艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(31)

 

 

社長面接会場を出た直後、白星食品の廊下。

 

「・・・失礼いたしました」

パタン。

一礼してドアを閉めると、廊下には2人が待っていた。

すぐに受験生を見破ると、村雨とその子は互いに

 

 「これから?」

 「うん!」

 「頑張って!」

 「ありがとう!」

 

と、目線と小さな身振りでやり取りを交わしたのである。

 

1Fに降りると、先程1次面接をした子が不安そうに立っていた。

そして村雨の姿を見つけると

「村雨さん!」

と、駆け寄ってきたのである。

「どうしたの?」

「なんか、なんか心配だったので」

「ええと、お名前教えてもらっても良いかしら?」

「あ、ご、ごめんなさい。私は薫っていいます」

 

薫と並んで工場の敷地を歩きつつ、村雨は口を開いた。

 

「薫さんは、艦娘じゃ・・ないよね?」

「薫ちゃんでいいですよ。ええと、私は前はイ級で、元は皐月です!」

「そっか。私も1度、ロ級だったんだよ」

「じゃあ、村雨さんも東雲さんに?」

「そうそう。あ、私も村雨ちゃんで良いよ」

「じゃあお仲間ですね~」

「そうね~」

間もなくゲートという時に、薫はピタリと立ち止まると、

「社長面接、どうでしたか?」

村雨は考え込んだ後、

「薫ちゃんのおかげで慌てずに済んだから、言いたいなって事は言えたつもり」

「・・・」

「凄い会社だなって思ったし、受かったら良いなって思うけど、そこはビスマルクさん次第だから」

「・・・村雨ちゃんは、帳簿とか数字とか、嫌いですか?」

「算術は長けてるって天龍先生に言われてるし、数学は嫌いじゃないよ?」

「私、村雨ちゃんと一緒に働きたいなあ」

「薫ちゃん・・・」

 

ゲートの外で村雨は振り返った。

ゲートのレールを挟む形で、薫と村雨は見つめ合った。

 

「い、今は、今は、これ以上言えないですけど、あの、私も村雨ちゃんが合格する事を祈ってます!」

「ありがと、薫ちゃん!私もここに来たいよ!」

「じゃあ、お疲れ様でした!」

「お疲れ様!あ、あと、面接ありがとっ!」

「こちらこそ!」

 

 

村雨は何となく寮に帰りたくなくて、夕方の教室のドアを引いた。

すると、天龍が教師用の席に座っていた。

 

