艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file16:五十鈴ノ目

3月31日夕刻、鎮守府

 

「提督、迎えの船が来たみたいだよ」

秘書艦の比叡がそういって提督室に入ってきた。

時刻は1755。正確だな。

「どんな船が来たんだい?」

「五十鈴さんと夕雲さんだよ」

ほう、と提督は意外そうな顔をした。

 

大本営の五十鈴といえば、司令官の間でも有名である。

歴戦を生き抜いた猛者ゆえに下手な司令官より経験を持っており、大本営の生き字引とも言われている。

彼女の船に乗ると幸運に恵まれるという噂は、知見に富む彼女が運を実現可能な策に変えられるからといわれている。

彼女を送り込んでくるという事は少なくとも道中の安全は保障され、大本営に明確な意図があるということだ。

「出迎えと、提督室までの案内を頼む」

「はい、お任せくださいっ」

 

「五十鈴です。この度はご同行させて頂く事になりました。よろしくお願いいたします」

「夕雲です。五十鈴さんと響さんの護衛をさせて頂きます」

「お二方とも遠路はるばるありがとう。お疲れ様。さぁ、かけてください」

そういって応接室の椅子に案内すると、五十鈴はにこりと微笑んだ。

比叡がお茶と最中を出すと、早速つまみ始めた。

 

「私の派遣は、今日急に決まったの」

五十鈴が切り出した。そして、

「恐らくだけど、中将は大本営直轄鎮守府調査隊を疑っているわ」

と、付け加えた。

「それは、どういう疑いですか?」

「あなたを謹慎に至らせた経緯、そしてソロルそのもの」

「あれは中将が指定している謹慎場所ではないですか」

「中将は1度も見に行ってないわ。全部調査報告で判断したの」

「えっ」

「更に言うと、中将は『ソロルにある謹慎用の建物を見てきてくれ』と私に言ったの」

「建物、を?」

「そう。妙に何度も修復しているから、どういう場所に立ってるのか見てきて欲しいと」

「なるほど」

「それから、各設備の能力もと言っていたわ。一通り揃ってるはずだから、と」

「・・・・」

「裏を返せば、そういうのが調査隊の報告であり、欠けてたり事実に反している疑いがあるってことね」

「そうですか」

ふーむと腕組みをする提督の横で、比叡は唇を噛んだ。

あの何も無い岩礁にそんな嘘をついてるのか。

提督がお手洗いに行くといって部屋を出て行くと、五十鈴が飲んでいたお茶をテーブルに戻した。

「比叡さん」

「はっ、はい、なんでしょう?」

「あなた、何か知ってるわね?」

「!!!」

「提督には言ってない事ね。心配しないで、秘密は守るわ」

「あ、あぁ、えーとその」

「ここでは時間が足りないわ。出航を遅らせるから時間を取ってほしいのだけど」

「は、はい。それではこの後ある送別会の席でという事でいいですか?」

「艦娘達は知っているのね?」

「あっ」

「大丈夫。その案で良いわ」

比叡は目を瞑った。今日は霧島に頼めばよかった。私じゃ誤魔化せないよ~。

 

食堂に集まった艦娘達と提督は、盛大なお別れパーティを開いた。

劇辛カレー早食い対決は1番人気だった赤城が順当に制し、

「王者は死守・・しまし・・た」

と、真っ赤な唇でありながら満足気な様子だった。

輪投げ大会では涼風と提督がヒートアップしていた。

雑然とした会場の隅で、五十鈴は長門から話を聞いていた。

「あっきれた。それじゃただの岩じゃない」

「うむ。だから鎮守府とか補修うんぬんではないのだ」

「そうすると、その資材はどこに消えたのかしらね」

「猫ババしてるのか?」

「中将の疑いはもう1つあるのよ」

「なんだ?」

「貴方達よ」

「えっ?疑われてるのか?」

計画が漏れたか?

「いいえ。提督が居なくなった後の鎮守府に居たはずの艦娘や装備が減っているの」

「そんなものを誰が受け取るんだ?私達は兵器だし、装備は武器だぞ?」

「それも海軍用のね。だとしたら候補は凄く少ないと思わない?」

「ま、まさか」

「その、まさか」

長門は呆れ返った。我々が戦ってる相手が艦娘って噂は、まさか・・・。

これは、問題が大きすぎる。

こじらせてはいけないと直感した。

「五十鈴」

「なに?」

「これから言うことは、提督に言ってない事だ」

「秘密が多いのね。提督は信用できない?」

「違う。余計な心労をかけたくなかったのだ」

「解ったわ。言ってみなさい」

「今夜までにしてきた事と、明日しようとしていることだ・・・」

 

