艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(33)

 

 

村雨の合格発表の朝10時50分、白星食品敷地内。

 

 

白星食品の敷地内の奥では、合格者が掲示板に掲げられていた。

川内は躊躇する村雨の艤装を掴んで引っ張っていた。

「ほら!村雨ちゃん!自信持って!ていうか自分で歩いてよ!」

「ほ、ほほほほほほら、あれよ、私、こ、心の準備が」

「不合格なら串カツ奢ってもらって助手になれば良いんですから、どっちでも悪くないじゃないですか」

村雨は数秒考えると、ぽつりと言った。

「・・・そっか。なるほど」

天龍の眉が吊り上った。

「そっかじゃねぇ!良いからさっさと行くぞ!」

天龍は服の上から財布を撫でた。中には下ろしてきたばかりの2万コインが入っている。

普段外食なんて滅多にしねぇから、1回の食事に万単位なんてゾッとしねぇ。

だが、俺が払う場面って事は、さすがに元気つけてやらねぇと可哀想だからな。

いろんな意味で俺が払う事になりませんように!

「良いから村雨、そろそろ覚悟決めろ!」

「うー・・・・」

「犬じゃねぇんだから」

「わん!」

「吠えてないで、ほら!探す・・」

天龍が言い終る前に、白雪が遮った。

「あ・・・・ありました」

 

白雪の声が5人の脳に到達するのに少しの時間が必要だった。

そして、その分の反動も大きかった。

村雨は掲示板を探しながら白雪の襟首を掴んで揺さぶった。

「ええっ!?どこ!どこなんですか白雪さん!」

「ぐうぅ・・・くっ、苦しい・・・苦し・・・首・・・・」

「村雨ちゃん待って待って白雪ちゃんが真っ赤!」

「あ!ごめんなさい!ねぇ白雪ちゃんどこなの!」

咳き込んで弱々しく指差す白雪。

その時、祥鳳が声を上げた。

「あった、ありました~」

「うぉぉぉぉ祥鳳さぁん!どこですかあああああ!?」

「あ、慌てないで・・・ひいふぅ・・左の列の上から5つ目です」

村雨はギッとその位置を睨み付けると、果たして、

 

「NO125 村雨さん」

 

と、書いてあったのだが、全員が眉をひそめた。

何故なら他の人は他に何も書いてないのに、村雨の名前の隣にだけ、

 

「経理部配属」

 

