正義の敵は王道を拒む   作:那由多 ユラ

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第七話

 

 

000

 

 

神言集、桃の項。

 

『我は変革望む。汝は変革を為す。ならば世は変革し、それでも時は刻まれる』

 

 

 

 

 

001

 

 

 

「名前。……名前かー。流石にオレがつけなきゃだよなぁ」

 

「ん。……親の務め」

 

現在、ハジメは素材を集めに探索に出ており、裂那はユエと、よく眠る娘の名付けに頭を悩ませていた。

 

「だよなー。でもよぅ、オレの苗字、『神を刺す』だぜ? まともなネーミングセンスが受け継がれてるとは思えねぇわけよ」

 

「それでも、裂那がつけてあげるべき」

 

「んなこたぁわかってるっての」

 

「……ちなみに、今の候補は?」

 

「ドック、毒子、ポイ」

 

「……憐れ過ぎる。私が考えようか?」

 

ユエが前言撤回するほどに、裂那のネーミングセンスは絶望的だった。

 

「おぉ、んんんや、ダメだ。オレが名付ける」

 

「……私が言うべきじゃないけど、どうしてそんなこだわるの?」

 

ユエの言う通り、裂那は名付けと言う行為をどこか神聖視すらしているように思える。だからこそユエの名付けを遠回しに拒否していた。

 

「オレの故郷じゃな、名前ってのはそいつの人生の六割くらいを決めちまうんだよ。変な名前つけたら虐められるし、無駄に期待される。ありきたりな名前つけちまったらそいつはありふれた普通の奴になっちまう」

 

「……難しいね」

 

「だからこそだ。こんな大事なもん人に任せられるか」

 

「ん。ヘタな名前はつけられない」

 

「全くだ。キラキラネームっつってな? 田中エンジェルとか、佐藤ペガサスみてぇなのが、割といんだよ」

 

「……正気?」

 

「間違いなく狂気だろ。ユエ、テメェ自分の子供に珍獣の名前付けようと思うか? ゴブリンとかエルフみてぇな」

 

「絶対ない」

 

「だよなぁ。……サソリ。スコーピオン。エスコルピオ。……スコル。ピオ。リソ。リサ。……リサでいいや。いいよな?」

 

「ん。……毒子の百倍いい」

 

「ンァ、アゥ、……ママ?」

 

「おー、起きたか。都合の良い奴め」

 

「どーかしたの?」

 

「お前の名前だよ、リサ」

 

「りさ? ……lisa、リさ、リサ!」

 

「おぉ、そうだ。これからお前はリサだ」

 

いまだ着るものがなく、裂那の制服の上着を羽織るだけの状態で、リサは飛びつくように裂那に抱きついた。

 

「おー、よしよし。オレかユエなら良いけどクモにんな格好で抱きつくんじゃねぇぞ。アイツは天然のロリコンだからな」

 

「……そうなの?」

 

ユエが尋ねた。

 

「シロっつぅ恋人いるくせに、背も胸もちっこいオレとかユエに軽く惚れるような奴だぜ? まぁ吊り橋効果どころかアダムとイブ並の状況なわけだし、しゃーねぇっちゃ、しゃーねぇかもしんねぇけどよ」

 

「ハジメに恋人!?」

 

「んだよ、聞いてなかったのかよ」

 

「……ん。あとで聞くことが増えた」

 

「はっ! まぁ気にすんなよ。オレにそんな気は全くねぇから遠慮しないで存分に寝取れ」

 

「よくわかんないけど、ユエおねーちゃん頑張って!」

 

「ん、頑張る」

 

 

 

002

 

 

 

リサに名付けられた翌日のこと。

万全の準備をして出発した一行は草むらの中を逃走していた。周りは百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂り、ハジメの肩付近まで隠してしまっている。ユエと裂那、リサは完全に見えなくなってしまっている。

 

そんな生い茂る雑草を鬱陶しそうに払い除けながら、二百体近い魔物と抗戦していた。

 

 

 

 

 

 

ハジメ達が準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。ハジメの装備や技量が充実し、かつ熟練してきたからというのもあるが、ユエの魔法、リサの戦闘技術が大いに活躍したと言うのも要員だろう。

裂那は語るまでもなく、耐性以外のステータスの低さ故に、あまり役に立っていない。

 

