艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file96:姫ノ島(23)

11月30日夕刻 大本営「上層部会」会議室

 

 

「しかし、私がそんな処遇では誰も納得しないでしょう」

中将が提案に異議を唱えたが、

「これは、君一人の問題ではないのだよ。」

と、大将は静かに言った。

 

「姫の島」事案。

 

大本営は自国内総攻撃に対処する為の甲種非常招集を除き、事実上最高レベルで艦隊を召集した。

ゆえに、集められた艦娘達はほぼ最強揃いといっても過言ではなかった。

攻撃計画は24日の問題発覚後、26日夕刻の出発直前まで大本営の頭脳が総出で考えた。

工廠では考えられる最善の兵装を24時間体制で作り、艦娘達に装備した。

指揮は最も経験豊富で適任との判断から、五十鈴が抜擢された。

つまり、考えられるありとあらゆる事をやって送り出したのが、主力隊だったのである。

それが僅か20分で全滅。

五十鈴は出撃以外指示らしい指示すら出せなかった。

当然、ほとんど成果らしい成果も挙げられなかった。

高錬度で経験豊富とはいえ、明らかに主力隊より少数だった偵察隊にも劣る結果だった。

表向き、五十鈴は体調を崩したとされていたが、実際は自決を図っていた。

直後に中将が通信棟に様子を見に来て発覚し、辛うじて命は取り留めたが、今も眠り続けていた。

中将は艦娘を召集した鎮守府を1つ1つ回り、司令官に頭を下げていった。

賠償出来るものではないが、それでも何か希望があれば最善を尽くすと言って。

確かに、希望の艦娘とより良い兵装が補充されれば構わないという司令官も半数以上居た。

しかし、驚き、怒り、絶句し、憔悴していく司令官達を見て、中将は責任を取る決意をした。

辞職ではなく、罷免して欲しいと。

 

しかし。

 

上程され、緊急に開かれた上層部会では、罷免どころか辞職も許さないと言い渡されたのである。

それに対して中将が発した台詞が、冒頭の一言という訳である。

納得出来ないという中将に対し、別の参加者が口を開いた。

「良いですか、中将殿。」

「姫の島事案は一切秘匿する事になっています」

「幸い、姫の島の諸事は本土から離れた遥か南で発生し、マスコミも嗅ぎ付けていない」

「艦隊が巻き添えになった鎮守府にも既に大本営側で製作し訓練した艦娘を補充した」

「表向き、全く理由が無いのですよ。中将が罷免される理由が」

また別の参加者も、重々しく口を開いた。

「正直、あれだけの最精鋭を送る必要があるのかと我々は懐疑的な見方をしていた」

「しかし、彩雲撃墜で開発部が血眼になって敵討ちをと言い張ったから、許したのだ」

「だが実際は、偵察隊の龍驤が唯一成果を挙げたが、元を正せば命令外行動の追認だ」

「つまり、大本営も、最精鋭の艦娘も、ひいては我々のやり方全てが歯が立たなかったのだ」

「もしこのような事が世間に事実として知れれば大本営全体が危機に陥るだろう」

「五十鈴殿には極めて大きな負担をかけた。色々、責任を取りたい気持ちは、私個人としては」

その先を遮るように大将が口を開いた。

「まとめるとな、中将が辞めた所で何一つ問題が解決するわけではない」

「そして生臭い事を言えば、辞める方が問題が起きかねんのだよ。先日の艦娘売買事案と同じで、な」

中将は唇を噛んだ。

結局は組織温存の為の決断。それは腐敗の温床にもなっている。

この会議室に集う人間で、完全に清廉潔白な人間は一人も居ない。私だってそうだ。

もっと言えば、この組織の上に位置する諸々だってそうだ。

だが、全体が腐敗してしまえば根元から崩壊する。

素面で大将に反論するのは壮絶な勇気が必要だったが、中将は口を開いた。

「それでも、どこかで腐りかけた根を絶たなければ、木は枯れてしまいます」

大将はふっと笑った。

「中将」

「はい」

「木を腐敗から救う為に、腐ってない幹を切り倒してどうするというのだ?」

「え・・」

大将は身を乗り出し、参加者だけに聞こえるように声を潜めると、

「良いか?」

「中将がその理由で辞めねばならんというなら、ワシらも含めて上は誰も居なくなるぞ」

聞いた他の参加者は、一様にニッと笑うと、ぼそりと呟いた。

「まぁ、お互い探られたくない腹はありますからな」

「でなければ、このテーブルに着くことは難しい」

「私は正直、中将が最もクリーンだと思っておりますよ」

「おいおい、君がそれを言うかね」

「ここは酒席じゃないぞ。大将殿も素面であられるのだ」

「まぁ、振ったのはワシだし、最近少し耳が遠くて、な」

「はははははは」

中将は目を瞑り、五十鈴に、犠牲になった艦娘達に手を合わせた。

すまない。

これが現実だ。

本当に、君達が命を賭して守るべき組織なのか、私は胸を張って言い切る自信はない。

それでも、それでも、何の罪も無い国民が、深海棲艦の餌食になる事を防げるのは、ここだけだ。

指を上げて参加者の笑いを制すると、大将は中将に声をかけた。

「中将」

「は、はい」

「そう怖い顔をするな。君が責任を取るというのなら、やってもらいたい事がある」

「なんでしょうか?」

「姫の島事案を解決したのは、君が腐敗撲滅の為に立ち上げた組織だな?」

「その通りです」

「・・・彼らがどうやったのか、まとめたまえ」

他の参加者が言葉を継いだ。

「確かに、聞きたいですな。一体どうやってあの化け物を倒したんだ?」

中将は絶句した。深海棲艦と協業して攻撃しましたなどといって信じてもらえるのか?

数秒思考した後、

「すみません。その件は置いておいて、大将と個人的にお話がしたい」

「個人的に、か?」

「はい」

大将はじっと中将を見て、雰囲気を察すると、

「ふむ、ならば他に議案も無いから今日は閉会としよう」

参加者が去り、大将と中将だけが残った。

「で、何だ?」

「大将、場所を変えましょうか」

「そこまでの話か・・・解った。来たまえ」

 

大将が中将を連れて自室に戻ると、秘書艦に声をかけた。

「すまんが、出航してもらいたい」

秘書艦はじっと大将を見ると、インカムに話し始めた。

「護衛艦4隻は出港準備。出航は秘匿、私から3km離れてジャミングを頼むわね」

大将は肩をすくめた。

「何も言わなくても全て通じるというのもありがたいが怖いな」

「もーっと私に頼っていいのよ?」

「いや、いい。行く先で指定はあるかね、中将」

中将は一息つくと

「南に行って、暁の水平線を見ませんか?」

秘書艦はくすりと笑うと、

「護衛艦はソロル鎮守府への往復に備えなさい。帰還は明日の夕刻よ」

と、インカムに告げた。

中将は目を丸くした。

大将がそっと耳元で、

「な、良し悪しだろ?」

と、囁いた。

 

 


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