10月20日昼 鎮守府提督室
「あっはっはっはっはっはっは!」
「ひっ、酷いです提督~」
「ごっ、ごめんごめん・・くっくっく」
「もー・・・」
阿武隈は虎沼を提督室に連れてきたが、怪訝な顔をしている虎沼を見て、事情を聞いたのである。
「絶対大隅さんの頃の方がしっかりしてたよな」
「ひどっ!」
「えっ!?この子が大隅さん?」
虎沼があまりの事に素で言葉を放ってしまったが、提督はにこにこしたまま、
「虎沼さん、そうなんです。この子が元大隅さん、今は阿武隈ちゃんです」
「あ!今お子様扱いしたでしょ!」
「だって・・うくくくく」
「ううう~笑うなぁ~!」
虎沼は事態をようやく飲み込みつつあった。
あの日、虎沼に別れを告げた大隅は、深海棲艦から艦娘に、そして人間になると言っていた。
背中に煙突とかが見える以上、今は艦娘、つまりは阿武隈の艦娘の姿なのだろう。
それにしても、背格好がまるで変った。なんというか・・・そう。
「うん、確かに中学生だ」
ぽつりと虎沼が言うと、阿武隈がきゅっと振り返り、
「なっ!?おっ、お父さんまで!」
「あのね、親代わりに育てると言ったけど、いきなりお父さんはさすがに面食らったぞ」
「じゃあ何て呼べばいいの?パパ?おじさま?」
「どちらも別の意味があるからなあ。逮捕されたくないし」
本日の秘書艦である加賀が頷いた。
「確かにパパと呼ばれながら阿武隈さんと手をつないで歩いてたら職務質問されますね」
「おいおい加賀、失礼だぞ」
「いえ、私もそうだと思いますよ」
「じゃあ何て呼ぶの?」
「んー・・・」
「さっきは笑ってしまったけど、あらかじめ呼ぶと決めればお父さんで良いんじゃないか?」
「な、なんというか、気恥ずかしいものですね。照れるというか」
「よっし!じゃあ改めて。よろしくね!お父さん!」
「お、おう。あ、そういえば、今は・・艦娘なんですよね?」
「ええ。艦娘の状態ですね」
「人間になったらまた姿が変わるんでしょうか?」
「姿はこの状態から背負ってる物が無くなる感じです。そして、今後は時間と共に成長します」
「そうだよ!何年かしたら綺麗なお姉さんになるんだから!」
「ほー」
「あ!お父さん今疑ったでしょ!」
「冗談だよ。可愛い可愛い」
「えへへへへ~」
「昼食は・・あ、大丈夫ですか?長い船旅だったから気分が悪いとか?」
「いえ、全然揺れなかったので大丈夫です」
「さすが工廠長の作だなあ。よし!じゃあ食堂へ行こうか」
「まさかおごりですか!?」
「まさかって何だ人聞きの悪い」
「だってこの前は不知火ちゃんダマしたんでしょ?」
加賀が答えた。
「違います。交渉スキルの実地訓練です」
「いや、あれは結局私が文月に頼んだよ」
「そうだったんですか?」
「うん、ちょっと不知火が泣きそうだったんでな。加賀も変な事をさせてすまなかった。」
「いえ、鎮守府を運営していく以上、グレーな事にも対応していかねばなりませんから」
虎沼は大きく頷いた。加賀と呼ばれる艦娘さんは、人間になったらきっと一旗挙げられる。
まぁ、ここでも充分重要なポジションについてるようだな。
「だって、どうせ今日もオケラなんでしょ提督?」
「阿武隈は容赦ないな!大丈夫だよ、給料出たから!」
「給料日前にオケラなんて金銭管理がなってないですよ~だ」
「ぐっ」
虎沼は苦笑した。自分も給料日前は結構カツカツでやっている。今度から言われるな。
「はいはい、じゃあ行くよ」
その時加賀が言った。
「ちなみに、今日こそ普通に一般交際費が使えますが?」
提督がマッハで振り向くと、
「お願いします加賀様!」
「特上天御膳」
「解りました!」