ユエが全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し的確にハジメを援護する。

 

リサが散弾針と溶解液を放ちハジメとは別方向の魔物達を殲滅する。

 

そんなこんなで降り立ったのが現在の階層だ。まず見えたのは樹海だった。十メートルを超える木々が鬱蒼うっそうと茂っており、空気はどこか湿っぽい。

 

階下への階段を探して探索していると、突然、ズズンッという地響きが響き渡った。何事かと身構える二人の前に現れたのは、巨大な爬虫類を思わせる魔物だ。見た目は完全にティラノサウルスである。

 

 

 

但し、なぜか頭に一輪の可憐な花を生やしていたが……。

 

 

鋭い牙と迸る殺気が議論の余地なくこの魔物の強力さを示していたが、ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさだった。

 

その絵を面白がった裂那が爆笑しながら近づき、噛みつかれるのも構わず花を引っこ抜く。すると、一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、ティラノサウルスは裂那の手に握られた花を奪い取るように噛みちぎり、口内でクチャクチャさせながら裂那に一礼して、その場を去った。

 

いろんな意味で思わず押し黙るハジメとユエ。リサだけは「ママすごーい!」と喜んでいる。

 

「マジなんなの? お前」

 

「裂那、変」

 

「好奇心旺盛でか弱い少女だろうが。見りゃわかんだろ」

 

「見た目だけだろうが!」

 

「ん。……か弱い少女は無性生殖しない」

 

「ユエまで言うか……。んなことよりほら、次がきたぞ。戦え戦え、野蛮人どもめ」

 

裂那が指差した方向から、十体ほどのラプトル系の恐竜のような魔物がいた。

 

やはり、頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせて。

 

「……かわいい」

 

「……流行りなのか?」

 

 

 

ユエが思わずほっこりしながら呟けば、ハジメはシリアスブレイカーな魔物にジト目を向け、有り得ない推測を呟く。

 

ラプトルは、ティラノと同じく、「花なんて知らんわ!」というかのように殺気を撒き散らしながら低く唸っている。臨戦態勢だ。花はゆらゆら、ふりふりしているが……。

 

「シャァァアア!!」

 

ラプトルが、花に注目して立ち尽くすハジメ達に飛びかかる。その強靭な脚には二十センチメートルはありそうなカギ爪が付いており、ギラリと凶悪な光を放っていた。

 

「死んじゃえー!」

 

リサは両手の指を魔物に向け、十本の指先から溶解液が水鉄砲のように放たれる。

これは裂那の思いついた戦い方で、尻尾から放たれるものより高水圧、高濃度のものが放たれる。

 

溶解液は十体ほどを貫通し、周辺の雑草までも溶かし尽くす。

 

 

 

ハジメとユエは左右に分かれるように飛び退き回避する。

 

それだけで終わらず、ハジメは 《空力》を使って三角飛びの要領でラプトル達の頭上を取った。そして、試しにと頭のチューリップを撃ち抜いてみた。

 

ドパンッという発砲音と同時にチューリップの花が四散する。

 

ラプトル達は一瞬ビクンと痙攣したかと思うと、着地を失敗してもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。シーンと静寂が辺りを包む。ユエもトコトコとハジメの傍に寄ってきてラプトルと四散して地面に散らばるチューリップの花びらを交互に見やった。

 

「……死んだ?」

 

「いや、生きてるっぽいけど……」

 

先のティラノサウルス同様、ピクピクと痙攣した後、ラプトル達はムクッと起き上がり辺りを見渡し始めた。そして、地面に落ちているチューリップを見つけるとノッシノッシと歩み寄り親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めた。

 

「えー、何その反応、どういうことだ?」

 

「……イタズラされた?」

 

「いや、そんな背中に張り紙つけて騒ぐ小学生じゃねぇんだから……」

 

ラプトル達は一通り踏みつけて満足したのか、如何にも「ふぅ~、いい仕事したぜ!」と言わんばかりに天を仰ぎ「キュルルル~!」と鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたように何もしていない裂那の方に顔を向けビクッとする。

 

「……んだよ、餌なら持ってねぇぞ?」

 

この自称か弱い少女、いまだ動物園気分である。

 

ラプトル達は裂那に一礼して、その場を去っていく。

 

「お前やっぱなんかしたんじゃねぇの?」

 

「だからしらねぇっつの」

 

