村雨がバンジーをする事になった後、崖の上。
伊168は村雨を揺さぶった。
「考えなさい!貴方は何の為に度胸をつけるの?」
村雨は伊168の目の前で、膝を突いてぺたんと地面に座り込んでしまった。
瞳は虚ろで、伊168の方向を向いているが、何も見ていないかのようだった。
伊168は射るような視線で村雨を見続けた。もう少し。
白雪さんと申請書を出しに行って・・・その前に皆で度胸をつける案を出しあって・・・
そうだ。白雪さんの言ったキーワードは度胸試し・・・違う!度胸、度胸だけだ!
そして・・・その前は・・・・
「貴方が残り時間ですべき事は、恐怖を吐き出す事です」
村雨は目を見開いた。
そうだ!
このどうしようもない恐怖を、私は飲み込んで飛び込もうとしていた。
でも、白雪さんは、今のまま未来に踏み込むのは危険だといった。
吐き出す?
吐き出すって何?
飲み込むのが飛び込む事なら、吐き出すのは。
伊168は大声で怒鳴った。届け!
「村雨ちゃん!貴方の思いは何!」
村雨の目が伊168を捕らえ、ハッキリと焦点が合った。
「い・・・嫌・・・わっ、わた・・・私・・・」
「何が嫌なの?言いなさい!」
村雨はありったけの声で叫んでいた。
「飛び降りるのは嫌!怖いから嫌あっ!」
伊168がにこっと笑った。
「解ったわ。じゃあ階段で降りましょ」
「あ、あの、でも、皆さんに怒られるんじゃ・・・」
「大丈夫。そうなったら私が助けてあげる」
村雨の絶叫を聞き、天龍は手を腰に当ててふっと笑った。
「1回目で出来るなんて、飲み込み早ぇじゃん」
白雪が頷いた。
「祥鳳さんと伊168さんは泣きながら飛び降りて、岩礁連れてかれましたよね」
「お前は笑いながら飛び降りたよな」
「昔から好きなんです」
「おくびにも出さなかったじゃねぇか。やり方教えてくれとか言ったよな?」
「大好きなんですって言ったらやらせてくれなさそうだったので」
「・・・お前の心理を読む能力には勝てねぇよ」
白雪が目線を下げながら自嘲気味に笑った。
「だから行く先々の司令官に気味悪がられて、この有様ですけどね」
天龍はぽんと白雪の頭に手を置いた。
「どこにも行きたくねぇなら、ここに居りゃ良い。ここではお前は必要なんだ」
白雪は天龍をじっと見た。
「文月さん対策のためにですか?」
「ばっ・・・ちがっ・・・そうじゃなくて」
白雪はくすっと笑った。
「・・・それでも、良いですけどね」
その時、伊168が泣きじゃくる村雨の手を引きながら、ゆっくりと崖を降りてきた。
伊168はさらりと言った。
「村雨ちゃん、飛びたくないんだって」
村雨が天龍へ怯えるような眼差しを向け、半歩後ずさった。
天龍はにっと笑うと、
「よし、タイミングはギリギリだったが、言いたい事、自分の思いを言えたな。初めてだし、ま、合格だ!」
「・・・・へ?」
「お前は言いたい事をぐっと飲み込んで、飲み込んだがゆえに行きたくない未来に行っちまった」
「・・・」
「行きたくない未来で恐怖を味わって、自分を追い詰めた果てに、沈んだんだろ?」
「・・・」
「お前は、お前の思いを大事にしろ。そしてお前の思いをちゃんと伝えろ」
「・・・」
「お前の思いはお前だけのもので、お前そのものだ。周りが何と言おうと、曲げたり壊したりするな」
「・・・」
「明日からもドンドンお前の思いを言わせるから、しっかり付いて来いよ!」
「・・は、はい」
村雨はへちゃりと座り込んでしまった。
「どうした?」
「こ、腰が・・抜けちゃいました」
「しょうがねぇなあ・・・」
天龍はひょいと村雨を抱えると、
「じゃあ後片付けを、伊168、祥鳳・・・あれ?白雪?」
祥鳳が溜息を吐きながら上を指差した。
「ここまで準備出来てるのにしないわけが無いじゃないですか」
村雨は祥鳳の指の方角を追ってぎょっとなった。