少しして、五十鈴は長門と通信室に居た。

相手はもちろん、大和である。

 

「ええっ?!そんな事を計画していたの?」

「すまない。明日になってから説明しようと思っていた」

「それで、それは間に合ったの?」

「うむ、計画通りに進んでいる」

「貴方達の能力はどうなってるのかしらね」

「まぁその、一丸となった結果だ」

「理由は解るし辻褄も合ってる。これ以上隠し事はないわね?」

「ない。これで全部だ」

「少しは大本営を信用して・・とは、言えないわね。ごめんなさい。切羽詰らせたのは中将のせいだし」

「いや、大和が謝ることではない」

「ともかく、今後については私と大和は噛ませて貰うわ」

「迷惑なのではないか?」

「いいえ、丁度渡りに船よ。良くやってくれたわ」

「どういうことだ?」

「その爆発を、どうにかして大本営直轄鎮守府調査隊のせいにしてしまうのよ」

「えっ?」

「そうすれば、それを理由に憲兵が動けるわ」

「な、なるほど」

「んー、何か材料はないかしら」

「ありますよ」

五十鈴と長門が振り返ると、そこには加賀が立っていた。

「ごめんなさい。通信棟に明かりがついてたので見回りに来たのです」

「本当に貴方達は優秀ね。自立運営できるかもね」

ぴくりと長門が動いたが、加賀は涼しい顔だったので、五十鈴は詮索しなかった。

「それより、どんな策があるのかしら?」

「大本営直轄鎮守府調査隊の隊長が、このような事を言っていたのです」

そして、今朝おきたやり取りを伝えたのである。

「ふうむ。なるほど。それで中将は隊長に疑いをかけたのね。納得したわ」

五十鈴がうんうんとうなづき、そして

「駆逐艦にありもしない罪で謹慎なんて、水雷戦隊を束ねるものとして見逃せないわね」

と、付け加えた。

加賀は言った。

「響は提督を信じているようだから一人で行かせても大丈夫とは思うが、心配には違いないのです」

「優しいのね加賀。姉妹みたい」

「いえ、そんな」

「んー、響さんのそのやり取りは悪化させれば致命傷に出来るかもね」

「どういうことです?」

「例えば、大丈夫じゃなくて、岩礁で暴れるとかね」

「でもそれでは、響が解体処分を受けてしまいます」

「・・・あ」

「どうした?長門」

「響の自決を装うというのはどうだろうか?」

「ええっ?!」

「響は12cm砲を前の鎮守府から持ってきている。それだけ現場に残せば自決したように見せかけられないか?」

「でも、それを響さんが了承してくれるかどうか」

「大丈夫なのですよ~」

3人が振り向くと、響を連れた文月が立っていた。

「響ちゃんが加賀さんを探して寂しそうにしてたので、連れてきました~」

どうして居場所を知っている、という突っ込みをぐっとこらえた加賀は、

「良いの?響さん」

と、聞いた。

「私はいずれにしろ、装備解除しないといけないのだろう?」

「そうね」

「それで皆を守れるなら後悔しない。武器もきっと、納得してくれる」

「響さん・・」

「あ、そうだ。忘れてたわ」

そういうと五十鈴は、12.7cm砲を響に手渡した。

「大本営特製、命中精度と威力を上げた特注品よ。15.5cmクラスの威力があるんだから」

「これを、私に?」

「そうよ。中将から『提督を頼む』という極秘任務つきだけど」

「・・・・任務、拝命します」

響は早速、12.7cm砲を装備した。

「それなら、私達からも」

そういうと、加賀は強化タービンを手渡した。

「これを付けて行きなさい。機動力・回避力が上がります」

「加賀・・・」

「皆からの贈り物よ。使い切って活躍しなさい」

「うん、私、提督を守るよ」

「提督と、貴方自身もですよ、響」

「わ、わかった」

「勿論、一人では行かせませんけどね」

「五十鈴も居るわ。夕雲もね」

「皆で守りましょう」

じゃあ、と、響が取り外した12cm砲を手渡す。

「過去の私は、この砲と共に死ぬんだね」

「いいえ、貴方は貴方です。辛い記憶も、嬉しい記憶も、全部貴方のものです」

「そっか、うん、解った。じゃあこれ、お願いします」

「任せておくが良い。悪いようにはせぬ」

「じゃあ、文月ちゃん、悪いけど響ちゃんを会場まで送ってくれる?」

「大丈夫です!」

文月と響が去っていくと、五十鈴は言った。

「可愛いわね」

「越後屋には気をつけたほうが良い」

「越後屋?」

「あ、いや、なんでもない」

 

 




五十鈴さんを牧場にしてはいけません。


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