「ママ! 見てた見てた? 頑張った!」

 

成果を見せつけるように両手を広げて駆け寄ってくるリサの頭を撫でながら、裂那は周囲を観察する。

 

五分もかからずに次々とラプトルが現れ始めた。焼夷手榴弾でも投げ落としてやろうと思っていたハジメは、しかし、硬直する。隣では魔法を放つため手を突き出した状態でユエも固まっていた。

 

「なんでどいつもこいつも花つけてんだよ!」

 

「……ん、お花畑」

 

ハジメ達の言う通り、現れた十体以上のラプトルは全て頭に花をつけていた。それも色とりどりの花を。

 

思わずツッコミを入れてしまったハジメの声に反応して、ラプトル達が一斉にハジメ達の方を見た。そして、襲いかかろうと跳躍の姿勢を見せる。

 

ハジメは《焼夷手榴弾》を投げ落とすと同時に、その効果範囲外にいるものから優先してドンナーで狙い撃ちにした。連続して発砲音が轟き、その度に紅い閃光がラプトルの頭部を一発の狂いもなく吹き飛ばしていく。

 

きっかり三秒後、群れの中央で《焼夷手榴弾》が爆発し、摂氏三千度の燃え盛るタールが飛び散り周囲のラプトルを焼き尽くしていった。この階層の魔物にも十分に効いているようだとハジメは胸を撫で下ろす。やはり、あのサソリモドキが特別強かったらしい。

 

結局十秒もかからず殲滅に成功した。しかし、ハジメの表情は冴えない。ユエがそれに気がつき首を傾げながら尋ねた。

 

「……ハジメ?」

 

「……ユエ、おかしくないか?」

 

「?」

 

「ちょっと弱すぎる」

 

「……確かに」

 

慎重に進もう、ハジメがそう言おうとしたその時、《気配感知》が再び魔物の接近を捉えた。全方位からおびただしい数の魔物が集まってくる。

 

ヤバイぞ。三十いや、四十以上の魔物が急速接近中だ。まるで、誰かが指示してるみたいに全方位から囲むように集まってきやがる」

 

「……逃げる?」

 

「……いや、この密度だと既に逃げ道がない。一番高い樹の天辺から殲滅するのがベターだろ」

 

「来たよ!」

 

リサが叫ぶと同時に、ラプトルだけでなくティラノもが大勢襲いかかってきた。

 

「リサは溶解液上から吹き散らせ! クモとユエも範囲攻撃!」

 

裂那に言われるがまま、三人で魔物たちの花を吹き飛ばす。一部頭部ごと無くなっているものもいるが、花だけ無くなった魔物はその場から一目散に立ち去っていった。

 

ハジメはすぐそばにいたユエの頭を撫でてやろうとしたが、すぐにまた気配察知が警報を鳴らす。

 

「オイオイ、追加のおかわりがくるぞ。倍はいんじゃねぇのか」

 

「ラスボス、じゃねぇだろうな。中ボスってのか? 油断すんじゃねぇぞ!」

 

「ハジメ……だっこ……」

 

「お前はいくつだよ!」

 

「ママー! わたしもー!」

 

「むしろオレを背負えリサァ! そっちのが速いから!」

 

「お前それでも親か!?」

 

あーだこーだと騒ぎつつ、裂那以外の三人は殲滅しつつ全身と後退を繰り返し、冒頭にいたる。

 

「あぁーめんどくせぇ!! おいクモテメェ核兵器の一つや二つ持ってねぇのかコラァ!!」

 

「あるわけないだろ!! テメェそれでも平和主義者か!?」

 

「ばっかお前核抑止論っつーのしらねぇのか!」

 

「んなもんこの世界に通用するわけねぇだろうが!」

 

「「うるっさーい!!!」」

 

ユエとリサが叫ぶ。叫びと共に放たれた一撃は今日一番の威力で、約二百体の魔物が一気に全滅した。

 

 

 

003

 

 

 

雑草が魔物ごと消え去り、ハジメ達は縦割れの洞窟を発見。駆け込んだ。縦割れの洞窟は大の大人が二人並べば窮屈さを感じる狭さ。ハジメが錬成で縦割れを塞ぎ、先へ進む。

 

「ふぅ~、これで取り敢えず大丈夫だろう」

 

「……ん、お疲れ様」

 

