艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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天龍の場合(44)

 

村雨が入社して1週間目の休日。海の見える高台の上。

 

うみねこが鳴いた。

村雨はようやく言葉が出た。

「そ、そんな酷い轟沈理由だったんですか、お二人は」

ビスマルクはクッキーを割りながら呟いた。

「もう酷いというか、阿呆というかね。深海棲艦を長くやったおかげで過去の記憶に出来たけど」

浜風は村雨からマグカップにコーヒーを注いでもらいながら言った。

「よく、腹立たしいを通り越すって言いますけど、私は腹が立ちすぎて通り越せませんでしたね」

村雨は自分のマグカップにコーヒーを注ぎながら、続きを促した。

「で、二人で司令官の阿呆ぶりを披露して、すっかり意気投合しちゃったわけ」

「私はきちんと訓練した成果を、護衛隊長として発揮する事にしたんです」

「私はガス欠で蜂の巣なんていうショボイミスをしないって心に決めたし、今も教訓として気を付けてるわ」

「そうだったんですね」

ビスマルクはひょいっと釣糸を海に投げると、釣竿をホルダーに固定した。

「そんな訳で、私にとって浜風はずっと私を守り支えてくれた、一番の戦友なの」

浜風はこくりと頷くと、

「私も、深海棲艦になった直後に、良いボスと出会えて良かったです」

村雨は海原を見ながらいった。

「良いなあ。うらやましいなあ」

ビスマルクが村雨の方を見た。

「あなたも深海棲艦だったのよね?どんな経緯だったの?」

村雨は水平線を見たまま微笑んだ。

「私は、鎮守府で起きた人員整理の最中に友達に裏切られ、魚雷を投げつけられて沈みました」

「そして、沈んだ先で知り合った子に打ち明けたら、私がしっかりしてないのが悪いって言われちゃって」

村雨は目を瞑った。

「だから、色々な海域を逃げ回っては、ずっと泣いてました。だから楽しい思い出とか・・わわっ!」

村雨がすっとんきょんな声を出したのは、ビスマルクががっしりと抱きしめたからであった。

「私達の場合は司令官が阿呆な事に腹が立ったけど、貴方は本当に深い傷を負わされたのね」

浜風が村雨の頭を撫でた。

「よく鬼姫になりませんでしたね。私ならなっちゃうと思います」

村雨はビスマルクの方に顔を向けた。

「でも、深海棲艦の最後の頃、ずっと毎週金曜日にここでカレーを食べてたんです」

「そうなの?」

「それまでは長く居ると傷つけられそうで怖くて、すぐ移動しちゃったんですけど・・・」

村雨は頬を染め、

「こ、ここのカレーがあんまり美味しくて、出て行くぞって決めても、躊躇ってる間に金曜になっちゃって」

「あー」

「いつのまにか金曜日はカレー曜日が体に染みついちゃって、襲われてもどうでも良いやって」

「恐れよりカレーを取ったのね」

「ここの辛口カレーは悪魔です」

「ほんと、美味しいのよねぇ」

「丁度欲しかった辛い食べ物って感じでしたね」

「で、そのうちに東雲ちゃんの話を聞いて、順番待ちして戻してもらって」

ビスマルクがそっと村雨を放すと、目を覗き込みながら言った。

「今は思い出したりしないの?苦しくは無い?」

「天龍先生と、天龍組の人に告白して、わんわん泣いたら、気持ちが落ち着いたんです」

「・・そっか」

「でも、か、カレーが理由で東雲ちゃんの事を知ったというのは今初めて言いました」

ビスマルクが悪戯っぽく笑った。

「あら、じゃあ3人の秘密ね」

「です」

「じゃあ私も秘密を1つ教えてあげるわ」

「なんですか?」

「ここだけの、話なんだけど」

「はい」

ビスマルクは目一杯溜めてから、にやっと笑って言った。

「浜風さんは提督にホの字なのよ。ファンクラブに入る位」

てっきりビスマルク自身の秘密を打ち明けるものと油断していた浜風は、耳まで真っ赤にしながら言った。

「ちょ!人の秘密を暴露しないでください!しかもそれ!何で知ってるんですかっ!あ・・しまっ・・」

自爆した事に呻きつつ、頭を抱えてしゃがみこむ浜風を見て、村雨は頷きながら

「なるほど。他人の恋路を傍で観るのは楽しいですね」

と言ったところ、ビスマルクは人差し指をついと上げると、

「でっしょー?だから不知火ちゃんも来て欲しいんだけど、警戒されちゃってさー」

にまにま笑う二人に浜風はがばりと立ち上がると、ぶんぶん両腕を振り回しながら、

「ふっ!二人して!わっ悪い癖!そう!悪い癖ですっ!いけません!」

と、叱るつもりで言ったのだが、村雨もビスマルクも満面の笑みで

「今度提督の所に行く用事があったら一緒に行きましょうね~」

「バレンタインのチョコ、世界中から取り寄せてあげるから頑張りなさいよ~」

「あ!それは美味しそう!」

「浜風に1つずつあげたら残りは皆で食べるわよ!白星食品の恒例行事なの!」

「こっ!恒例行事にしないでください!昨年は大変だったんですから!」

「なーによー、社員皆で応援してあげたじゃない」

「あれは応援じゃなくて!冷やかしというか、からかいというか、面白がってるというか」

「だって面白いもの」

「んなっ!?」

「うわあ、じゃあ来年楽しみですね~」

「むっ!村雨さん!ダメです!楽しみにしてはいけませんっ!」

ビスマルクはふっと村雨に向き直ると、

「お互い、過去は酷い事、阿呆な事、色々あったけど、今は今よ。楽しんで生きましょ!」

「はい!」

「そうね、私達は雨が降らなければ毎週この時間にここに居るから、村雨さんも来ると良いわ」

「えっ!?良いんですか?」

「良いわよ。秘密を共有する仲ですもの!」

浜風がビシリと村雨を指差した。

「さっ!先程の話、絶対に絶対に絶対に他言無用ですからねっ!でないとっ!」

「でっ・・でないと?」

「クビです!」

「ええええっ!?」

ビスマルクが村雨に耳打ちした。

「浜風さんは人事部長だから、本当にやれる権力があるわ」

「ひえええっ」

「私もこの配置は失敗したって思ってるの。営業部長とかにしとけば良かったわ・・・」

浜風がジト目でビスマルクを見た。

「なにをこそこそ話してるんですか?」

「いっ!?いえっ!なんでもないわっ!」

「また減俸にしますよ?」

村雨が首を傾げた。

「また?」

「この前のバレンタインの時、裸でリボン巻いて提督を誘惑して来いと言ったので」

「社長がですか?」

「ええ。ですからセクハラで減俸70%3ヶ月の処分にしてあげました」

「厳しっ!」

思わず口走った村雨にビスマルクも頷きながら

「そうよねぇ、酷いわよね。給料日直前なんてご飯にも困ったわよ・・」

浜風はカッと目を見開くと

「なにが酷いですか!最大限の温情処分ですっ!反省してないなら1年延長しますよっ!」

「ひっ!ご勘弁を!」

「反省なさいっ!」

仁王立ちする浜風と平謝りするビスマルクを見て、村雨はくすっと笑った。

こんな二人の姿を見るのは休日しかありえない(筈)

「本当に、お二人は仲良しなんですね」

村雨の言葉に二人は見返しながら

「・・・そうですね。時折暴走する以外は」

「一番信用してるわね。うん」

と言ったあと、浜風が尋ねた。

「そういえばボス」

「なに?」

「ボスが面接で聞く、あの質問て、何がポイントなんですか?」

 

 


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