艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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叢雲の場合(1)

 

ソロル鎮守府、現在。御昼前。

 

「アンタ・・酸素魚雷喰らわせるわよっ!」

叢雲は事務所の受付窓口で、相手をしていた夕張についに噛みついた。

受付待ちの列に並ぶ艦娘達がぎょっとしたようにこちらを向くが、夕張は目をキラキラさせると

「えっ?昨晩新型の魚雷迎撃装置が完成したの良く知ってるわね!じゃあそれの試験を早速申請・・」

「試験じゃなあああい!」

顔を真っ赤にした叢雲はドン!と受付台を叩いた。

叩いてから叢雲はしまったという顔をした。

 

 

旧鎮守府からソロルへ引っ越す時、各施設の配置は不知火と文月で考え、工廠長に渡した。

工廠長の方が建築設計に長けているので内装等の詳細は任せたが、幾つかは事細かに指定した。

事務棟の受付台もその1つであり、

「受付台はとにかく丈夫に。天板は厚さ5cm以上の樫の木で、他は鋼の塊で作り、床と溶接してください」

工廠長は持ってきた文月に尋ねた。

「ちと大袈裟じゃないか?これじゃ受付台の基部は450mm厚鋼材だぞ?バリケードにでもするのか?」

文月はにこりと笑った。

「それで世界に平和がもたらされるのです」

工廠長は首を捻りながら、

「なんだか良く解らんな。まあ、別に構わんが・・・」

と言いながら、自分の図面に書き加えた。

 

 

「あ、あのねえ・・・私は予算が無いからこれ以上の追加試験はダメだって言ってるの」

叢雲は次第にジンジンしてくる拳をさすりながら台の上の花瓶を見た。良かった。倒れてない。

「えー」

「えーじゃない」

叢雲は受付台を睨みつけた。

どうしてこの台はこんなバカみたいに固いのよ・・・

 

叢雲は興奮すると手近な物を拳でドンドンと叩くクセがある。

それは例えば受付台、食堂のテーブル、部屋のちゃぶ台、廊下の壁などである。

特に受付台はアホな相談を受けると一気に血圧が上がるから激しく叩かれやすい。

旧鎮守府では少なくとも3台は文字通り叩き潰したし、その度に文月から

「備品は大事にしてくださいね・・・」

と言われて平謝りしていた。

普段は叩かないように、せめて叩く直前で力を抜くように、かなり気をつけている。

だが、夕張、天龍、北上、更に加古も加わったが、何度言っても聞かない連中と話していると忘れてしまう。

しかし。

この受付台になってから、嫌でも意識するようになった。

なぜならぶっ叩くと、怒りどころか記憶がぶっ飛びそうなくらい痛い反動が返ってくるからだ。

一度怒髪天に達し、両手で渾身の力を込めてぶっ叩いたら本当に手の骨にヒビが入ってしまった。

痛みで悶え転げたら天龍が真っ青になってドックまで運んでくれた。

野次馬を蹴散らし、迅速な対応を取ってくれた事には感謝するけど、元々怒らせたのは天龍だ。

大体、受付台を叩いて返り討ちに遭ってドック入りしましたなんて屈辱以外の何物でもない。

だから入渠時間一杯、顔の半分までお湯に潜っていた。

しかし、こっそりドックを出ようとしたら提督と秘書艦の赤城が心配そうな顔で待ち構えていて、

「叢雲大丈夫か?鎮守府内で中破したと聞いたよ。仔細は知らんがゆっくり休め。な?」

と、頭を撫でられながら優しく言われ、顔から火が出るかと思った。

翌日、それでもヘコミ1つ無い受付台を指差しながら涙ながらに何とかしてくれと文月に言ったら、

「作り付けなので動かせないのですよ、申し訳ないのです~」

と言いながら深々と頭を下げられてしまった。

元々自分のクセが悪いのであり、これではぐうの音も出ない。

そこに天龍が現れ、

「き、昨日は、ほんと悪かった。これ、あの、見舞い、な?」

と、言いながら小さな花束を置いて行った。

「も、もう、しょうがないわね・・・」

もごもご言いながら叢雲は給湯室で花瓶に水を入れてくると、受付台に活けた。

それが意外にも良い雰囲気と香りをもたらし、何となく相談もまともになるような気がして、

「・・・・悪くないわね」

と言いつつ、以来、叢雲は受付台に花を絶やさないようにしていた。

だから大切な花瓶なのだ。

 