「おつかれ〜」

 

「まだ油断できねぇぞ。これまでのパターンからして多分……」

 

錬成で入口を閉じたため薄暗い洞窟を一行は慎重に進む。

 

しばらく道なりに進んでいると、やがて大きな広間に出た。広間の奥には更に縦割れの道が続いている。もしかすると階下への階段かもしれない。

 

部屋の中央までやってきたとき、それは起きた。

 

全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。ハジメは錬成で石壁を作り出し防ぐ。石壁に阻まれ貫くこともできずに潰れていく緑の球。ユエも風系の魔法で迎撃している。

 

「おいユエ、本体の攻撃だ。どこにいるかわかるな?」

 

「……」

 

「おい、どした?」

 

裂那の言葉に、ユエは答えない。嫌な予感を察知したハジメが警戒するも一足遅く、……。

 

「逃げて!」

 

ユエの手がハジメに向いていた。ユエの手に風が集束する。本能が激しく警鐘を鳴らす。

 

「ばっかテメェ何やってやがる!!」

 

とっさに動けなかったハジメを、裂那が蹴り飛ばし、風の刃を裂那が代わりに受けた。

 

切り傷は出来なかったが、裂那は壁まで弾き飛ばされた。

 

「痛ってー。おいユエ! 何があった!」

 

ユエの攻撃を物ともせず立ち上がった裂那はユエに詰め寄る。

 

「れつな……うぅ……」

 

裂那は、ユエの頭の上にあるものを見て事態を理解する。そう、ユエの頭の上にも花が咲いていたのだ。それも、ユエに似合う真っ赤なバラが。

 

ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。花を植え付けられた恐竜たちは皆、その花を憎んでいた。あれはつまり、操られている時も意識はあるということだろう。

 

「おいクモ。あれ、撃てるか?」

 

「一応、出来なくはねぇけどよ……」

 

ハジメがユエの花に照準を合わせ、引き金を引こうとするとユエは花を庇うように動いてしまう。上下の運動を多用しており、外せばユエの顔面を吹き飛ばしてしまうだろう。

 

「あぁ、なるほどな。おいリサァ!」

 

「なにー!」

 

「テメェまであぁなるんじゃねぇぞ! 面倒がすぎるからな。隅で大人しくしてろ!」

 

「わかったー!」

 

リサは尻尾を振りながら、トッタトッタと狭い通路から裂那たちを見守っている。

 

「さぁて、どうしたものか。とりあえず引っこ抜けば良いんだよな? 頭皮が柔らかくて脳味噌まで出てくるとかないよな?」

 

「なんでそんなエグい想像を今したんだよ!?」

 

裂那まで操られまいと警戒するハジメが、思わずつっこむ。

 

ユエは、最上級ですらノータイムで放てるのだ。特攻など分の悪そうな賭けは避けたいところだ。

 

「ベヒモスとかサソリみてぇなのの方がよっぽど楽だったなこれ」

 

苦戦を察してか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。

 

アルラウネ。人と植物が融合したような生物で、神話では美しい女性の姿で登場するが、そんなものは幻想であった。

 

確かに、見た目は人間の女なのだが、内面の醜さが溢れているかのように醜悪な顔をしており、無数のツルが触手のようにウネウネとうねっていて実に気味が悪い。

 

ハジメはすかさずエセアルラウネに銃口を向けた。しかし、ハジメが発砲する前にユエが射線に入って妨害する。

 

「ハジメ……ごめんなさい……」

 

悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。

 

ユエを盾にしながらエセアルラウネは緑の球をハジメに打ち込む。

 

ハジメは、それをドンナーで打ち払う。球が潰れ、目に見えないがおそらく花を咲かせる胞子が飛び散っているのだろう。

 

しかし、ユエのようにハジメの頭に花が咲く気配はない。ニタニタ笑いを止め怪訝そうな表情になるエセアルラウネ。ハジメには胞子が効かないようだ。

 

(たぶん、耐性系の技能のおかげだろうな)

 

ハジメの推測通り、エセアルラウネの胞子は一種の神経毒である。そのため、《毒耐性》を持つハジメには効果がないのだ。

 

「おいクモ! ユエはオレに任せてテメェでそのきもいの殺せ!」

 

戦闘力の低さから半ば無視されていた裂那がユエの背後に忍び寄り、思いっきり抱きしめた。

 

「っ! ……れつな!」

 

裂那が抑えてくれて、ユエの顔に薄ら笑みが浮かぶ。

 

「助かる!」

 

ドパンッ!!

