艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file83:姫ノ島(10)

 

11月26日夕刻 仮設鎮守府作戦指令室

 

「あ」

作戦指令室に戻ってきた長門は、思わず安堵の声を上げた。

部屋の中はル級と提督しか居なかったのである。

「他の皆は夕食と入渠、隊員達への説明に行ったよ」

「うちは加賀達が説明するのか?」

「そうだ」

「ル級の所は良いのか?」

「金剛カラ、提督ヲ一人ニシチャダメデース、ト言ワレテネ」

提督は苦笑した。

「本当に信用が無いなあ。もう大丈夫だというのに・・」

長門は目を瞑ると、その言葉を発した。

「私は、怖くてたまらない」

しんと、部屋が静まり返った。

「ネ、姉サン」

「長門・・?」

「提督、陸奥。これが偽らざる本音なんだ。正直、膝が震えるほど恐ろしい」

「・・・・」

「相手が深海棲艦の艦隊なら、レ級が6人並んでても戦えると自信を持っていえる」

「・・・」

「しかし、戦い方も謎なら、兵装もよく解らない巨大な敵なんだ」

「・・・」

「ほっ、ほんとに、描いた作戦で歯が立つのか?部下をまた殺してしまうのではないか?」

「・・・」

「そう考えると、どうしても怖い。怖くてたまらない」

長門が言葉を切ると、部屋に静寂が訪れた。

窓の外には燃えるような紫の夕焼けが広がり、窓が海風に揺られてカタカタと音を立てた。

静寂を切り裂いたのは、提督だった。

「ふーむ。長門ぉ」

「・・・な、なんだ?」

「俺もだわ。なんせ洒落にならんもんな。今回の敵は」

長門は気づいた。提督が自分を「俺」と呼ぶのは滅多に無く、砕けて本音を晒す時だ。

「そ・・・そう・・か」

「陸奥だってそうだろ?」

「マァ、ネ」

「姫が通信で、俺達が見えてると言った時にゃあ、ゾッしてな、危うく叫ぶ所だったぞ」

「ソンナ風ニハ見エナカッタワヨ」

「それはな、脱走する時に長門に嘘を悟られないよう顔に出さない訓練をしたからだ」

「何をやってるんだ提督は!そんな訓練しなくていい!」

「・・・動機ガ不純過ギルケド、マァ、アノ場デ叫ンデタラ士気下ガリマクリヨネ」

「だろうな。だが、まあ、良かったよ」

「なにがだ?」

「長門が怖いんじゃ、俺が怖いのも無理は無い」

「どういう意味だ提督?」

「鎮守府で一番肝が据わってるじゃないか」

「あのな・・・もう少し、女の子として扱ってほしいのだが」

「女の子かどうかとは別の問題だよな、陸奥?」

ル級は溜息を吐くと、提督をジロリと見て

「ソモソモ、提督ガ艦娘ヨリ肝ガ据ワッテナイッテ、ダメナンジャナイノ?」

「そうかなあ」

「ソウヨ」

長門は目をパチパチさせていたが、急にぷふっと噴き出し、腹を抱えて笑い出した。

「あははははっ!陸奥に言われたら御仕舞いだな!」

「ネ、姉サン何言ッテルノヨ?」

「だって、陸奥は二人きりになると、「明日出撃無いと良いな、怖いもん」て私に縋って来たじゃないか」

「ナッ!ソンナ昔ノ話ヲ今シナクテモ良イジャナイ!」

「へぇー」

「ジャア提督モ出撃シテミナサイヨ!結構怖イノヨ!」

「・・・ああ。明日、そうなるよ」

「ソ・・・ソウ、ネ」

「長門」

「なんだ?」

「皆も、同じかな?」

「解らんが、噂は色々立っているようだし、それに」

「それに?」

「青葉が今日初めて、新聞を発刊していないんだ」

「・・・本当か?」

「本当だ」

「んー・・・よし」

「どうした、提督」

「情けない館内放送をやろう」

「は?」

 