「おう、遅かったじゃねぇか」

「・・あ、先生。待っててくれたんですか?」

「終業で即帰れたら楽なんだけどさ、教師も色々仕事があるんだぜ」

「今日はどんな悪い事をして反省文書いてるんですか?」

「あのな、俺は教師だっての。なんで反省文書かなきゃならねぇんだ」

「じゃあ今は何してるんですか?」

「・・・・秘密だ」

村雨はジト目になると素早く天龍が伏せた紙をひっくり返した。

書類名は「反省文」と書いてあった。

「やっぱり」

「ちっ!ちがっ!違うぜっ!これは伊168が書いたのを俺が見てるんだ!」

良く見ると氏名欄は伊168になっている。

「伊168さんが?・・・あ、ついに遅刻したんだ」

天龍が肩をすくめた。

「原因はオマエなんだけどな」

「えっ!私?」

「試験が心配だったらしくてさ、寝られなかったんだと」

「そ、そうだったんですか・・」

「・・村雨、うちの皆と連絡先の交換は済んだか?」

「とっくに」

「他の子は?」

「それが・・」

「どうした?」

村雨は天龍に近い席に座ると、少し経ってから口を開いた。

「この3週間を振り返ると、天龍組の皆との付き合いって、すごく温かくて、互いの距離が近くて、楽しかった」

「・・・」

「きっと私が、生涯友達で居たいなって思うのは、天龍組の皆と天龍先生です」

「おいおい、いきなりなんだよ、て、照れるだろ・・・」

「それまでの子達とも決して仲が悪くなった訳じゃないんですけど、どことなく上辺だけだった気がして」

「・・・」

「だって、自分が本心を決して出さないように偽ってたから、当然なんです」

「・・・」

「だから、私は天龍組と、天龍先生の連絡先があれば良いなって」

「・・・そうか。自分でそう決めたのなら、そうすりゃ良いさ」

「はい」

「あ、白星食品の試験の件、明日皆が居る時に話して欲しいんだけど、良いか?」

「はい!勿論!」

「帰って来たのが今頃って事は2次面接までは行けたんだろ?」

「先生、1次面接があんなんだって知ってたんですか?」

「・・・・へ?あんなんて、なんだ?」

「やっぱり知らなかったんですね。じゃあ明日お話します」

「お、おう」

「・・・うん、来て良かったです」

「茶でも飲んでくか?」

「いいえ。あんまり居ると全部話しちゃいそうです」

「そうか。ん。解った。じゃあまた明日な」

「はい。じゃあ、また明日」

 

教室のドアを閉めた時、村雨は少し俯いた。

白星食品に合格すれば、もうあと少ししかここには来られない。

生涯で一番楽しかった時間かもしれない3週間。その時間をくれた教室、先生、クラスメイト。

寂しいけど・・・ううん。寂しい。それが自分の、本音。

 

 

翌日。

 

「おはようございま・・・村雨さん、お早いですね」

「白雪さん、おはようございます!」

白雪は後ろ手にドアを閉めようとしたが、ドアが引っかかった。

「?」

振り返ると、川内がドアの隙間に見えた。

「あ、ごめんなさい」

ドアを開けると、伊168、川内、祥鳳が立っていたのである。

 

「先生遅~い」

「おやおや、重役出勤ですね?」

「待ってたよー」

「ほらほら、早く入って!」

「おはようございます、天龍先生!」

 

天龍はいつも通りの時間に教室に入ってきたが、そんな言葉が帰って来たので目を白黒させた。

「お、おいおい、皆早ぇな・・竜巻来るか?」

「折角言う通り早めに来たら今度はその言い草って酷くない?」

「あ、いや、マジで。どういう風の吹き回しだ?」

「決まってるじゃないですか!昨日の事を聞きたかったんです!」

「村雨ちゃんに、先生が揃ってからって頼んで待ってもらってるんです!」

「なるほどな」

「さぁ村雨ちゃん!どーんと!」

「は、はい」

照れながら壇上に登った村雨はえへんと咳払いすると、前を向いた。

「じゃ、昨日の事をお話しますね」

 

「で、30分経った後で面接官ですって言われて」

「ひぇぇ~!」

「そ、それは予想外だねえ」

「普通に受講生の子と暇潰しするつもりだったんで、いつもの話し方でした・・・なんで合格だったんだろ」

「怖いねぇ怖いねぇ」

「で、面接はそれで終わったの?」

「いえ、それがですね、そこから2次面接で社長とって・・・」

伊168と川内が相槌を打つ中、祥鳳と白雪は顎に手を添えたり、しきりにメモを取っていた。

天龍は静かに全員の様子を観察していた。

 

「で、ビスマルクさんが最後に質問って言って」

「うんうん」

「さらっと、「貴方はここで何がしたいのかしら?」って」

この一言に、祥鳳、白雪、そして天龍の動きが止まった。

「む、村雨・・・さん」

「なんでしょう・・白雪さん」

「そ、その質問・・・何て答えましたか?」

「解ってます。天龍先生に誰も合格した事が無い質問だって言われたの覚えてましたから・・確か・・」

「正確に!出来るだけ正確に教えてください!」

村雨は数秒、目を瞑って考えていたが、そのまま口を開いた。

 

「私は、この鎮守府のおかげで艦娘に戻れ、心の傷も治してもらった」

「鎮守府に居る人は、天龍組の皆も、研究班の皆も、みんな大好き」

「白星食品で魚を取り、美味しい物を作って、売る事で、ずっと作っていける」

「美味しい物を作って売り、鎮守府の収入になれば、こんな良い恩返しはない」

村雨は段々頬を染めつつ、

「で、私を存分に使ってください、と言いました」

 

 


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