龍田が天龍組と響を面接してる頃。鎮守府の中庭で。
「あ!伊168さん!」
「村雨ちゃんか。どうしたの?」
村雨が伊168を見つけると、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「あの、川内さん見かけませんでしたか?」
「んー、響ちゃんと一緒に居るんじゃないかな・・・解んないけど」
「その響さんを探してるんだけど二人とも見つからなくて」
「なにかあったの?」
「響さんの連絡先を聞いておきたかったの」
「あぁ、それなら知ってるよ。メアドと電話番号とIDで良い?」
「うん、十分」
「じゃあ通信でアドレス帳送ってあげる」
「・・・よっし、受信した。ありがと!」
「準備、進めてるんだね」
「天龍先生が何かしようとしてくれてるみたいだけど、就職は間違いない未来だし」
「まぁ、そうよね」
「後で聞き逃した事に気付いたら嫌だなって思って確認してたら、響さんの連絡先聞いてなかったって」
「でもさ、働き出してからだって売店とか食堂では会えるでしょうに」
村雨の動きが固まった。
「・・・・・へ?」
「え?」
村雨は伊168の肩をがっしりと掴んだ。
「ど!どういうこと?ねぇ、会えるの!?入って良いの!?」
「ちょ!く、苦しいって・・・落ち着けっ!」
「う、ごめん」
「全くもう・・・ええとね、白星食品の社員は鎮守府の食堂と売店には入場が認められてるの」
「ほんと!?」
「そうよ。外部の受講生も利用する為に作られてるから良いだろうって、提督が言ったらしいわ」
村雨はぺたんと膝をついた。
「鎮守府の子とは連絡だけで、もう一生会えないんだと思ってた」
「大袈裟ねえ・・・それに鎮守府に入れなくても連絡して外で会えば良いじゃない」
「あ」
「・・・考えが回らなかったのね」
「うん」
「だからあの時大泣きしたのね」
「う・・・ん」
「まぁ、普通に生活してれば知らない情報だよね」
「伊168ちゃんは何で知ってるの?」
「随分前、白星食品が出来るちょっと前に、提督達がそういうルール決めでドタバタしてたの」
「へぇ」
「私はまだ普通の受講生だったんだけど、先生からコピー頼まれた書類がルールの最終稿だったのよ」
「それで?」
「だからコピーのついでに読んでたの。まぁ、潜水艦だから情報集めるのは好きだしね」
「なるほどねえ」
「そういやそういう事、天龍先生話してないよね」
「うん」
「明日にでも教室で聞いてみたら?教えてくれると思うよ」
「ありがと!凄く気が楽になったよ!」
「役に立てて良かったわ」
「じゃあね!」
「ええ、また明日」
ててっと駆けていく村雨に手を振りながら、伊168は微笑んだ。
明日は色々衝撃的な日になりそうね、村雨ちゃん。まぁ良い事だから良いんだけど。
それにしても先生たちは上手く行ったのかなあ?
午後、提督室。
「なるほどなぁ・・・確かに白星食品と陸奥の工房だけって必要も無いしなあ」
だが、本日の秘書艦である加賀は首を捻った。
「それは鎮守府の仕事なのでしょうか?業務を拡大し過ぎるのは如何なものかと」
龍田は頷いた。
「ええ。歯止めは必要です。コンツェルンになりたい訳じゃないしね」
「その辺、龍田さんはどのようにお考えなのですか?」
「教育と敷地という2つの歯止めをかけようと思ってるの」
「教育と敷地?」
「ええ。まず教育の方だけど、人間として旅立たせるにしても、いきなり世間に放り出すのは可哀想よね」
「そうですね」
「だから、教育期間の間に起業させてみるの。安定させられるなら卒業後は一般金融に切り替えさせる」
「なるほど。経営の実習って事ですね」
「近いのはベンチャーキャピタルね。でも、そこまで教育方で引き受けるのは無理だから今まで出来なかった」
「確かに」
「もう1つの敷地というのは、言うまでも無くこの島の中にある白星食品と陸奥さんの工房の話」
「鎮守府との経理事務って事ですか?」
「ええ。2社との決済関係まで事務方がしてるから重荷になっちゃってるの」
「そうですね」
「だから鎮守府の経理部門と教育用ベンチャーキャピタルを受け持つ部署を、白雪さん達で作ってもらうの」
「鎮守府の経理もですか?」
「ええ」
提督がふむと頷いた。
「事務方は書類改善で随分作業が減ったらしいが、それでも不知火や文月は遅くまで仕事してるからなあ」
「ええ。もう少し軽くしてあげても良いかと思うわ」
「・・・ふむ」
じっと考える提督に、白雪は恐る恐る口を開いた。
「不躾だとは承知しておりますが、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ん?良いよ、そんなに堅くならずに言ってごらん」
「私、大本営で経理事務をしていたんです」
「ほう」
「ですから、昔やっていた事なので、素人ではないつもりです」
提督は白雪をじっと見た。
「・・・しかし・・・これをやると、バンジー出来る回数が減るかもよ?」
「うぐふうっ!」
「大丈夫?」
「うぅ・・・だ、大丈夫・・大丈夫です」
「・・・ホントに?」
「死力を尽くして効率化に励みます。絶対に時間を捻出します!」
「・・・龍田さん」
「何でしょうか?」
「最初から全部負わせるのは可哀想じゃないかな?趣味と両立させてあげようよ」
「んー、それならまず、白星食品と工房の経理事務からやってもらいましょうか」
「それくらいが良いと思うよ。まだ事務方がパンクした訳じゃないしね」
「・・・パンクするまで手をこまねくつもりですか、提督?」
「ひっ!?いっ!いえっ!そんなつもりは!」
「その前に手を打ちやがれ、ですよ~」
「だ、だだだだだからこの案を通して良いよ!良いから!」
「そうですか?じゃ、そうしますね~」
一同が去り、パタンとドアが閉まった後、提督はへちゃりと机に伏した。
龍田は苦手だ。言ってる事は正しいんだが。
そんな提督の背中に、加賀は優しく手を置いた。
「んー?」
「・・・提督も色々大変でしょうけど、私も精一杯支えますので」
「解ってる。いつも本当にありがとうな。感謝してるよ」
加賀はくすっと笑った。
月曜日、天龍の教室。
「・・・え?言ってなかったっけ」
「聞いてないです聞いてないです超聞いてないです」
村雨から指摘を受けて、白星食品と鎮守府のルールについて説明してなかった事に気づいた天龍は、
「悪ぃ悪ぃ、これに書いてあるし、細かいのはビス子から聞いてくれ。俺説明は苦手なんだ」
と言いながら、村雨に書類を手渡した。
「説明が苦手って・・・先生でしょう?」
「先生にだって得手不得手はあるんだぜ・・・」
「とにかく、食堂と売店は入れるんですね?」
「おう、特別な理由が無い限り、時間は0800時から2000時までって制約はあるけどな」
「まあ夜中に入るつもりも無いですし」
「そんなとこだ。で、今朝はもう1つニュースがあるんだぜ?」
村雨が首を傾げた。
「ふえ?なんですか?」