正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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ひじょーに難産でした。

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第六話

 

 

 

000

 

私が教師になりたいと思ったのは、中学生の時のことです。

 

クラスは違いましたが、学校どころか街ぐるみで虐められていた、可哀想な子がいました。

 

偶然にも、神刺さんのように目つきが鋭くて、私ほどではありませんが小柄で、有り体に言ってしまえば不遇の一言に尽きる、そんな女の子。

 

助けたかった。

 

しかし、助けられなかった。純粋な力がたりませんでしたし、権力も、知力も、何より度胸がたりませんでした。

 

結局何も出来ず、私はただ見て見ぬ振りをするだけ。

 

 

 

見て見ぬ振りは同罪という世間一般の思考に、私は苛まれました。

 

 

 

無事教職に就き、私は神刺さんに出逢いました。現代社会の授業でのことです。

 

不覚にも、不遜にも、助けたいと思ってしまった。今も昔も変わらず、常識というものを嫌悪し、世間というものを見下し、社会というものを隔絶しているだけの神刺さんを、あろうことか憐んだのです。

 

愚かしい。当時の私が憐れで仕方がない。

 

以来私は、神刺さんの心配をしないと誓いました。

 

 

だから私は、神刺さんの身を案じない。

 

 

 

 

001

 

 

裂那とハジメが再会し、裂那が無性生殖した日。

 

光輝達勇者一行は、再び《オルクス大迷宮》にやって来ていた。但し、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、小悪党組、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 

理由は単純明快。話題には出さなくとも、ハジメの死が、裂那の死が、多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。戦争は強制しなかったが、戦闘訓練を無情に強制してくれていた裂那がいなくなり、まともに戦闘などできなくなったのだ。

 

当然、聖教教会関係者は、天之川光輝は、決していい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。

 

当然、愛子は猛抗議した。

花々を除いて、裂那と最も仲が良かったのも、クラスでハジメに気を使っていたのも、愛子なのを全員が理解していた。

 

だからこそ、愛子の存在はとてつもなく邪魔な存在だった。

 

 

 

裂那の持っていた指揮権を、教会は天之川に与えたのである。

 

権力を得た優しさは暴走した。誰もが予想していたことである。

 

戦いたくないものの声を聞き入れ、勇者パーティーと小悪党組、永山重吾のパーティーのみが訓練を継続することになった。

 

肝心の愛子は、華々花々と共に農地改善、及び開拓を言い渡された。言ってしまえば、厄介払いである。

愛子にとって不満の極みである。急に異世界召喚などというファンタスティックで非常識な事態に巻き込まれ、気がつけば生徒二人が行方不明で生死不明。愛子の望む教師としては失格であり、既に最悪の事態だ。生徒を守るどころか、どんどん手の届かないところへ担がれてしまっている。

 

必死に抵抗するも、生徒達自身にまで説得され、あろうことか花々の甘言に乗ってしまったのだ。

 

「一緒にレナを探しに行こう」という言葉に、心が揺らいだ。揺らいだが、愛子も伊達に問題児二人を担当していない。ただでは折れなかった。愛子は花々の協力のもと、教会幹部、王国貴族に真正面から、背後から、横殴りに、全方位から徹底抗戦した。

叫び、走り、脅し、泣き落とし、遂には勝利を掴み取った。戦闘行為を拒否する生徒への働きかけは無くなり、捜索の足としての馬と馬車、使いきれないほどの資金、生徒達の自由を手に入れたのだ。だが、そんな愛子の頑張りに心震わせ、唯でさえ高かった人気が更に高まり、戦争なんてものは出来そうにないが、せめて任務であちこち走り回る愛子の護衛をしたいと奮い立つ生徒達が少なからず現れた事は皮肉な結果だ。

 

「戦う必要はない」「華々さんがいれば危険はない」そんな風に説得し思い止まらせようとするも、そうすればそうするほど一部の生徒達はいきり立ち「愛ちゃんは私達(俺達)が守る!」と、どんどんやる気を漲らせていく。そして、結局押し切られ、その後の農地巡りに同行させることになり、何を察したのか花々は面倒くさそうに頭を抱えていた。

 

ちなみにこの日、愛子の護衛のため派遣された騎士たちと顔合わせがあったのだが、さらなる面倒ごとを抱えてなるものかと花々は日本にいた頃以来の全身全霊の語らいの末、騎士達は農業の才能に目覚め、騎士を引退し、農家になることを神に誓っていた。

 

