艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

184 / 526
天龍の場合(12)

 

 

提督が長門に言い負かされた夜。提督室。

 

祥鳳は室内を見回した。

ぼろぼろ涙をこぼし、四つん這いに伏す提督。

腕を組み、天井を睨む長門。

「お気持ちは解ります、解るのですが・・・」と提督をなだめる加賀。

自分の手を離さず、口をぎゅっと結んだままの天龍。

 

皆、自分の話を聞いてくれた結果だ。過去は変わらないが、胸のつかえは取れた気がした。

今まで何かしようとしてくれた人は居なかったし、提督は赴任するなら歓迎すると言ってくれた。

きっと、それは嘘ではない。

もう充分思いは伝わった。ありがとうと祥鳳が言おうとした瞬間。

 

バタン!

 

提督室の扉が開き、

 

「提督!何も指示しちゃダメだクマ!」

 

という声がした。

室内に居た面々は、ドアの方を見てぎょっとした。

 

全身鎧に身を包み、鉤爪と12cm30連装噴進砲を持っている球磨と多摩が先頭に居た。

その後ろには酸素魚雷を撫でながら無表情の北上と、薄く微笑む大井。

珍しく主砲を手に、むすっとした表情で立つ青葉と衣笠。

暗視ゴーグルを首にかけ、黒革の手袋をきゅっと嵌める鈴谷と熊野。

その後ろにも提督室前の廊下には、重装備を固めた艦娘が集結していたのである。

長門は球磨達を睨みつけた。

「私の指示が聞こえなかったのか?提督の指示は訓練として聞き流せと言った筈だが」

 

大井が冷たい視線を返しながら言った。

「勿論承知していますが、私達は提督からまだ何も指示されておりませんわ」

熊野が床を見つめながら言った。

「加賀や長門の理屈は正しいですわ。ですけど、私は提督と同じ思いですの」

多摩が鉤爪をガチガチと鳴らした。

「提督の知らない所で多摩達が勝手にやった事にすれば、提督や長門は安泰だにゃ!」

球磨が両手を腰に当てた。

「だから提督は何も指示しちゃダメだクマ!そして私達の行き先も知らないと言い張るクマよ!」

 

だが、提督はすっと顔を上げると、無表情のまま

 

「全艦娘に告ぐ。2291鎮守府に突撃」

 

と、言ったのである。

一瞬、提督室に静寂が訪れたが、すぐに

 

「あー!」

「だっ!提督言っちゃダメだって今言ったクマ!何言ってるクマ!」

「そうですよ!何言ってるんですか提督!結局説得聞いてなかったんですか?!」

「提督命令なんだから行って良いんじゃないかしら?」

「長門命令で訓練として無視しろってなってる最中だから中止じゃね?」

 

など、一斉に大騒ぎとなった。

だが、提督は両手をあげて静まらせると、祥鳳の前で膝をつき、目線を合わせて口を開いた。

「君の身に降りかかった事は、どのように見ても信じられないほど酷い」

「この言葉が偽りでない事は、そこに並ぶ私の娘達の怒りが何よりの証拠だ」

「しかし、娘達が自ら出撃するといって気づいた。司令官に直接報復する事で娘達が処分されるのは耐えられん」

「だから、出撃はさせられない。期待させてしまって本当に申し訳ない」

そして、深々と頭を下げた。

「この通りだ」

 

祥鳳はきゅっと目を瞑り、しばらくしてから目を開けた。

「提督の、所属艦娘は幸せですね」

「うん?」

「間違いなく言い切れますが、他の鎮守府で、司令官がここまで艦娘の為を思ってくれる所はありません」

「・・・」

「本当に、本当に羨ましいです」

「・・・」

祥鳳は目線を落とすと、もじもじとしながら言った。

「あ、あの、あの」

「なんだい?」

「わ、私も、こちらにお世話になりたいと言ったら、提督から娘として扱ってもらえますか?」

「・・そ、それは・・勿論だが」

祥鳳は提督の手をきゅっと握ると、

「では、異動先として、こちらの鎮守府を希望いたします。きっと御役に立ってみせます」

提督は祥鳳の手を握り返した。

「本当に、私の所なんかで良いのかい?」

「ええ。どうして天龍さん達が、皆さんが、こんなに輝いてるのか、よく解りましたから」

「過去を無理に忘れる必要はないが、それ以上にここで楽しい思い出を作って欲しいと心から願う」

「役に立つ、立たないに関係なく、貴方は今から私の可愛い娘だ。今までに拘らず好きな道を歩んで欲しい」

「ようこそ、我が鎮守府へ。心から歓迎するよ」

祥鳳の手を握る提督の手に、ぽたぽたと涙が零れた。

「わっ、私・・・嬉しい・・・です」

祥鳳の目から零れた涙だった。

 

