艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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叢雲の場合(2)

 

「・・・あーもー」

叢雲は初雪から引き取った書類を捌きながら毒ついた。

多くの子が書いてくるのが「設備使用許可申請」「休暇申請」「外出許可願」「文具手配申請」だ。

しかし、時雨とも話した事があるが、とにかく間違いが多い。

正確には、ちゃんと書く子は毎回正しいが、間違う子は毎回のように間違える。

「なんでこんなコトを書くのかさっぱり解らないわ」

そこに、初雪が書類を抱えて来た。

「・・合ってる、かな?」

「見せて」

叢雲は1枚目を見て固まった。記載内容よりコメントの方が個性的だ。

見る間に怪しくなる雲行きを察して、撤退行動を試みる初雪。

「・・・じゃ」

その背後からガッと首根っこを掴む叢雲。

「待ちなさいっ!」

「くえっ」

「アンタ・・これじゃますます申請者が混乱するじゃない」

「だって」

「何よ」

「良く解んないんだもん」

「事務方が何言ってるのよ・・・」

「事務方だって、人間」

「アタシだって人間よ!人外みたいに言わないで!」

「えー」

「えー・・じゃないわよ・・・」

そして、溜息を1つ吐くと、

「どこが、どうして、解んないのよ?」

「言われると、思い出す。でも、すぐ忘れちゃう」

叢雲は頬杖をつくと、目を瞑った。

そうか。

私達事務方は毎日のようにほぼ全書類を相手にしている。

毎日正しい書き方を意識して繰り返すから、忘れる事はない。

教育班の妙高4姉妹や龍田、研究班の高雄4姉妹がいつも正しいのも、頻繁に書くからだ。

だが、普通の艦娘達は書式を見るのが何カ月に1回とかで、教えても次に書く頃には忘れている。

ここでぴくぴくと眉が動く。

よく書いてる筈の天龍や夕張が間違えるのは明らかにルールの踏み倒しだから省くけどね。

更に、初雪が毎日目にしてる筈なのに忘れてるのは紙の山に隠れて寝てるせいだけどね!

叢雲は横目で初雪を見ながら聞いた。

「じゃあ、どうすれば解る?」

「んー、解る人が書いてくれれば良い」

「・・・」

「申請書は、何かを頼みたいって事を文書化するもの」

「・・・そう、そうよね・・・」

「だから依頼者は中身を書きたい訳じゃなく、頼めれば何でも良い」

「中身はちゃんと解る人が書くといい、か」

叢雲は、はっとしたように顔を上げると、

「それよ!」

と、言った。初雪は解ってもらえた事に満足げに頷くと、

「じゃ、今後は叢雲が、書いて」

「何言ってんの!違うわよ!」

「ええー」

「そうじゃなくて、あらかじめ書かれている紙があればいいのよ!」

初雪は首を右に60度くらい傾けて必死に理解しようとしている間に、叢雲はささっと書類を書くと、

「文月!これ認めてっ!」

と、差し出した。

文月は仕事の手を止めると、書類を見た。

それは備品購入申請書だった。

数秒間じぃっと見た文月は、ぽんと手を打つと、

「面白いですね!」

と言いながら承認欄に判を押し、

「不知火さん、お願いします~」

と、不知火の背中に向けて紙を弾いた。

不知火は振り返りもせずに右手で紙を受け取ると、そのまま手首を返し、

「大本営資材購買部」

のカゴにトスした。

 

数週間後の昼休み。

 

 

島風はそうっと、事務棟の扉を開けた。

ここは、とにかく苦手だ。

また何回も違う違うと言われて出し直すのかなあ。

でも、今度の休日に外出するには、どうしても明後日には届け出を済ませないといけない。

今日出して明日OKならよし、赤ペン食らいまくったら出し直して明後日。間に合うかなあ。

溜息を吐きつつ、覚悟して入った島風は、違和感にあれっと思った。

いつも混んでる受付周りに誰も待ってる人が居ない。

ラッキー?

そして視線が受付の横に向くと、そびえたつ棚にびっくりした。

こんなのあったっけ?もう覚えていない。

棚を見ると、その上には

「休暇・外出 出張・清算 買いたい 借りたい 返したい その他」

と大きく書いてあり、「休暇・外出」という所から目線を下げた。

棚に並ぶ薄い引き出しの目線の先にあった引き出しには、ラベルが貼ってあった。

「休暇を取りたい(今日だけ)」

「休暇を取りたい(今日から複数日)」

「休暇を取りたい(明日以降の1日)」

「休暇を取りたい(明日以降の複数日)」

「一人で外出したい(1日)」

「一人で外出したい(泊りがけで複数日)」

「複数人で外出したい(1日)」

こんな感じで延々と並んでいる。

おおっ!と思いながら、「一人で外出したい(1日)」の引き出しを開け、紙を取り出す。

なんと!中身がほとんど書いてある。

しかも書かなきゃいけない所が赤枠でマークされてる!

