艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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加賀の場合(26)

 

紅白戦から1週間が経過した日の午後。

 

「長門さぁん、お願いですから仇討ってくださいよぉ」

たまたま演習棟の外を歩いていた長門は、悔し涙を浮かべる蒼龍に引き留められた。

「存分に競い合い、悪かった所を省みるのが演習であって、負けたからと敵討ちをするものではないぞ・・」

そう、長門は蒼龍を諭したが、後から出てきた飛龍や榛名達にまで

「1度!1度で良いから大鳳達が負けるのを見ないと腹の虫がおさまらない!」

と、凄まじい剣幕で押されてしまった。

長門はチラリと演習棟の周辺を見た。そう言われれば悔しげに砂を蹴ったりする艦娘達が居る。

大鳳達が強いのは良いが、今までやって来た事があまりにも通じないと鎮守府内の雰囲気にも悪影響を及ぼす。

「ふむ」

そう言いながら長門は、演習棟に入って行った。

「1回だけ戦いたいのだが、どれくらい待てばよいか?」

長門がそう言うと、今まさに始めようとしていた艦娘達がざざっと席を退いた。

「い、いや、順番は守る。そこまでの気遣いは無用だ」

と、手を振ったが、その手をぎゅっと握られ、

「勝ってください長門さん!もう頼れるのは長門さんしかいないんです!」

と、涙を浮かべながら切々と訴えられてしまった。

「長門さぁん、メンバーはどうします?」

龍田の問いかけに、長門は迷わず答えた。

「第1艦隊で臨む。招集するから待ってくれ」

第1艦隊。

旗艦の長門、2番艦は伊勢、3番艦は日向、4番艦が加賀、5番艦が赤城、最後が陸奥である。

潜水艦出没の時は加賀と赤城が鬼怒と由良に代わるが、基本はこの6隻である。

いずれも姉妹、親友同士であり、ほとんど指示しなくても阿吽の呼吸で対処出来る仲だ。

招集に応じた面々は、長門から説明を聞くと無表情になった。

「ふうん。良いよ」

と、言ったのはいつもは多弁な伊勢だ。本気になった証拠である。

大鳳は休憩室に走った。

「皆、聞いて!長門達第1艦隊が出張ってきたわ!」

まさにケーキを口に運ぼうとしていた山城の手が止まった。

「・・・そこに伊勢は居た?」

「え、ええ、居たわ」

山城はすっと席を立つと、

「紅白戦のメンバーに鈴谷を加えた6隻で戦いましょう」

と即断し、大鳳も頷いたのである。

 

「双方、兵装を選んでくださいね~」

龍田の声に日向が尋ねた。

「姉と二人で立ち向かってみたいが、良いか?」

長門はふっと笑った。

「好きにすると良い。山城を目標とせよ」

「解った」

「加賀達はどうする?一緒に戦ってもバラバラでも良いぞ」

加賀は赤城に尋ねた。

「今回は勝ちに行きたいわね。どっちが良いかしら?」

赤城がニヤリと笑った。

「一緒に行動しましょう。ただし、単横陣で、間隔を置いて」

加賀は怪訝に思ったが、親友の案に乗ってみようと思った。

「長門さん、一緒に行動します。単横陣で、間隔を広めにとりましょう」

「よし、私と陸奥で挟めば良いか?」

だが、赤城が答えたのは、別の、意外な答えだった。

「・・・そう言う事か。解った。まずはそれが通じるかやってみよう」

 

「はぁい、両艦隊、準備良いわね。兵装間違いはないわね?じゃあ10秒後にスタートよー」

 

ピッ・・・・ピッ・・・・ピピッ・・ピピッ・・ピピピッ・・ピピピッ・・ピー!

