艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file98:姫ノ島(25)

12月1日午前 ソロル鎮守府入口の港

 

提督は姫の島の事件において、史上最大の問題に直面していた。

次々と回復していく艦娘・深海棲艦達。

疲れが癒され、長時間の緊張が解けた結果、くぅとお腹を鳴らす子が増えた。

しかし、旧鎮守府もろとも携行した食料は押し潰されてしまい、食事は2回飛ばしていた。

榛名は大丈夫ですと言いながら虚ろな目をしていたし、赤城は野生に戻りかけていた。

 

可及的速やかに飢えを満たす事。

しかし、食わせる物が無い。

他の鎮守府は遙か遠くにあり、分けてもらう事も出来ない。

提督は途方に暮れていた。

 

その時。

鳳翔が出航時、島から運び出し切れなかった食料があるかもと言ってきた。

提督は地獄に仏を見たような顔で鳳翔を見返した。

それをとにかく食べさせなければならない。

出来るだけ短時間で何でも食い物にするには、焼いてしまうのが一番だ。

ゆえに、最も簡単に出来る、レンガ式のバーベキュー炉に鉄の網を載せた物を工廠長に幾つか作らせた。

砂浜に畳を置き、風除けの壁と暖を取る焚火も用意した。

疑問に思うだろう。

坂の上には食堂があるのだから、そっちで良いじゃないか、と。

しかし。

もう誰もがへたばっていて、歩く事も、食堂の再開準備も、それを待つ事も嫌だったのだ。

雰囲気を察し、ル級やタ級など、動ける深海棲艦達は海に潜っていった。

そして程なく、カニや魚、貝といった魚介類を山ほど抱えて帰って来た。

鳳翔と間宮は提督と共に、醤油、塩、レモン等の調味料とソーセージを抱えて帰って来た。

「俺が切るからどんどん串に刺して焼け!貝?焼いて開いたら醤油!カニ?もいで焼け!」

後に加賀はこの時の様子を、

「提督が初めて格好良く見えました。良い作戦指揮でした。」

と語る。

やがて網の上で香ばしい香りが立ち上り始める。

獲物を狩る狼のような目をした艦娘達が、深海棲艦達が、ぞろぞろと集まりだした。

辛うじて列を成しているのは最後の理性だった。

「皿と箸を持て!」

ザザッ!

「目標、2番網のアジ!」

ザッ!

「よし!右から順番に取れ!」

サササササササッ!

あっという間に網の上が空になる。鳳翔達がどんどん乗せていく。

「多摩!それはまだ生!こっち食え!」

「イ級!肉あるぞ!持ってけ!」

指図を数回繰り返すと、皆の皿に食べ物が乗り始めた。

座る場所を探すのももどかしそうに、バーベキュー炉に近い所へ腰を落ち着けていく。

そして。

 

がふがふがふ。

むしゃむしゃむしゃ。

バリバリバリ。

 

余りにも空腹で、食事というより飢えを満たすという行為をする際、誰もが無口になる。

焚火の香りを嗅ぎながら一心不乱に手を動かし、顎を動かし、飲み下し、皿から次を取る。

全員、全くの無言。

戦闘中かという程殺気立った雰囲気。

提督は一心不乱に切り続けていたが、ふらっと包丁を持つ手元が狂った。

その手首をすっと掴むと、

「危ないぞ提督。交代しよう」

いつの間にか長門が横に居た。

片手にはシシャモが連なる串を持っていた。

顎がまだ動いているのと、シシャモの減り具合を見ると、幾つか毟ったらしい。

長門は半分以上残る串を提督に渡した。提督は頷くと、

「1つ貰う」

「全部食べろ。そしたら焼いてくれ。腕を水に浸してからな。炉は暑いぞ」

「解った」

シシャモを毟りながらちらりと皆を見る。まだ目がギラギラしてる。先は長いな。

長門と提督は互いを見て頷くと、作業に戻った。

 

 

そのど真ん中に、大将達は到着したのである。

 

 

