正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第五話

000

 

レナはあたしの人生そのもの。

 

レナがいるから、あたしは生きている。

 

レナがいるから、あたしは生かしている。

 

レナが言うから、あたしは生かす。

 

レナが言わなきゃ、

 

レナが、言わなきゃ……。

 

 

 

 

001

 

 

時刻はハジメと裂那が落ちた直後まで遡る。

 

「ハナ!! 勝手に殺すんじゃねぇぞぉ!!」

 

奈落から響く軍師の命令に、その場の全員が固まった。

 

今にも飛び出しそうだった香織、それを必死に抑えていた愛子と雫、抑えに加わろうと近寄る天之川が、この世の闇を見た。

 

この世の闇が今にもこぼれ出しそうな瞳の少女が、重く呟く。

 

「……いいよ、レナ。許してあげる」

 

その言葉にどれだけの意味があるのか。知るのは花々ただ一人。

 

闇はすぐに晴れ、ニンマリと笑い光を吐き出すように花々は言う。

 

「みんな!! 急いで逃げるよ!! あはは! 神の傑作と鬼ごっこなんて贅沢にもほどがありまくりっ!! まさに神話! 逃げる姿は英雄譚!」

 

とても明るく、しかし冷たすぎる物言いにクラスメイト達は信じられない物を見るような目で見る。

 

場の空気を変えるため、天之川がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。

 

「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。ベヒモスは未だ健在だ。ハジメの錬成で作られた柱からすでに潜り抜けていて、今にも突進してきそうな様子だ。この場は危険すぎる。

 

光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

上階への階段は長い。

 

 

 

002

 

 

泣きじゃくる愛ちゃんと香織ちゃんの手を引きながら、あたしも階段を駆け上る。

 

「ほらほら泣かないで愛ちゃん! 香織ちゃん! ちゃんと前を見ないと観るべきものも見えないよ!」

 

先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、登った段数約1000段、ビルにして四十階分近く。先の戦闘での疲労もあり、全員顔に疲れが出ている。

 

背後からの轟音も止んだため、そろそろ小休止を挟むべきかとメルド団長が考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 

クラスメイト達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。

 

「トラップはないよー? あはっ! 団長ってば心配性でやんのー!」

 

揶揄うようにケラケラ笑う花々を、さっきまで泣いていた愛子と香織までジトっとした目で見つめた。

 

メルド団長は額に血管を浮かべながらも魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。

 

そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。

 

そんな彼らを尻目に、花々は先へ進む。

 

「休んでる暇はないんだよっ! こっから先魔物との戦闘は無くしてあげるから歩く歩く!!」

 

「おい待て!」と、戦闘力皆無だと思われる花々を追いかけていき、ついて行くしかない愛子や生徒たちは、やれやれといった様子で歩み出す。

 

 

 

 

003

 

 

遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 

今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

だが、一部の、奈落へ落ちていったハジメや裂那を思い香織や愛子、他女子数名は暗い表情だ。

 

そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド団長。

 

二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。

 

そして、ハジメと裂那の死亡報告もしなければならない。

 

憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルド団長だった。

 

 

 

004

 

 

 

ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角にある目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め微動だにしない。もし、クラスメイトが彼のこの姿を見れば激しく落ち込んでいるように見えただろう。

 

だが実際は……

 

「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。雑魚のくせに……ちょ、調子に乗るから……て、天罰だ。……俺は間違ってない……白崎のためだ……あんな雑魚に……もうかかわらなくていい……俺は間違ってない……ヒ、ヒヒ」

 

暗い笑みと濁った瞳で自己弁護しているだけだった。

 

そう、あの時、一発目が撃ち飛ばし、二発目がカーブを描いてハジメを襲った火球は、この檜山が放ったものだったのだ。

 

バレないように絶妙なタイミングを狙って誘導性を持たせた火球をハジメに着弾させた。流星の如く魔法が乱れ飛ぶあの状況では、誰が放った魔法か特定は難しいだろう。まして、檜山の適性属性は風だ。証拠もないし分かるはずがない。

 

そう自分に言い聞かせながら暗い笑みを浮かべる檜山。

 

その時、不意に背後から声を掛けられた。

 

