現在、昼前。鎮守府食堂。
加賀はジト目のまま提督に尋ねた。
「提督、両の指全部にみっちり指輪をなさるおつもりですか?」
「そんな大量に浜風が用意する訳ないだろう」
「違います。他の子です」
「あっはっはっは。アイドルでもあるまいし、私にそんなに」
ドン。
「・・・加賀さん、このバインダーは何かな?」
「提督ファンクラブの標準会員とプラチナ会員の名簿です」
「ファンクラブ?プラチナ会員?」
「私が会長です」
「そうなの!?」
「クラブの基本年会費は税込1296コイン、プラチナ会員は年5400コインです」
「地味に高っ!」
「通常会員は年2回の総会に参加出来、プラチナ会員は更に毎月提督のベストショット集が届きます」
「本気で今初めて聞いたんだけど?」
「プラチナ会員は15名です」
「そんなに!?」
「ちなみに、プラチナ会員は全員この鎮守府に居ます」
提督はすうっと血の気が引いた。段々意味する所が理解出来てきた。
「この情報が流れれば、当然、プラチナ会員達は今の浜風さんと同じ事を言ってくるかと思われます」
提督は浜風を見た。
「浜風さんは・・その・・」
浜風はグイッと親指を立てた。
「もちろんプラチナ会員です!」
提督は赤城を見た。
「赤城さんも・・会員なの?」
「いえ、私はスタッフです」
「スタッフ?」
「総会の準備と後片付けを」
「食べ放題なんだね?」
「はい」
「なるほど」
「・・・・ん?どうしてお分かりになったんですか?」
「赤城がスタッフを買って出る程のメリットって言ったらそれしか無いじゃないか」
「失礼ですね!私は加賀の親友ですよ?」
「その親友の加賀が赤城に手伝ってもらおうと考えたら当然メリットを用意するだろう」
「うっ」
提督は数秒間考え込んだが、
「それでも私は受ける!そして、私は2つの指輪をする!」
「ええと、どういう事でしょうか?」
「1つは私がデザインを頼み、長門や加賀にあげたのとお揃いの指輪だ」
「もう1つは?」
「浜風のように、娘がくれるのとお揃いの指輪だ」
「我々3人以外の子達とはケッコンカッコカリをなさらないのですか?」
「しても、私は指輪を増やさない。私が既にしている指輪とお揃いのデザインにしてもらう」
「なるほど。提督とケッコンカッコカリをしたければ、このデザインの指輪をしろという事ですね」
「うむ。だから2つ目の指輪のデザインは、浜風に任せる!」
「ひええっ!?」
浜風は冷や汗が吹き出てきた。プラチナ会員の面々を思い浮かべる。
下手なデザインなんか採用しようものなら・・・我が身に明日は無い。
目を白黒させる浜風の肩を叩く者が居る。
振り返ると赤城が肩を掴んだままにこやかに笑いかけた。
「陸奥さんにデザインしてもらえば良いじゃないですか」
「な!なるほど!あ、あの、提督は、それで良いですか?」
「そうだね。陸奥なら良いデザインをしてくれそうだしな」
「わ、解りました。では早速!」
「気が向かなかったら止めて良いからね。無理はしちゃダメだよ」
「大丈夫です!」
駆けだす浜風を提督は見送ると、加賀の左手へそっと指輪を嵌めた。
「あ」
「加賀。鎮守府はドタバタが続きそうだが、これからもよろしく頼むよ」
加賀は目頭を拭うと、にっこりと微笑んだ。
「・・解りました」
「良かったですね提督」
声の主はにこにこ笑う間宮だった。
「あの、うん。やっと言えたよ。しかし、重婚だよね、これって」
「理由などなんとでもこじつければ良いのです」
「そうかなあ・・なんとなく罪悪感が」
「どうしても一人にと仰るなら私だけでお願いします」
「・・・意外と加賀さん、主張するね」
「ここは譲れません」
「もしかしてずっと待ってたとか?あ、いや、冗談だよ。怒らないでくれ」
「・・・待ってましたよ。ずうっと」
「え?」
「ずうっと、ずうっと。総員起こしを曲げてくださった時から」
「あぁ、加賀さんが起きられる時間に調整した事かい?懐かしいなあ」
「ええ、もう懐かしいですね」
提督はごくりと唾を飲んだ。
「・・・・そんなに前から?」
「はい」
「ずっと?」
「ずうっと」
「・・・長らく待たせて、すまなかったね」
「報われましたから、待っていた事など」
「そっか」
「はい」
「あのー、提督さん、加賀さん」
「何だい間宮さん?」
「青葉さんが猛烈にメモ取ってますけど?」
加賀が素早く弓を構えたが、そこにはキイイと閉まりつつある裏口の扉が見えるだけだった。
「しまった!喋り過ぎました!この分では号外が出てしまいます!」
がたりと立つ加賀に、赤城が声を掛けた。
「どうせすぐ解る事なのですし、まとめて伝えて貰えば良いじゃないですか」
「尾ひれ葉ひれ捏造の嵐になるのでは?」
「元ネタが既に1トン爆弾級ですから味付けも必要ないでしょう」
提督が頬を染めながら頭を掻いた。
「う、うん、確かに爆弾級だね・・・一直線の思いだからかなり照れたよ。嬉しいけど」
「あ、その、ずっとお慕いしてたので」
「よ、良く解ったよ」
「これからは、ずっと一緒に居て良いですか?」
「秘書艦は日替わりだよ?」
「毎日でも構いませんが」
「長門からもそう言われたけど断った。君の負担を考えるとダメだ。大事な人だから余計にね」
「あ、あう・・・」
「これに限らず、LV100以降も絶対に無理は許さない。演習でもダメコンを持って行くように」
「そ、それは大袈裟では」
「大袈裟だろうが袈裟がけだろうが持って行きなさい」
「・・・はい」
比叡がガリガリと首筋を掻きながら言った。
「あのー、そろそろベッタベタのラブコメは・・・痒いんですけど」
提督は照れ笑いをしながら
「ごめん」
と言うに留まったが、加賀は提督にぎゅっと引っ付いて目を瞑り、
「夫婦ですから」
と言った。
赤城はそんな加賀を見て小さく肩をすくめると、呟いた。
「恋人の頃はバカップルって言うけど、夫婦になった後は何ていうのかしらね・・・」
午後。
加賀が憂慮した通り、ソロル新報は求婚3時間後には臨時特大号として発売してしまった。
ファンクラブ会員以外もこぞってネタとして買いに来たので、
「本日発売の臨時特大号は只今増刷してまーす!お、お待ちくだ・・待って!お願い!押さないでぇぇ」
と、衣笠が群衆に潰されながら目を回す事になった。やはりツイてない子である。
そしていち早く記事を読んだ子達は指輪の進捗を確認したがり、浜風を探す。
広い島の中で1人を探すうえ、あてもなく歩き回る事になった艦娘達は、
「ぜぇぜぇ・・・浜風ぇ・・・デザインは決まったのかぁぁ」
ビスマルクは会社の倉庫に怯える浜風を匿うと、鎮守府と通じるゲートを閉鎖してしまった。
うぉぉぉうぉぉぉと鋼鉄のゲートをひとしきり揺さぶった後、艦娘達は次の行き先として、
「陸奥さぁぁぁん・・・指輪、指輪は出来たのですかぁぁぁ・・・」
と、陸奥の工房の戸や窓を叩いたのである。