艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(10)

 

 

村雨の試験勉強開始から2週間後の夕方。教室棟。

 

「・・・なぁ」

「なんでしょう?」

「お前、なんで艦娘なんだ?」

 

この珍妙なやり取りの主は天龍と祥鳳であった。

1日の授業が終わり、教室には天龍と祥鳳だけが残っていた。

それは月に1度の大事な時間だった。

 

祥鳳が天龍組に来た理由は艦載機の搭載を拒否する事と、先生が教える事以上の高度な見解を持っているが故だった。

たとえば戦略の授業の始めに、艦隊戦の戦略について説明してくださいと指された時には、

「艦隊戦の勝敗は数の論理と稼動率が重要であり、複数の鎮守府で一斉攻撃し、兵站を十分に確保する事が大切です」

と、言ってしまったので、他の受講生は

 

「他の鎮守府とどうやって連携攻撃すれば良いんですか?」

「兵站の確保はどうすれば良いんですか?」

「数の論理なら1艦隊6隻という上限を少ないと思うのですが、どうすれば増やせますか?」

 

など、至極もっともだが答えようがない質問を講師が浴びる事になり、

 

「あ、あわわわ、あの、ええと、単縦陣とかですね、そちらのお話を・・・あうううう」

 

と、授業が立ち往生してしまったのである。

天龍は1日で目を回していた羽黒を見かねて引き受けたのだが、数日じっくり話して祥鳳の才能を確信した。

そして、祥鳳に聞いた。

「ここは学び舎だ。希望したって事は、お前は何か学びたい事があるんだろ?」

祥鳳は頷いた。

「海軍に限らず幅広く戦い方を学び、艦載機無用論を極めたいんです」

天龍は頷くと、

「提督も幅広い兵法を求めて読み漁った事がある。図書室に行ってみな。好きなだけ学べば良い」

ぱあっと喜ぶ祥鳳に、天龍は2本指を立てると

「ただし、条件が2つ」

祥鳳は頷いた。

「1つ目は、1ヶ月に1回、状況をまとめて俺に報告しろ」

「2つ目は、卒業生の救助を手伝え」

祥鳳は眉をひそめた。

「1つ目は解りますけど、2つ目は何ですか?」

天龍は頷くと、ぐいと近づき、1段声を潜めた。

「卒業生がな、赴任先の鎮守府でイジめられたり上手く馴染めなくて塞ぎこむ事がある」

「俺達は逃げ帰ってきた艦娘を保護したり、強行突破して連れ帰る事がある」

「お前が研究してる艦載機無用論を使って、奪還作戦の戦略を立ててくれねぇか?」

祥鳳の目が輝いた。

「実戦経験を積ませてくれるんですか!」

「おう。ただし、呼ぶ時は常に本番で命が最優先だ。戦闘禁止の場合も多いし、希望するケースが来るかは解らねえ」

「・・・」

「だが、重要な役回りだ。やるか?」

祥鳳がニヤリと笑って頷いた。

「私の理論の到達点とも合致します。やります」

そこで天龍は祥鳳をブレーンに、天龍、球磨、多摩、木曾を実働部隊とする「救助隊」を立案した。

このプランは天龍から龍田へ、そして提督に伝えられた。

提督は龍田と天龍の提案を聞き、しばらく考えた後、

「ダメコンを必ず持ち、私に出動を隠さず、相手を殺さない事。万一の責任は私が取る。やってみなさい」

と言った後、

「名前・・救助隊なぁ・・まあ・・甲標的みたいなもんか・・・」

と、ぽつりといった。

先日、天龍が村雨に見せた7色モヒカンにされた司令官も「救助隊」の成果である。

そして今日はもう1つの約束である、「月に1度の報告日」であった。

冒頭の天龍の言葉に、祥鳳は肩をすくめた。

 