「きーっちゃった聞いちゃった! 醜い殺人鬼の汚い言い訳聞いちゃった!! きゃー耳が汚れちゃーうっ!! あはははは!!!」

 

「だ、誰だ!!」

 

慌てて振り返る檜山。そこにいたのは見知ったクラスメイトの一人だった。

 

同じく殺された神刺裂那の親友、華々花々だ。

 

「お、お前、なんでここに……」

 

「なんでここにぃ? あは! 君が知る意味なんて無いんだよ、ひぃやまキュゥン! 誰がここにいようと君の人生に変化は無い! 恋は実らず歴史に残らず、生きた軌跡は殺人鬼!」

 

花々は楽しげに語りながら、突然何かを天高く放り投げた。

 

それはすぐに、檜山の足下に落ちてきた。

落ちてきたのは、小悪党四人組の三人。そしてなぜか、あまり目立たない女子生徒、中村恵里だった。目立った外傷は無いが、四人とも気を失っている。

 

「……お前、俺に何をする気だ」

 

「何をするきって、なぁんにもしてあげないよ? えっちぃことでもされると思った? 残念! レナの大事な戦力を失わせた君に荷物運びを頼もうと思っただけだもんね!」

 

「は?」

 

「あ、恵里ちゃんにするなら今のうちだよ? 今後女子とよろしくできる運命なんて残しちゃいないからね! 童貞捨てるビックチャンスにしてラストチャンス!」

 

「……それが、お前の本性なのか?」

 

呆然と呟く檜山。

 

花々は聖女のような美しい笑みを浮かべながら答える。

 

「本性なんて無いよ。相手によって見える面が違うだけでね。だからごめんねっ! あたしのエッローイ面は君には見えないの!」

 

確実に何かを誤解されている。檜山は全身を震わせながら思う。

 

「あははっ! エッローイだなんて、まるで海外の芸術家の名前みたいだよね! エッローイ・キャーヘッターイなぁんて! あたしは芸術が苦手だからね。いやらしい、じゃなくて羨ましいものだよ」

 

用は済んだのか、檜山に背を向けた。

 

「あぁ、そうそう。これから香織ちゃんともおしゃべりしてくるからさ、君のカッコイイところいっぱい教えといてあげる!」

 

「まっ、待て!」

 

伸びる手は空を掴み、花々は背景へと消えていった。

 

「……くそっ!!」

 

 

 

005

 

 

「かっおりちゃーん!! 元気ー!?」

 

檜山との会話の後、花々は屋根から屋根、ときどき壁へと飛び移りながら一直線にクラスメイト達の泊まる宿の、香織と雫の部屋の窓に飛び込んだ。

 

「しぃぃー! 今やっと寝たところなのよ!」

 

「うん知ってる! だってあたしは香織ちゃんにお話があってきたんだからね!」

 

無遠慮に大声で話す花々に雫は静かにするように言うが、花々は構わず黙らない。

 

「さっきまでわるーい人とお話してきたからねっ! 一人二人じゃ怖くて怖くて夜も眠れないよっ」

 

「ぅ、……んぅ、しずかちゃん?」

 

「香織、私をお風呂好きみたいに言わないで」

 

香織は空な目で頭をフラフラとさせながら目を覚ました。

 

「あれ……、南雲くんは……?」

 

「っ!!」

 

周囲を見渡す香織から呟かれた言葉に、雫は息を飲んだ。

 

「あはは! 香織ちゃん! 落ちた南雲くんのことも、落とした人のことも、他にも色々話し合いたいんだけどぉ……」

 

「ちょっとあなたねぇ!!」

 

不謹慎な物言いに、雫が激昂した。

 

だがそれを、香織は止めた。

 

「いいよ、雫ちゃん。わかってる。知りたく無いしわかりたく無いし寝ていたいし夢に浸かっていたかったけど、うん。仕方ない。それで何かな、花々ちゃん」

 

「ンフフ、レナっちからの伝言だよん♪」

 

「「へ?」」

 

妖艶に微笑む花々に、雫、香織はポカンと口を開ける。

 

「地の底に生きるレナっちからの伝言。『ジョーカーは存命だ。格を上げて待ってろ』ってね」

 

「ハジッ……、南雲くんは生きてるの!?」

 

「ちょっと待ちなさい! そもそも伝言なんてどうやって!?」

 

