艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file21:ル級ノ夢

4月1日午後、某海域

 

「・・・応答しろ!応答しろぉぉぉぉ!」

くそ、また、あの夢だ。

うっかり日中にまどろむと、必ずあの悪夢に襲われる。

汗びっしょりで目を覚ましたル級は、体を起こすと傍らに置かれた水差しから水を注いだ。

こくこくと、ゆっくり飲んでいく。乱れた呼吸が治まっていく。

大量の水に囲まれてるのに真水が貴重品とは皮肉なものだ。

ここは海底山脈に開いた横穴の奥。空気が溜まっている広い場所だった。

広場の最も奥まった所には鈍く光る巨大な石が浮かんでおり、その下に台があった。

石が強く光ると台の上に深海棲艦が誕生する。いつそうなるかは不定期だった。

そして、それ以外の時に傷ついた兵を乗せれば治癒された。

何者が作ったのか、どういう仕組みなのかは深海棲艦達も知らないが、機能していればそれで良かった。

 

深海棲艦は生存に空気を必要とするわけではないが、水中の活動では1つだけ問題があった。

他者と話が出来ないのである。

よって、主に作戦や全体統制などに関する会議はここで行われるので、幹部クラスの深海棲艦が自然と常駐していた。

早い話、深海棲艦の大本営に相当する。

鎮守府に相当する物は無かった。

兵達は上陸する事も出来るのだが用がある訳でも無く、敵に見つかると面倒ゆえ、専ら指定された海底で待機していた。

 

先程起きたル級は、大幹部の一人だった。卓越した指揮能力を誇り、専属艦隊も居る。

「大丈夫カ?」

傍らに控えていた、部下のflagshipチ級が声をかけた。

「大丈夫ダ。イツモノ夢ダ」

「囚ワレノ理由トハイエ、ソノ言葉ダケシカ覚エテナイノハ難儀ダナ」

「イヤ。最近、記憶ガ幾ツカ戻ッタンダ」

「状況トカカ?」

「マア、ソウダ」

「話セルカ?」

ル級は少し考えると、

「イヤ、全体ヲ思イ出シテカラ」

と、言葉を切った。

 

本当は全部思い出している。だが言葉にすると感情が暴走しかねない。

許せない。騙されたのだ。私は。

裏切り者どもめ、全員連帯責任だ。見つけたら壊滅させてやる。

 

そこに、作戦からカ級が戻ってきた。

「ヤレヤレ、遠方ノ狙撃ハ神経ヲ使ウ」

「補給部隊ノ後始末カ。尻尾切リモ大変ダナ」

「尻尾ハ幾ラデモ生エルガ、本体ニ及ブノハ困ルシナ」

ル級は水の入ったグラスをカ級に渡した。

このカ級はクラスは低いが対人狙撃能力に優れている為、幹部待遇を受けていた。

カ級は美味しそうに飲み干した。

 

隠語を訳すと尻尾とはこの場合隊長の事であり、昼間の隊長狙撃はこのカ級が行ったのである。

生えるというのは悲しいかな、深海棲艦との取引に応じて見返りを期待する人間が数多くいるという事である。

補給部隊とは、近年作られた深海棲艦の兵力増強手法であり、ヲ級が提督に話した艦娘売買による徴兵を指す。

これは、とあるチ級の発案によるもので、そのチ級がそのまま幹部となり一手に引き受けていた。

莫大な数の鎮守府に対抗するには不可欠だったが、兵員の士気と質の低下を誘発していた。

それゆえに、このル級を始めとする一部の幹部は快く思っておらず、侮蔑的な表現になる。

蛇足だが、深海棲艦は成長という概念が無い。

深海棲艦になる直前の練度に応じて戦力レベル(Flagship等)が決まるので、訓練もしようがない。

また、幹部になるかどうかは統率能力等の重要なスキルの保有有無であり、艦種とも戦力レベルとも無関係である。

スキルは深海棲艦になる前の経験から引き継がれるが、記憶の欠損と共にスキルも相当数失われる。

この為、貴重なスキルを保有する者は戦力クラスに関わらず幹部に取り立てられるという仕組みだった。

一見公平なようだが、内部は事実上幾つもの軍閥が存在しており、必ずしも効率的ではなかった。

尤も、最初の頃、深海棲艦達は死ぬ前に一目だけ仲間の姿を見たいという願いを持つ者が大半であった。

本望を遂げた以上、恨みを持つ者は少なかったのである。

しかし、かつての仲間に見つかり、自分の変わり果てた姿に怯え、偽物と叫ぶ様を見て、悲しみが溜まった。

やがて、司令官の裏切りや汚い仕打ちに対する怒りが混ざり、生ける者に攻撃する集団に転じたのである。

 

