艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(4)

村雨がバンジーをする事になった後、鎮守府教室棟。

 

天龍がインカムを離すとガッツポーズを取った。

「いよし!許可は取ったぜ!」

すかさず白雪がジト目で見る。

「高雄さんが許可を出す筈がありません」

「今日は艦娘化作業が終わったって言ってるんだ!誰も居ないんだから良いじゃねぇか」

「設備使用許可申請書」

「そっ・・・それはさ・・・」

「設備使用許可申請書」

「ううっ」

「申請書」

「・・・そうだ!白雪!」

「なんでしょうか?」

「許可取って来てくれ!」

「・・・・何故受講生が」

「ほっ、ほほほらあれだ・・・ぇぇと・・・・実務!そう!実務練習だ!」

「むしろ天龍さんがきちんと申請手続きが出来るように練習が必要では?」

天龍はそこで満面の笑みを浮かべた。

「だろ?俺じゃそんな有様だから、村雨連れて行ってきてくれ!」

「村雨さんの、実務練習ですか?」

「そう!そうだよ白雪!頼めるのはお前しか居ないんだ!」

白雪は溜息を1つ吐くと

「反撃術としてはまだまだですが・・・仕方ありません。村雨さん、行きましょ?」

「えっ・・あ・・・はい・・」

「じゃあ俺達は先行ってるぜ!」

「肩の荷が下りて嬉しそうですね」

「ぅえっ!?そっ、そんな事無いぜ白雪。」

「じゃあ一緒に行きますか?」

「・・・お願いします白雪様」

「・・・私が卒業するまでには書類書けるようになってくださいね」

「うす!」

「・・・じゃあ安全確保はよろしく」

「よし!ほら伊168、祥鳳、行こうぜ!」

天龍は滴る汗を拭った。

最近、何故か俺が事務棟に行くと文月がニコニコ笑いながらすぐに出てくる。

以前は叢雲とか時雨を呼んで「ちょい頼む!マジで!」と拝めば認めてくれた。

しかし、文月にはそういうのは一切通じない。

「マジでダメです~」

と、氷のような笑顔を浮かべたまま即座に断られる。

だが!天龍組きってのキレ者、白雪なら大丈夫だろ。

そこまで考えて天龍はがくりと肩を落とした。

もういっそ、教授待遇で迎えてしまおうか・・・・白雪を。

 

「よし!足場もクレーンも痛んでないな!ロープは良いか?」

天龍は工廠の山の上からふもとの祥鳳達に呼びかけた。

「チェックOKよ!フックも着用具も大丈夫です!」

「よーしよし!上等だぜ!」

そこに白雪の声が飛んで来た。

「陸の部分にエアクッション敷いて無いじゃないですか!」

「ロープ点検したんだから大丈夫だろ!」

「ダメです!文月さんの許諾条件です!」

天龍は小声で呟いた。

「ちっ・・・白雪まで敵に回ったか」

すかさず白雪の声が飛んで来た。

「文月さんに言いつけますよー!」

「わ、解った!解ったから止めてくれ!準備頼む!」

 

エアクッションを膨らませる白雪と祥鳳を置いて、天龍は伊168と村雨を連れて崖の上に上っていった。

頂上に着いた後、天龍は村雨に話し始めた。

「さて、ここのバンジーはあのクレーンから垂れ下がってるロープを巻きつけて飛ぶわけだ」

「は、はい」

「バンジージャンプ自体は見たことあるか?」

「は、はい」

「よし。じゃ、準備はどうかな」

村雨が口を開きかけたその時。

「準備出来ましたー!」

「ちゃんと村雨さんに説明しましたか~?」

下から飛んで来た二人の声に、天龍はうむと頷いた。

「じゃ、村雨」

「はい」

「始めよっか」

「ええっ!?」

目を剥く村雨にきょとんとする天龍。

「どした?トイレか?」

村雨は素で答えてしまった。

「違うわよ!あ、いえ、違います」

「じゃ、なんだ?」

「あ、あの、飛んだ事なくて」

「それならこの後やり方教える。心配ないぜ」

「そ、そうなんですけど、えと、あの」

「なんだ?はっきり言わないと伝わらないぜ?」

村雨はうーっと唸った後、目を瞑って、

「おっ!御手本見せてください!」

笑われる?呆れられる?それとも叱られる?