興奮して花々に詰め寄ろうとする香織を、叶わぬ希望を持たせまいと雫が抑える。

 

「あたしとレナは運命共有。あたしが言ったことはレナが言ったも同然。わかりやすく伝言なんて言葉を使ってみたけど、わかりにくかったのなら予言でも代弁でもいいけどさ」

 

「あなた、何を言って……」

 

「あたし達は流される運命を自身で選ぶ才ある人間だよ。そんなあたし達にジョーカーに定められたのなら、奈落の底に落ちた程度で死ぬわけがない」

 

なんてことないように、花々は笑う。

 

 

 

 

 

 

 

006

 

 

 

主は変革を望まれた。

 

新たなる色、金色が誕生した。

 

桃色なる種を引き連れて。

 

 

 

創世神話、再開の時。

 

次は、我も参戦す。

 

計画(プロジェクト)失われた青図(ホワイトブルー)終了。進行信号(シグナルブルー)、発色。

 

 

神言集、青の項。

『時は我のものにあらず。汝の手にこそ時はあり』

 

 

我、青の神の代替品(ゴッドオルタナティブ)。色の導き手なり。

 

 

 

 

 

 

007

 

 

 

 

 

 

 

「……名前、なに?」

 

少女は甘えるようにハジメに身体を預け、囁くように尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながらハジメは答え、少女にも聞き返した。

 

「ハジメだ。南雲ハジメ。お前は?」

 

少女は「ハジメ、ハジメ……」と内に刻み込むように繰り返す。似た様な目に逢っている裂那は苦笑いしながら、その光景を見守る。

 

問われた名前を答えようとして、少女は思い直したようにハジメにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

 

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみるハジメだったが、少女はふるふると首を振る。

 

「……そうじゃ、無い。大切なひとに名前、もらいたい」

 

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

少女は期待する様な目でハジメを見る。ハジメは照れくさそうに目を逸らし、裂那に助けを求めた。

 

「……神刺」

 

「何でオレが……。ポチとかでいいだろ、んなもん」

 

裂那の言葉に二人ともガッカリした様子で、哀れんだハジメは本格的に悩み出す。

 

「《ユエ》なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

 

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

 

「ああ、ユエっていうのはな、俺の故郷で月を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

 

少女はどうやら気に入った様で、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「なんか、あれだな。口説いてるみてぇだな。シロが見たらどうなるやら……」

 

ニヤニヤと、見つめ合う二人を観察する裂那。その言葉にユエは顔を赤くし、ハジメは顔を青くさせた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

「……おう、取り敢えずだ」

 

「?」

 

礼を言うユエは抱きしめていた腕を解き、着ていた外套を脱ぎ出すハジメに不思議そうな顔をする。

 

「これ着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

 

「……」

 

そう言われて、差し出された服を反射的に受け取りながら自分を見下ろすユエ。ハジメの心情を理解したユエは、裂那によく向けていた冷たい目でポツリと呟いた。

 

「ハジメの、ロリコン」

 

「……」

 

何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメ。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。裂那が暇つぶしに教えた《萌え袖》をパタパタさせているのが微笑ましい。

 

ハジメはポーションの様なものを飲み、使い果たした魔力なんかを回復していると、上を見上げて苦笑いしている裂那に目が止まった。嫌な予感がしたハジメは、此処に来るまでに身に付けた技能の一つ、《気配察知》を使い、……凍りついた。とんでもない魔物の気配が直ぐ傍に存在することに気がついたのだ。

 

場所は天井。

裂那がユエの封印を解こうと探し回った時に見つけた魔法陣だ。

 

ハジメがそれに気がつくのと、実体化し降って来るのにタイムラグはさほど無かった。

 

ズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。

 

その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 

一番分かりやすいたとえをするならサソリだろう。二本の尻尾は毒持ちと考えた方が賢明である。

 

ハジメは不適な笑みを浮かべ、戦闘能力をほぼ持たない裂那を下がらせようとするが、その手は裂那の表情を見て止まる。

 

「想定以上だなおい。戦力としてならベヒモス五、六頭ってところか?」

 

シニカルに笑う裂那に、一瞬、思わず止めるのを躊躇われた。

 

「おっ、おい!」

 

