のんびり夢島   作:イーブイ

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夢1

 

 

 

 

 

 虚無を歩く。

 音は無い。匂いも無い。足を前へと動かしてはいるが、地に着く感触さえありはしない。

 何処に向かっているのであろうか。私自身も知り得ない。しかし、どう進めば良いのかは感覚的に理解していた。無作為な場所へと、見えない力が私の手を引き導いてゆく。

 より甘美な夢に出逢えますように。

 

 

 辿り着いた先は、船上だった。

 

 見渡す限り、燃えさかる青だ。現実において、目にしたことはない光景である。

 甲板は、手が届きそうな程大きな太陽によって、山吹色の光に彩られている。

 船体に打ちつける微かな波の音帆を休めた船は、されるがままにその体を揺らしていた。

 …。

 大勢の人間の雄、雌が騒いでいた。楽器に合わせて踊る者、遊戯に興じる者、水を飲むが如く、酒樽を掲げるものなど様々だ。共通して、どの者達も満面の笑みを浮かべている。

 

 中心には、一人の雄がいた。背丈は、他の人間達と比べるまでもなく、また私よりも大きい程である。

 歳はなるほど、この例か。分かりやすくて助かる。

 混ざっている。この雄は、三十ほどにも見えれば、六十近くにも見える姿をしていた。

 この曖昧さから、あの雄がこの夢の主と当たりをつけ、私は雌の姿を取った。

 気づいたのはいつだったか。こうすれば夢を吸いやすくなるのだ。以来こうしている。

 

 

 「よう娘よ、お前は楽しくないのか?」

 

 いつもより長い時間、この夢の世界を眺め楽しんでいると、親しみを感じさせる声がかかる。これは珍しい。私の存在を悟る者はそうはいないのだ。

 察するに、私を案じているようだ。

 ああ思えば、雌の姿を取るのは久しい。この頃は、雄の姿しか取っていなかった。どう接するべきだったか。女神様の口調を意識して、男の問いに応えるべく私は口を開く。

 『私はあなたの娘ではありませんよ』

 すると雄は暫く思案顔になる。そして十分に時間をかけた後、納得したように頷いてみせた。

 「そうか。だがな、この船に乗ったからにはもう俺の家族だ。このエドワード・ニューゲートのな。なあ、娘よ。お前が能力者…いや何者であったとしてもな」

 雄は、目を斜め上に向け、つるりとした鼻下を指で撫ぜる。すると、そこに髪色と同色の立派なヒゲが出現した。

 『なぜ?』

 「俺の夢だ。それなのに俺が望むもの以外がいる。ほら、簡単だろう?」

 雄は、さも当然というように、そう言い放った。

 違う。私が問うたのは船に乗れば何故家族になるのかということだ。

 しかし、稀有な体験だ。大抵の場合は、私がイレギュラーだとは気づかない。異物だと勘づかれても、ここまでの会話はない。

 そもそも、夢とは曖昧なものだ。みている本人ですら陶酔の最中にあり、覚めれば程なくして忘れてしまうのが常だ。

 やはり稀な人間だ。過去に、この雄のような人間に遭遇したのは、未だ数人のみであるのだから。

 他の動物だと、それなりの数がいるが。縄張りを主張する性質のある動物には、威嚇されたりと攻撃的な態度を取られた。

 この雄には、そんな気が感じられない。

 「ところで、お前の名は?」

 『ミミンズクと言います』

 名を聞かれた。

 お化けのトロロ。塚森のトトロ。どちらであるとも言えない私に与えられた名だ。

 「そうか。じゃあズクよ、お前は何をしにここに来たんだ?」

 『精力(ごはん)をいただきに来ました。私は夢魔ですので』

 正直に答える。私は嘘をつくという行為をすることが叶わない。

 そも、誤魔化す必要もないのだ。どうせ、起きたら忘れる、もしくはそのうちに忘れることだ。

 「夢魔?まさか、所謂…サキュバスというものなのか…?」

 雄の顔が若々しく変化していく。

 『半分は正しいですよ。しかし私には性の区切りはありませんので』

 私は姿を雄のものに変えた。これも、女神様から言われたことだ。無暗に色事に通じるのは良くないらしい。私自身、過去に発情した人間に襲い掛かられ気を悪くしたことがあるため、以来こうすることにしている。では初めから同じ性でいればいいのだが、女神様の言葉を反語にするのは憚られる。何となく。

 私の姿を認めたことにより、眼前の雄の若返りは止まり、元の曖昧なものに戻っていく。この雄の本来の歳は、あれくらいなのかもしれない。

 

ーーふふ、くすくす。

 

 今、誰かが笑ったような気がした。

 目の前の雄ではない。雄は、眉間を歪ませて一頻り自らの顔を拭う。そして愉快げに口端を緩めた。

 「面白いな、ズク。どうだ、夢の中だけじゃなく、現実でも俺の船に乗らないか?近いうちに独立するんだ」

 また、雌へと姿を変える。

 周囲の幻影が、一人。また一人と消えていく様子が視界の端で捉えていた。

 美しいあの風景も、すでに存在しておらず。

 夕陽が魅せる黄金色の海も、小気味好く揺れるさざ波も、ふわりと頬を撫ぜる風も。

 全ては、私の中へと移っていったのだ。

 こうして、私は力を得る。

 実に美味いな。これ程までの美味はそうそうにない。全身を廻る、活力に満ちた強味。それでいて、労わるようなまろやかさが心地良い。堪え難い全能感が、私の体を浸食してゆく。あーー。

