、警戒しながら数歩、歩み寄ってきた。

 

「お前、誰だ?」

 

地面に胡座をかいて座るオレに、上から心配そうな視線が飛ぶ。

 

「見りゃ分かんだろ。それとも二ヶ月もたったから忘れちまったか? 軍神裂那様のご尊顔をよぉ」

 

ハジメは警戒心を隠さず言う。

 

「そんな明らかに偉そうな奴のことはしらねぇ」

 

「オイオイ、随分とキャラ変わったじゃねぇかクモ。シロが驚くぞ」

 

ハジメは狼狽えながら言う。

 

「お、お前がここにいるはずがねぇんだ! それに俺が知ってる神刺は目も髪も黒い!」

 

半ば現実に言い訳をするようなことを言うハジメの銃を持つ手が震えて、カチャカチャと金属音が鳴る。

 

「多分テメェと一緒で、オレも落ちてきたんだ。ほれ、上に穴空いてるだろ。髪と目は、技能の……、めんどいからイメチェンでいいや」

 

「マジで、神刺、……なのか?」

 

「だからそう言ってんだろ。つーかそうとしか言ってねぇだろ」

 

「マジ……なのか? 本当に、幻覚でもなんでも無く、神刺さん、なの?」

 

「あぁ、そうだ。なんならハグでもしてやろうか? シロに何言われるかしらねぇけどよ」

 

「生きててよかった!!」

 

ハジメはホルスターに納め、思いっきり裂那を抱きしめた。

 

冗談で言ってみたが、まさか本当に抱きついてくるとは思って無かった。幾らか身体は逞しくなったみたいだが、精神まではそうはいかなかったってわけか。

 

「ずっと死んでると思ってた!!」

 

「オレが死ぬわけねぇだろ。生憎と怪我一つしてねぇよ」

 

涙を流すクモの頭を撫でてやる。ハナとか愛子とか、上のガキとかの頭を撫でてやったことはあるが、思えば男を撫でるのは初めてか。

 

「って、あぁそうだクモ、ちと頼みてぇことがある。テメェにしかできないことだ」

 

裂那から離れたハジメは後ろを向き、涙を拭いてから聞き直した。

 

「……なんだと?」

 

「この石に捕まってるこいつ、助けてやってくれ。この世界で多分最強クラスの一角、それに美少女だ。助けねぇ理由がねぇだろ?」

 

ハジメの返答は、とても冷たい物だった。

 

「……こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。という訳で……」

 

「おい待て。テメェが語ってそんだけでオレが諦めるわけねぇだろ? 話し合おうじゃねぇか」

 

部屋から出ようと扉に手をかけたところでハジメは止まった。そのすきに裂那は、少女に何かを吹き込んだ。

 

少女は静かに語る。

 

「……私、悪くない。……裏切られた、だけ……」

 

明らかに、ハジメは聞き逃すまいと聞き耳を立てている。

 

「……」

 

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

裂那と初めて話した時のような、今では必要以上に抑えたような、か弱い口調での語りを、ハジメはしっかりと聞いていた。その上で、ハジメは尋ねた。

 

「……お前、どっかの国の王族だったのか?」

 

コクコクと少女は頷いた。

 

「殺せないってなんだ?」

 

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

 

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

 

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

 

魔力を操れるだと? 裂那は青筋を浮かべた。

 

「おい待て、オレ魔力のことは聞いてねぇぞ」

 

「……言わなかった。名前教えてくれなかった仕返し。フッ」

 

ハジメは「今こいつ明らかに流暢に喋った上に鼻で笑ったぞ!?」と思ったが、聞かなかったことにした。

 

「……たすけて……」

 

ハジメが一人で思索に耽り一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

 

「クモ、テメェを裏切った奴まで連れ帰るのを手伝えなんて言わねぇ。オレの指揮下のジョーカーなんていつ辞めても構わねぇ。ただなぁ、現代日本を生きる気がまだあるなら、目の前で助けを乞う女は救うべきだ」

 

ハジメは裂那の話を聞き、振り向いてジッと少女を見た。少女もジッとハジメを見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか……

 

 

 

やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、少女を捕える立方体に手を置いた。

 

「あっ」

 

少女がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。

 

ハジメの見るからに変質した赤黒い、濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」

 

ハジメは更に魔力をつぎ込む。詠唱していたのなら六節は唱える必要がある魔力量だ。そこまでやってようやく魔力が立方体に浸透し始める。既に、周りはハジメの魔力光により濃い紅色に煌々と輝き、部屋全体が染められているようだった。

 

「へぇ……」

 

間近で見ていた裂那は、指揮のために見てきたクラスメイト達の魔法と比較し、感嘆の声を漏らす。

 

ハジメは更に魔力を上乗せする。七節分……八節分……。少女を封じる周りの石が徐々に震え出す。

 

「まだまだぁ!」

 

ハジメは気合を入れながら魔力を九節分つぎ込む。属性魔法なら既に上位呪文級、いや、それではお釣りが来るかもしれない魔力量。どんどん輝きを増す紅い光に、少女は目を見開き、この光景を一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 

なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのかハジメ自身もよくわかっていない。

 

脳裏に流れるのはこの世界に来た初日の、忘れかけていた華々花々の語り。

 

『戦いで幸せを手にした人間は、現代社会に戻ろうと戦い以外の手段を選べなくなる。正義の拳、男女平等パンチ! ……なんてね。』

『強盗で幸せを手にするってのならもうあたしは止めないけどね。』

 

ハジメはもう一度、内心で「なにやってんだか」と自分に呆れつつ、何事にも例外は付きものと割り切って、「やりたいようにやる!」と開き直った。

 

今や、ハジメ自身が紅い輝きを放っていた。正真正銘、全力全開の魔力放出。持てる全ての魔力を注ぎ込み意地の錬成を成し遂げる!

 

直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 

幼げながらもそれなりに膨らんだ胸が露わになり、次いで腰、両腕、脚と、立方体から流れでた。一糸纏わぬ少女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しい。

二百年全く動かなかったため衰えた筋肉では立つことすら難しく、倒れそうになったところを裂那が抱き支えた。

 

ハジメは地面に座り込み、肩でゼハーゼハーと息をし、すっからかんになった魔力のせいで激しい倦怠感に襲われる。

 

少女は裂那から下ろされ、ハジメにしがみつくように抱きついた。

 

そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

「……気にすんな。軍師様の命令だったからな」

 

「裂那も、ありがとう」

 

「オレはなんもしてねぇよ。オレがいようといなかろうと、クモはテメェを助けたさ」

 

裂那は妹や弟を褒める姉のような、普段からは想像もつかない優しい笑みを浮かべながら、ワシャワシャと二人の頭を撫でた。

 

 

 

第四話、END.

 




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