「おめでとうクマー!」

「うちらの仲間だにゃー!」

 

球磨と多摩がヨロイ越しにガシャガシャと拍手をすると、次第に提督棟全体へ拍手の音が響き渡った。

北上がコキコキと首を曲げ、うむっと背伸びをした。

「さてさて、提督が言っちゃった以上は出撃出来ないし、歓迎会でもしよっかぁ」

「さすが北上さんですね、早速間宮さんに言ってきます」

「明日のエンタメ欄は「知将の祥鳳さん、提督に泣かされる!」で決まりですね!」

「待ちなさい青葉。それじゃまた私が誤解されるじゃないか」

「歪曲報道したら座敷牢送りなんだからね!」

衣笠の言葉にぎょっとした青葉の

「もう大根おろしは勘弁してくださぁい」

という声に、一斉に笑いが湧きあがった。

 

場所は変わって食堂。

 

急遽決まった為、夕食を兼ねた食事会となったが、祥鳳の歓迎会が行われていた。

祥鳳はあちこちの席に呼ばれて目を回していたが、やっと解放されて席に付いた。

その隣の席に、天龍は腰をかけた。

「ほら、お疲れ」

祥鳳は天龍から冷たい烏龍茶の入ったグラスを受け取ると、

「ありがとうございます。頂きますね」

と言い、こくこくと飲んだ。

「祥鳳、さっきはほんと悪かったな」

きょとんとする祥鳳に、天龍は

「ほら、なんで艦娘なんだとか言っちまったじゃんか」

祥鳳はくすくすと笑うと、

「気にしてないですよ。学者になった方が良いって意味で、けなす意味も無かったんですから」

「そうだけどよ、あんなに泣かせちまったわけだし」

祥鳳は首を振り、

「だからこそ、今まで言えなかった事を打ち明けるきっかけになりましたし・・・」

にっこりと笑うと、

「それに、提督の娘になれましたから」

天龍はぺこりと頭を下げた。

「すまん」

「良いですよ、先生」

「・・・・・ん?」

「な・・なんでしょう?」

「祥鳳はもう、受講生じゃ・・・ねぇだろ?」

「あ」

「明日からどうする?」

「んー、もう少し勉強したい所がありますし、出来ればしばらく、今のままで居たいんですけど」

「一応提督に聞いてみるか。ちょっと来てくれ」

「はい」

 

「・・・あぁ、良いよ」

提督はお茶を飲み干すと、あっさり認めた。

「勉強する所も天龍のクラスで良いのかい?」

「ええ。皆が卒業するまで、出来れば一緒に居たいです」

「そっか。仲の良い学友同士って事か」

「はい」

「1つ確認なのだが救助隊は続けるかい?この機会に手を引きたいならそれでも良いよ」

天龍は黙って祥鳳の言葉を待ったが、

「出来れば続けたいです。理論が正しいか試す素晴らしい機会なので」

と、答えた。

「義理ではないね?無理してないね?」

「違います」

「ん。それじゃ、天龍の助手としてクラスに居たら良いんじゃないか?」

天龍はえっという表情をした。

「助手?」

「龍田から頼まれててな。天龍に優秀な助手を付けてくれって。祥鳳なら間違いないだろ?」

「あいつ・・」

「嫌か?」

「嫌な訳ないだろ・・・というか祥鳳は良いのかよ?今後も次々入ってくるぜ?」

「それはそれで勉強になりますし、天龍さんと一緒の方が救助隊としても都合良いのでは?」

「まぁ・・そうか」

「別に1人に限定する事もないから、天龍が必要なら言って来い。大変な仕事してるんだからな」

天龍は眉をひそめた。

「大変な仕事?」

提督は頷いた。

「フルカスタムのオーダーメード教育なんだから、大変な仕事だろうよ」

「俺は別に大変と思ってやってねぇよ」

「なら、大事な仕事と言っても良いさ」

天龍は頭を掻いた。

「大事・・なぁ」

「もし天龍組が無かったら、祥鳳さんがうちに来る気にはならなかっただろうよ」

「・・・」

「こんな逸材を迎えられたんだから、それだけでも大変な価値のある仕事だぞ」

祥鳳は顔を真っ赤にして俯いた。

「天龍、いつもありがとう。きちんと休みを取って、これからも続けてくれよ」

天龍はにっと笑うと

「任せとけ!」

と言った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。