4月1日夜 岩礁
「どうぞ、開いてますよ~」
提督は答えてからおかしい事に気付いた。ここ、海の只中の小屋だ。
なぜノックされるんだ?
見知った顔は全て部屋の中に居るってのに、他に誰が居るんだ?
ガチャリと開いたドアから顔を見せたのは、長門だった。
「提督、邪魔するぞ・・って、何だ?その恰好は?」
「何だというのは?」
「藻染めでも挑戦したのか?」
「違う。五十鈴と夕雲と響から茶をかけられた」
「ついにハレンチな事でもしたのか?」
「ついにってなんだ。違う。ちゃんと説明してやる。その間は水も飲ませないからな」
「なぜだ?」
「もう熱い思いは御免だからな。ところでどうした。もうクビになったのか?」
「ある意味、間違ってはいない」
「とにかく入れ。遠慮は要らん。外は寒かろう」
「ああ、邪魔するぞ」
にこにこしながら入ろうとした長門の前に、台所から2つの影が出てきた。
長門の目が点になった。
「ま、まてっ!待て長門!」
「ちょ!て、提督!違う!どう見えてるか知らんがそいつは人間じゃない!」
「解ってる。ヲ級だろ?砲を下せ。攻撃中止!中止!」
「解ってるだと?き、貴様深海棲艦か!?提督を食ったのか!」
「違う!レーダーで見てみろ。深海棲艦反応は・・・あ、ヲ級が居るからあるな」
「貴様あああああああああ!」
「待て!違う長門!違う!本物の私だ!」
「じゃあ証拠を見せてみろ!」
41cmの砲門がピタリと狙っている。ガチンという装填音がした。
あんなもん発射されたら小屋ごと粉になる。
提督は極僅かな時間考えたが、それしか思いつかなかった。
「な、長門はっ!」
「なんだ!」
「私が買ったピンクのウサギのぬいぐるみを毎晩抱いて寝てるだろ!」
瞬間、場が凍りついた。
これは私しか知らん筈だ。本人と認めてくれたかな?
「長門、私だ。本当の提督だ。このヲ級は故あって・・・」
「提督、提督」
「なんだ響、早く長門に納得してもらわないと」
「長門、聞いてないよ」
えっ?
そういえば、固まってる気がする。
恐る恐る長門の目の前で手を振ってみる。何の反応もない。
「本当ニ、変ワッタ鎮守府ダナ」
ヲ級が小さく呟いた。ぬいぐるみを抱いて寝る戦艦?私の中の戦艦娘イメージがガタガタだ。
何というか、自分の境遇が大しておかしくない気がしてきた。
だって、戦艦とぬいぐるみだぞ?機関銃とセーラー服くらい取り合わせとしておかしい。
そうか、そんな映画あったな。いやそういう話題じゃない。
「も、もう戦艦として生きていけないではないか~」
玄関で硬直した長門を3人がかりで部屋に引っ張り込んで1時間。
ようやく長門は意識を取り戻したが、わんわん泣き出してしまった。まるで少女のように。
「す、すまん、長門。すまん」
「うえええええん」
「悪かった。私が悪かった。何でもするから許せ」
そういうと長門は、上目遣いに提督を見た。
「ほ、本当か?」
「あぁ本当だ。今度は青のペンギンのぬいぐるみを買ってやろう」
「いらない」
「そうか、何でもいいぞ」
「・・グスッ・・・ヒック・・・考えとく」
少し離れた所では、響とヲ級がちゃぶ台を挟んで仲良く茶を啜っていた。
提督達を見ない方角を向いて。
関わらないですよ私達は。
見ざる言わざる聞かざる天ざるです。カボチャの天ぷらがベストです。
むっ、提督がそわそわしてる。なんかこっちに話が振られそうな気がする。
響とヲ級は同時に察知した。
「ヲ級、茶のお代わりいらないか?」
「アァ、私ガ淹レテコヨウ」
「いや、私が行くよ」
「イヤイヤ、私ガ」
「いや、大丈夫。遠慮しないで」
部屋を脱出すべく、お互いを制しながら台所に脱出を図る二人。
その時、提督が声をかけた。
「ヲ級」
くっ、響が勝ち誇った顔をして台所に行った。もう逃げられない。
「ナ・・・ナンダ?」
「朝の話、長門にしても良いかな」
「ア、アア、構ワナイ。好キナダケシテクレ」
「ヲ級?」
「チョ、チョットトイレ行ク」
「あぁ、行って・・おいで」
ヲ級がいそいそとトイレに入った。
・・・え?
ヲ級トイレ行くの?
そうなの?
ちゃんと電気つけてるし。カギかけてるし。
まぁ良いか。良いのか?
飲み物を置かずに説明するとなんて早いのだろうと、提督は思った。
熱い湯を被る事も無いし。制服が緑に染色される事もない。
長門は過呼吸で少しオーバーヒートしてるがな。
「ちょ、ちょっと待ってくれ提督。驚きすぎて息が苦しい」
「そうだな、少し休もう」
頭から湯気が出そうな長門と私に、響がそっとお茶を置く。
お、おい響、私をまた緑に染めたいのか?
響が耳元で呟く。
「ちゃんと冷茶にしたよ」
心遣いはありがたいがそういう問題じゃない。
一方、ヲ級は出るタイミングに困っていた。話は済んだのだろうか?良く聞こえない。
入ってから何もしてないけど水は流した方が良いか?痛い子なんて思われたくないし。
ん?痛い子ってなんだ?ひょいと出てきたけど言葉の意味が解らない。
「提督」
「ん?ヲ級どうした?紙が無かったか?」
「違ウ。『痛イ子』トハ、ナンダ?」
「・・は?」
「イヤ、知ラナイナライイ。急ニソウイウ言葉ヲ思イ出シタダケダ」
「記憶が、途切れているのか?」
「途切レテイルトイウカ、曖昧ナ部分ガ沢山アル。他ノ深海棲艦ハ解ラナイガ」
「そう、か」
「あ、あのね」
「響、ドウシタ?」
「ええとね、痛い子っていうのは、恥ずかしいとかみっともない事をする人の事だよ」
「ソウカ。ナルホド」
長門と提督は冷茶を啜りながら二人を見ていた
こんこんと現代用語の基礎知識を説明する響と、うなづくヲ級。
なんだろう、この不思議空間。気にしたら負けか。
「茶、美味いな」
「ああ、美味いな」
とりあえず茶を飲んでゆっくりしよう。
長門がなぜ来たかまだ聞いてないけど。
「提督よ」
「なんだ」
「ゆ、指輪で、良いぞ」
「ん?何?聞こえなかった」
「何でもない」
うちの長門さんはケッコンカッコカリ出来るまで、まだまだ先は長いです。
大事に育てます。
頑張ります。