希望者受付が終わった翌日。昼前。
「でもねっ、やっぱりしっくりこないのよ!」
昼食のカレーを頬張りながら、大鳳は戻ってくるまでの経緯を説明していた。
轟沈した時は特に提督に恨みもなかったので、深海棲艦にはならなかった。
そのまま海原を彷徨い、別の鎮守府で再び大鳳として建造されたが、案の定先走り過ぎて轟沈。
それを何度か繰り返した後、ふと気づいたのだと言う。
「色々な司令官に従ってみたけど、やっぱり一番しっくりくるのは提督だって!」
すっかりジト目になった叢雲がポツリと返した。
「ワガママ聞いてくれるってだけでしょ」
「ちっ!違うわよ!それだけじゃないわ!」
加賀は溜息をついた。
「あってる事を認めましたね。それで、それだけじゃないというのは?」
「・・司令官達は、私を珍しい兵器としてしか見てなかった」
「・・・」
「でも提督は、兵器でもあるけど、それに加えて、それ以上の思いをもって接してくれた」
「・・・」
「出撃すれば敵だらけの海原で、バンバン弾撃って艦載機繰り出してボロボロになるまで戦うわけじゃない」
「そうね」
「私は何回か轟沈したけど、遠ざかっていく海面を見ながら、決まって建造からの事を思い出したわ」
「・・・」
「そしたら困った顔をしながら、それでも許してくれた提督の笑顔が一番ハッキリ思い出せた」
「・・・」
「最後に沈んだ時、提督の元に帰りたいなあって思ったら、Flagshipのヌ級になってたわ」
「え?」
「だからこっちだったかなー、あっちかなーって、ずっと海原を彷徨ったの」
「・・・」
「彷徨ってる途中で、そういえばこの格好じゃ提督に会っても解ってもらえないって気付いて」
「気付くの遅すぎです」
「うぅ、そんな事言わないでよ。で、艦娘に戻してくれる鎮守府があるって教えてもらって、ここに来たの」
「ふむ」
「工廠の人に何となく見覚えがあるなあって思ってたら提督が通りかかって」
「ふむふむ」
「あ!提督だって気づいて、東雲ちゃんに戻してもらった後、すぐに提督棟に行ったら捕まっちゃって」
「提督棟は所属艦娘以外入室禁止ですからね」
「私だって所属艦娘じゃない」
「元、です」
「むー」
「それで、天龍組に送られたんですね」
「そうよ。ねぇ加賀、これって不当逮捕でしょ?そう思わない?」
「至極真っ当というか、よくそれだけで済んだなと」
「ええええっ!」
叢雲は黙ってカレーを食べていたが、あやうくスプーンをへし折るところだった。もう限界だ!
「えー、じゃないわよ!バカかアンタは!」
「バカって言わないで!」
「バカじゃなきゃアホよ!アホー!!!」
「・・・まだ、アホならいいよ」
「え?」
大鳳はにこっと笑った。
「バカは愛が無いけど、アホは愛があるもん」
叢雲はその一言で怒気を抜かれてしまった。
そっ、か。
文月がどこまで承知でシュレッダーしなかったのかは知らない。
でも、この子は、破天荒だけど憎めない所がある。
近い人物を思い起こすと、該当した一人に溜息を吐いた。
元レ級のお騒がせっ子、加古だ。
二人を会わせてはいけない。どんな核分裂反応が起きるか・・
「おっ、大鳳ちゃん!」
・・・言った傍からコノヤロウ。
「あー!加古ちゃあん!」
知ってんのかよ!
「どったのー?」
「カレー美味しいよー」
「知ってるよー!アタシはカレーに卵を落としてもらったのだあ!」
「・・・おいしそう」
加古は大鳳の隣に腰を下ろし、テーブルに自分の膳を置いた。
「こう、卵をしゃくしゃくとほぐしてだね」
「うんうん」
「黄身のとろりとした所が一番混ざったこの辺りをすくってだね」
大鳳がごくりと喉を鳴らした。
「はむっと食べるわけでひゅよ!」
スプーンを口に入れた加古はぎゅうっと目を瞑ると
「んんー!最高でひゅー」
「わっ!私も生卵欲しい!」
「食べたいかね?」
「食べたいです!」
「仕方ない。1つ譲ってあげよう」
「わぁい!」
嬉しそうに自分の皿に卵を落とす大鳳を横目に、加賀が訊ねた。
「・・・そんなに生卵をお求めになったんですか?」
「だって6個パックしか売ってなかったんだもん」
「そもそも、どこでお求めに?」
「スーパーだよ?」
加賀と叢雲は途端にジト目になる。
「どちらの・・スーパーですか?」
「ガフェルト島のNGストアだよ?」
「いつ行かれたのです?」
「今朝だよ?」
「外出許可は?」
「外出てないよ?」
加賀と叢雲は同時にカッと目を見開くと
「ガフェルト島は立派な外です!」
と、ハモったのである。
加古は外出の定義を加賀から聞くと目を丸くして、
「や~、領海の外に出るのが外出だと思ってたよ~」
「曲解も良い所です」
「いや~参った~」
「まったく・・今度からはちゃんと許可とってください」
「はぁい、ごめんよぅ・・・あ、そうだ大鳳ちゃん」
「なぁに?」
「演習申し込めた?時雨捕まえられた?」
途端に叢雲はジト目になる。
「それ、どういうことかしら?」
「ほら、昨日から演習申し込み中止になってるじゃん」
「そうね」
「でもダメだぞーってなった後でも、時雨を拝み倒すと何とかなったって教えてあげたんだ!」
ゴチン!