「こ・・・これは・・・一体・・・」

中将はそう呟いた。

鎮守府の港に軍艦5隻が入り、一行が降りて来たのに誰一人出迎えがない。

というより、100%自分達に気付いてない。下手をすれば軍艦が入港した事さえも。

大将は黙ったまま目を凝らした。

浜には野火のようにそこらじゅうで焚き火が焚かれている。

冬の冷たい潮風が吹きすさぶ浜で、艦娘と深海棲艦がバーベキューをしている。

だが、近づいて行っても全く会話らしい会話が聞こえない。

ガツガツと貪る音、パチパチと火のはぜる音、じゅうじゅうと焼ける音、漂う美味しそうな匂い。

「おい!そっちの貝に醤油!こっちの網置けるぞ!」

などと叫びながら、腕から湯気を立てながら焼き続ける提督と工廠長。

一心に下ごしらえをする長門、間宮、鳳翔。

その背後には山のように積まれた魚介類。

「鮭と秋刀魚!あがるぞ!」

枯れかけた声に呼応し、ゾンビのように群がる艦娘と深海棲艦達。

そして食べ物を手にすると、元の場所に戻って再び無言で食い漁る。

呆然とする大将達の脇を、背後のドックから駆逐艦と思しき艦娘が駆け抜けていった。

目は血走っており、一直線に提督に向かいながら、

「ウォォォォォォォ!!!アタイのメシィィィィィ!!!」

と叫んでいた。

その気迫は大将でさえ声をかけるのを躊躇った程だ。

 

大将はうむと頷くと、帽子を取り、襟のボタンを外すと、秘書艦に

「予備食料があるだろう?我々も手伝・・・」

と言いかけたが、既に秘書艦はにこりと笑いながら、食料を入れ、山積みにしたプラ製コンテナを叩いた。

「大本営の大和に連絡しておいたわ。1時間後に食料満載で出航するわよ!」

 

そこでようやく、龍田が一行に気付いた。

口に運びかけていた骨付きソーセージを天龍の口に素早くねじ込むと、

「文月!不知火!」

と言いながら駆けだした。

文月と不知火はその時、熱々のホタテ貝の貝殻をこじ開けるべく箸で格闘していた。

しかし、すぐさま事情を理解すると、左右に散った。

龍田に追いついた文月は一緒に駆け寄ってきて、ビシッと敬礼した。

 

「雷様!」

 

そう、秘書艦に向かって。

「名誉会長殿!このような僻地に御足労をおかけし、誠に申し訳ありません!」

「ふ、文月であります!御目にかかれて光栄の極みであります!」

雷は軽く手を振ると、

「こんな状況で堅い事は無し。よく頑張ったわね。私も鼻が高いわ。さ、コンテナ運ぶの手伝って」

「はい!」

 

置いてけぼりにされた大将と中将が浜にのの字を書いたのは言うまでもない。

その後、不知火に引っ張られてきた提督を見上げて、大将と中将はクマが出たかとのけぞった。

軍服も顔も煤にまみれて、全身真っ黒だったからだ。

「中将殿に・・た、大将殿!?ようこそお越しくださいました。こんな恰好で申し訳ありません!」

二人は気にするなと涙ながらに提督と固い握手をした。

気付いてもらえないってこんなに寂しいものなのだと理解した二人であった。

 

その後。

「焼き鮭でお腹一杯クマ。長門、交代するクマ」

「うえっふ。死ぬほどカニ食べたわ・・・鳳翔さん、交代しましょ」

ようやく駆逐艦や軽巡が腹を満たし、交代してくれた事から提督達も食事にありつけた。

失礼してとガツガツ食べ進める提督に手を振り、大将はぐるりと浜を1周した。

艦娘も、深海棲艦も、食べ終えたら係を交代し、新たに来る者に席を譲り、ゴミを集める。

自律的に、協調して動いている。

大きく頷きながら、再び提督の所に帰って来た。

「あっ」

立とうとする提督を制し、畳に座った大将は、艦娘達を見ながら口を開いた。

「過酷な戦いを制した者の雰囲気は違うな」

「恐れ入ります」

「ざっとで良い。あらましと、被害度合を教えてくれ」

 

 


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