そんなこんなで現在では、《オルクス大迷宮》で実戦訓練をつむ光輝達勇者組、居残り組、愛子の護衛組に生徒達は分かれていた。

 

 

 

 

002

 

 

愛子たちは、農地改善、開拓という建前、裂那、ハジメ捜索を目的とした旅に出た。

最初の目的地は、《ブルックの町》

周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。門番の詰所だろう。それなりに、充実した買い物が出来るという花々の言葉に、今までまともな娯楽に触れられなかった生徒達は頬を緩ませる。

 

どんなものが売られているかという話や、何をしにきたかという話で盛り上がっていると、町の門までたどり着いた。門番の詰所から革鎧に長剣を腰に身に付けた男が出てきて、花々の乗った馬を止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。花々はいつの間にかくすねていた愛子のステータスプレートを手渡し、質問に答えた。

 

「人探し。あと二、三日の宿泊と、食糧補給かな。ちょっと世界一周の旅をしててね」

 

馬車の中は食糧だという風に指差す花々に、ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男が愛子のステータスプレートをチェックする。

 

「それにしても、随分綺麗な馬だな。お嬢ちゃん、もしかしなくても金持ち?」

 

ステータスプレートを返しながら、男は尋ねる。これは規程にない、興味本位の質問だろう。

 

「あはは! ありがとお兄さん! 今時、世界一周なんてする人童話のお姫様みたいな人しかいないでしょ?」

 

にこやかに返した花々に気をよくしたのか、男は笑顔で馬車を通した。

 

「お兄さんまたねー!」

 

手を振る花々に、男も照れ臭そうに振り返した。

 

このやりとりの間、必死にバレないように息を潜めていた愛子たちは戦線恐々であった。

 

 

 

003

 

 

花々は迷うことなく馬小屋のある宿屋に辿り着き、部屋をとった。男子四人をそれぞれ二人部屋に、花々、愛子で二人部屋に、女子三人を三人部屋に、という分け方で、特に文句は出なかった。

 

そのまま部屋割りのグループで町を探索することになり、愛子と花々は冒険者ギルドに向かった。

 

仲良く手を繋いでメインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。怖気づく愛子と裏腹に、花々は躊躇うことなく重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。

 

 

ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、愛子は、勝手に薄汚れた場所と考えていのだが、意外に清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々、酒は置いていないのかもしれない。

 

二人がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない二人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、すぐに二人とも美少女気がつき、瞳の奥の好奇心が増した。中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。平手打ちでないところに愛子は苦笑いを隠せない。

 

騎士を農民に転職させた魔性の微笑みで女冒険者をも魅了しつつ、花々はカウンターへ向かう。

 

カウンターには大変魅力的な、花々とは別ベクトルな魔性の笑顔を浮かべたオバチャンがいた。恰幅がいい。横幅が愛子と花々合わせても余りある。

 

オバチャンはニコニコと人好きのする笑みで花々達を迎えてくれた。

 

「どうしたんだい? お嬢ちゃんたち。迷子か何かかい?」

 

「あははっ! まぁそんなところかな? ところでおねいさん、パン屋さんに転職してみる気ない?」

 

「あはははは、生憎、おねいさんってほど無理のきく年でもなくてね」

 

「それは残念。でも試しにこのギルドで売店でもやってみたら? あたしが考えるに、結構儲かると思うんだけど」

 

楽しげに話していて、愛子が入っていけないことに気がついたオバチャン。ちらりと食事処を見ると、会話を聞いていたのか手招きする手が悪魔の誘惑に見えた。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

 

花々は一歩下がり、愛子が用件を話す。

 

「私たち、人を探しているんです。神刺裂那っていう、私と同じくらいの背丈で目つきの悪い、転職が軍師の女の子。それと、南雲ハジメっていう優しい目をした、黒髪の、転職が錬成師の男の子なんですけど……」

 

オバチャンは少し考えるようにして、答えた。

 

「悪いけど、心当たりはないし多分この町には来てないだろうね」

 

「そう、ですか」

 

出鼻を挫かれてしまった。

とはいえ、これはわかりきっていたし花々から忠告もされていた。

 

「ごめんなさいね」

 

「いえ、親切にありがとうございました」

 

「なんもしちゃいないよ。他に何か用件はあるかい?」

 

「んー、あ、そうだ。あたし達何日かこの町にいるんだけどさ、おすすめのお店とかない? ご飯でも服でもなんでもいいんだけど」

 

「ああ、それくらいならお安い御用さ。地図に書いて渡すからちょっと待って頂戴」

 

