艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(12)

 

希望者受付2日目が終わった夕方。

 

赤城はぼりぼりと腕を掻いた。もういい加減、ベッタベタなラブコメ展開が痒過ぎます。

同意を得ようと日向を見ると、日向は人差し指を軽く咥えながらぽつりと

「良いなあ」

と、呟いていた。

赤城はがくりと肩を落とした。どこもかしこもこんちくしょう。味方は居ないのですか。

本当に、本当にもう、誰か空爆を許可してください!

「赤城、赤城」

声のほうを見ると、伊勢が入り口で手招きをしている。

「なんですかー」

「なんか、疲れ果ててるわね」

「エネルギー吸われますー」

「あー・・傍目にも解るベッタベタのラブコメ展開ね」

「16インチの至近弾受けるより心の疲労が大きいですー」

「ところでその、聞かれて困ってる事があるんだけどさ」

「なんですかー」

「提督ファンクラブって、受講生でも入れるのか、と」

「えー」

「えーって」

「知りませーん」

「誰か解らないかなあ」

「加賀なら解ると思いますよー会長ですからー」

「すっごい投げやりだな」

「もう槍でも棒でも投げますよー」

「解った解った。そろそろ夕飯の時間だから食べてきなって」

「うー」

よろよろと歩いていく赤城を見送ると、伊勢は室内の様子をちらりと見て溜息を吐いた。

質問出来る雰囲気じゃないわね。明日出直そう。

長門は偉いなあ。ケッコンカッコカリをしてもそれまでどおりだったもの。

加賀は解りやすいラブラブカップルやってるから周囲が疲れるわ・・・

 

長門はとぼとぼ歩いていく伊勢を見つけ、声を掛けた。

「伊勢、どうした?」

「あぁ長門さん。なんかラブコメビームにやられたわ」

「ラ、ラブコメビーム?なんだそれは」

「集会場行ってみれば解るけど、お勧めはしないよ~」

「お、おい・・行ってしまった。大丈夫なのか伊勢は・・・」

長門は数秒思案したが、

「敵の新兵器なら対応を考えねばならないな」

と、集会場に向かった。

 

ガチャリと集会場を開けた長門は中を見て、ごしごしと目を擦った。

あの鉄仮面と言われた加賀があんなデレ顔をしているのを初めて見た気がする。

提督の顔にしまりがないのは見慣れてるから平気だが。

で、傍で日向は指を咥えて何をやってるんだ?

この中の誰に声をかけるといったら・・・

 