 『ボクは悪党にはなれないのさ。女神様との約束だからね』

 「…?…ああ、俺は悪党じゃあねえ。俺は海賊だ」

 驚いた。

 そう返されたのは初体験である。大抵の海賊は、破壊や略奪を誉れとしていた。

 しかし、会話する事自体稀であるのだから、そう驚くことでもないか。

 『わからない。何が違う』

 「…?生き方が違うのさ。俺の船に乗れば、教えてやるよ」

 この雄が言っているのは、おそらく定義的なものではない。

 惹かれるものがあるな。だからと言って、行動に移すつもりは殊更にないが。

 

 既に、元の巨船は影も形もない。

 今、私とこの雄が立っているのは、小型のボートの上であった。周囲では虚無が蠢いている。私があと一息入れれば、この夢は瞬く間に終わりに向かうだろう。

 『世界においては、善良を犯し奪う海賊は悪だ。何が違う?なぜ海賊と名乗る?』

 私はこれまで、数多くの悪夢も食らってきた。海賊がその象徴として現れる夢は幾度もあった。

 「ここで語る答えなんてねえよ。言葉なんてものの枠じゃ、小さすぎる」

 何が言いたいのか、よく分からない。しかし人間とは、得てしてそういった生き物である事を、私は学んでいる。

 若しくは、雄の言う通りなのだろう。

 『そうか』

 「そうだ。それはそうと、折角の理想の船がこんなに小さくなってしまったな。ズク、お前が奪ったんだろう?対価を貰おうか」

 雄は終ぞ思い出したように、まさに悪人のようにその面を歪ませる。

 長く留まりすぎたか。

 通例ならば、夢の主とは会話すらしないために、浮かれてしまった。そう、この雄の世界は特別だったのだ。余りにも力に満ち充ちていた。それ故に、馬鹿なことをしたものである。

 それにしても、対価か。

 『良い夢と悪い夢、どちらを望む?』

 「ああ?そんなの…」

 『特定は不可能だが、この夢は未来を見せる。さあ、どちらだ』

 「決まっているぜ。悪夢だ」

 雄は即時に返答した。そして続けて口を動かす。

 「いい未来なんざ、今見たらつまらないだろうよ」

 『そうか。では邪魔したな。よい夢を』

 この先の夢を見るつもりはない。

 私が作り出すものだ。力を吸いとることはできない。それに、趣味でもない。

 ーーまた来い。

 それはない。行き先は選べるものではない。それに私は中々のグルメである。

 今回のタイプの夢は、おそらく強い渇望から生まれたものだ。十年後、二十年後にまた出逢ったとしても、それは劣化でしかなく、これほどの満足感は得られないだろう。ならば、私は望まない。可能性は低くとも、更に極上のものをと望む。

 それでも同じ者に当たることもあるのだがな。

 

 次も良い夢であるといいな。

 背を舐めつけるような恐怖、怨嗟凄惨も刺激的だが…今回のように美しくて、おいしい夢の方がいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最悪な気分だ。

 これほど目覚め方をしたことはねえ。

 まだ見ぬ仲間…いや家族を、息子達娘達の死をこの俺が許そうとは。

 助けようにも、体が信じられないほどに重く、そして堪え難い苦痛が蝕み、動かなかった。

 あんな未来が訪れるのか。

 

 息子達、娘達の顔は思い出せない。だが、アレがそうだと、魂で理解した。

 この夢を見せた存在に対して、感謝と共に激情が沸く。

 名は何と言ったか。

 

 「ニューゲート…お前、なんだそりゃ?」

 「ん?」

 

 あと少しで、もう会うこともないだろう仲間が、にやにやと自分自身の顔を指差していた。

 

 「それだよ、それ。何処で手に入れたんだ?こないだの悪魔の実といい、変なもの手に入れるな、お前はよ!ぎゃははは!」

 

 腹を抱えて笑うそいつの目先を辿る。

 そして気づいた。鼻の下辺り、何か金色のものが見える。なぜか見覚えのあるそれを、両手で触れて確かめる。

 …ヒゲが生えている!

 

 「はは…ハ?…と、取れてやがる!しかもまた生えてんじゃねえか!!どうなってんだよそれ!!おーいお前ら!ニューゲートが面白えことになってんぞ!!」

 

 そのヒゲは髪色と同じく金色だった。見覚えのある…そうか、夢で俺についていたやつだ、これは。まだ白髪になってはいないが。

 大きさ的に…バナナ六本分はあるな。

 

 「妙な夢だったが…やはり、ただの夢じゃなかったってことか…」

 

 なあ、ミ……なんだったか……。

 

 ……ん?何だこのヒゲ………勝手に振動してやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




白ひげ
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