花々の言葉にオバチャンは快く答えた。

 

いくらか書き加えられた地図を二枚用意し、花々と愛子に手渡した。

 

「おぉー、なかなかの出来栄えだね。これこそお金取れるんじゃない?」

 

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

 

「な、何から何までありがとうございます!」

 

「いいってことさ。それより、二人ともかわいいんだから気をつけるんだよ? 治安が悪いわけじゃないけど、暴走する男連中が出ないとは思えないからね」

 

「あたしが守るからダイジョーブ。冒険者の数減っちゃったらごめんね?」

 

「あっはっはっは、いや、構わないさ」

 

「じゃ、……あぁ、そうそう。探してる二人なんだけどさ、多分そう遠くないうちにここに来るだろうから、『ハナと愛ちゃんが探しに来た』って伝えといてもらっていい?」

 

「あいわかった。南雲ハジメと神刺裂那だね?」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

「ありがと! おねいさん!」

 

オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。花々は楽しげに愛子と手を繋いで方の手をブンブンと振りながら「またねー!」といいながら入口に向かって踵を返した。愛子も頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後まで愛子と花々の二人を目で追っていた。

 

「ふん、なんだか変わった子達だねぇ……」

 

 

 

 

004

 

 

 

 

花々達が、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て最初に向かうことにしたのは冒険者向けの、しかし普段着もある程度まとめて帰るという店。

 

品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 

 

 

ただ、そこには……

 

 

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 

 

化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端を黄色のリボンで纏めている動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。服装は、言うべきではないだろう。少なくとも、ゴン太の腕と足、そして腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。

そして何より怪物味を増幅しているのは、髪や瞳、服装の配色だろう。

 

 

真っ黄色である。服の繊維一本から髪の毛に至るまで全てが黄色だ。

 

まるで、裂那からみた花々が全身ピンクなのと同じように。

 

 

「はじめましてお姉さん! 仲良くしてね?」

 

「いいわよぉーん♥……あなたが今代の《桃色なる種》なのかしらん?」

 

「そういうお姉さんは《黄色なる種》かな?」

 

花々の返しに、黄色い化け物は無言の笑顔で返した。

 

「な、なんの話ですか?」

 

話についていけない愛子が、怯えて花々の腕にしがみつきながら尋ねた。

 

「時が来れば愛ちゃんにも教えてあげるよ。そんなことよりお姉さん、あたしと愛ちゃんになんかいい感じの服一式見繕ってくれない?」

 

化け物は、花々の言葉もまともに認識できないほどに震え上がっている愛子の両脇に手を入れて持ち上げ、頭頂から爪先まで観察したのち、そのまま「任せてぇ~ん」と言うやいなや愛子と店の奥へと入っていってしまった。

 

 

 

 

005

 

 

 

結論から言うと、化け物改め店長のクリスタベルの見立ては見事の一言だった。王宮より支給された、耐久性を優先されたお世辞にも可愛いとは言えない服装から一転、シンプルながら可愛らしいワンピースを着た町娘へと変貌を遂げた。当然のように花々の着たものはピンク色に変色したが、クリスタベルは驚かなかった。

 

花々と愛子は、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、彼女の人徳ゆえだろう。

 

「人は見た目によらないというのを、体現しているような方でしたね」

 

「何? 愛ちゃん、あれが妖怪にでも見えたの?」

 

「そっ、そんなことありませんよよ!? クリスタベルさんは素敵な女性でした!」

 

「あはは、ちなみにあたしはクトゥルフ神話の神格かと思ったよ」

 

「華々さん!?」

 

「明日みんなに、絶対オススメ! 行ったほうがいいよ! って教えたげよっと」

 

「まさかのお化け屋敷扱いですか!?」

 

「あはは! 何言ってんの? 普通にいいお店見つけたから共有したいだけだよ?」

 

「えっ、えぇ?」

 

そんな風に雑談しながら、次の目的地に向かう花々と愛子。

 

近場から順に廻り、必要物資を買い揃えた二人が宿に戻る頃には夕方で、宿の前にはクラスメイト達が待ち構えていた。

 

「あー! 愛ちゃん先生可愛いの着てる!」

 

「フッフーン、これは試練を乗り越えた者にのみ着ることのできる伝説のワンピースだよん」

 

「そんなヤバイお店あったの!?」

 

「て、店長のクリスタベルさんはとても素敵な方でした……。あはは……。」

 

「華々さん、愛ちゃんを何処に連れて行ったの!?」

 