「提督、何してるんだ?」

「あ、長門。おかえり。演習はどうだった?」

長門は違和感にぞくぞくした。

普通、これだけ会話すれば加賀はすすっと離れる筈だ。

だが離れるどころか表情すら変えず、抱きついたままだ。

「あ、ああ。順当にS勝利してきたんだが・・・」

「それは何よりだ」

提督は苦笑しながらそっと加賀を離そうとしたが、加賀はびたりと張り付いて離れない。

「す、すまん。ええと、しっかり補給を済ませなさい」

長門がすうっと無表情になった。

「解った。・・・ところで加賀」

「・・・」

「加賀」

「・・なんでしょうか?」

長門はつかつかと加賀の傍まで行くと、耳元で

「喝!!!!!」

と大声で怒鳴ったのである。

「ひっ!」

「目が覚めたか!」

「あ、あわわわわわ」

ぴよぴよと頭を揺らしたままの加賀に、

「自らの愛の為に、愛する者や周囲に迷惑をかけるな!時と場所を考えよ!それが出来ぬお主ではあるまい!」

と、厳しく言い渡したのである。

加賀ははっとして提督を見た。

「ま、またご迷惑をかけてしまいました」

「んー、こういう事は、お休みの日とか、デートの時にしような。示しがつかなくなる」

「・・はい」

提督は長門の方を向くと

「すまない、私が言うべき事だ」

長門はフッと笑うと

「そうだが、私の旦那様はそういう事に長けてないからな」

「うっ」

「この位の肩代わり、この長門、いつでも請け負うぞ」

「・・・いや、これで最後にするよ」

「そうか?」

「ああ。長門の旦那はちゃんとしてるぞって、納得してもらうためにな」

長門はニコッと笑った。

「ちょっとだけ、期待しておく」

「ちょっとだけか」

「ちょっとだけ、だ」

長門はパチンとウインクすると、

「弱い所もまた、提督の一部だ。私は丸ごと受け入れると決めた。だから弱さも受け入れる」

提督、加賀、日向は長門をじっと見た。

「な、なんだ?」

「かっこいいなあ長門」

「はい」

「うむ。ちょっと惚れた」

長門は頬を染めると、

「みっ、皆してからかうな!加賀!日向!迷惑をかけるなよ!」

と言いながら部屋を出て行った。

「さぁて、じゃあ書類を金庫に運ぶかね」

「手伝うぞ、提督」

「赤城さんに怒られないかな?」

「心配要らないわ。万一の時は私が盾になりますから」

「親友同士で喧嘩しちゃダメだよ。赤城は君の為に私を叱ったのだから」

「私達、です」

「なんだ、加賀も叱られたのか」

「はい」

「じゃあ叱られた者同士、しっかりやろう」

「ええ」

くすくす笑いながら、加賀達は書類をまとめて会場を後にした。

 

3日目。

 

案の定、時間ぎりぎり、最後の最後に現れたのは時雨だった。

もう他に誰も居なかったので、提督はマンツーマンで説明すると、

「どうする?サインするもしないも自由だし、これは仮申込みだから気が変わっても平気だよ」

と言ったが、時雨は意を決した顔で

「あ、あの、か、書くよ。書くために来たんだ」

と言いながら持参したペンを握りしめていた。

「提督、そろそろ時間ですよ」

入口の方を向くと、加賀が立っていた。

「ありがとう加賀。時雨が書き終わるまで待ってて欲しい」

「では、出来ている書類を集めますね」

「頼む」

その時、時雨が顔を上げた。

「提督、書き終えたよ。1つ質問しても良いかな?」

「うん、なんだい?」

「昨日から演習申請書の提出件数がうなぎ登りなんだけど、知ってるかい?」

「・・・へ?」

「そう、だよね。事務方で代行してるから知らないだろうと思ったんだ」

「どういうことだい?」

「僕も昨日は解らなかったんだけど、きっと皆、LVを早く上げたいんだと思う」

「なぜ演習で?」

「だって提督、出撃海域は近海に限定してるじゃないか」

「あぁ、解除してないね」

「だから、特に高LVの子がLVを上げるには、演習しか手が無いんだ」

「確かに近海で百そこらのEXPを貰っても、高LVの子には嬉しくないね」

「うん」

「かといって、いきなり外洋の高難度海域に出て良いなんて言わないよ私は」

「そうかい?LV50ともなればオリョールでも余裕だよ?北方でも安定して回れると思うけどな」

「油断大敵だ。特にLV上げが目当てなら、普段はしない焦りが出そうだしな」

「まぁ、そうだね」

「だからあえて、制限は解除しない」

「それなら、演習の交通整理というか、ルール付けが必要だよ。今は先着順だから」

「骨肉の争いになるって事か」

「既に順番争いが酷いよ。今は不知火が捌いてるけど制御不能になるのも時間の問題だよ」

「解った。至急ルールを検討しよう。ありがとう時雨」

「ぼ、僕が出来るのは、こういう事だから」

「他の人は教えてくれなかった。その細やかな気遣いはそう簡単に真似の出来ない事だよ」

「う、うう」

提督は時雨の頭をよしよしと撫でながら

「ほんとに、いい子に成長したな」

と言った。

時雨はふよふよと立ち上がり、

「じゃ、じゃあ僕はしちゅれいするよ」

と、少し舌を噛みながら出て行った。

 


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