ドパンッ!!

ドパンッ!!

 

三度、銃声が響き渡る。

アルラウネの胸から上が吹き飛び、断面から緑色の液体を撒き散らしながら倒れた。

 

「えい」

 

ズリュリュッ

 

アルラウネが倒れ、抵抗を止めたユエに生えた花を裂那は容赦無く引き抜いた。根っこが毛穴から抜ける感触にユエは顔を歪め、思わず裂那を睨みつけた。

 

「うぅ〜……」

 

「おぉ、良かったじゃねぇか。脳味噌までは出てこなかったな」

 

「……気持ち悪かった」

 

「何百年だか風呂入ってねぇんだから、今更だろ? 痒くねぇの?」

 

「うぅー!! うー!!」

 

「はっ! んだよ、言語能力でも一緒に抜かれたか?」

 

「こっ、怖かったのぉ!! ……うぅ〜」

 

容姿どうりの幼子のように、ユエは裂那に抱きついて胸に顔を埋めた。

 

「ママー!」

 

「うおっ」

 

戦闘終了を察したリサが、裂那に追い討ちを描けるように背後から抱きついた。

 

「おいクモ!頼むからどっちか持ってけよ!」

 

「オレを殺す気か!?」

 

このままだと戦死の前に過労死しかねねぇ……。ハジメは今後を心配しながらゆっくりと先へ進む。

 

 

 

 

004

 

 

 

エセアルラウネを倒してから日が随分と経過した。道中、寝ぼけたユエに気絶するまでハジメと裂那の血が吸われたり、リサの寝相が悪く尻尾がユエに刺さったりと小さな事件が起こりながらも、遂にハジメが落ちて最初にいた階層から百階目になるところまで来た。

 

「五十でユエの部屋。なら多分、なんかあんだろうな」

 

今いる階層に拠点を作り、ハジメの装備は万全の状態になってから出発となる。今は弾丸の補充を終え、装備の位置を整える最終確認をしているところである。

 

しばらくして、全ての準備を終えた一行は、階下へと続く階段へと向かった。

 

その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。天井までは三十メートルはありそうだ。地面も荒れたところはなく平らで綺麗なものである。どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

しばしその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。ハッと我を取り戻し警戒するハジメとユエ。柱は一行を起点に奥の方へ順次輝いていく。

 

しばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。

 

二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「……これはまた凄いな。もしかして……」

 

「……反逆者の住処?」

 

「いかにもラスボスの部屋って感じだな。セーブか帰還用の転移装置とか前に無かったか?」

 

「ママ! なんにもなかった!」

 

「マジか。クソゲーじゃねぇかよ」

 

「お前ら真面目にやれ」と呟きながら、ハジメは扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 

その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。ハジメと裂那は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、ハジメと裂那が奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

 

「……大丈夫。……私達、負けない……」

 

ハジメが流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さずハジメの腕をギュッと掴んだ。

 

「ママ……」

 

「はっ! 心配すんじゃねぇよ。オレがいんだから負けはありえねぇ」

 

「……うんっ!」

 

裂那は不安そうにするリサに視線を合わせ、励ましながらハジメ達の後を追う。

 

魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。

 

光が収まった時、そこに現れたのは……

 

体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

 

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 

不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がハジメ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられた。

 

ハジメとユエは同時にその場を左右に飛び退き反撃を開始する。ハジメのドンナーが火を吹き電磁加速された弾丸が超速で赤頭を狙い撃つ。弾丸は狙い違わず赤頭を吹き飛ばした。

まずは一つとハジメが内心ガッツポーズを決めた時、白い文様の入った頭が「クルゥアン!」と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻った。白頭は回復魔法を使えるらしい。

 

ハジメに少し遅れてユエの氷弾が緑の文様がある頭を吹き飛ばしたが、同じように白頭の叫びと共に回復してしまった。

 

「おいリサ、学んだな?」

 

「うん!」

 

リサは指十本と尻尾を真っ直ぐ揃えて白頭に照準を合わせる。

 

「くらえー! フル☆ブッパ!!」

 

