のんびり夢島 作:イーブイ
これで四度目か、この人間。
二度までなら、同じ人間の夢に入ったことはあるが、それ以降はない。だから、不思議だ。
しかし、この人間は老いた。三度目の時にはもう顔に皺が刻まれていたから…歳はいくつだろう?別の種の血が混じっていない限りは、そろそろ寿命が近いはずだ。
ふむ。その割に、纏う雰囲気に活力がある。
「お前、失礼なことを考えてたね?」
その雌は振り返ることもなく、その手も止めることなく言葉を投げてきた。
『相変わらず若々しい人だなって思っていただけだよ』
雰囲気が老いたもののそれではない。
「ヒーヒッヒッヒ。そうかい、それならいいよ」
雌は、早く手伝いなと隣へ来るように私を急かした。
雌の前から、向こうまで広がり続ける台の上には、様々な植物、そして生物の体が置かれていた。
「ここまでクッキリとした夢はそうはないからね。お前が来るってわかったよ。何しろ、もう三度目だしね」
『いや、これでよん…』
「三度目だ。さあ早く手伝いな。前教えたことは忘れてないんだろう?こんな機会滅多ないんだから、テキパキとやるよ」
雌はキラリと手に持つメスを光らせた。
しかし、間違っているものは間違っているーーああ、なるほど。これはいわゆる、老いてしまった弊害だろう。なぜなら、あれを忘れるはずがない。
『四度目だよ。一度目は君に襲われたんだよ。忘れたのかい?』
ピキリと空気に亀裂が入った気がした。
「……」
『……(ニコニコ)』
「ハァ…忘れちまったよ、そんな昔のこと。何せ、所詮は夢だしね」
『そうだね。でも、それでもまたキミと会えてよかったと思ってるよ』
「相変わらず口が上手いね。ほら、サッサとしな」
ちなみに。この人間相手に限っては、二度目以降同性の姿でこの場に現れている。そうした方がよいと思ったからだ。
最中、雌に最近はどうだと訊ねられた。
どうだと言われても…いや、あったな。
『ボクの島に子どもが住み着いたよ。それとね、やっと相棒と会えたんだ。だけど…猫らしく気ままな気質みたいで、今は何処かにいってしまっているけど』
「ん、まあ…よかったじゃないか。子どもにしても、猫にしてもね。子どもの名前は何て言うんだい?」
『…』
名前。
何だっただろうか。聞いたような…聞いたことがないような気がする。そもそも話をしたこともない。
「おい…お前まさか」
雌は呆れ果てた目で私を見ていた。
『言葉が通じないから仕方がない。それに、別にこの三年何の問題もなかったんだよ。ほら、ね。だろう?』
「いや、ほらじゃあないよ。言葉が通じないってどう言う意味だい?」
何だ、忘れてしまったのか。これは前に言った。うん、言った。
仕方がないな。
『ボク、今はこの姿だけど現実では…獣みたいなんだって。だから、人間の言葉は話せないんだ。前にも話したよ』
「初耳だね」
まあ、夢だ。仕方ない。最後は私が食べてしまうし。
四度目のこの雌でも、全てを覚えているわけがない。
「現実では今の姿にはなれないのかい?それなら話せるだろうに」
『体毛が無くなると日焼けするからね。あと出来るだけ動きたくない』
何より、ヒトの形を取ると窮屈なのだ。
「…」
雌は何も言わなかった。ただ、やけに溜めて、大きく息を吐いていた。
おそらく日が三十は沈んだ。それくらいの時間は過ぎたはずだ。
あくまで夢の中での話だが。現実の時間では一つの昼も沈んではいないだろう。
雌は、様々な生物を相手に手術を繰り返し、薬を調合し続けた。ここでは疲れないからと、休むことなく没頭していた。
「お前みたいな助手ならいてもいいんだけどね。本当に残念だよ」
『それは光栄だな。でもそれなら、現実でも作ったらどう?』
「面倒なだけだよ。柄じゃないしね」
本当に面倒くさそうな声だ。その気は少しもないらしい。
『そう…それで、満足のいくものはできたのかな?手が止まっているように見えるけど』
「一通りはね。お前、毎晩夢に出てきてもいいんだよ?」
ヒッヒと雌は愉快そうに笑った。しかし、薄く開いた瞼の間から見える目は少しも笑ってはいない。これは本心ではないだろうか。
