赤城と文月が竜虎決戦をやった日の晩。
「こんばんは」
「鳳翔、邪魔するぞ」
「提督、長門さん、お待ちしておりました」
提督達はカウンターに腰を落ち着けた。
「給料出たから、長門と二人で御馳走になりに来ました」
「夫婦水入らずですね」
「ま、まぁその、カッコカリ、だがな」
「うふふふ、早くカッコが取れると良いですね」
「そうなんだよなあ・・今は長門が出撃すると心配でならん」
「私の差配は不安か?」
「違う。万が一、億が一、指先でも怪我したらと思うとだな」
「・・・心配のし過ぎだ。それもそうだが、演習に応急修理女神は必要ないと何度言えば解るのだ」
「万が一、億が一、システムに不具合があったら・・・」
「解った解った。まったく・・・ん?鳳翔」
「なんです?」
「随分大きな花を活けてあるな。前から・・あったか?」
「それが・・・」
「どうしたんだい?」
「今日の昼過ぎに文月さんと不知火さん、それに黒潮さんがいらして」
「うん」
「なんだか妙に優しい目をされて「ほんまに毎日大変やな、おおきにな」と仰って、頂きまして」
「へ?」
「ほ、他には何か言ってなかったのか?」
「ええと、あ、この後間宮さんの所にも行くと」
「間宮さんと鳳翔さんで、毎日といえば、食事・・か」
「菓子の線もあるか?」
「いや、鳳翔さんのデザートはここでしか食べられないからな」
「なるほどな」
「確かに、うちらの分を作ってくれている間宮さんと鳳翔さんには感謝の一言だよ。ありがとう」
「それは私も同意するが、なぜ今日なんだ?」
「うん、私もそこが解らない。鳳翔さんはなにか心当たりはあるかい?」
「いえ・・・解りませんけど、黒潮さんが昨晩、タコを買い求めにいらっしゃいました」
「タコ?」
「今日、友達に美味しいタコ焼き食わせたいんや~って」
「黒潮らしい買い物だなあ」
「明石のタコがあったので、塩揉みして茹でて渡してあげたんですけど」
「たこ焼きでなんか苦労したのかなあ」
「まぁ、それぞれ事情があるのだろう。それより提督、すまないが私もお腹が空いた」
「私もだ。じゃあ鳳翔さん、よろしく頼みます」
「はい、お任せください」
同じ頃。
文月と不知火は龍田と島のはずれにある「会議室」に居た。
兵装を鎮守府間で売買する「市場」を仕切る電子取引所を運営するために。
「市場」は毎週土曜日の21時に開始し、23時に終了する。
たった2時間?と思われるかもしれないが、秒単位で売買取引が成立し、兵装の市場価格は乱高下する。
ソロル鎮守府に移る為に加賀が2晩かけて行った取引量が僅か5分にも満たないと言えば解るだろうか。
会議室という名の部屋は2階建て構造だった。
1階は本当に殺風景な、簡素な長机とパイプ椅子が並ぶ会議室風の部屋。
その上に位置する、隠し扉と高度なセキュリティ装置で守られた空間が、ここである。
中央に巨大なスクリーンがあり、兵装毎の確定取引金額と取引高が整然と並んでいる。
龍田、文月、不知火の3人はスクリーンに対して円弧状に並んでいる席に座っている。
席にはそれぞれ6面ずつ並ぶマルチモニタがあり、それをくまなく見ながら、
「ただひたすらに、我が鎮守府に有利になるように市場価格に手を加える」
簡単に言えば、我が鎮守府に在庫がある「手持ち兵装」は「希少で高価格」とする。
もちろん、鎮守府で必要とする「要入手兵装」は「余剰在庫豊富で低価格」とする。
それぞれ売り払い、買い取りが終われば、「本来の」値段にジワリと戻す。
だから乱高下するわけだが、そこを参加者に気付かせない工夫はこれでもかと実装されている。
龍田が自ら構築したシステムである。
元々、鎮守府間での兵装売買は正規の手段が無い。
しかし、大本営は「陸海軍相互協力協定」にて、装備売買を許可するとしている。
その他様々な細則を勘案すると、結局この「電子取引所」でやり取りするしか無い。
そうなるように協定そのものから作っているのだから当然だ。
もちろん、取引所を利用するにあたっては、「契約金」と「システム利用料」が必要である。
やるなら胴元。規則は決める側。合法化「してから」公に。
龍田が常に言っていることだ。
もちろん市場への参加は自由であり、全ての鎮守府が参加しているわけではない。
そして、参加する司令官に聞くと、異口同音にこう言うのである。
「大本営の憲兵隊に囲まれる結末になる位なら、高くても取引所を利用するほうがマシさ」
そう。
龍田は「補給隊」と、自らの鎮守府が行った転売鎮守府討伐の顛末をPRに利用したのである。