「裂那、下がって」

 

サソリモドキに無防備に近づく裂那を口々に止めようとする二人に、ちらりと振り向き裂那は言った。

 

「オイオイ、しばらく会わねぇうちに忘れたかぁ? オレの真骨頂は戦わねぇことだ。平和主義のハイエンドモデル、神刺裂那様が柄にもなくやる気出してんだから、寛いで聞いてやがれ」

 

ギチギチと音を立てながらにじり寄ってくるサソリモドキ。

コキコキと首を慣らしながら歩み寄る平和主義者神刺裂那。

 

「さっさと話し合いで解決しちまおうぜ? 平和的に、な」

 

 

 

 

008

 

 

 

サソリモドキの初手は尻尾をハンマーのように使っての殴打。腰目掛けて振るわれたそれを、裂那は俵を担ぐように受け止めた。

 

「はっ! 自己紹介より先に握手しましょうってかオイ! いいじゃねぇか、国際交流っぽくてよぅ!」

 

出血や骨折の一つもなく受け止めた裂那に、ハジメとユエは驚愕の表情を浮かべる。ハジメは以前、ベヒモスの突進を受け止めようとして止めきれなかったのを見ているため、この結果は予想外であった。

 

「オレは裂那っつうんだ。ヨロシク」

 

裂那は名乗るが、サソリモドキが応じるわけもなく、二本目の尻尾でさらなる殴打を繰り出す。普通なら、これで潰れて終わりなのだが、裂那は難なく捕まえて見せた。

 

「オレにテメェを殺す気はねぇよ」

 

『シンニュウシャ コロセ クベツ ナク』

 

「あん?」

 

明らかに、その場の誰のものでも無い言葉が聞こえてきた。聞こえたというか、脳に直接流れるような感覚。

 

『シンニュウシャ コロセ クベツ ナク』

 

繰り返し流れるその言葉に何を思ったのか、裂那は掴んでいた尻尾を二本とも離した。

 

「あぁ、なるほどどうりで……」

 

『シンニュウシャ コロセ クベツ ナク』

 

 

オレはずっと疑問に思っていた。

 

なぜ魔物は人を襲うのか。

 

造形こそ違ど、こいつら魔物と野生の動物の精神に大した差は無いはずだ。人間の味に味を占めたとか、恨みを持ってるとかなら分かるが、此処は人の踏み入ったことのない奈落。このサソリモドキまで襲って来る理由がねぇ。

 

話し合うどころか、言葉が通じるかも賭けだったが、通じるならわけねぇ。

 

『シンニュウシャ コロセ クベツ ナク』

 

開放された尻尾から、紫色の液体が噴射された。弾丸のような速さのそれを、裂那が回避するには速すぎて、頭からもろに被った。

全身に滴る液体はポタポタと地面に零れ落ち、ジュワーと床を溶かす。

裂那に大したダメージはなく、気色悪さに顔を歪める程度だ。

 

『シンニュウシャ コ うっせぇ! ナク』

 

裂那不機嫌そうに叫ぶ。声はサソリモドキから流れ込んでくる言葉に割り込み、一瞬だがサソリの動きを止めた。

 

『シンニュウシャ コロセ クベツ ナク』

 

しかしやはり一瞬で、サソリモドキのもう一本の尻尾の針が裂那に照準を合わせる。先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。

巨大な針は裂那の肩に向かって飛ぶ。裂那は右に逸れて回避を試みるがやはり速さが足りず、肩に命中したが、それもダメージを与えるには足りなかった。

金色に変色した服は針を通さず、傷つくこともなく、針がガラスのように砕け散った。

 

『いちいち命令聞いてんじゃねぇ!』

 

『テメェのことはテメェで決めろ!』

 

『楽してんじゃねぇぞ労働者がぁ!』

 

サソリモドキから流れて来る言葉を、尽く裂那がかき消す。サソリモドキの動きが完全に止まり、ブルブルと震えている。

 

「はっ! 口撃術っつったか? よくわからん技能だったが、なかなか使えるじゃねぇか」

 

言葉を弾丸のように撃ち、本来放たれるはずだった言葉を打ち砕く。裂那の頭脳はそう決断を出した。

 

「……裂那、すごい」

 

「つうか完全チートだろこれ……」

 

完全に寛ぎ観戦していたハジメとユエが感嘆の声を漏らす。

 

「想定外っつーか、予定外なんだが、んまぁ、これもありっちゃありか」

 

勝利を確信したのか、裂那は一息いれてからたたみかける。

 

『楽したきゃオレのもんになれ』

 

『無駄なく幸せに使い込んでやる』

 

『平和に生きようじゃねぇか』

 

裂那の声がサソリモドキに響く。震えは強くなり、次第に各部が膨張を始めた。

 

「あん?」

 

パーン!!

