そういう表現が苦手な方で、白雪と伊168の結末は解らなくて良いやという方は、第25話から読んでください。
今回は本当に書き方だけで2人を分けられるかという限界にも挑戦しました。
・・・解るか心配デス。
村雨の入社試験3日前の月曜朝、提督室。
「・・・・ええと、どういう事でしょうかね」
「解りませんか?はっはっは」
「このオッサン、南国に居過ぎて呆けたんじゃねぇか?」
「こらこら、見たまま言うのは失礼だぞ」
本日の秘書艦である日向はだいぶ前から無表情になっていたが、心底安堵していた。
今日の担当が比叡や伊勢じゃなくて良かった。今頃第3次大戦が始まっていたに違いない。
インカムのスピーカーから長門の歯ぎしりが聞こえる。
愛するダンナの悪口を延々聞いてるんだから仕方ないか。
それにしても、と相手の秘書艦をチラリと見る。
あまり良い躾を受けていないな。あれではチンピラだ。
うちのとはだいぶ違う。
「よっし、最後の追い込みだ!今日と明日の2日間は村雨の試験と面接対策に集中するぜ!」
「おーう!」
天龍の掛け声に4人は元気良く手を挙げた。
この3週間で村雨はメキメキと成長していた。試験対策にも手応えがあった。
最初は一言話すのも喉に何か詰まってるのかと思うくらい途切れ途切れだった。
だが、今は良く話す。むしろ喋り過ぎだ。おかずを盗る悪癖まで覚えてしまった。しかも俺のだけ。
「てことで、筆記試験は全員でやろう。試験会場の緊張感に押されないようにな!」
伊168が渋い顔をする。
「げっ!」
祥鳳と川内は肩をすくめた。
「SPI・・・まぁ良いですけど」
「響が大事ってアピールできるかなあ」
だが、天龍は白雪を二度見した。
「ど・・どうした白雪、具合悪いのか?」
全員が一斉に白雪を見た。
窓の外を見ていないうえに、柱の陰の席に隠れるように座っている。
目線は机の上をじっと見つめている。
天龍が白雪に近づいた。
「・・・な、なぁ、白雪。辛いなら工廠長呼ぶぜ?」
白雪はゆらりと顔を上げて天龍を見たが、どことなく焦点が合っていない。
「・・・・いや」
「え?」
「お、お願い・・来ないでください・・天龍さん・・もう水は・・許してください」
そう言ってがばりと両腕で頭を抱えて机に伏せると、がたがたと震えだしたのである。
「せ、先生に・・・何言ってるのよ・・・水・・って?」
伊168が話しかけようとするのを天龍は制した。
この反応・・睦月の最初の時と同じだ。
天龍は参考書にあった1つの単語を思い出した。
フラッシュバック。
過去にあった辛い事や嫌な事で、普段は封印されている記憶が何かの弾みで表に出てしまう事。
DV、PTSDなど、強いストレスを受けた者の後遺症だ。
白雪ははっきりと天龍と言った。
天龍はそっと祥鳳の所に行き、
「様子を見ててくれ。俺は原因を調べてくる。頼んだぞ」
と言った。
祥鳳は天龍をじっと見た後、こくりと頷いた。
天龍は村雨達を連れて、そっと教室を後にした。
教室棟の外に出ると、伊168が天龍に話しかけた。
「ね、ねぇ、白雪ちゃんどうしたんだろう?大丈夫かな?」
天龍は腕を組んだまま答えた。
「んー、あれは多分、相当嫌な過去を、なにかのきっかけで思い出したんだ」
「何かのきっかけ?」
「あぁ。そしてムカツク事に、その嫌な事は、別の天龍が絡んでる」
「・・・あ、だから、先生の名前を」
「そうだ。だからあの場に俺が居続けると、過去と現在がごっちゃになっちまう」
「そっか・・」
「問題は何がきっかけかって事なんだが・・・」
村雨が先を指差した。
「あれ、青葉さんじゃないですか?」
天龍は目を細めた。確かに青葉だ。
「何か無かったか聞いてみっか」
青葉はカメラを下ろし眉をひそめていた。これは売り物になるかどうかじゃなく記事にしたくありませんね。