へぇーと思いながら記入用の机に行くと、机も同じように目的別に別れている。

休暇・外出用と書かれた机の前に立つと、目の前の壁に記載例が沢山貼られている。

島風は自分のケースを例から見つけ、ふんふんと言いながら、班名、班長、自分の名前、外出日を書いた。

あれ?これだけで良いの?

なんか前は鎮守府の名前とか延々と書いた記憶があるんだけど。

曖昧な記憶を手繰りながら書いた紙を持ち、そーっと事務所内の事務方を見る。

ふと顔を上げた叢雲と目が合った。ヤバ!一番チェック厳しい人だ!

困りながらえへへへと笑うと、てくてくと叢雲が歩いて来た。

「どうしたの?」

「きゅ、休日に外出したくって・・・これを」

「見せなさい」

「は、はい・・・」

島風はぎゅうっとスカートの裾を握って目を瞑る。

怒られませんように怒られませんように怒られませんように怒られませんように怒られませ・・・

「良いわよ、これで」

島風はネッシーと遭遇したかのような顔をした。

「・・・・へっ!?」

「・・・なに?不満なの?」

「ちっ!違っ!違います!」

叢雲は書類に「承認済」の判をタンタンと押し、外出許可証の部分を切って島風に手渡すと、

「はい、手続き終わりよ。お疲れ様」

と言って席に戻っていった。

外出許可証の紙を手に、事務棟の外でぽかーんとする島風。

あれ?明後日までに間に合えば良いなって思ってたのに・・・あれ?

じわじわ実感が湧いてくる。

・・・・はっやーい!

 

叢雲が備品購入申請書で依頼したのは、沢山の引き出しが付いた書類棚と掲示板だった。

書類様式自体は大本営の指定だから変える訳にはいかない。

でも、うちの鎮守府で、かつ目的まで決まったら、書類の記入内容はかなり固定される。

叢雲が目を付けたのはそこだった。

まず、よく申請される目的を細分化する。

細分化した各目的に合わせ、出来る限り項目を記載した状態で印刷する。

印刷した書類は目的をはっきり書いたラベルを貼った引き出しに仕舞っておく。

どうしても本人に書いてもらう必要がある箇所は赤枠を付け、記載机の前に例を掲示しておく。

見ながら書けば大きな間違いも減るし、申請しやすい筈だ。

実物が出来て初めて理解した初雪は

「おおっ!これは・・凄い!」

と驚いていた。

文月はにこにこしていた。初雪のアイデアと叢雲の知識の融合策。きっと上手く行くだろう。

取り入れた初日から目覚ましい効果があった。

ほぼ100%間違いが無くなった。あっても些細な物だからその場で直せる。

依頼する側は書く項目が減って怒られなくなり、その場で申請が通るようになったと喜んだ。

事務方もチェックする箇所が減り、正しい内容が増え、にこやかに短時間で応じる事が出来る。

今まで再申請、再々申請、再々々申請がザラにあったのが無くなり、処理枚数も1/5まで減った。

そのほとんどがリアルタイムで処理出来るので、書類が机の上に積みあがらない。

もちろん定型化出来ないケースは残るし、個別対応も残るが、件数は従来の1%にも満たない。

しかもそこは大体天龍か夕張か加古なので、文月が応じる事にした。

他の事務方ならともかく文月にはどう転んでも勝てないので、天龍達も申請前に諦めるようになった。

つまり、全体的に件数が激減したのである。

 

「へぇー、これ良いねえ」

提督は棚のラベルを追いながら言った。

「その他の所にさ、脱走用の書式も追加を」

「提督・・・」

「ひっ!なっ!長門居たのか!じょ、冗談です冗談!」

「まったく、油断も隙も無いな」

「それはともかく、これは皆にとって大勝利だねえ・・・長門」

「なんだ?」

「すまないが間宮さんの所に行ってきてくれないか。2人に褒美を、な」

「・・・解った。行ってくるぞ」

提督の財布を受け取り、走っていく長門の後ろ姿に手を振りながら、

「ところで文月さんや」

と提督は言いかけたが、

「脱走許可証は、長門さんの承認印が必要としておきますね」

と一言で返され、がくりと頭を垂れた。無理。

 

「えっ?表彰?」

提督と文月が席にやってきて、そう言われた叢雲はきょとんとした。思ってもみなかったからだ。

「申請者にとっても、事務方にとっても、良くなる事をしたんだから当然だよ」

叢雲は少し頬を赤らめた。

「じ、事務方でも表彰されるのね・・・」

「表彰!叢雲殿。貴殿はこの度、申請手続きにおける優秀な策を考案した事を称えます!」

「・・・・」

「これは副賞の羊羹です!おめでとう!」

「・・・わ、悪くないわ・・ね」

「表彰!初雪殿。以下同文です」

「ありがと・・・頑張る」

羊羹を受け取り照れ笑いする2人を、事務方の面々、それに提督と長門は拍手で祝ったのである。

 

 


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