「普通の冒険者向けのお店だよん。明日連れてってあげるね!」

 

「え、遠慮しとこうかなー、なんて……」

 

「乙女のメインウェポンは魅力だからね! 準備は念入りにしないと!」

 

翌日早朝、女子は全員朝食も摂らず逃げ出したが無事、クリスタベルの店に集合してしまうのだった。

 

 

 

006

 

 

 

 

多分人類初の無性生殖を果たした裂那はハジメとユエに運ばれ、ハジメの拠点で娘の教育に専念していた。

 

出産して数日は消えない痛みや使い果たした体力の回復に努めていたが、ユエがこのまま封印部屋を使い続けることを嫌がり、なんとか移動できる状態になってすぐに移動した。

 

裂那が動けなかった数日間、暇を持て余していたハジメは赤子のためにベビーカーなんかを作ってやったりして、ユエも興味深そうに見たり、質問したりしていたのだが、この作業は徒労に終わった。

 

赤子が赤子であった期間はわずかで、すぐに急成長してしまった。身長は八歳児ほどで、教えずともサソリのような尻尾を使えば立つこともできた。

 

しかし八歳児がハイハイで母親に甘えにいく光景はユエからみても犯罪的で、ときどき呻き声をあげる裂那そっちのけで歩き方を教えたりしていた。

 

 

そんなこんなあれど、ようやっと裂那の容態が万全になり、改めてお互いのことを話し合っていた。

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

 

「……マナー違反」

 

ユエが非難を込めたジト目でハジメを見る。しかし散々デリケートな部分を裂那は平然と踏み込んできたこともあり、ユエは裂那やハジメの故郷はそういう場所なのだとあきらめかけていた。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

 

ハジメの記憶では、三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどないそうだが、それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというから三百歳ちょいということだ。

 

「……私が特別。《再生》で歳もとらない……」

 

聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や《自動再生》の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしいが、それでも二百年くらいが限度なのだそうだ。

 

ちなみに、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

 

ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

 

ノータイムで撃てる強力な魔法に、不死身の肉体。行き着く先は神か化け物か、ということだろう。ユエは後者だったわけだ。

 

欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが自動再生により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。

 

ユエ自身、当時は突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

 

その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。もしかしたら帰る方法が! と期待したハジメは裂那の「もう一通り試したぞ」という言葉にガックリと項垂れた。

 

「それで……肝心の話だが、ユエはここがどの辺りか分かるか? 他に地上への脱出の道とか」

 

「……わからない。でも……」

 

ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。

 

実はここまでユエが話した内容は一度裂那にも話しており、ユエは裂那の考察の幅広さに何度も驚かされてきている。ユエは娘に膝枕をして寝かしつけている裂那に目配せし、裂那が語りはじめた。

 

「まず前知識、前提として、この迷宮は反逆者の一人が作ったんだと」

 

「反逆者?」

 

聞き慣れない上に、なんとも不穏な響きに思わずハジメは首を傾げる。

 

「神代には神に挑んだバカがいたんだとよ。クトゥルフ神話の探索者みてぇなもんだろ」

 

「探索者?」

 

今度はユエが首を傾げた。

 

「弱いのに世界の危機に立ち向かうやつってのはいつの時代、どんな場所にもいんだよ。んで、なんと愉快なことにこの迷宮を作りやがったバカの名前はオスカー・オルクス。天職は錬成師だったらしいぜ」

 

「なんだと? ……待て、そんな情報どうやって」

 

「まだ前知識つったろ。ハナだよ。その反逆者って連中の情報がハナのアンテナに引っ掛かったんだ」

 

「まじで何者だよ、お前ら」

 

「さぁな。まぁ、最後まで聞けよ。そのバカどもなんだが、結局反逆は為されず、世界の果てに逃げたらしい。その一つがここだ。

で、だ。そんなバカが、神に挑むようなバカが逃げてそれで終わると思うか?」

 

「何か、あるのか?」

 

「少なくとも、ひとつなぎの大秘宝とかドラゴンボールみたいなお宝じゃねぇだろうが、それなりに役に立つもんは残してるだろ。極まった錬成の便利さはテメェも知ってんだろ?」

 

「……なるほど。それなら、転移魔法まで行かずとも階段くらいは、いや、あのトラップが作れるなら転移も……」

 

見えてきた可能性に、頬が緩むハジメ。

 

ひと段落ついたからか、今度はユエが質問しはじめた。

 

「……ハジメは、どうしてここにいる?」

 

