艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file84:姫ノ島(11)

 

11月26日午後 姫の島指揮官室

 

「・・・以上ガ現在ノ航空兵力トナリマス」

「ソウ、ネェ・・・」

姫は机の木目を目で追いながら、不満気に返事をした。

通信相手の整備班長は緊張していた。

姫の機嫌が急速に悪化している。こういう時は要注意だ。無茶なオーダーが来なきゃ良いが。

「ネェ、班長」

「ハイ」

「今ハ滑走路ハ2本ヨネ?」

「ハイ。指揮棟ノ前ニ、航行前後ドチラデモ離着陸出来ルヨウ、AトB2本ノ滑走路ガアリマス」

「整備場ハ指揮棟ノ隣ニ3ツ、駐機場ハ指揮棟ニ対シテ滑走路ヲ挟ンダ向カイ、ヨネ」

「ハ、ハイ」

整備班長はごくりと唾を飲んだ。なぜ解りきった事を言う?

「現在ノ2滑走路ノ間ヲ起点トシテ、進行方向ニ対シテ斜メノ滑走路ヲ1本増ヤシテ。横風対策ニネ」

「・・・エッ?」

「ソレカラ、新型攻撃機ト大型爆撃機ノ運用試験ハ終ワッテルワヨネ?」

「セ、先日試験ガ終ワリ、既存機ト交代中デス。タダ、更新ニハ時間ガカカリマス」

「ナゼ?」

「製作ニ多クノ資源ヲ消費スルノデ、必要量ト資源補給量カラ計算スルト、後3週間カカリマス」

「ナルホド。ソレジャ旧型攻撃機ト小型爆撃機ヲ今スグ解体シナサイ」

「ゼ、全機デスカ?」

「エエ。ドウセ性能的ニモ使エナインダシ。ソレデ何台作レル?」

「明日ノ開戦マデニトイウ事デスヨネ?」

「開戦準備ノ話ヲシテナカッタカシラ?」

「・・・試算デハ、攻撃機800機ト爆撃機200機ナラバ」

姫の声が一段と低くなった。

「・・班長」

「ハッ!ハイ!」

「貴方ノ悪イ癖ハ、試算量ヲ大幅ニ減ラシテ報告スル事ヨ」

班長は冷や汗が止まらなかった。試算メモが見えているのか?