光線の如く放たれた溶解液が白頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。

溶解液はその水圧と速度で容易く黄頭を貫通し、白頭に血と高濃度の溶解液がシャワーのように降りかかった。

 

「クルゥアン!」

 

溶解液は白頭の上半分を溶かし、その苦痛に悲鳴を上げる。

 

このチャンス逃すか! とハジメが合図をユエに送り、同時攻撃を仕掛けようとする。が、その前に絶叫が響いた。

 

ユエの声で。

 

「いやぁああああ!!!」

 

「!? ユエ!」

 

咄嗟とっさにユエに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくる。

未だ絶叫を上げるユエに、歯噛みしながら一体何がと考えるハジメ。そして、そういえば黒い文様の頭が未だ何もしていないことを思い出す。

 

(違う、もし既に何かしているとしたら!)

 

「クゥモォ!! 黒は精神攻撃だ!!」

 

ハジメの疑問に裂那がすぐに答えた。

 

裂那はユエの近くに駆け寄りで叫んだ。

いつものシニカルな笑みとは違い、三日月のような狂気じみた表情の裂那が黒頭と睨み合っている。

 

「はんっ! もっと来やがれ! ユエなんかによそ見してんじゃねぇぞ!!」

 

「クルァアアアンン!!」

 

黒頭が吠える。裂那をギンッと睨みつけており、他が目に入っていない様子だ。

 

「そうだもっと来やがれ! おまえは話の分かるやつじゃねぇか!!」

 

よくゲームやアニメで見られる、いわゆるトラウマや恐怖を見せてくる、精神攻撃、精神汚染、想起なんて呼ばれる攻撃をするには、人間に近い精神を持つことが前提条件だ。

 

黒頭はオレの恐怖体験を、理解した上で見せてきている!

 

「クルゥ……」

 

何を見てしまったのか、黒頭は目の色を変えて裂那に頭を垂れた。

 

ユエは次第に正気を取り戻し、裂那にすがるようにしがみつく。

 

「れつ、な? ……よかった。……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

 

「アホか。今更帰りてぇっつっても帰さねぇよ」

 

「……ん」

 

裂那の手を取り、ユエは立ち上がった。

 

「バッドステータス系の魔法か? 黒頭は相手を恐慌状態にでも出来るってことか。ホントにバランスのいい化物だよ、くそったれ!」

 

「……ハジメ」

 

「ユエお姉ちゃん! がんばってさっさと倒しちゃお!」

 

「……リサ」

 

 

 

 

005

 

 

 

ヒュドラは方向を上げ、裂那達がいる場所に炎弾やら風刃やら氷弾やらを撃ち込んできた。

 

ハジメが壁を作って防ぎ、ユエたちは反撃に出た。

 

「ユエ、リサ。シュラーゲンを使う。連発できないから援護頼む」

 

「……任せて!」

 

「おー!」

 

ハジメは背負っていた対物ライフル、シュラーゲンを取り出し、脇に挟んで照準する。

 

「緋槍! 砲皇! 凍雨!」

 

矢継ぎ早に引かれた魔法のトリガー。有り得ない速度で魔法が構築され、炎の槍と螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻と鋭い針のような氷の雨が一斉にヒュドラを襲う。攻撃直後の隙を狙われ死に体の赤頭、青頭、緑頭の前に黄頭が出ようとするが、裂那に服従した黒頭が首に噛みつく。

 

「いっくよー!!」

 

リサは両手を指鉄砲の形にして、針を弾丸のように発車した。

針は首達を掻い潜るように進み、ヒュドラの根本に根本に突き刺さった。

即効性の麻痺毒が固形化した針は瞬時に溶け込み、ヒュドラの動きを止めた。

 

「クモ!」

「ハジメ!」

「おにい!」

 

三者三様ハジメの名を叫び、答えるようにハジメは引き金を引いた。

 

「殺す!」

 

「グゥルアアアア!!!」

 

ダァン!!

 

首達の断末魔の絶叫と同時に、爆発音が鳴り響いた。

 

ヒュドラの死を確信したハジメは、そのまま後ろにぶっ倒れた。

 

「ハジメ!」

 

ユエが慌ててハジメのもとへ駆け寄る。

 

「わり、疲れた……」

 

ハジメはユエに身を任せ、意識を手放した。

 

 

 

 

第七話、END.




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