話を戻そう。

「アアソウダ、ソノ鎮守府ノ艦娘ヲ、相当数見タゾ」

カ級が思い出したように言った。

ル級は期待せずに聞いた。

「特徴ハアッタカ?」

「カナリノ大所帯ダ。筆頭ハ長門ダト思ウ。設備トシテハ、クレーンハ元カラ1ツシカナイヨウダ」

ピクッピクッと、ル級が反応した。

「続ケテクレ」

「アトハ・・ソウダ。赤城トカイウ奴ガツマミ食イヲスルラシイ。禁止ノ看板ガ出テイタゾ。ハハハ」

ル級が顔を上げた。

「鎮守府ノ位置ヲ教エロ。詳細ニ」

チ級が驚いたように見る。

「マサカ、オ前ノ仇カ?」

「ホボ間違イナイダロウ。総員、戦闘準備ニ入レ」

「丁度、elite級やflagship級が補充サレタゾ。運ガイイナ」

「補給部隊ガ集メタ兵隊ハ要ラン。役立タズダ」

「生マレタ奴ラダト7割位ニナルガ」

「構ワン。ソイツラダケ召集シロ」

そして、カ級の方を向くと言った。

「鎮守府ニ居ル提督ヲ仕留メロ。頭ヲ撃テ」

カ級は返事の代わりに狙撃銃のボルトを往復させ、弾を装填した。

ル級は湧き上がる怨嗟の念に駆られていた。

殲滅してやる。殲滅してやる。殲滅してやる。裏切り者め、地獄の業火で焼き尽くしてくれる!

 

 

4月1日夕刻、大本営

 

「なぜだ・・・」

中将は帰ったばかりの大本営で新設の鎮守府から入った緊急連絡を受けた。

その鎮守府の艦娘が演習から帰ってくる時、夥しい数の深海棲艦が提督の居た鎮守府に向かったというのだ。

多勢に無勢で戦いにならないと判断した艦娘達は極低速で気付かれ無いよう撤退し、司令官に報告。

緊急事態として大本営に打電されたのである。

中将は大本営の特殊部隊と熟練の艦娘を非常招集し、鎮守府に陸と海の二方向から迎撃する態勢で進軍させた。

しかし、先行偵察に向かった艦載機から耳を疑うような連絡が入ってきた。

鎮守府のあった場所は原形を留めない程の大火災が起きており、周囲の山にまで延焼。

炎の勢いが強すぎて上空にも近づけないという。

そして、敵の姿は既に無く、近辺にある鎮守府は1つも被害を受けていない、と。

中将は大本営の執務室に居たが、ふと自分の手が震えているのに気付いた。

時折、巨大な敵部隊が出現する事はあったが、これほどの大規模攻撃は無かった。

相当数の撃沈報告がある中、深海棲艦の殲滅も見えているだろうという慢心もあった。

大和が苦しそうに呟いた。

「恐らく、あの鎮守府に残っていたLv1の艦娘達では、為す術もなかったでしょう」

中将は紙巻き煙草に火をつけた。

深海棲艦はどういう基準で攻撃してくるのだ?

一体、後どれだけいるのだ?

見えていたはずの終わりは、偽りだったのか。

 

 

4月1日夜、某海域

 

「皆、良クヤッテクレタ」

ル級が作戦参加者を労った。被害なし。相手は殲滅。大勝利といえる内容だった。

意気揚々と引き揚げる参加者の流れに逆らうように、カ級が進み出てきた。

「ドウシタ?」

カ級が頭を下げて言った。

「スマナイ。提督ガ目視出来ナカッタ」

ル級は少し顔を曇らせたが、すぐにカ級を労った。

「皆ガ狙撃前ニ一斉砲撃シテシマッタカラナ。建物ガ粉砕シ大火災デハ探シヨウガアルマイ」

「炎ガ納マッテカラ、再度探シニ行コウカ?」

「アノ炎デハ人間ナド骨シカ残ラヌ。確認ハ不可能ダ」

「スマナイ」

「ソレニ」

「ソレニ?」

「万一逃レタノナラ、新タニ放ッタ情報網ニ引ッカカル。ソノ時殺セバ良イ」

「ワカッタ」

「ダカラ今ハ休メ」

「失礼スル」

ル級は再び水差しの水を注いだ。

私を騙し、北方海域に沈めた者どもを討った。

討ちたかった相手の滅亡を確かにこの目で見た。

溜飲を下げたはずで、目標は達成したはずだ。

しかし。

注いだ水を一息で飲み干した。

なんだろう、この虚しさは。

それに、討ち果たしても私は深海棲艦のままだ。

どうしたら解放されるのだ?

 




そろそろ全コマ登場、ですかね。
風呂敷と兵站は広げ過ぎてはいけません・・・(今更)

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