「えー、えー、テストテスト。聞こえてるか?」

長門が廊下でOKのサインを出す。

「皆、提督だ。こんばんは。館内放送なんて慣れないんだが直接皆に言いたくてね。夜分すまないが聞いて欲しい」

「さて、もう伝わったと思うが、明日の夜明け頃、全員参加で大きな戦いが始まる」

「長年使った、この鎮守府正面の入り江を舞台として、来る相手は1体だ」

「しかし、情報を総合すると、1体で入り江の半分はあろうかという大きさらしい」

「・・・先に言っておく。私は敵が怖い」

鎮守府のあちこちでガタタタッという音が聞こえた。多分転んだのだろう。

しかし、提督はマイクを握り締めて力説した。

「むっ・・・ちゃくちゃ怖い!今夜は到底寝られない!トイレには長門に付いて来て貰いたい!」

ドドッという音が近くで聞こえたので振り向くと、ル級が転び、長門が額に手を当てて首を振っていた。

「だが!」

提督はふっと、穏やかな声に変えて言葉を継いだ。

「これを皆に言ったのは、不安なのは皆一緒という事を知って欲しかったからだ」

「決戦の直前に不安だというのは言いにくい事だ。つい黙ったまま心に秘める事もあるだろう」

「だが、恐れを持ったまま出撃して欲しくない。つい緊張して、いつも出来ている事が出来なくなるからだ」

「現在、この鎮守府には、艦娘も、深海棲艦も、たった1つの目的の為に集っている」

「それは、明日の朝やってくる敵を、いつもの通り、作戦通りに戦って勝利する為だ」

「皆でやるべき事を、いつも通りやろう。相手を1つ1つ攻略して、勝ち戦に仕上げよう。そして」

提督は一息入れてから、最後の言葉を放った。

「駆逐隊のロ級さんに、親友の弔い合戦への花道を作ってあげようじゃないか」

ざわついていた鎮守府全体が静まった。

そして、次第に、あちこちの部屋から、廊下から、

「やったろうじゃないかー!」

「怖いけど、怖いけど!頑張る!」

「やり遂げろよ駆逐隊!」

「精一杯応援スルカラネ!」

「えい!えい!おー!」

という声が聞こえてきたのである。

提督はそれを聞き届けると、

「じゃあ、見張りの者以外は目を瞑り、横になり、少しでも体を休めておくように。以上だ」

と言って、スイッチを切った。

 

「提督っ!館内放送まで使って何て情けない事を言ってるんだ!」

「だって」

「明らかにトイレの件は余計な一言じゃないか!」

長門が腰に手を当てて仁王立ちしながら提督を叱っていると、

「・・・提督」

二人が声の方を見ると、駆逐隊のボスであるロ級がそこに居た。

「ア、アノナ、提督」

「なんだ?」

「・・・ソノ・・・」

「?」

「・・・頑張ッテ、仕留メテクル」

「ああ、精一杯支援するからな」

「モシ、生マレ変ワレタラ、提督ト、平和ナ世界デ、友達ニナリタイナ」

「大破でも何でも良いから、思いを遂げたら戻ってきてくれ。東雲に頼んで治して貰うから」

「今ノ世ジャ、マタ敵同士ニナルゾ?」

「艦娘に戻せば良いんだろ?何だったら人間に戻しても良い。そしたら友達になれるだろう」

「・・・・。」

「思いを遂げたら、帰ってきてくれ。な?」

「ソンナニ余裕ヲ持ッテ戦エル相手ジャナインダガ」

「そうだけど、それでも、約束してくれ」

「・・・・思イヲ遂ゲルノガ、優先ダ。」

「解ってる」

「ジャア、可能ナラ、帰ッテクルヨ」

「ああ」

提督とロ級は互いに頷いた後、ニッと笑った。

「シッカリ潰シテクレ」

「任せろ」

長門はふと、自分の足の震えがなくなっていることに気づいた。

五十鈴、感謝するぞ。これで全力で戦える。

もう悔いは無い。

 


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