なのに。

また夕張との交渉は暗礁に乗り上げるのかと叢雲は溜息を吐いた。長期戦か。

だが、その肩をつつく者が居る。

振り返ると初雪が書類を持って立っており、叢雲の耳元に顔を寄せると

「任せて」

と言う。

叢雲は肩をすくめて、初雪に場所を譲った。

ずいっと割って入った初雪は、何枚かの紙を夕張に差し出した。

「・・・はい」

夕張はきょとんとした顔で初雪を見た後、視線を差し出された紙に向けつつ受け取った。

「あ、えっと、何?」

「今、夕張が許可されている試験場利用申請書」

「そう・・ね。ああ!これ近々じゃない!忘れてた!」

「どれかと今回の申請を、差し替えるのは、アリ」

夕張はガリガリと頭を掻いた。

「う・・・うううーーん・・・これは外せないでしょ・・・これ・・も・・ああ、これ・・・」

初雪は一切表情を変えずに続けた。

「一旦返すから、今週中に、決めて」

夕張がぎょっとした顔で初雪を見る。

「えっ!こ、今週中!?明日しかないよ?」

初雪がさらに言葉を畳みかけていく。

「返さなかったら、全件、却下」

夕張が目を白黒させた。

「ええええっ!?」

しかし、初雪はくるりと背を向けると、

「じゃ」

「ちょ!え!初雪ちゃん!?冗談でしょ!」

初雪は首だけ返し、じろりと夕張を横目で睨み付けると、

「冗談言ってるように、見える?」

「いいえ見えません初雪様」

そして叢雲の手を取りながら

「叢雲さん、ちょっと教えて欲しい事があるの。来て」

と、呆然とする夕張を置いて叢雲を引っ張っていった。

「なっ、何?教えてって・・・」

数歩歩いてから、初雪は叢雲をチラリと見ると、

「仲間の救助は、駆逐艦の本分」

と、ニヤッと笑った。

叢雲は呆気に取られたあと、入口を振り返った。

書類を見ながら苦悶の表情で出て行こうとする夕張が見えた。

誰が受付やってくれるんだろうと戸惑っている艦娘達も見えるが、見えないふりをしよう。

夕張を目で追いながら、叢雲は

「あんたの書類、後で半分やっといてあげるわよ・・・あ・・・ありがと」

と言った。

初雪はにこりと笑うと、

「じゃ、よろしく」

と、まだ夕張を目で追う叢雲の手に30cm近い高さの書類を持たせた。

重さに慌てて叢雲が振り返った。

「なっ!?なによこれ!」

「半分」

「これで半分ですって?どれだけ溜めたの!?」

「2週間」

「何してたの!」

「・・・・」

叢雲がピンときた表情をして、ジト目で聞いた。

「・・・寝てたわね」

初雪はドキッとした表情でそっぽを向いた。

「も・・黙秘権を・・行使」

叢雲は溜息を吐くと、

「しょうがないわね・・・今やってあげるから受付代わって。これで貸し借り無しよ」

初雪がぱああっと喜びながら、受付に向かって歩いていった。

「却下」

「ひいっ」

「ダメ」

「そんなぁ」

初雪が何か極悪な対応をしてるような声がするが、きっと気のせいだ。

叢雲はパパパッと書類を捌き始めた。

文月はやり取りを見ていて、微笑んだ。

応援に初雪が手を挙げたと聞いた時は、正直何でだろうと思った。

3度の飯よりお昼寝大好きの筈なのに。

理由を聞いてもハッキリとは答えてくれなかったが、今はよく解る。

叢雲が交渉で困っていると、その度にちょんちょんと助けに入り、確実に始末するのだ。

確かに初雪は書類を捌くのがとても遅い。

同時期に入った時雨と比べると1/5も出来ず、間違いも多い。

だからなるべく書類仕事は渡さないようにしてるが、それでもあの有様だ。

一方で叢雲は書類仕事は完璧だが、根が真っ直ぐで正直者だから搦め手の折衝とかは苦手だ。

さっき困っていたのも夕張がルールをとぼけて踏み倒してきたからだ。

初雪が出なければ摩耶に申し入れしようかと思っていたが、その必要はなさそうだ。

二人の欠点を無理に直そうとは考えてないし、叢雲と初雪のコンビは丁度良いかもしれない。

それにしても、と文月は思った。

今はまだ週初めの昼休み前だからまばらだが、金曜の昼休みは事務棟の外まで受付の待ち行列が出来る。

1回でOKになってくれればいいのだが、そんな人は居ない。

事務方は指示や諸手続き、調整といった他の仕事も多いので受付にあまり戦力を割きたくない。

だが、授業中や演習中に来いとも言えないし、外に出るなとも言えない。

何とかならないかなあと、珍しく溜息を吐いた。

 

 

 


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