 

丸々と膨れ上がったサソリモドキは風船のような爆音を轟かせて、消滅した。血肉も、甲殻も一切残さず消滅した。

 

 

 

009

 

 

どういうことだ?

 

なんでこうなった。サソリに命令してる声を言い換えはしたが、死ねなんて一言も言ってねぇぞ。自爆か? いや違う。裏切りしたとき用の防止策? そんなわけあるか。ゲームじゃあるまいし。バグの蓄積? ……。

 

 

想定していなかった結末に唖然とするハジメとユエを差し置いて、裂那はその場に立ちすくみ頭を悩ませる。

 

直後!

 

「ぐっ、……、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

先のサソリモドキのように、裂那の腹部が急膨張を始めた。未知の激痛に、断末魔が迷宮中に響き渡る。

 

ハジメとユエが慌てて駆け寄るが、治療法もわからない。妊婦のような様になったのも束の間、さらに膨張し、膨れた腹の直径は裂那の身長を超えるほどに膨れた。立っていられなくなった裂那は倒れ、押し潰される。

 

ハジメは中身を抜こうと腹にナイフを刺そうとするが、裂那の皮膚は刃を通さない。

 

気を失ったのか裂那の悲鳴が止まり、腹の膨張も止まった。所々血管が浮き出ていて、その様はまるで巨大な卵。

 

試行錯誤するハジメを尻目に、何も出来ずにいるユエは見た。

 

 

裂那の腹の頂部から、金色の液体が溢れるように垂れている。

 

「……血?」

 

ユエが先祖返りの吸血鬼だからこそ、すぐに気づけたのだろう。その液体は間違いなく、血液だ。

 

「ハジメッ!」

 

「わかってる! いやわかんねぇ! こいつ何しやがったんだ! クソ!」

 

八つ当たり気味にナイフを突き出すと、刺さらず、むしろナイフの刃が砕け散った。

 

「裂那、裂那……」

 

二百年ぶりの人間にして、二百年ぶりの友人の危機についに、ユエは涙を流す。

 

それに答えるように、また悲鳴が聞こえてきた。

 

「アッ、ガァァァアアア!!」

 

「今度はなんだ!?」

 

状況の変化に警戒したハジメは泣いているユエを抱き抱え、裂那から距離をとり、ようやく気がついた。

 

「……割れて、いや、裂けてる?」

 

偶然か否か、裂那の名の如く巨大な球が縦に裂けている。金色の血が吹き出していて、裂那を中心に血の湖が広がる。

 

広い神殿のような部屋の床はすぐに金に染まり、ハジメの靴がもうすぐ浸ってしまうほどに溜まっている。裂那の出血におさまる気配はない。

 

いくら巨大に膨れ上がっていたとはいえ、明らかに体積以上の量の血のような何かが出ている。

 

 

 

「アアアアアアアアアアアア!!!」

 

裂那の悲鳴と共に、膨れた腹が元に戻り始めた。

切れ目の入った風船の如く腹は縮み、流れた血は逆再生されるように裂那に集約していく。

 

「裂那!」

 

床から金色がなくなると、ユエが危なっかしく駆け寄る。ハジメも後を追って、二人ともすぐに気がついた。

 

裂那の元の大きさに戻った腹部に裂け目はまだ残っていた。

 

「っ!」

 

その異常な光景に、ハジメは絶句する。

 

金色の溢れる裂け目から、もみじのような小さな手が出ている。赤子の手だ。裂け目を広げて這い出ようとするそれを、何を思ってのことかユエは掴んだ。

 

「……えい」

 

呟くような小さな掛け声と共にそれを引き抜いた。

 

一見、普通の人の赤子だが異形のものであることがすぐにわかった。

尻尾。膨れて、消滅したサソリモドキの特徴でもあった二本の尻尾が生えていた。

 

「……ウゥ? ァゥアァ……?」

 

赤子は泣かず、まるで状況が理解できず混乱している様子である。

 

片手を掴んで宙吊りのままであるのに気がつき、ユエは慣れた手つきで赤子を抱き抱える。

 

「……かわいい」

 

 

 

 

 

010

 

 

 

 

何が起こった?