転んでもタダでは起きない。身に降りかかった厄災さえも利用する。
ソロル鎮守府、そして龍田会維持の為に。
24時。
提督も長門も他の艦娘達もすっかり寝静まった頃。
3人は出来高を勘定し、帳簿をつけていた。
そろそろソロル鎮守府を無補給で2年動かせる程度の預金が溜まってきた。
残高を見て龍田は眉をひそめた。つくづく姫の島事案が恨めしい。
主力隊に従事し轟沈した艦娘の所属する鎮守府の沈静化には、裏で雷名誉会長に相当動いて頂いた。
その資金は全面的にこちらで持ったので、目が飛び出る程の支出が必要だった。
あれがなければ今頃は5年分は余裕で溜まっていたのに。
龍田はふぅと溜息をついた後、顔を上げて言った。
「不知火さん、今日の売り上げも、いつも通りケイマンのペーパーカンパニーにね」
「はい」
「文月さん、発送準備は週明けで良いけど、確実にね」
「はい、受け取りのほうも確実にします」
「いい子ね~じゃ、下でお茶でも飲みましょうか」
「そういえば、雷さんは会長時代、どんな方だったんですか?」
茶を飲みながら不知火が聞くと、龍田は床に眼をやったまま、
「聞いた話よ・・ナイショね」
と、話し始めた。
「昔、大本営以前の組織でも、全体に腐敗が蔓延した事があったそうなの」
「その時、名誉会長は大艦隊を操り、自らも乗り込んで、たった一晩で数十の鎮守府を粛清したそうよ」
「大本営のヴェールヌイ相談役は知ってるわね?」
二人はコクリと頷いた。
「彼女いわく、雷が本気で怒った時の恐ろしさはロシアのスターリングラードの比ではないそうよ」
「あと、今だから話すけど、提督がソロルへ異動になった頃、名誉会長は調査隊の腐敗に気付いたの」
「その時、名誉会長は「そろそろ、また運動しないといけないかしら?」と言った。」
「私は火の粉から提督を守れない艦娘は鎮守府ごと潰されると思い、計画の全容を名誉会長に送ったわ」
「名誉会長からの返事はたった一言、「それを貴女の卒業試験にするわ。後の食い扶持もね」だった」
「成功すれば会長職を拝命出来る、失敗すれば・・・」
龍田は手で首をすいっと切る仕草をした。
二人は背筋が凍る思いだった。話を総合すれば提督も我々も本当に消されてもおかしくなかったのだ。
「計画が上手くいって、電子取引所も出来て、文月が仕組みを整えてくれて、本当にほっとしたわ」
「でも、鎮守府を、提督を守るのは、異動の時だけじゃない」
「これからもずっと、皆を守り続けていかなきゃいけないの」
不知火は恐る恐る聞いた。
「あ、あの、会長」
「なぁに?」
「わ、私達が、もし大きな失敗したら、提督を消すんじゃ・・・ないんですか?」
「え?そんなこと言ったかしら?」
「あ、あの、「最悪、私が出るから好きにやりなさい」という意味は・・・」
文月も真剣な表情で聞いている。
龍田はきょとんとした後、くすくす笑い出した。
「私、ファミリーのドンか何かと間違われてるのかしら~」
「い、いえ」
「もし貴方達も歯が立たない事が起きたなら、私が表に立って、提督や鎮守府を守ってあげるって事よ」
「あ・・・」
「だから貴方達が思う通り動いて、提督をしっかり支えてねって言いたかったんだけどなあ」
「ま、真逆に捕らえてました・・」
「恵ちゃんが来た時の艦娘達への説得とか、姫の島事案の資金面とか、色々やったでしょ?」
「そうですね・・」
「恐怖政治なんてやっても意味無いわ。それは名誉会長も同じ意見」
「・・・」
「ただ、いざという時への備えは怠らない。それは兵装だけじゃなく、資金もパイプも軍事演習も」
「・・・」
「でなければ名誉会長が怒ったからといって、数十の鎮守府を一晩で粛清出来る訳が無いでしょ?」
「そ、そうですね」
「ここがあったから、姫の島の後、大勢の深海棲艦を受け入れても破綻しなかったんだと思うけど?」
「そうですね」
「提督の思いを実行するには、それなりにお金がかかるの」
「はい」
「というわけで、今日はもう遅いからお仕舞い。あ、一つだけ」
「?」
「あんまり私のこと、怖がらないでね~?」
「はっ、はい!」
「いい子ね~、じゃ、おやすみ~」
「会長、お疲れ様でした!」
文月と不知火は顔を見合わせた。
こんなに身近で何度も話を聞いている会長の話でさえ、真逆に意味を捉えていたなんて。
「・・・噂で判断したらダメですね」
「そう、ですね」
「じゃあ、帰りましょう」
「はい!」
外は一面の星空だった。
ぬいぬいさんは割とシナリオを考えやすいキャラです。
だからまた先の方で続編をだすかも、かも。