人の距離を測ることは慣れていた。
地面の草木を伝い、敵の動きを未然に察知するのは得意な分野だ。
他人ならもっと的確にできるかもしれないけれども。これだけは得意意識を持っている。
確実に敵を察知して、接触を防ぐ。
問題ない。
危険は当分訪れなさそうだ。
人の気が少ない樹海の中、休憩の形を取る。
「質問をしてもいいでしょうか」
同行中の赤い髪の彼女……ツリーズに問いかける。
私が兵器としてではない名前を言葉にしたのちに、彼女も私に名前を教えてくれたのだ。
「構わないよ」
「私を斬ル姫だと判断したから同行しようと考えたのですか」
「むしろ、斬ル姫だって知らなかったけど」
「では、どうして一緒に行こうと言葉にしたんですか」
兵器としての利用価値があるから、使いたかったのではないのか。
何を思っていたかを知りたかった。
「ただ、寂しそうな顔をしてたから助けたかっただけ」
……彼女も私と同じような理由だったみたいだ。
自分のことを見つめているみたいで、頭が痛くなる。
「……他人の事をよく見てるんですね」
「洞察力があるって言われたこともあるもので」
皮肉を言ったつもりが、流されてしまった。
「ただ、そうだね。……なんだか、助けたかっただけ」
「それだけですか」
「……それだけ。私は困ってる人の支えになりたいから」
「随分と、お人良しなんですね」
「それでもいいの」
樹木を背中にツリーズが言葉を続ける。
「無償の愛って言葉があるよね」
「見返りを求めない愛、ですか」
「どんな相手にも愛を与えたいって思ってるの」
「……それに理由はあるんですか」
「困った人を助けた時に、ありがとうって言ってもらえる。それだけで嬉しいの」
「……功績を積めば、国からお褒めの言葉を貰えるのではないでしょうか」
「一理あるけど、できて当たり前みたいに褒められるのは正直に言って、堅苦しいかな」
「……それは」
失敗を咎められた時の出来事を思い出して顔を背ける。
罵詈雑言が飛んできた記憶もある。
「あと愛って勲章になるのかなとも考えちゃって」
「私はその為に努力を続けましたが」
「勲章があったら、凄い人?」
「一定の愛は保証されます」
「……愛って、形があるものなのかな」
「そんなの」
反論しようとして、いい言葉が浮かばなかった。
そう、私が求めていた『愛』は形がある功績という勲章。
本当の『愛』であるなんて言いきれないような、どこか重荷を感じるような存在。
どこかでわかっていた。
それが本当の『愛』ではないと。
それでも、求めずにはいられなかった。
私が私でいられる為に。
「……認められないと、生きている意味もないじゃないですか」
「成果を出せない人間に価値がないっていう考え方だよね。……あの国の」
「私は価値がなかったから捨てられた。ただ、それだけです」
わかりやすい答え。
知っていても、それを理解しようとすると胸が苦しくなる。
「……価値なんて、誰かに決めらせるものじゃないって思ってるの」
「どういうことですか」
「生きてるだけで、きっと救われている存在もいるはずだから」
「……綺麗事です」
「わかってる。けど」
私の手を取ってツリーズがまっすぐ見つめてくる。
「一緒にいてくれるだけで心強いの」
「私が、ですか」
「ミストルティンがいなかったら、私は今頃死んじゃってたかもしれないし」
「そんなことは……」
「心細くて、自殺なんてありえたかも」
「……いて、助かってると?」
「話し相手になってくれるだけでも、ね」
それは滅多に聞くことができなかった肯定の言葉だった。
私がいてくれて嬉しいなんて、耳にすることは少なかった。
……ただの逃避行のつもりだったのに、嬉しいと思っている私がいた。
「……でしたら、もう少し頑張ってみます」
「無理はしないでね」
「与えられた思いの分は、努力を重ねるつもりです」
彼女の力になろう。
そう思った夜だった。