 

わけがわかんねぇ。いや、わかってる。産まれたんだ。

 

 

オレの子が。

 

オレが、孕んで、産んだ。

 

だが何故?

 

男に抱かれた覚えなんて一切ねぇ。人に限らずだ。

 

無性生殖?

 

ふざけろ。オレは人間だ。

 

 

……人間じゃ、ないのか?

 

金色なる種ってのも、そういうことなのか?

 

読んで字の如く、人間じゃなくて、《金色》っつぅ種族だとでもいうのか?

 

そういや、ずっと飯も食ってねぇし風呂も入ってねぇ。トイレに関しちゃこの世界に来てから一度も行ってねぇし、生理も来てねぇ。

 

 

 

……マジか。ユエは、吸血鬼の先祖返りだから、大丈夫っつったか。似たようなもん。で、片付けていいのか?

 

 

 

情報が足りねぇ。ハナとの合流が最優先。いや、他の知ってるやつに聞くべきか?

 

金色。桃色。そして、黄色。多分他にもいるよな。赤とか、青とか。

 

 

どっちにしても、地上に上がるのが第一目標か。

 

 

 

 

 

011

 

 

 

 

裂那は、まだ目覚めない。ハジメが脈とか呼気を確かめて、生きてるみたいだけど。

 

「ユエ、それ寄越せ」

 

「……ハジメ?」

 

「寄越せ。神刺が起きる前に、殺す」

 

「っ!?」

 

この子はハジメの言葉を理解してるみたいで、裂那、母親を求めるみたいに暴れ出す。

 

「……だめ」

 

「あぁ?」

 

ハジメはわけのわからないものを見るような目で私を見る。

 

「だめ。……産まれがどうあれ、この子は裂那の子。……殺す殺さないは裂那が決めるべき」

 

「だめだ。神刺は殺せねぇ。でもどう見ても足手まといだ」

 

「……裂那は賢い。殺せないなら、殺さずに済む方法を考える」

 

「考えてどうなる? ガキ一人いるのに変わりねぇ」

 

「……戦闘に関してなら、裂那本人も大差ない」

 

「そりゃ、そうだが……」

 

 

 

 

 

「ママ? ……どこ?」

 

「「!?」」

 

今、誰が喋ったの? 裂那じゃないし、まさかこの子?

 

「あー、こっちだ。……ユエ、寄越せ」

 

「! ……裂那、起きた?」

 

「寄越せっつってんだ。オレの子供なんだろ?」

 

「ん……」

 

冷や汗流しているハジメを尻目に、赤ちゃんを裂那に手渡す。

 

「ママ! ママ!」

 

「ったく、んなキャラじゃねぇってのに」

 

苦笑いしながら、裂那は赤ちゃんを優しく抱く。

 

「……裂那、お腹、大丈夫?」

 

「あぁ? 破茶滅茶痛えよ。……風船に同情する日が来るとは思わなかったっての」

 

「ママ、だいじょうぶ?」

 

「……はっ! 子供が親の痛み気にしてんじゃねぇよ。……待て、おまえ喋んの?」

 

「喋った、よな」

 

冷静さを取り戻した裂那とハジメが同じ疑問を抱いた。

 

「ん、喋った」

 

「しゃべるよー」

 

「マジか」

 

裂那は胸に赤子を乗せたまま、脱力したように両手両足を地に投げた。

 

「……クモ」

 

「なんだ」

 

「ハナ、それか《色》との合流、遭遇を最優先だ。いいな」

 

ハジメは眉を潜め、問う。

 

「ハナ、ってのは華々か。色?」

 

「オレとかハナみてぇなやつだ」

 

「居てたまるかそんなもん!!」

 

ハジメの激昂に、ユエと赤子が肩をビクつかせる。

 

「はっ! どうだかな」

 

 

 

裂那は楽しそうに、本当に楽しそうに笑った。

 

 

 

第五話、END.