と、書いてあったのである。

「・・・なんで?」

「SPIで数学に適性ありって見抜いたんでしょうか?」

だが、白雪は頷いた。

「きっと、柳田さんです」

「・・・・あ、経理部長!」

「はい」

そこで村雨はアッと声を上げた。

「どうした村雨?」

「面接から帰る時、薫ちゃんから帳簿とか数字とか嫌いかって聞かれたなぁって」

白雪と祥鳳ががくりと肩を落とした。

「そ、その一言があったんですか・・・・」

「なら合格確定じゃないですか・・・」

「え?え?え?そうなんですか!?」

「だって、配属先を考えるような質問を落とす人にしないでしょう・・・」

「面接は終わってるわけですし」

「あ」

「それで、何て答えたんです?」

「数学は嫌いじゃないって。あ、そうだ。薫ちゃん、一緒に働きたいって言ってた」

「もう丸解りじゃないですか」

「ビスマルクさんはキッチリ隠し通しましたけど、薫さんはダダ漏れですね」

天龍はにっと笑った。

「っしゃ!村雨!合格おめでとう!皆で胴上げだぜ!」

「よーし!」

「わっしょい!わっしょい!」

「うは!ど、胴上げなんて!はっ!初めて!です!あはははっ!」

「良くやったぜ村雨っ!」

「あ、ありが・・・ありがとう・・・ございます」

「なんだ、今頃泣き始めるのかよ」

「うっ・・だって急に実感が・・嬉し・・あっ、ありがとう・・皆・・ありがと・・」

その時。

「村雨さぁん!」

ぐしぐしと涙目の村雨が声の方を振り返ると、薫が走ってくる所だった。

「!!!」

「良かったです!合格おめでとう・・・って、どうしたんです?」

「あ、ああああああの、し、失礼な事しちゃって、すみませんでした!」

「なにがです?」

「え?あの、経理部長さんなんですよね?」

「それが何か?」

「え、あ、あの、知らなかったんで頭撫でちゃったり友達口調で話しちゃったり・・」

薫はポンと手を叩くと、にっこりと笑い、

「職場の子達からいっつもされてるんで、気にしてないです」

そして急に真面目な顔になり、ひそひそ声で、

「あ、でも、社長にしたらダメですよ。物凄く怒られますからね!」

と続けた。

村雨は泣いて良いやら笑って良いやらの顔のまま、

「あ、あの、ありがとう。私、経理部でお世話になるんですね」

しかし、薫はきょとんとして、

「え?何で配属知ってるんですか?」

と聞いたので、村雨は掲示板を指差しながら言った。

「書いてあるんで」

薫はまず眉をひそめて掲示板を見、次に目を見開いて釘付けになり、次第に口が開くと、

「あ・・あ・・・あああああ!消すの忘れて印刷しちゃったあああああ」

というと、わたわたと両腕を振りながら、

「あっ!あのっ!配属先は見なかった事に!でないと社長に」

と言ったが、

「・・・薫さん、何の騒ぎかしら?」

7人が視線を向けた先には、ビスマルクが立っていたのである。

「ぴっ!」

「どうしたのと聞いてるんです」

天龍がビスマルクとの間にずいと割って入った。

「いやー、うちの村雨が世話になったらしくてさ、旧交を温めてたんだわ」

ビスマルクの眉間に皺が寄った。

「旧交ですって?薫さん、まさか手心を・・って、そういう面接じゃないわよね」

天龍と薫がビスマルクに話しかけてる間、伊168が川内に修正液を手渡した。

祥鳳がそっと川内を隠す形に移動すると、川内は修正液で配属先の文字を消していった。

近くで見ると意外と文字が大きい。ペンを振って修正液を補充したいが、音をさせたら気付かれる。

天龍が掲示板を向こうとするビスマルクに話しかけた。

「聞いたぜ1次面接。度胆抜かれたけどよ、一体誰のアイデアなんだ?」

ビスマルクが天龍に向き直ると

「ふっふーん。あれはアタシの発案よ」

ひょこっとビスマルクの前に現れた白雪が口を開いた。

「椅子が無いという解りやすく、ともすれば怒りを誘発しやすい状況で二人きり」

「そう!当たり前の状況では人の素顔なんて見れないわ!」

「だから受験生と言われても解らない人を指名した。例えば薫さんのような」

「そうよ。薫さんは眼鏡を外して作業服を着なければ完全に受験生にしか見えないしね!」

「仰る通りです。さすがですね」

「ふっふーん」

川内は音をたてないように必死で振りながら4文字目を消していた。後1文字。

天龍はチラッと作業経過を見てから、口を開いた。

「あの面接で見たかったのは、やっぱり怒りっぽさなのか?」

「怒ってうちの従業員を殴ったり怒鳴ったりすれば失格だし、横柄な態度も以下同文ね」

「まぁそうだよな。それで?」

「合格条件は30分間、面接官、つまり相手の受験生の足を引っ張らない事。それ以外も良い事は加点する」

「足を引っ張るってのは?」

「例えばあれこれ言って1Fの控室にある椅子を持ってこさせるとか。逆に自分で行けばOK」

「確かに、そういう時に地が出ますよね」

「あれを考えるのは苦労したのよ!」

「さすがですね~」

「ふっふーん」

川内と伊168は手でパタパタと紙をあおいでいた。早く乾け!

だが、ビスマルクはふうっと息を吐くと

「薫さん」

「はっ、はい!」

「・・・・すっかり天龍組の人と仲良くなったのね」

「はい!」

「それは良いんだけど、貴方、勝手に村雨さんの配属先まで掲示してはダメよ?」

川内と伊168は硬直し、祥鳳は目を剥いた。何故バレてる?

「あ、あの、ええと、消し忘れに気付いてませんでした。ごめんなさい」

しゅんと俯く薫。両手を腰に当てるビスマルク。

「まぁ、今朝掲示してるのを見た時に気付いたんだけど、どうせすぐ解る事だからとそのままにしたのよ」

川内と伊168はがくりとうなだれた。既にバレてたのか。

ビスマルクはくすっと笑うと掲示板に近寄り

「まぁ良いわ。川内さん達が綺麗に消してくれたし、それに」

くるりと村雨の方を振り向くと

「村雨さん、薫さんは普段は有能なんだけど、こんな調子でたまにやらかすの。しっかり支えてあげてね」

そしてにっこりと笑い、

「ようこそ白星食品へ。数字に強い子は大助かりよ!」

と、言ったのである。

天龍はふっと笑うと

「俺の受け持った中で数字への強さはピカイチだ。ビス子の探し人に合うんじゃねぇかな」

ビスマルクは眉をひそめると

「ちょっと、飲み屋以外でビス子って言わないでって言ったじゃない」

「お、悪ぃ。だがホントに太鼓判を押すぜ。うちの卒業生、しっかり面倒見てやってくれよ」

ビスマルクはくすっと笑うと

「大丈夫。救助隊招集なんてシャレにならないし、私はこれでも社員には気を遣ってるのよ?」

「良い会社じゃなきゃ元々行かせねぇ」

「OK。信用してくれて嬉しいわ」

「で、いつから行かせりゃ良いんだ?別れを惜しむ時間位あるんだろうな?」

「同じ敷地内でしょ?」

「色々あるんだよ」

「とりあえず、来月1日から来て欲しいんだけど」

「丁度キリがいいな。解った」

「別途案内は送るけど、1日に控室として使った1Fの部屋に集合よ」

「おう、解った」

「じゃ、待ってるからね!村雨さん!」

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 

 


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