当然の疑問だろう。裂那が降ってきたことすら奇跡かなにかだと思っていた。ずっと裂那と二人で暮らすと思っていたらもう一人来て、しかも自分の封印を解ける実力を持つ者。いくらなんでも都合が良すぎるとも思うわけだ。

 

ハジメ自身も会話というものに飢えていたのかもしれない。面倒そうな素振りも見せず話に付き合う。ときに裂那が補足したり、二人揃って裂那の異常さに驚愕したり。

 

ハジメが、仲間と共にこの世界に召喚されたことから始まり、無能と呼ばれていたこと、ベヒモスとの戦いでクラスメイトの誰かに裏切られ奈落に落ちたこと、魔物を喰って変化したこと、爪熊との戦いと願い、ポーション(ハジメ命名の神水)のこと、故郷の兵器にヒントを得て現代兵器モドキの開発を思いついたことをツラツラと話していると、いつの間にかユエの方からグスッと鼻を啜るような音が聞こえ出した。

 

視線を上げてユエを見ると、ハラハラと涙をこぼしている。ギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

 

「いきなりどうした?」

 

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

 

どうやら、ハジメのために泣いているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。

 

「気にするなよ。もうクラスメイトのことは割りかしどうでもいいんだ。……一部気になり過ぎる奴もいるが。そんな些事にこだわっても仕方無いし、ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

 

スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

 

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……」

 

「……そう」

 

ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

 

「……」

 

そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメは、カリカリと自分の頭を掻いた。

 

言うべきか、言わざるべきか決断仕切れずにいるハジメを見かねた裂那が、ユエを抱き寄せた。

 

「ならオレらの世界に来い」

 

「え?」

 

「お、おい」

 

裂那の言葉に驚愕をあらわにして目を見開くユエ。ハジメも同じことを言おうとしていたが、戸籍やら種族やらの問題から簡単には言い出せなかったことだ。

 

「クモは知らねぇだろうが、意外といんだよ。異世界から来たお姫様だの、人魚の肉食った不滅のブスだの、人に恋して人道と親バカに目覚めた這い寄る混沌だの、メイド喫茶のメイド長だの。テメェらと比べるまでもなくもっとヤベェのが平和に混じって暮らしてやがんだ。来たいなら来ればいいさ」

 

しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、あきらめたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

 

「いいぞ。むしろ来い。ちょうどうちの姉貴の目付け役が欲しかったところだ」

 

泣かせるつもりの欠片もない発言に、ユエもハジメも目を丸くする。

 

「なぁ、聞きたいことが一気に増えたんだが……」

 

「なんでも聞けよ。今のオレは最高に機嫌がいいぜ」

 

シニカルに笑う裂那に、ハジメは質問する。

 

「化け物に並べるメイド喫茶のメイド長ってなんだ。いや、マジで」

 

「うちのバカ姉貴だよ。しかも社会人にあるまじき放浪癖の持ち主。この世界にももしかしたら来てんじゃねぇかなってくらいの」

 

「いや、ありえねぇだろ」

 

「平日の昼間に日帰りで南極行ってくるとか言って白熊とツーショット撮ってくるバカだぞ? 世界なんて飛び出さないわけないだろ」

 

「白熊は北極だろ?」

 

「南極行った後北極にも行ったんだと。オレもハナも北極と南極の雪の食べ比べさせられたし」

 

裂那の話にハジメは頭を抱え、ユエは「白熊? 白い熊?」と怪訝そうな眼差しを二人に向ける。

 

現実から逃げ出したくなったハジメは食事のため、魔物の肉を焼きはじめた。

 

「魔物の肉って美味いのか?」

 

「死ぬほど不味いぞ。死因かと思うくらいに」

 

「ほーん。ユエはともかく、こいつって何食うんだ? クモでもユエでもいいけど母乳出たりしないか?」

 

「……出ない」

 

「出るわけあるか!」

 

ユエは慎ましいものを揉みながら答え、ハジメは怒鳴った。

 

「オイオイ、人類の可能性を嘗めるなよ? 魔乳っつってな、男でも母乳が出るケースはあるんだぜ? シュブ=二グラスとかこの辺いねぇかな」

 

「やめろ! 用意されてもぜってぇ食わねぇからな!!」

 

「……まにゅー? しゅぶ……?」

 

その後、裂那がユエの疑問に答えていき、本当に地球に行って大丈夫なのかと疑問を抱きはじめてしまった。

 

 

 

第六話、END.

 

 

 




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