 

 

 

 

999

 

 

 

 

これは、いつかどこかの確かにあった対談というには軽く、雑談というには高尚な、ハナとレナの話し合い。

 

 

 

 

「ねえレナ、龍って見たことある?」

 

「あぁ? それは、あれか? 所謂ドラゴンのことか?」

 

「そう、そのドラゴン」

 

「なら、ねぇよ。探そうと思ったこともねぇ」

 

「ふぅん。そう」

 

「ハナ、お前はあるってのか?」

 

「あるね。あるある。超ある。ありすぎて動物園を臓物園にしかねないくらいあるよ」

 

「するなよ。クセェから」

 

「あたしがする必要なんてないよ」

 

「龍がやるとでも言う気か?」

 

「そんなことしないよ。するまでもない」

 

「じゃあなんだってんだ」

 

「なんでもないよ。なんでもないし、何にもない」

 

「ない?」

 

「ない。龍がいようといなかろうと、あたしが見ていようとなかろうと、何もないんだよ。あたしは神を見たし天使を見たし悪魔も見た。神の完全性を証明したし不完全性を証明した。天使の残酷さを理解したし天使の優しさを理解した。悪魔の証明だってしたし悪魔の証明の証明だってした。だけどそれでも、なんでもない。影響がないって言えば幾らか具体的かな」

 

「それで、何が言いてぇ?」

 

「レナは何をあたしに言わせたい? 生きることに意味はないだとか、人間には価値がないだとか、幻想と現実に違いはないとか、あたしはなんでも言ってあげるよん?」

 

「茶化すな」

 

「んもう、かわいいなぁ、レナは」

 

「言いたいことをさっさと言えよ。焦ったい」

 

「何にも言いたかないね。あたしは言わなきゃならないことを持たない」

 

「嘘つけよ。ハナが言わなかったことなんてねぇだろ」

 

「当然。あたしは嘘つきだからね」

 

「だろうよ」

 

「あははっ」

 

「くははっ」

 

「ねぇレナ、嘘をついたことってある?」

 

「ねぇよ。オレは嘘をついたことがねぇ」

 

「本当に?」

 

「本当に。嘘があったとしたら、そりゃ世界が嘘だ。人類全員が世界に嘘をつかれている」

 

「へぇ。あたし好きだよ。レナのその、自己中心世界論って、まぁあたしが勝手に名付けただけだけど。そういうとこ」

 

「どんなとこだよ」

 

「そんなとこだよ。レナは絶対に間違えない。間違えたのなら、それは世界が悪い。ンフフ、ほんと、かわいいなぁ」

 

「ハナ、お前、龍を見たことあるか?」

 

「あはっ! ないね! ないない! なさすぎて水族館が風俗館になったよ」

 

「するな」

 

「いいよ、わかった」

 

「嫌に素直だな」

 

「あたしは嘘をついたことがないからね」

 

「嘘をつかないやつは嘘なんて言葉をしらねぇやつだ」

 

「正解!」

 

「ったく、可愛くねぇやつ」

 

「レナはいつもかわいいよ」

 

「何回も言ってっと、意味が薄くなるぞ」

 

「今わかってくれればそれでいいよ。あたしは刹那を生きる少女だからね。後も先もどうだっていいんだ」

 

「そうかよ」

 

「そうだよ」

 

「……なぁ、オレの人生くれてやるっつったら、欲しいか?」

 

「要らないね。あたしはレナの人生を歩むレナが好きなんだから、あたしのものにしようなんて、……殺すよ?」

 

「死ぬかよ、オレが」

 

「死なないよ。レナはあたしのだからね」

 

「ならハナはオレのか?」

 

「もちろんそうだよ。今のところは、ね」

 

「変な伏線を引くな。ねぇよ、オレが裏切るとか、そんなのは」

 

「むしろ裏切ったくらいであたしのものじゃなくなれると思う?」

 

「思わねぇよ。そこまでバカじゃねぇ」

 

「どうだかねぇ。レナは嘘つきだからなぁ」

 

「生まれつきだ。諦めろ」

 

「いいよん。付き合ってあげる」

 

 

 

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