「モ、申シ訳アリマセン。シ、シカシ、滑走路ノ建設モアリマスノデ」

「当然、格納庫ヤ駐機場モ増設スルノヨ?滑走路ダケデ運用出来ナイデショ」

班長は絶句した。

「モウ1度聞クワネ。滑走路、格納庫、駐機場、ソシテ新型機ハ在庫モ併セテ、合計何台用意出来ルノ?」

「在庫ハ今、攻撃機100機、爆撃機50機デス」

「フウン」

「資材的ニハ攻撃機ガ計1700機、爆撃機500機デスガ、作業員配置ト時間ノ関係ガアリマスカラ・・」

姫の眉間のしわが一層深くなった。

「結局、開戦前ニ一体何機揃エラレルノ?サッサト上限値ヲ言イナサイ!」

「・・・攻撃機計1500機、爆撃機計500機ヲ・・ヨ・・用意・・イタシマス」

「0400時マデニ用意シナサイ」

「・・・」

「明日ノ戦イハ不意打チデ1艦隊ヲ潰スンジャナクテ、数十艦隊ト対峙スルノヨ?解ッテルノ?」

「・・・ハイ」

「アナタガ手駒ヲ出シ渋ッタラ負ケルカモシレナイノヨ?ソシタラマタ火ノ海ヨ?」

「モ、申シ訳アリマセン」

「ジャ、0400時ニ最終連絡ヲ。完成ノ報告ヲ待ッテルワヨ」

「解リマシタ」

姫はスイッチを切ったがイライラが収まらず、通信先を切り替えてスイッチを入れた。

「機関長」

「ハイ、オ呼ビデショウカ?」

「目的地ノ天候ト到着予定時刻ハ、イツカシラ?」

「天気ハ晴レ。風ハ微風。日ノ出30分前ニ到着出来ルヨウ航行中デス。何カ?」

姫は天井を睨んだ。日の出直前というのは開戦のセオリーに従えばベストだ。

敵がいつ来るか解らず、緊張して眠れずに夜を明かし、急速に明るくなる事で疲労がピークになるからだ。

熟練妖精だからこそ自然に導き出す最適解。整備班長もこうあって欲しいが練度が足りない。

不測の事態に備えたい気持ちは解るが、色々言い訳をし、余裕を大幅に取るのでつい厳しく当たってしまう。

それにしても。到着時刻はこれで良いのだろうか?

セオリー過ぎると敵に読まれるかもしれない。それに・・

「機関長、ゴメンナサイ。貴方ノイウ事ハ正シイノダケド」

「ハイ」

「日ノ出1時間後ニ調整シテクレルカシラ?」

「対応シマス。一応、理由ヲ伺ッテモ宜シイデスカ?」

「敵ノ予測ヲ少シデモ狂ワセタイノト・・・・日ノ出ヲ静カニ見タイノ」

機関長はふふっと笑った。

「ソロルノ夜明ケハ素晴ラシカッタデスカラナ」

「同ジ物ガ見エルトハ思エナイケド、ネ」

「ソレナラ、日ノ出ノ頃ニ紅茶デモ持ッテ行キマショウ」

「アラ、嬉シイ」

「他ニハ何カアリマスカ?」

「砲台ヤ電探等ノ装備ハ何割稼働出来ルカシラ?」

「0000時ニハ全テ復旧シ、稼働シマス。弾薬ハ整備班ガ1時間前ニ補充済デス」

「フウン。一応、最低限ヤル事ハヤッテルノネ」

「・・・姫様、差シ出ガマシイ事デスガ」

「ナニカシラ?」

「整備班長ハ、己ノ練度ヲ超エテ、良クヤッテイマスヨ」

「サッキノ通信ヲ聞イテタノ?」

「イイエ、何モ聞イテハオリマセン。ア、ソウソウ」

「何カシラ?」

「紅茶ノ添エ物ハ、ロールケーキデ宜シイデスネ?」

「アルノ!?」

「ハイ」

姫は喜ぶと同時に、じわりとその意味を理解した。

「・・・ワ、解ッタワヨ。キチント謝ッテオキマス」

「ソウデスカ。ソレデハ、夜明ケヲ楽シミニオ待チクダサイ」

「ヨロシクネ」

スイッチを切ると、姫はふうと溜息を吐いた。

機関長は老練で知識も豊富であり、物静かな島の重鎮だ。

島の航行運用から妖精達の揉め事解消まで、島に関する幅広い面倒を見ている。

だからこそ私は戦略と指令に集中出来たし、昔からずっと親のように育ててくれた恩人だ。

一方で、それゆえにあっさりと思っている事を見透かされる。

普段任せている事をあえて確認したのだし、何かあったと勘付かれるのも無理はなかったか。

少々浅はかだったと思いながら、コツコツと机を指で叩く。

しくじった。

私は一旦言った事を詫びるのがとても苦手で嫌いだ。

しかも気まぐれとか我儘という訳でもなく、ちゃんと理由があるから尚更だ。

目を瞑る。

大好物のロールケーキが瞼の裏に浮かぶ。前に食べたのはいつだっけ?

