艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(14)

 

 

川内が居残りになった夕方。天龍の教室。

 

「黙ってる以外に手を貸してやれるかもしれねえだろ?な?」

天龍が言葉を足したが、川内は沈黙して俯いたままだった。

ぎゅっと手を握ったかと思うと緩め、またぎゅっと握る。そんな事を繰り返していた。

天龍はふと窓の外を見た。

「そういや祥鳳が打ち明けたのも、昨日の夕方だったよな」

祥鳳がくすっと笑うと

「そうですね。つい喋っちゃいました」

「なんでだろうな」

「黄昏時って言うじゃないですか。なんかふと、張っていた気が抜けるのかもしれません」

「空も綺麗だしなあ」

「ですね」

 

「・・・あたしは、夕日なんて大嫌い」

 

天龍と祥鳳が視線を向けると、川内が俯いたまま、膝の上でムギュッと手を組んでいた。

 

「夕日なんて・・・逢魔が時なんて・・・嫌い・・・嫌い・・・大嫌いよ!」

 

川内がキッと顔を上げると、双眸に涙が溜まっていた。

 

「だって!司令官と私が殺された時間だもん!」

 

天龍と祥鳳は身じろぎ1つせず、川内の次の言葉を待った。

正確には、身動きが取れなかった。

 

「私の居た鎮守府は出来たばかりで、他には響だけ。私は秘書艦をやってたんだ」

「司令官は、進撃する度に私達が破損して帰ってくる事をとても気にしてた」

「そう。ここの提督のように、私達をとても気遣ってくれる良い人だった」

 

川内はちらりと、苦々しそうに窓の外を見た。

 

「あの日、私は司令官と一緒に鎮守府近海の南西諸島まで行ったの」

「響はバケツ獲得の為に遠征に出してて、鎮守府には私と司令官しか居なかった」

「司令官が戦場を自分の目で見たいというから、1戦だけして帰るつもりだった」

 

川内はそこで言葉を切った。

再び、教室に静寂が戻った。

 

祥鳳が声をかけようとするのを、天龍が目で制した。

こういう時に焦らせてはいけない。

川内に視線を戻した天龍が見たのは、川内の涙が目から落ちる瞬間だった。

 

「私は・・駆逐艦2隻と戦って勝った・・筈だった」

「被弾したけどA勝利だよって、司令官に言ったんだもん」

「丁度こんな綺麗な夕方で、私が海域から離れようとした時、後ろから撃たれたの」

「完全に油断していたから、その1発は致命傷になった。司令官も深手を負ったまま海に沈んで行った」

「振り返ると、遠くにeliteの雷巡チ級が見えた」

「事態が解らなくて、でも物凄く悔しくて、沈みながら何故だって問いかけた」

「そしたらチ級の奴、資源を強奪する為に都合の良い鎮守府だったからって言った」

「私達かどうかなんてどうでも良かったんだって事も悔しかったし・・・」

「なにより、司令官を巻き添えにしてしまった事が、凄く、凄く悔しかった」

 

川内は鼻をすすり、わんわん泣き出した。

 

「司令官は、私が夜戦を戦いやすくする為にって、なけなしの資源で暗視ゴーグルを買う手筈を取った」

「それなのに、その取引を悪用して、資源を乗っ取る為だけに私達は卑怯な手で殺された」

「司令官の優しさを踏みにじった、あいつが許せなかった!」

「だから私は、深海棲艦に化けてでも、響をあいつの手から守りたいと思った」

「ずっとずっと、心配して、探し続けて、探し続けて・・・」

 

川内は何度もしゃくりあげた。

 

「ひ、響がここに居る事、加賀さんのおかげで生き延びた事、あいつが消し飛んだ事を知った」

「それでも、たった二人の鎮守府から、こんな大きな鎮守府にいきなり行った響が心配で仕方無かった」

「だから、だから、夜に、ずっと鎮守府内を歩き回って、響が幸せに過ごしてるのか調べてた」

「提督が長い間手元に置いて面倒を見てくれた事も、今は腐敗対策班に所属しながら勉学を続けている事も」

「同じ暁型の駆逐艦の仲間と一緒に、毎日楽しく過ごしてる事も聞いた」

「・・・だから、私は目標がなくなっちゃった」

「い、今までずっと、響が心配で、響を守りたくて、それだけを思ってきたから」

「調べれば調べるほど、私は・・もう・・要らないんだって・・・解って・・・」

「だから、未来をどうして良いか・・・解んなくなっちゃった・・」

 

祥鳳はそっと席を立つと、川内の背中をさすった。

 

「だ、だから、お願い。私の事は響に言わないで。今、幸せなら、響の幸せを壊したくない」

「そんな事をしたら、きっと司令官は怒るに違いないから・・・・」

 

そのまま泣き伏す川内を見て、天龍は頭を抱えた。

川内の気持ちは痛いほど解った。

まるで実の親のように、轟沈してなお響の身を案じ続けたのだ。

その響が幸せに過ごしていると知った今、名乗り出て生活を壊す事は躊躇われた。

そして、自分が居なくても幸せだと知って、目標を失ってしまい、卒業後が描けなくなった。

願いの通りだったから良かった事には違いない。

でも。だけど。

 

天龍は拳を机にそっと打ちつけた。

ああくそ、経験値が足りねぇ。

何とかしてやりてぇのに、どうしたら良いか全く出てこねぇ。

歯を食いしばって天井を見上げる天龍に、祥鳳が声をかけた。

「天龍さん」

「・・・なんだ、祥鳳」

「正解なんて、無いと思います」

「・・・祥鳳」

「私、寮に行って皆を呼んできます。天龍さんは川内さんについていてください」

川内が祥鳳の肩を掴んだ。

「お、お願い・・・響には、響には言わないで」

祥鳳がにっこりと笑った。

「心配しないで。呼んで来るのは天龍組の人だけですよ」

天龍はハッとして顔を上げた。

「祥鳳、天龍組の方は頼む。俺は、龍田を呼ぶ」

川内が首を傾げた。

「龍田・・・さん?」

「ああ。絶対悪いようにはしない」

 

10分後。

 

「ええと、急ぎの用事って言うから戻ってきたけど?」

「どうしたんです?おやつは取ってませんよ?」

「長くなるなら晩御飯持って来ましょうか?大盛りで」

という3人と、

「天龍ちゃんが緊急の用事なんて珍しいわねえ」

と、教室のど真ん中の席に座る龍田が居た。

天龍は首を傾げた。なんつーか、龍田が入ってきた途端、龍田がボスになった感じがする。

その通りだけど・・・ま、いいか。

 

「皆、集まってくれてありがとな。相談したいのは川内の事だ」

うんうんと頷く面々。

「川内が俺と祥鳳を信じて、重要な秘密を、そして苦悩を打ち明けてくれた。俺は何とか解決してやりたい」

「けど、俺のアタマじゃ上手く納まらねぇし、提督には昨日の今日だから言いづらい」

「だから、まずは俺が一番信じてるお前らにこの秘密を相談したい。手を貸してくれるやつだけ残ってくれ」

天龍は頭を下げた。

「頼む」

 

一瞬の静寂の後。

「し、仕方ないわね・・・やってあげるわよ」

「何言ってるんですか、川内さんにも良い未来が来て欲しいです!」

「私が川内さんの為に出来る事なら何でもしますよ」

そして。

「天龍ちゃんが困ってるなら、助けてあげるわよ。さ、言って御覧なさい」

という龍田の言葉に促され、天龍は説明を始めたのである。

 

 

 


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