それはいつもと変わらない昼頃の弁当の時間。
音ノ木坂スクールアイドル『μ’s』の面々は和気藹々と持参した弁当を摘まみながら雑談をしていた。
構成は各学年3人ずつ。
3年、綾瀬絵里、東條希、矢沢にこ。
2年、高坂穂乃果、園田海未、南ことり。
1年、西木野真姫、星空凛、小泉花陽の9人。
そんな彼女ら9人は長机を囲いそれぞれが食事を進める中、いつもの部活動の一風景に一つの爆弾が投下される。
それは、μ'sの実質リーダー的存在である2年、高坂穂乃果の何気ない言葉だった。
「ねえ、皆は彼氏とかいないの?」
何気ない、いつもの意図がなに様な口調の穂乃果の発言に各々が反応する。
「ぶふぅううううう!」
とタイミング悪く口に含んでいたお茶を拭きだすにこ。
「ほほう? それはどうしてそんなことを聞くんかな?」
と興味ありげに問い返す希。
「い、いきなり何変なことを聞くのかしら、穂乃果は!」
と、明らかに狼狽する絵里。
「そうです! 昔から突拍子のないことをいう人だと思ってましたが、なにを聞いているのですか!」
と、絵里の発言に賛同して叱咤する海未。
「どうしてそんなことを聞くの、穂乃果ちゃん?」
と、穂乃果の質問の意味が分からず首を傾げることり。
「はあ? 意味わかんないんだけど?」
と、髪の毛先を指でくるくるしながらそっぽを向く真姫。
「か、彼氏さんですか!? え、えっと……ノーコメントで!」
と、顔を真っ赤にして弁当の白飯を頬張るも後に咽る花陽。
「わぁあ! 気になる気になる! 凛もそれ気になるにゃー!」
と、楽しそうにはしゃぐ凛。
8人それぞれの反応を貰いながら、穂乃果は握る箸を置いて、腕を組み。
「だって穂乃果達は花の女子高生じゃん。青春真っ盛りのお年頃の穂乃果達の中に、一人ぐらい彼氏が至って可笑しくないじゃん?」
穂乃果達は高校生と言う青春を多く楽しめる年頃。
スポーツ、勉強、学校行事と様々な青春があるが、中でも特に輝かしく際立せるのが恋愛だ。
しかし、少なくとも穂乃果はメンバーの中でそういった浮いた話を聞いたことがなかった。
「もしかして皆が他の人に隠れて恋人を作ってると思ってね。ねえ皆は彼氏はいるの?」
先ほどの穂乃果の発言はつまり、他のメンバーに隠れてこっそり恋人がいるのではと勘繰りしての発言だということを穂乃果以外のメンバーは理解した。
そして穂乃果の隣に座る海未はため息を吐き。
「私たちの性分は学業です。そんな不純な―――――」
「もちろんいるわよ!」
海未の発言を遮り暴露したのはにこだった。
え!? と全員の視線がにこに集まるも、にこは臆することなく毅然な態度で。
「私はもう高校3年だから。彼氏の1人や2人や3人居たとしてもおかしくないわよ」
「いや。2,3人おったらあかんやろ」
希がにこに冷や水を浴びせる中、眉を轢くつかせる真姫が半眼で。
「ねえにこちゃん。それは本当なの? なーんか嘘臭いんだけど」
「嘘な訳ないじゃない! にこの様なスーパーアイドルになれば男を手籠めにするなんて造作ないわー」
にこに疑心な目を向ける真姫を他所に、元凶である穂乃果が机に身を乗り出し。
「流石上級生! ねえにこちゃんの彼氏さんってどんな人!?」
真姫だけでなく、他の者たちもにこの彼氏に対して疑惑を持つ中、穂乃果だけは目をギラギラにして興味津々。
しかし、穂乃果のグイグイ来る追及ににこの額に冷や汗が流れ。
「え、あ、うん……年下」
「おぉー年下彼氏! 彼氏さんはどんな感じなのかな!?」
一片の疑惑持たぬ責めがグイグイとにこに突き立てる。
「え、えっと……私がいないと何も出来ない甘えん坊で……料理を作ってあげると美味しいって言ってたり、私のいう事を聞いてくたり……ちょっとのほほんとしているけど、大事な人……かな」
「うわお! まさに年下彼氏を具現化させた様な人だね! 今度紹介してよ!」
「え、えぇ……機会があればね!」
腕を組んで明後日の方を向くにこ。その見えない首筋には大量の汗が掻かれていた。
にこの彼氏の話を聞いた後、穂乃果はウキウキと満足そうだが、他のメンバーの心は偶然にも一致した。
「「「「「「「(それって虎太郎君のことじゃない?)」」」」」」」
虎太郎とは、にこの弟である矢澤虎太郎。
μ’sのメンバーは少し前の騒動で虎太郎と面識があり、今にこが話した特徴にピッタリだった。
まさかとは思うが、幼稚園生の弟を疑似彼氏としてでっち上げたのだろうか。
もしそれならにこは相当痛い女となる。
しかし、誰もにこにツッコミを入れなかった。
万が一、億が一でもにこの発言が本当なら疑った事でメンバーの関係にヒビが入り。
もし嘘だったとしてもにこの尊厳は崩れ落ちる。それを察して誰も言えない。