阿武隈と虎沼は顔を見合わせると、くすっと笑った。
「あぁ美味しいなあ美味しいなあ、特上天御膳美味しいなあ。久しぶりに食べたなあ」
「提督、お客様の前なのですから」
「いえ、本当に美味しいです。かき揚げも大きいし美味しい」
「こ、この丸い天ぷらも外はサクサク中ホわほわで、普段の天ぷらとは異次元です・・・」
食堂で揃って特上天御膳を頼んだ提督の一角は、艦娘達の刺さるような視線を浴びていた。
特上天御膳。
定番メニューとして昼夜とも頼めるが、他の食堂メニューに比べて追加料金が異様に高い。
そして待たされる。
他のメニューでも充分美味しいので、提督さえつい「と・・て、天ぷら御膳で・・」と言ってしまう。
ゆえに、艦娘にとってもいつでも食べられるけど食べられない代表だった。
それをすかさずオーダーする加賀はやはり交渉スキルが上がっていると言える。
虎沼はうっとりしながら言った。
「海軍の方はこんなに美味しい料理をいつでも食堂で食べられるんですねぇ・・」
すると、背後から幾つもの囁き声がした。
「違います・・」
「あるけど高過ぎて手が出ないんです・・」
「一口・・・一口食べたい・・」
虎沼は脂汗を書きながら、そっと背後を見た。
そこにはもう少しで化けて出そうという表情の扶桑が居た。
「ひっ!」
「扶桑さん、ご来賓の方が怯えてます」
「うらやましや~」
「口から魂が出かかってますよ?頼んだら良いじゃないですか」
「もったいないおばけが出ます~」
提督はふぅと溜息を吐くと、丸い天ぷらを箸でつまみ、つゆにつけると、
「扶桑、ほれ」
「そっ!それはっ!蓮根と海老団子の天ぷらっ!」
「ほれ」
「あ、あーん」
はむっ。
「・・・・んふ~」
「そんなに美味かったか?」
「はい!今日はとっても良い日ですねっ!ありがとうございます提督!うふふふふふ~」
と、軽い足取りで行ってしまった。
「扶桑の奴、あの天ぷらがそんなに好きか・・へぇ」
虎沼はそっと阿武隈を肘で突いた。
「な、なあ」
「何?お父さん」
「もしかして提督って」
「超の付くニブチンだよ」
「とすると、さっきのは」
「天ぷらが、じゃなくて、あーんしてもらった、ってのにも余裕で気づいてない」
「天然なんだな・・」
「そうなんだよ・・」
二人で溜息を吐く様子に、
「ん?どうしたんです?」
「い、いえ、なんでもありません」
「加賀さんが可哀想だって言ってたの」
「へ?」
その時、加賀が自分の所からシイタケの天ぷらを提督のつゆ皿に浮かべた。
「ん?くれるの?」
「あげません」
「え?じゃあこれは?」
「・・・・・あーん」
「へ?」
「あーん」
「・・良いけど・・つゆは誰でも一緒だろ?」
はむっ。
「んふー」
「・・・旨い、の?」
「かなり」
「そうか・・シイタケ好きか・・・」
阿武隈と虎沼は再び顔を寄せ合うと、
「ほ、本当に今ので気付いてないのか?わざとじゃないのか!?」
「私も信じられないけど本当だと思う!」
「ありえないだろ!フラグがもはや釣り針化してるじゃないか!」
「錨みたいな極太釣り針よね。視界遮り過ぎて前見えないわ!」
「うわあ、本当なんだなー」
「で、結構こまめで優しいと来てるのよ父さん!」
「嫌ですわ奥さん!それじゃ地雷原でサッカーするようなもんじゃない!」
「最近はコブラツイストかけられたらしいわよ!」
「・・・それだけで済んでるだけマシじゃないのか」
「そうとも言える!むしろそうよ!」
加賀はチラッと二人の様子を見た。
もう、なんだか仲の良い親子みたいですね。
それにしても食べさせてもらうのは予想以上に素敵なイベントでした。
扶桑さんグッジョブです。機会を狙ってまたお願いしてみましょう。