艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(35)

 

 

赤城達、昼御飯掃討部隊が突入した直後。鳳翔の店。

 

天龍の申し出に、鳳翔は少し目を潤ませながら答えた。

「本当に本当に助かります。出来た物を運んで、空の食器や串を下げてくださいますか?」

天龍は腕まくりをした。

「よっし、他の客も含めてテーブル割り当てしようぜ!」

しかし、鳳翔は静かに首を振った。

「いえ、もうのれんは下ろしましたから、他の方は入って来ません」

「・・・えっ?」

鳳翔はきりっと表情を締めると、声をひそめて続けた。

「目標は厨房に一番近いテーブル席に座って頂きました」

「も、目標?」

「皆さんは2班に分かれ、バケツリレーの要領で、厨房と席の間で等間隔に立ってください」

「とう・・かん・・かく?」

「良いですか、赤城さんを見続けると酔ってしまいますから出来るだけ見ないように」

「は?」

「加賀さんは食事中に話しかけると機嫌が悪くなるのでダメですよ」

「あ、はい、解りました」

「飛龍さんと蒼龍さんは普通に喫食なさいます。蒼龍さんは幹事役をしてくれるので頼って良いです」

「は、はあ・・」

「制限時間は今回60分間と長いですが、何とか乗り切ってください」

天龍がついにこらえきれずに質問した。

「鳳翔、何か軍事作戦のようなノリだけど、そこまで・・」

鳳翔は天龍にビシリと人差し指を向けると、

「軍事作戦以外の何物でもないのです!」

「えええっ!?」

「今まで数々の伝説となった事態は、いつもこんな幕開けだったのです!」

「そ、そうか・・」

「絶対に油断は禁物!ここは戦場!肝に銘じてください!」

「な、なんか目が血走ってるぜ鳳翔・・」

「テーブルで料理をサーブする人は順番に交代してくださいね。一番疲労度が高いと思うので!」

「お、おう・・・」

「全員生きて60分後を迎えましょう!」

「おーう」

天龍と白雪達は互いに顔を見合わせると、そっと肩をすくめた。

出来た料理を運び、空き食器を下げるだけだ。

それも相手は1テーブル。こっちは6人で料理は鳳翔がやってくれる。

確かに正規空母4隻だけど・・・フラグ?そうかなあ?

 

 

そして40分後。

 

ゾンビのような歩き方で、伊168が厨房の休憩コーナーによろよろと辿りついた。

そこは椅子が数個と簡易テーブルがあるだけだが、仕事から解放されるだけで楽園のように見えた。

最初の油断した自分達に叫んでやりたい。鳳翔の言った事が正しかったよ、と。

白雪と村雨は既に机に突っ伏していた。

「あ・・伊168さん・・お疲れ・・さ・・・ま・・・」

村雨が途切れ途切れに声を掛け、伊168がふっと遠い目をした。

「交代した天龍先生達の目が虚ろだったわね」

白雪が頷いた。

「川内さんも祥鳳さんも、あの地獄でよく耐えてます」

伊168が死んだ魚のような目で横を見た。

「確かに、これだけの串が崩れたらちょっとしたパニックが起きるわね・・・」

村雨は伊168と同じく、赤城達が食した串の山を見上げながら言った。

「串カツをこれだけ消費するって事は、それ以外も消費するんですよね」

白雪が頷いた。

「すっかりその他を忘れてましたね」

村雨がへへっと笑いながら言った。

「御飯も味噌汁もあるんだよ・・・って、ね」

伊168が深い溜息をついた。

「私達・・・最後の10分間、また出るんだよね」

白雪が二人にお茶を差し出した。

「ですから残り時間で少しでも体力を回復しておかねばなりません。さぁどうぞ」

伊168は茶を啜りながら言った。

「ありがと。連続耐久オリョールクルージングより酷い物なんてこの世に無いと思ってたんだけど・・」

村雨も頷いた。

「鳳翔さん、私達が手伝わなければこれを一人で1時間回す所だったんですね」

白雪がふっと笑った。

「プロって凄いですね」

二人がこくりと頷いた。

 

 

「ふぅ~っ!」

「とても美味しくご飯を頂けました」

残り2分きっかりでオーダーは止まり、ジャスト60分で赤城と加賀は食べ終えた。

飛龍は綺麗に食器を片付けていた。

蒼龍はぜいぜいと息をする天龍達に心配そうに声を掛けた。

「あ、あの、大丈夫?」

「い、いや、大丈夫、だ・・・蒼龍、ほんと助かったぜ」

見上げる天龍に蒼龍は苦笑しながら

「まぁ、慣れちゃったからさ」

と返した。

 

最後の10分を迎える頃、赤城が

「調理時間を考えると、そろそろラストオーダーですよね?まとめて頼みましょう」

と言ったので、天龍は料理をサーブしながらごくりと唾を飲んだ。

これは大津波が来る。あの3人の今の様子じゃ耐えきれねぇ。

ゆえに、天龍は班の交代ではなく全員で当たる事にした。

読みは極めて正しく、ついに鳳翔が

「もう大皿じゃなくて、こっちで渡した方が良いですね」

と、油切り用のザルが乗ったステンレス製のバットに揚げたての串カツを次々積み上げると、

「これは3つしかないので、終わったらすぐ回収してきてください」

と言いながら手渡した。

もう菜箸でサーブするのも疲れ果てていたので、白雪達は省力化に力なくも喜んだのである。

 

そして60分のアラームが鳴るのと同時に、赤城と加賀は最後の一口をごくりと飲み込んだ。

天龍はあまりに時間通りの見事さに呆然としていた。

あれだけ無茶苦茶にオーダーしていたように見えたのに、全て計画的だったというのか?

高速思考する天龍に、そっと蒼龍が声を掛けた。

「ええと、信じられないと思うんだけど、赤城と加賀にとっては余裕を持った普通の食事なんだよね」

天龍は虚ろな目で蒼龍を見返した。俺達なんて全然食べた内に入らねぇ。

空母1隻の運用は空軍基地1つ運用するのとそう変わらないと誰かが言ってたが、解る気がした。

だが、すぐに疑念が湧いた。

蒼龍や飛龍だって正規空母なのにそんなにバカ食いしてないし、祥鳳は俺達と一緒に普通の量を食べる。

どういう事なんだと天龍は再び首を傾げ始めたが、赤城が言った。

「じゃ、デザートは何にしましょうか、皆さん?」

加賀がメニューを見ながら言った。

「そうね、私はクリームソーダを」

飛龍はメニューを睨みながら言った。

「んー、やっぱ私はコーヒーで」

蒼龍は赤城を見ながら、

「赤城さんはどれを?」

「ええとですね、ええと・・・白玉あんみつの列で」

天龍は赤城の「列」という一言に赤城を2度見したが、蒼龍は涼しい顔でメニューをひょいと手に持つと

「了解。私は宇治金時にしようっと。じゃ、オーダーしてきますね」

と、厨房に向かって歩いていった。

よろめく天龍を祥鳳と伊168がすんでのところで支えた所に蒼龍の声が聞こえてきた。

「えっと、クリームソーダと、コーヒーと、宇治金時と、白玉あんみつと、くずきりと、磯部餅と、草もちと・・・」

天龍はふわりと遠のく意識の中で頷いた。赤城が「列」と言ったのはやっぱりそういう意味かよ、と。

 

 


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