艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(26)

村雨が包囲網に囲まれた朝、教室棟。

 

肩まで固定されて逃げようがなくなった村雨は、それでも泣きそうな顔で川内に救いを求める視線を向けた。

なんとなく、このメンバーの中ではまだ温情をくれそうな気がしたのである。

だが、

「アタシは響の事は誰にも言わないと誓ったけど、ずっと言わなかったら突き落とされて、結局言わされたよ?」

と、何か悟りの境地に達した目で返された。

ぐぎぎと祥鳳に視線を泳がせると、

「私の場合は夕方の雰囲気に押されて喋っちゃったんですが、今から考えると本当にあの時で良かったです」

そこで祥鳳はネガモード全開で溜息を吐くと

「拒否するほど状況が酷くなりますし、絶対諦めない人達ですから」

と、ぽつりと言った。

伊168は村雨の肩においた手を頬に当てると、ぐいんと自分に向けた。

「でも、約束したら、たとえ緊急事態でも、戦艦相手でも一歩も引かずに守ってくれる。あたしが証人よ!」

村雨はついに笑顔の表情が剥げ、悲しそうに黙ってしまった。

そっと伊168が頬から手を離すと、村雨は天龍を見た。

天龍はまっすぐ村雨の目を見たまま、口を開いた。

「なぁ村雨・・最初に面談した時の事、覚えてるか?」

「・・・はい」

「あの日お前は、丁度今と同じように、悲しそうに、途切れ途切れに俺に答えたんだ」

「・・・はい」

「それから約3週間後の今朝、お前は生き生きとした良い目をして、楽しそうに話してた」

「・・・はい」

「白雪の見立てはとんでもなく正確だ。だからこそ克服どころか打ち明けるのもすげぇ苦しいのは百も承知だ」

「・・・」

「だけど、お前に上辺だけ元気になって欲しくねぇ。ちゃんと心から笑って欲しい」

「・・・」

「嫌な過去も良い過去も全部過去として、だから今の自分がここに居る、それで良いんだって解って欲しい」

「う・・・」

「そう思うのはデカイ後押しが要る。一人でそこまで切り替えるのは無理だ。だからこそ俺は、ここに居る」

「・・・」

「俺は、お前達からそう信じてもらえるよう、あらゆる事を出来るだけ、全力でやって来た」

「・・・」

「俺が不安なら俺の力不足だから詫びる。でも、今は俺だけじゃなくて、皆も居る」

「・・・」

「俺は断言する。ここに居るメンバーは、世界で一番お前の悩みに対して解決する力がある」

「・・・」

天龍はふっと笑うと、

「今、皆が揃ってる時に賭けてみねぇか?」

 

村雨は少しの間顔を伏せた後、静かに1人ずつじっと見まわしていった。

にっと笑う川内。

眼鏡をくいっとかけ直しながら頷く祥鳳。

微笑んだまま、わしゃわしゃと自分の頭を撫でている伊168。

そして。

窓の外ではなく、自分を優しい目で見る白雪。

 

「・・・・わ、解りました。お話します。でも、誰にも・・・言わないで」

 

村雨の小さな囁きに、5人はこくりと頷いた。

村雨は伊168に、

「手・・・握って・・・良いですか?」

と言ったのだが、言い終える前に伊168は村雨の差し出した左手を両手できゅっと包んだ。

 

「私の居た鎮守府では、駆逐艦が沢山居ました」

村雨が数回呼吸をした後、ぽつりと語りだした。

「司令官は建造しては似たLVの娘で艦隊を編成し、公平に育成してくれました」

「着任時期が似てるとLVも近くなるので、私は、ある子とほぼいつも一緒でした」

「鎮守府の様子がおかしくなったのは、艦数が80隻を越えた頃でした」

「丁度その頃、出撃で出会う子や、建造で出てくる子達に、見慣れない子が増えました」

「さらに大型建造という制度が出来て、潜水艦の子達は東の海に毎日何度も出撃するようになりました」

「司令官は見慣れない子と出会う事にかかりきりになり、私達のような高LVの駆逐艦は待機が増えました」

「決定的におかしくなったのは、ケッコンカッコカリの制度が出来たという話が流れた頃からでした」

 