「いったぁい!」
「反省しろバカヤロウ!」
叢雲はヒリヒリ痛む手をさすりながら頷いた。やっぱりこの2人、似てる。
「うぅう・・・」
「加古ちゃん、卵美味しいねえ」
「でっしょー!?」
「こう、しっかり混ぜて食べるのも美味しいよ?」
「白身と黄身を?」
「そうそう」
加賀はふぅと溜息をついた。加古はきっと、外出許可の話をもう覚えてないだろう。
楽しそうに話す加古と大鳳を見ながら、加賀は思い出した。
「大鳳を旗艦から外して欲しい?」
きょとんとする提督に加賀が答えた。
「そうです。第1艦隊から外していただきたいのです」
「なぜかな?」
「彼女は仲間の危険を顧みず、無鉄砲に突っ込みすぎです」
「まぁ装甲空母だからなぁ」
「中破でも飛ばせるからといって、わざわざ中破になりに行くような振る舞いは艦隊を危険に晒します」
「わざと被弾したのかい?」
「明らかに敵に身を晒す形になるのに、そこから発艦した方が近いからと」
「ふうむ」
「たまたま当たらずに済みましたが、明らかにセオリー無視です」
「・・・」
「提督?」
「んー、加賀の言いたい事は解ったけど、答えはNOだ」
「なっ!?何故ですか提督」
「昔ね、兵士に一番向いてる血液型はO型だって言う説があったんだ」
「は、はぁ」
「だからO型の人ばかり集められた部隊があったんだけど、どうなったと思う?」
「上手く行ったのでは?」
「いいや。結果は大敗北だったのさ。」
「・・・」
「なぜかと言うとね、戦い方がワンパターンになってしまったんだ」
「ワンパターン・・・」
「そう。その戦い方がもっとも効率が良いとなると、その戦い方しかしなかった」
「・・・」
「だから敵に簡単に見抜かれて、その対策を打たれて全滅しちゃったんだ」
「・・・」
「セオリーってのは、理屈上勝ちやすい方法だったり、経験則からの結果だったりする」
「はい」
「でも、その対策もまた、打ちやすいわけだ」
「・・・」
「だから大鳳のように、型破りの戦い方が時折混ざると、相手は対策をしにくくなる」
「ま・・まぁ、そうですが」
「だからといって大鳳の肩を持つわけじゃないよ。大鳳にも安全な行動を学んでもらう必要がある」
「はい」
「ただね、出来るだけ多種類の戦術を持つ事も、安全策の1つだと思うんだ」
「・・・」
「加賀に気苦労をかける事は解っている。すまないとは思うが、皆の為、手を貸してくれないか?」
提督が何故困った顔をしながら大鳳の様々な意見を聞くのか、そして採用するのかようやく理解した。
確かに意表を突かれれば敵は大混乱に陥る。
大鳳が敵艦隊のド真ん中を横切ると言った時も敵は結局撃ってこなかった。
あれはたまたま撃てなかったのか、あまりに予想外で準備が間に合わなかったのか解らない。
結果的に、あの行動がS勝利に繋がったのは確かだ。
大鳳の戦術は、その多くが予想外の奇天烈なものだ。
だから艦娘達もあまりに予想外で悲鳴を上げた。私もそうだ。
だが、それをうまく取り入れられたら、提督の言うとおり多彩な戦術を持てる。
自分にそこまで可能だろうか?
長考に入る加賀に、提督は言葉を足した。
「大鳳の案の肝心な部分をきちんと汲み、ブレーキを踏めるのは、加賀だけだと思うんだよ」
加賀は溜息をついた。そこまで信用されては応えるしかない。
「解りました」
「今も言ったとおり、大鳳にはブレーキ役が必要だ。必要なら遠慮なく叱っていいからね」
「そうさせて頂きます」