『それは出来ないんだ。残念だけど、これは自由に決められることではないからね』
「そうかい。本当に残念だよ」
このやり取りは、三度目の時にもあった。この雌は憶えていないのか。ただ、フリをしているだけなのか。よく分からない。
夢の終わりはもう、すぐそこまで来ている。
弄られた、あらゆる生物達の検体、薬品、器具類は既に私の中にある。込められた知識や経験が水面から跳ねる魚のように主張している。
「なあ知ってるかい?世間では面白い噂があるのさ。それこそずっと昔からね。さて、何だと思う?」
『ついこの前に、初めて島から出たばかりなんだ。わからないよ』
直ぐに答えを返す。雌は、可笑しそうにヒヒッと笑った。
「幸福の贈り物、もしくは迷惑な贈り物ってやつさ。形のある物の場合が殆ど、体に有り得ない特徴が出た例もある。こっちの大半は、後になって気づくみたいだけどね」
この雌にしては、ハッキリとしない物言いだ。何を言いたいのかが、わからない。
「手に入るものには、なぜか見覚えがある…どういうわけかね。でもおかしいね。私は夢の選択だけで、お前からそんなものもらった覚えがないよ?」
私も雌に何かをあげた覚えはない。
誰にもあげた覚えもない。
現実でならばある。今も居着いている子どもと、昔出会った人間に一度だけ。
夢で…与えられるのだろうか?
『あっ』
手の中に、数個の木の実が突如として現れた。口に入れてみる。
美味しい。
現実のものよりも幾分か美味しい。味は変わらない上に、食感匂い味も同じ。だけども美味しい。夢にある物体とは、何かが違う。
現れた木の実を見ている雌に、三粒差し出す。
『どうぞ。これ、とっても美味しいよ。これを現実へと持って帰ったらいい』
持って帰れなかったら、すまないが。私にはどうしようもない。
「……もらっとくよ、ありがとう」
お礼を言う雌の顔は、釈然としないものだった。とても美味しいのだが、この木の実。
それはそうと、夢の終わりは近い。だが、なぜか手が進まない。
雌は、受け取った木の実を目の高さまで上げて、回しながら観察している。
「今回も悪夢で頼むよ……まあ、また会えるといいね。ヒーッヒッヒッ」
雌は最後に、住んでいる国を告げて自ら消えていった。
目を開けると、出会った頃よりも少しばかり成長した子どもが、いつものように私の腹の上に寝転んでいた。
子どもはどうやらもう起きているようで、そこらかしこに手足や骨や毛髪、眼球など様々な部位を生やしていた。そのままの形でただ脈打つものもあれば、幾つかの部位を合わせ生物を模って動き回るものもある。
胴体に幾本もの手を生やした百足のようなものは毎回見るが、あの乱立と宙を羽ばたく鳥のようなものは初めて見た。
「あ、おはよう」
『ヴォアァァ』
子どもは、私が目覚めたことを確かめると、生やしていた全てをパッと消した。
フワフワと濃赤の花びらが舞う。
そして、その花びらも地面に溶けるように消えていく。
子どもがこんなことを始めたのは、確か図書館から借りてきた一冊の本を読んでからだ。
子どもが手足を生やすのは、ハナハナの実というものを食べたことによるらしく、能力が使える代わりに海に嫌われるとか何とか。詳しく説明された気もするが忘れてしまった。
その本には、そのハナハナの実をはじめとして様々な実の詳細が記されていた。らしい。
そして、全ての実の能力には覚醒というものがあるそうだ。以来、子どもはそれに至ることを目標にしている。よく分からないが、子どもの様子を見るにおそらく成長はしているのだろう。
ある日、子どもが本を返しに行くと言い出した。そのまま貰ってもいいそうだが、もう全て覚えてしまったから返却するそうだ。
だが今、この島に化け猫はいない。前に赤い壁を登って以来、その姿をチラリとも見ない。
最後に何と言っていたか。
……だから……それで……用があったら……じゃあまたニャー。
忘れた。何と言っていたか。
呼び出す方法があった筈だが、思い出せない。
猫よ来い来い猫よ来い。