紅茶の香りとロールケーキの甘さが記憶に蘇る。夜明けを見ながら頂くのはさぞ旨いだろう。

しかし。

次第に眉間にしわが寄る。

当然機関長は用意する前に整備班長にさりげなく聞くだろう。

それまでに謝っていなければケーキは無い。

「ハテ、何ノ事デシタカナ?」

と、澄ました顔で言われ、ケーキケーキと涙ながらに連呼しても

「何カ、オ忘レデハ、アリマセンカナ。ヒ・メ・サ・マ?」

と、じろりと睨まれる。もう容易に想像がつく。思い出すだけで寒気がする。

そこで整備班長に八つ当たりすれば食事まで変更される。

大嫌いなピーマンの肉詰めが出てくるかもしれない。

味を思い出してブルルルルッと身を震わせる。

1度、徹底的に謝罪を拒否した事がある。

段々料理が減り、最後は給仕班が震えながらパンパンに膨れたシュールストレミングと缶切りを運んできた。

「選びなさい」という小さなメモが添えられていた。半狂乱で謝りに行った。

一体どこからあんな恐ろしいものを手に入れてくるのだろう?生物兵器以外の何物でもないじゃない。

逆らう、ダメ、絶対。機関長だけは怒らせてはいけない。

むむっと腕を組む。

解ってる。ちょっと、いや、かなり無茶な要求だという事は解ってる。

でも、信じられない事に深海棲艦と艦娘が共同戦線を張っている。おかしいにも程がある。

さらに逆探知した結果、相手の拠点は厄介な事に深い入り江の奥にある事が解った。

周囲の山や陸が邪魔で半島の外からは砲撃出来ず、入り江に入れば回避運動が取りにくい。

相手の艦船数も100や200では済まないかもしれないし、詳細な兵装も解らない。

半島全体を高々度から空爆するには幾らなんでも弾薬が足りない。

かといって我が島の支援砲撃無しに攻撃機だけで偵察に送り込めば対空砲と戦闘機にハチの巣にされる。

相手の艦船と航空機を島の砲火力で薙ぎ払い、制空権を取ってから攻撃機と大型爆撃機の編隊を送り込む。

最終防衛ラインの艦隊と、出来れば鎮守府も空爆した後に入り江に入り、じっくり砲撃して潰す。

そこまで大人しく通してくれる筈がないから、道中でも砲火力と航空兵力は消耗していくだろう。

幾らコンクリート製の格納庫とはいえ、我が島に砲弾の雨が降れば航空機の離発着も修理も困難になる。

それに、新型攻撃機は戦闘機に近い機動力があるが、旧型では敵の戦闘機が来れば終わりだ。

万一攻撃機が殲滅されたり、島の滑走路が破壊されたら爆撃機が飛べない。

爆撃機は潜水艦から地上建造物まであらゆる攻撃に必要な主火力だ。これが無ければ勝利は危うい。

戦闘機は偵察機を兼ねられる機体を開発中だが、マッハ1という要求速度がネックで完成していない。

ああもう!だから早く攻撃機と爆撃機の更新を進めろと言ってたのに!

そうよそう!まだ使えるだの一斉切替はトラブルが怖いだのと渋ってたのは整備班長じゃない!

思い出して腹が立ち、目をカッと見開いて机を拳でドンドンと叩く。

そして、がくりと首を垂れる。

だから私だけが悪いんじゃないという事で、夜明けを見たいという我儘も聞き、ロールケーキもくれる訳ね。

温情のある裁きだ。何も言ってないのに全部解ってくれているかのようだ。

・・・ああもう解ってます!解ってます機関長!でもね!でもね!

あれこれ考えを巡らせながら通信スイッチに触れては離し、躊躇い、怒り、落ち込むを繰り返した。

夕日が沈み、闇が支配し始めた頃、姫はついに意を決した。

ちくしょう!解ったわよ!言い過ぎたわよ!作戦で何とかするわよ!

本当に仕方がない。せめて大型爆撃機だけは優先して作ってもらおう。

・・・・・。

謝ればいいんでしょ!解ってます機関長!

姫はこれ以上無いというくらい渋い顔をしながら、えいっとスイッチを入れた。

 

 


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