一つ不安なのが、出かかっているのを耐えているのか、プルプルと体を震わして、頬を大きく膨らまし、涙目の凛だ。凛の隣に座る花陽だけが気づいている。凛は堪える為に自身の太ももを摘まんでいるのを。
「もうにこちゃん。彼氏がいたんだったら教えてくれてもいいじゃん」
「ごめんごめん。けど、アイドルには隠し事は付き物なのよ。にこの秘密を訊けて良かったでしょ。……それで~他の皆はどうなの? 彼氏とか」
まるで勝ち誇った様なニヤニヤとした表情のにこ。
嘘か本当か定かではないにせよ。現在、この部で彼氏持ちはにこのみ。
彼氏持ちは女子高生のヒエラルキーでは上位に位置付けされる。
つまり、彼氏持ちとそうでないでは大きな壁が存在する。
やられた! と絵里は内心で強く舌を打つ。
このままではにこがヒエラルキーがトップになる。
だが、ここで私も居たと言ってもにこの二番煎じになる。どうしたものかと考える。
にこの彼氏本当にいるか疑惑が浮上したが、真姫が真っ先に想い浮かんだ感情は1つ。
「(あの勝ち誇った顔を殴りたい)」
真姫はグッと拳を下ろす。
部室に沈黙が奔る。
誰かこの空気を変えてくれ、と誰もが思った時、希が手を挙げる。
「えっと……今まで黙ってたけど、ウチにも本当は彼氏おるんよね」
無言の空気を払拭して、次に全員の視線が集まったのは希だった。
希は照れ隠しの様に頬を赤くして指で掻いている。
「えぇええ! 希ちゃんにも彼氏いるの!? てか、希ちゃんも黙ってたの酷い!」
「そう言わんといてよ穂乃果ちゃん。だってほら。ウチらはスクールアイドルやん。一応はアイドルって付くし、色々と面倒事が起きない様に黙っておいた方がいいと言うか」
「うーん。確かに一理あるね。けど、ここまで聞いたんだし、希ちゃんの彼氏ってどんな人なの?」
「ウチの彼氏は年上で、ウチの家は転勤族なのは知ってるよね? んで、こっちに転校する前の学校の先輩。今は大学生やな。今度の長期休みの時にこっちに遊びに来てくれるのよ」
「つまりは遠距離恋愛ってこと!? それって凄く燃える恋じゃん!」
「後は穂乃果ちゃんの想像力に任すよ」
焦らす希にえぇ~と不満の声を漏らす穂乃果。
希のおかげで沈黙は無くなってホッと胸を撫でおろす一同。
希はかなりのファインプレーをしてくれた。
μ’sはスクールアイドル。
スクールと付いて部活動ではあるがれっきとしたアイドル。
アイドルが不埒に交際情報を流すのはご法度。希はそれを穂乃果に教えてくれた。
これ以上穂乃果も根掘り葉掘り聞いてこないだろうと、にこを除く部員は希に感謝したが。
「そんで~ウチの彼氏事情は話したけど、皆はどうなん? 彼氏はいるのかな?」
全員が心の中で希に親指を下に向けた。
違った。希は救世主なのではない。悪魔だ。
先に楽になって傍観者に徹するつもりだ。この穂乃果のキラキラとした目で見られ困惑する部員たちを。
ニヤニヤと今度は希が加わって聞いて来る。3年間の付き合いがある絵里はこの日以上に希に怒ったことはないだろう。
「(今日は一緒に帰ってあげないから!)」
拳を握る絵里だが少々焦っている。
今嘘か真かはさておきに暴露したのは、にこと希のどちらも3年生。
3年で絵里が唯一取り残されたのが、絵里は考える。
絵里自身はあまり嘘が好きではない。許容できる範囲はあるが自ら言う事は抵抗がある。
だが、ここで彼氏がいないというのは多少絵里のプライドに関わる。
しかし、好きではない嘘を言うのも絵里の信念に関わる。
2つを天秤にかけて悩む絵里だが、悪魔の微笑を浮かべる希が尋ねる。
「あれれ~? えりっちどうしたん? なんか悩んでるようだけど。もしかして、ウチやにこっちに彼氏がいて悔しがってるのかな?」
希の挑発に絵里の頭の糸がブチッと切れ。
ついでに天秤の嘘を否定する信念の糸も切れる。
売り言葉に買い言葉と、絵里はバンと机を叩き。
「いるわよ彼氏ぐらい!」
「ほほう? どんな?」
「どんなって…………」
勢いで言ってしまった絵里は希に返され狼狽する。
オロオロする絵里だが、ピンと思いついたのか凛と金髪を撫で。
「私も希と同じよ。ロシアに遠距離恋愛をしている彼氏がいるの。幼少の頃は私のバレエを見に来てくれたりとラブラブだったわ。彼……今頃なにしてるだろ」
「うぉお。絵里ちゃんの乙女な顔なんて新鮮だね。相当彼氏さんとはラブラブだったんだ」
「そうね! 今度の夏休み、おばあちゃんの家に行くから、会うのが楽しみだわ」
思いを馳せた乙女の様にしみじみ言う絵里に希はボソリと。
「ウチらでは確かめようのない海外設定で逃げた」
「なにか言った希?」
「べーつになにも~」
下手くそな口笛を吹いて顔を逸らす希。
「3年生全員に彼氏がいて驚きだよ。盛り上がって来たからどんどん聞いていくよ!」
1年ぶりにハーメルンを開いたら、1年前に途中で止めていた作品を見つけて書いてみました。次話投稿は不明です。