 

「始め~」

龍田の声と共に、マップが映し出された。中央に大きめの島が点在し、幾つもの海峡が縦横に走る。

長門は顔をしかめた。敵位置説明が非常にしにくいうえ、しかも島に生える木が高くて見通しが悪い。

ここは赤城の案に賭けてみるか。

「よし、最初から赤城の案で行くぞ!」

赤城はにっと笑った。

「このまま移動します。第一次攻撃隊、発艦してください!」

「みんな優秀な子達ですから」

加賀と赤城がら艦載機が放たれる。

意外な事に、全ての機体が戦闘機だった。

そして長門も陸奥も、実弾の装填を済ませ、仰角を目一杯上げたのである。

 

「まだ電探に反応は・・無いわね」

大鳳は慎重に電探の反応を探っていたが、島のエコーが邪魔をしてとても聞き取りにくかった。

既に加古と山城は見えなくなっていた。

山城は開始直前、大鳳に、

「伊勢は、あたしがやる」

と言い残したのであるが、妙な迫力を感じた。

扶桑型の改良版が伊勢型ゆえ力んでいる理由は解らなくもないが、焦らなければ良いなと案じた。

 

「艦橋が幾ら高くても、この木の高さを超えるのは無理ですね・・・」

祥鳳は忌々しげに島の大木を見回した。

「かといって木登りする訳にも行きませんし」

大鳳は頷きながら、ピクリとした。敵戦闘機のエンジン音が聞こえた気がしたからだ。

「第一次攻撃隊、全機発艦!」

大鳳はボウガンに爆戦を装填すると、次々と打ちだした。

爆戦62型は多目的航空機だ。何があるか解らない時、非常に重宝する。

祥鳳は向かってくる航空機を見て言った。

「零戦・・・21型ですね。何故?」

大鳳は行けると踏み、62型に迎撃と殲滅を命じた。

しかし、その62型が次々撃墜され始めたのである。

「何事!?」

祥鳳は空域を睨みつけていたが、やがて叫んだ。

「しまった!熟練組です!」

 

零戦21型はもう充分に古い機体である。

祥鳳が何故と言ったのは、最新鋭機に比べれば性能に劣り、わざわざ選ぶ理由が無いからである。

しかし、とても長い間零戦21型と時間を共にし、まさに手足のように機体を操る熟練搭乗員が居る。

それが零戦21型(熟練)と呼ばれる部隊である。

加賀と赤城が放った、計180機の戦闘機は全て、この、零戦21型(熟練)であった。

零戦62型を事も無く撃ち落とす戦闘能力、そして圧倒的な機数。

大鳳の背中をぞくりと嫌な予感が走り、ぶるるっと身震いした。

次の瞬間。

「大鳳さぁん、轟沈です。終了まで会話禁止ね~」

大鳳は絶句した。嫌な予感は当たったが、何があったかさっぱり解らない。

 

「くううっ!」

雨あられと降り注いだ46cm砲弾を、祥鳳は辛うじて避けきった。

命中を免れたのは初弾が大鳳を挟んで反対側に集中した事と艦の小ささのおかげだった。

至近距離で轟沈を意味するバツ印が付いた。それも親友の大鳳に。

「・・・大鳳の仇っ!」

祥鳳はキッと艦載機達を睨んだ。実に実に忌々しい。

「墳進砲、全門斉射!」

3スロットに積まれた墳進砲計90発が一斉に21型に向かって飛んでいく。

これで敵機は回避行動に移り、陣形が崩れる。一部は機体同士接触して墜落してくれるかもしれない。

いずれにせよ、艦載機が体勢を立て直すまでは弾着観測出来ない、すなわち砲撃されない。

その隙に海峡に逃げ込み不利な位置関係を立て直す。

そして温存している10cm連装高角副砲の射程範囲に入ったら可能な限り連射して潰す。

だが。

「なっ!?」

祥鳳は目を見開いた。

零戦21型の熟練搭乗員は、墳進砲をごく僅かなエルロン操作ですいっとかわしたのである。

「あ・・あ・・あああああ」

祥鳳がガクガクと震えだした。陣形が崩れなければ、弾着観測射撃が・・・

 

「祥鳳さぁん、轟沈です。終了まで会話禁止~」

祥鳳はどさりと椅子の背に身を預け、ぜいぜいと息を切らした。

墳進砲90発撃って1発も当たらないうえ、相手は微かな姿勢変動だけで進撃してくる。

今までで最も恐ろしい体験だった。

「戦いの勉強に、終わりはないですね」

祥鳳はぐいと額の汗を拭った。

 

 


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