そうっと片目を開けると、天龍はすでにフックを自分の腰に付けていた。

「よし、村雨。見てろ。まず、手はこういう感じで後頭部に軽く添える。絶対にロープを持つな」

「・・・・」

「前のめりに崖から、真っ直ぐ体を傾けていく。今回は前向きで良い。ジャンプはするな」

「・・・は、はい」

「落ち切るまで口を閉じてろ。反転した時に舌を噛む事がある」

「・・はい」

「最初の反転までは特に時間が長く感じるから、減速するまでしっかり待て。解ったか?」

「はい」

「出来るな?」

「・・・・・・・はい」

「・・・・。じゃ、下で待ってるぜ」

言い終えると、天龍はすっと崖に落ちていった。

村雨は慌てて天龍の姿を追ったが、同時に崖の高さを目の当たりにすることになってしまった。

たっ・・・高っ!高ぁぁぁ!!!

目線の先、遙か下の方で天龍がびよんびよん上下している。

やがて祥鳳と白雪に支えられ、フックを外すと

「祥鳳!良いぞ!」

祥鳳が手元の紐を手繰っていくと、フックが帰って来た。

村雨は頭の中が真っ白になっていた。顎がガチガチ鳴っている。

え、えっと、前のめりになるんだったよね・・・もうほとんど覚えてない。思い出せない。

伊168は村雨にしっかりとフックを固定すると、村雨の両肩をぎゅっと掴んで振り返らせた。

「村雨ちゃん。最初のヒントをあげる。これが何を練習する為だったか、覚えてる?」

村雨は伊168を見た。ぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「ど、度胸・・・を・・・」

「そう。度胸をつける練習。で、貴方はどうやって練習するの?」

「こ、ここ・・から・・飛び・・おり・・・て・・・」

「貴方は飛びたいの?」

村雨は必死になって首を振った。

伊168は村雨の顔にぐいと近寄った。

「貴方は何を我慢しているの?」

村雨はのどに詰まった飴玉を吐き出すように、精一杯の力を振り絞って言った。

それでも囁くような声だった。

「こ・・・」

「こ?」

「怖い・・です・・・で、でも・・行かなきゃ・・」

「じゃあどうして今泣いてるの?」

村雨は泣きじゃくりながら答えた。

「み、皆さんが・・・用意してくれて・・・天龍さんも・・私が言ったから・・飛んで・・・」

伊168がすっと眉をひそめた。

「村雨ちゃん、ダメよ。それじゃ貴方はまた恐怖を飲み込んでしまってる」

「・・・へ?」

「周りが言うから、用意してくれたから、断りづらい雰囲気だから。それは、貴方の意思?」

「で、でも、でも・・」

「もう1度聞くわね。貴方は、何を練習しなければいけないの?」

 

崖の上で伊168と村雨がやり取りをしている様子を、天龍は一言も言わずに見上げていた。

白雪が言った。

「上手く言えるでしょうか?」

「・・・解らねぇ。でも、言えるまでやるしかねぇ」

「そうでないと、繰り返しますからね」

「ああ。自分の思いは自分だけのものだ。流されて壊しちゃいけねぇ最も大事なもんだ」

白雪はふと、首を傾げた。

「でも、バンジー楽しいですけどね」

天龍は眉をひそめた。

「毎日のように嬉々として飛び降りてんのはお前だけだ。俺だって」

「なんです?」

「・・・・な、なんでもねぇよ」

「天龍さんて、不器用で、一生懸命ですよね」

「!」

「それで良いんですよ。だから皆付いてくるんだと思います」

「・・・お喋りは終わり。動くようだ」

 

 


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