「なんでと言われましても・・・」

「むしろ学者とかそっちの方があってねぇか?」

「戦略は実戦結果をフィードバックしてこそ「使える」物になりますから、考えるだけでは意味がありません」

「そうだけどさ・・ここまで書ける奴を戦場に置くのはリスクが高過ぎる」

「リスク?」

「失ったらあまりにも勿体無ぇって事だ」

祥鳳は俯いたが、頬は少し赤かった。

「・・・でも」

「ん?」

「私が配属された先の司令官は皆、進言した事を聞いてくれませんでしたし・・・」

祥鳳は膝の上でギュッと拳を握ると

「私にエンジンの無い艦載機を持たせて奥深い海域に突撃させましたよ」

予期せぬ告白に、天龍は言葉を飲んだ。

黄昏色に染まる教室の中で、祥鳳は天龍を見ながら悲しげに笑った。

「海域に着いて発艦指示した時、妖精達から報告を聞いて頭が真っ白になりました」

「艦載機の1つから「どんな兵器も使いようというのなら、これでも使ってろ」って書き置きが見つかって」

「相手の艦載機が群れを成して飛んで来るのが見えたんですけど、飛べる艦載機を使えるのが羨ましかった」

「一切の気力を失って撃たれるまま水底に沈んでいく時、艦載機無しで戦える力が欲しいと心から願いました」

「今はここのおかげで艦娘に戻りましたけど、もう2度と艦載機を積むのは嫌・・というより、怖くて積めません」

祥鳳の目には零れそうなほどに涙が溜まっていた。

「こんな私は、艦娘で居るべきではないのでしょうか?」

天龍は祥鳳を真っ直ぐ見返したまま、ぐっと唇を噛んだ。俺は軽はずみな言葉で下手を打っちまった。

「俺が何か言うより、俺を納得させた人から言ってもらった方が良いと思う。だから、来てくれ」

「え・・・?」

「頼む。俺を信じてくれ」

 

コンコン。

「どうぞ」

本日の秘書艦である加賀は、ノックの音におやっと思った。

この叩き方は天龍さんですね。珍しい。

「提督、加賀、邪魔するぜ・・」

「天龍か。どうした・・・ん?天龍組の祥鳳さんか?」

祥鳳が頭を下げる際、加賀は祥鳳の目が真っ赤な事に気付いた。泣いたのでしょうか?

提督は席を立つと、まっすぐ祥鳳の前に歩いていき、

「救助隊は貴方の立てた戦略によって素晴らしい成果をあげ、かつ、隊員も毎回無事に帰って来た」

「なかなかお会いする機会が無くて後回しになっていましたが、感謝を申し上げたかった」

そう言って帽子を取ると、

「ありがとう」

と、深々と頭を下げた。

祥鳳は一瞬呆然とした後、ハッとしたように

「いっ、いえいえいえ、あ、あの、頭を上げてください。わ、私は当然の事をしているだけで、その」

と、両手をぱたぱたと振った。

提督は頭を上げるとにこりと笑い、天龍に向いた。

「それで天龍、用向きは?」

天龍はインカムを外して手に持つと、眉をひそめたまま提督を見つめ、口を開いた。

「提督、大真面目な話だ」

「聞こう」

「・・・俺は祥鳳の話を聞いて提督が何を言うか想像がついたし、それを言う事は出来た」

「うん」

「でも、俺はヘマをして、俺の言葉じゃきちんと届かない状況にしちまった」

「・・・」

「だから、提督から言葉をかけて欲しい。忙しいのは百も承知だしヘマをした事は詫びる。でも、頼む。祥鳳の為に」

天龍はざっと頭を下げた。

「良く解らないが、今日の書類仕事は終わったよ。祥鳳さんの話を聞こうじゃないか。さあ、かけなさい」

そう言って、応接セットを指差した。

 

「・・・・・」

 

天龍が順番に話し、祥鳳がぽつりぽつりと補う形で轟沈の直前からの経緯を話し始めた。

書き置きのくだりの際、加賀はちらりと提督を見て提督室の外に出ると、小声でインカムに話しかけた。

これはマズい。とってもマズい。

「加賀です。全秘書艦に緊急連絡を行います。これから当面の間、提督の言う事を・・聞かないでください」

海上でこの通信を聞いた長門は眉をひそめた。

「加賀・・長門だ。もうすぐ鎮守府海域に着くんだが・・・ええと、今のはどういう意味だ?」

「長門さん。今、提督は、元深海棲艦だった祥鳳さんの、それは可哀想で理不尽な経緯を聞いています」

「・・・」

「ゆえに、提督がかつてない程怒ってます。かつてないほど」

長門は額に手を当てた。厄介な事になった。まったく、私が居ない時に。

「提督は憤慨して怒鳴り散らしてるのか?」

「いいえ。黙ったままじっと聞いています。ただし」

「ただし?」

「顔が溶岩のように真っ赤です」

長門は溜息を吐いた。加賀があんな事を言ったのも無理はないが、残念ながらそれでも不十分だ。

長門は全チャネルを開いた。

「・・・長門より全艦娘へ。」

「第1艦隊旗艦の責において命ずる。これから解除の命あるまで提督からの指示を無効とする。」

「非常招集、全軍突撃、ICBM発射など、高レベルの命令が発されるかもしれないが、全て訓練である」

「繰り返す。この長門が解除指示を出すまで、提督からの指示は無効である。厳に守る事!」

長門はチャネルを戻すと、加賀に言った。

「加賀、提督が何を聞いたのかまとめてくれるか?」

 

 


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