「よぉ青葉、何やってんだ?」
青葉は天龍を2度見した。
「・・・えっ!?・・・あ、ああ、うちの天龍さんですよね?」
「俺はここの天龍で間違いねぇぜ・・・何でそんな事聞くんだ?」
青葉はうーんと腕組みをすると、
「ちょっと、これ付けといてください!」
といい、「ソロル鎮守府PRESS」と書かれた腕章を天龍の腕にはめた。
「お、おいおい、俺、カメラなんて触った事ねぇぞ?」
青葉はむすっとしたまま、天龍の鼻先に人差し指を突き付けた。
「今、外からすっごくムカつく天龍が来てるんです。間違ってうちの艦娘から攻撃されないようにする為ですよ」
天龍が青葉の腕を掴んだ。
「詳しく教えてくれ。人一人の大事な事に関係してるかもしれねぇんだ」
青葉は目を白黒させると
「うぇっ!?わ、解りました。じゃあ・・・うちの部屋に来てください」
「・・・あぁ、うちの天龍さんね。それなら良いわ」
青葉の部屋を開けた途端飛んで来たのは衣笠の声で、衣笠のオーラはどす黒かった。
「もうほんとにあのクソ司令官ムカつく!提督なんで招集もかけないし言い返さないのよ!」
そう言いながら机を拳でダンダンと叩いた。
そして、ふと、すっかり怯えている伊168と村雨に気付くと、
「あ、ごめんね、オープンにするね」
といって、ヘッドホンのプラグを抜いた。
すると、スピーカーから複数人の声が聞こえだした。
「これは提督室の会話だよ。他言無用ね」
青葉がしぃっと人差し指を唇に当てると、天龍達はこくりと頷いた。
「簡単な話じゃないか。ここにある異動候補者リストの1018番を引き渡したまえ。それだけだ」
聞きなれない中年男性の声だ。
「繰り返しご説明しておりますが、候補者の異動先は、審査の上で我が鎮守府が決める事です」
説明する日向の声は、珍しく苛立っているようだ。
「ンな事は何度も聞いてんだよ!」
一際大きく聞こえた声に、思わず村雨と伊168は天龍を見た。
その声は、話し方は、天龍の声そっくりだったからだ。
だが、声や話し方はそっくりでも、言ってる内容はまるで違うとすぐに解った。
これは恫喝だ。
そして、続いて聞こえた声に全員が眉をひそめた。
「良いからさっさと白雪がどこに居るか言えよこのノロマぁ!あぁもうじれってぇなぁ!」
天龍は全ての糸がつながった。
そして、現状が薄氷の上に成り立ってる事、状況が極めて切迫していると直感した。
「青葉、長門はどこだ?」
「戦艦棟。きっとこれを聞いてる」
「青葉、俺が俺だって証人として、一緒に来てくれ」
「そうだね!」
伊168が軍服のポケットから懐中時計を取り出すと、鎖を天龍のベルトに付け、時計を胸の内ポケットに入れた。
「んお?」
「世界で1つしかない時計なんだから、大事にしてよね!」
怪訝な顔をする天龍の手首に、村雨が髪を結ぶゴムを巻いた。
「お、おいおい」
「予備ですから」
「・・・よし、戦艦棟に行くぜ」
「はい!」
「これは、白雪さんの離脱を考えた方が良いのではありませんか?」
「しかし、提督の部屋からは鎮守府内が全て見通せる。移動に気付かれたら奴らは何をするか解らない」
コンコンコン!
「・・・誰だ?」
「青葉です!」
「よし、入れ」
ガチャ!
「!!!」
「お前・・は・・うちの天龍だな」
「長門、加賀、脅かしてすまねぇ」
「いや、お前は何も悪くない。むしろとばっちりを受けている側だからな。疑ってすまない」
そして腕章や鎖などを見て
「・・・識別証か?いいな、私も何か・・・そうだ、これをつけろ」
と、小さなウサギのキーホルダーを天龍の刀の柄につけると、にっこりと笑った。
「俺はクリスマスツリーかっつーの」
天龍は少し頬を染めながら、ガリガリと頭をかいた。