自分がさっきまで居たところに白雪が立っている。それも後ろ向きに。
あっという間もなく、白雪が宙に舞った。
「ひゃあぁぁあぁぁあああぁ・・・あはははははは!」
びよんびよんしながら飛び込みの姿勢をしたり、泳ぐような姿を見た後、村雨は天龍を見た。
天龍は片目を瞑った。
「白雪はバンジーが大好物なんだ」
村雨はロープをつけたまま、器用に崖を登っていく白雪を呆然とした目で追った。
天龍は続けた。
「人によって思いは様々だ。だから自分の思いを相手が同じ気持ちで解ってくれるとは限らねぇ」
「例えば白雪は、楽しい事としてバンジー行きましょうって誘うかもしれねぇ」
村雨はゾンビのような顔で天龍の方を向き、ぶるぶると首を振った。
「喩え話だから俺を掴むな。でも、そうなったら、自分の思いをちゃんと伝えないと、連れてかれるぜ?」
村雨はこくこくと何度も頷き、はっと思い出したように聞いた。
「て、天龍先生は、バンジー・・・好きですか?」
天龍は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「大っ嫌いだ・・・けれど・・・出来ねぇって答えるのは俺の思いに反するんだ」
「な、なるほど」
「だから、嫌いだけど、嫌いだけど、やる」
「あ、あの、さっきは手本を見せてほしいなんて言ってすみませんでした」
「いや、もう慣れてっからさ・・・しかし、白雪はあれの何が好きなんだ・・・」
白雪以外のメンバーは同時に溜息をついた。
その後も数回に渡り、白雪のはしゃぎ声が崖の間に響き渡った。
その夜。
「ってことで、村雨が俺達天龍組の仲間入りをした記念って事で!カンパイ!」
「おめでとうございます」
「おめでと~村雨ちゃ~ん」
間宮に食堂の隅を借りて、小さな夕食会の席を用意してもらった。
「・・・可哀想に、ついに貴方も引き込まれたわね」
「伊168も居る天龍組にね」
「わっ!私は」
天龍が祥鳳に抗議しようとする伊168の肩をぎゅっと引き寄せると、
「仲間だもんな!」
「う・・・わ、解ったわよ」
伊168は不承不承という言い方だったが、表情は嬉しそうだった。
「今日は伊168、大活躍だったな!」
「だってアタシしか居なかったじゃない!」
「話の成り行き上、そうなっちまったからな」
「村雨ちゃんが言えるかなあって、凄く心配だったしさ・・・」
村雨はちらと伊168を見た。
「あ、あの、ありがとうございました」
「ちなみにあの場で嫌だと言えなかった場合、マジで夜の岩礁に連れて行かれます」
「ええええっ!?誰か出来るんですか?」
川内が小首を傾げた。
「アタシ、別に普通に出来るよ?」
村雨は目をパチパチさせた。
「どうしたの村雨ちゃん?」
「せ、川内さんがちゃんと起きてるの・・・初めて見ました」
「あれっ?そうだっけ!まぁ良いや。夜はアタシが本領発揮する時間だよっ!」
天龍が御飯を飲み込んでから言った。
「2000時位からだよな」
「YES!そして終わりは日が昇るまで!」
「なんで夕方は起きる時間に含まないんだ?」
「代わりに朝焼けの時間を含んでるじゃない」
「え、えっと、じゃあ冬は17時には暗いですから、そのくらいから活動されるんですか?」
川内は村雨の質問にぎくりとした後、
「い、いやー、開始は2000時なんだよね!」
「何でですか?」
「夜戦は2000時開始だから!」
腑に落ちないという表情の村雨と、色々理由を追加する川内。
「とっ!とにかく!あたしは夜なら岩礁でも最大戦速でぶっとばせるよ!」
「昼は出来ないんですか?」
「居眠り運航になっちゃうからね」
「そんな状況でも寝るんですか!」
「そんな状況にならないように出航しないけどね!」
「えー」
天龍は川内と楽しそうに話す村雨を見て微笑んだ。
それで良い。村雨、仲間と打ち解ける事を思い出せ。