村雨は伊168の手をぎゅっと握って、言葉を切った。

本当に言いたくない。本当に嫌な部分に差し掛かる。

でも、伊168の温かく柔らかい手の感触が、背中を押してくれた。

 

「ケッコンカッコカリの制度が説明された日、同艦で2人以上居た子は全員解体されました」

「明確な説明は無かったけど、噂では司令官は100隻にならないよう、大幅に艦娘を整理するつもりだと」

「改2になった子、戦艦や空母のように主力を担える子、新型艦は優遇されるけど、そうでない子は・・・」

村雨は唇を噛んだ。

「ケ・・ケッコンカッコカリで、指輪を嵌められた子だけが鎮守府に残れる、って」

 

村雨の目に涙がにじんだ。

「そ、それまで、艦娘同士は艦種が違っても仲が良かったんです」

「同艦で2隻以上居た子も双子だ三つ子だって・・・」

「でも、噂が流れ始めた日を境に、駆逐艦、軽巡、軽空母、重巡の子達は急速に仲が悪くなっていった」

「そして、あの朝を迎えました」

 

村雨は言葉を切った。切ったというより、嗚咽が酷くて息が切れてしまったのだ。

そんな村雨の鼻に、ティッシュが押し当てられた。

「はい、ちーん」

ちらりと顔を上げると、白雪がにっこり笑ってティッシュを持っていた。

「7合目まで来ましたよ。はい、ちーん」

村雨はふむっと鼻から息を吐いた。

「良く出来ました」

思わず苦笑しながら見上げる村雨に、白雪はティッシュをくるくると丸めながら、

「では、昔話の続きを」

と、さらりと促した。

 

村雨は、白雪のその一言で、はたと気づいた。

そうだ。

確かに私は、今から話す事で、沈められた。

だがそれは、昔話なのだ。

これから起こる未来ではない。変えられないけれど、既に終わった事なのだ。

言葉にするのも嫌だけど、言ったからと言ってまた起きる訳ではない。

それに、この人達ならきっと・・・・

 

 解ってくれる。

 

右手でぐしぐしと目を擦ると、村雨は目の前の伊168に話し始めた。

 

「あの日の朝、司令官は一気に20隻近くを解体や近代化改修に使いました」

「噂通り、昔から居る子で、主力を担えず、改2の道が無い子ばかりでしたが、1つだけ予想と違った」

 

村雨は目を瞑り、目を開けて、言った。

 

「私達が驚いたのは、LVが90の子も含まれてたんです」

 

すっかり涙が引いた村雨は、淡々と話し、目線は床の継ぎ目を力なく追っていた。

 

「私とその子は、噂を気にしつつ、自分達がLV90である事を拠り所に、何となく対象外だと思ってた」

「二人きりの時、いくらなんでも90に乗ってれば、このままケッコンカッコカリだよねって言ってたんです」

「だからそんな険悪な雰囲気の中でも、私とその子との仲は保たれていた。唯一の拠り所だった」

「でも、噂より悪く、自分が確実に死のリストに載る対象だと解り、その子は焦ったんだと思います」

 

村雨はそこまで言い切ると弱々しく深呼吸をして、続けた。

本当に思い出したくない部分。

 

「その日、私達は朝食後、すぐに遠方の海域に出撃する事になってました」

「実際に出撃し、私は旗艦の指示で、その子と2人で敵の轟沈を確認する事になりました」

「敵に近寄って行った時、1隻の潜水艦がまだ戦闘状態にあったのに気付かなかったんです」

「そいつは魚雷を撃ってきたんですけど、信管の安全装置を外していなかったのか、私に当たっても不発でした」

「魚雷は私に当たって跳ね返り、その子の方に行った」

「私はその子に魚雷が行ったと言い、避けるのを見届けてから、他の敵艦を再び調べました」

「全艦轟沈したのを確認した時、その子が近づいて来たのに気付きました」

「確認結果を聞こうと振り返ったら、その子が物凄い顔をして、敵の魚雷を手にしていた」

村雨は床の継ぎ目を負うのをやめると、目を伏せた。

 

 「そして魚雷を私に投げつけながら、「死ね」って言ったんです」

 

 


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