鎮守府の外れ、真夏のある日。
「ふぅ、やっと整備完了ね!」
夕張はそう言いながら、発電機の始動ボタンを押した。
ガスタービンエンジンは回転を上げ、低音から高音へ、やがて特有のキーンという音を上げた。
給湯と発電の安定化を示すランプが点灯したのを確認し、夕張はチラリと奥の発電機を見た。
「ターボディーゼルの音も嫌いじゃないんだけどね」
あと15分程ガスタービンを回して、問題が無ければ切り替えよう。
「年1回の主系発電機オーバーホール完了、緊急系ディーゼル発電機も異常なしっと」
話はソロル鎮守府が出来た直後の4月末まで遡る。
「そっ、それは一体全体どないやねん!納得できんで!」
説明会の会場で、龍驤は説明者である不知火に喰ってかかった。
「納得されようとどうしようと、秋の終わりまで給与を2割カットするしかありません」
「なんでやねん!う、うちら毎日頑張って働いてるで!」
「仕事ぶりに対する懲罰ではありません。鎮守府の整備費用を捻出する必要があるんです」
「せ、整備費用やて?」
「はい」
「・・・・・」
抗議しているのは龍驤一人だが、説明する不知火も含めて給与カットなんて嫌なのである。
不知火は眉をひそめつつ、経緯を思い出した。
全員から給与を一部集めて修繕費用の足しにするのはどこの鎮守府でも割とやっている。
大本営から来る設備運営補助費は「補助」とついてるとおり、非常に少ない。
これで屋根の雨漏りやドックの修理、果ては交換する電球代まで出さねばならない。
だが補助比はその2割にも満たない。まったくもって足りる筈がないのである。
しかし、今までこの鎮守府では徴収してこなかった。
ずっと昔は提督が自分の給与や私財を売って支払ってきたし、事務方がそれを知るや
「お父さんに自腹を切らせていたなんて・・」
と、文月が大いに憤慨し、提督に払わせるのは今後一切ダメですと宣言した。
事務方が稼ぎ口を探し回った結果、間違って出た陸軍装備を陸軍に売り払う事を思いつく。
しかし、最初の取引の時、1桁多く間違えた見積もりを出してしまった。
送付後に間違いに気付き、事務方は慌てに慌てたが、陸軍はあっさり支払ってきた。
「今後もこのまま行っちゃいましょうね~」
龍田の一言に不知火は鬼だと思ったが、元のレートも適当だったので、そのまま取引している。
陸軍装備が間違って出る事は稀だったが、1度出れば巨額になる。
ドックが1つしかない小さな旧鎮守府なら、たまに売る程度で充分運用出来たのである。
ところが、ソロル鎮守府ではドックは4倍、食堂は2倍、教育施設等も一気に増えた。
更に陸軍装備の備蓄は「深海棲艦による取引現場襲撃事件」の後始末で全て消えた。
文字通りすっからかんの状態にまで追い詰められたのである。
一方、文月・龍田が進める電子取引所創設は大本営と陸軍という鈍亀の権化みたいな所が相手だ。
今のペースだとどう転んでも前提となる陸海軍相互協力協定の公布は8月中旬。
取引所が開けられるのは9月。
開けられれば、鎮守府を充分運用出来る収入が入るが、銀行の決済時間もある。
実際に利益を手に出来るのは10月末。そして現在は4月末。
龍驤が涙目になってこっちを向いているが、この半年間だけは本当にどうしようもない。
龍驤は抗議から妥協点の模索に切り替えた。
「な、なぁ不知火、こんなええ南国の島に越してきたんや」
「・・・」
「休日にはちょっと出かけたり、羽を伸ばしたりしたいやんか」
「・・・」
「皆もやっと引っ越しが落ち着いて、出撃ペースとかも掴めるようになってきたんや」
「・・・」
「それが最初から給料カットじゃ士気もがくーんと下がってしまうで?」
その時、不知火の隣に文月が座った。龍驤はごくりと唾を飲んだ。
しまった。「仏の文月」を召喚してしまったか?もう撤退の頃合いか?
だが、龍驤は周囲の艦娘達から撤退は許さぬというチラチラとした視線を受けた。
特に夕張はぐっと拳を握って「行って!」と強いメッセージを送ってきている。
とほほ、ウチ一人が生贄って事やん、下手打ってしもたなあと思った時、文月が口を開いた。
「正直、今度のお願いについては事務方として申し訳なく思います」
おやっという表情をする艦娘達に、文月は続けた。
「確かに、私達事務方も含めて、給料が減るのは全くもって面白くありません」
龍驤は慎重に口を開いた。仏の文月の犠牲になるのは堪忍や。
「せ、せや・・ろ・・」
「でも、お父・・提督が私財を犠牲に私達を養ってくれたのは今の規模の1/3の頃でした」
「う・・・」
「今、この規模の維持を提督御一人で半年も賄うのは不可能です」
「そ、そりゃ、そうやな・・」
「確かに、今は鎮守府の設備が出来たてですし、そんなに修繕は要らないと思います」
「・・・」
「でも、幾ら新しくてもトイレにはトイレットペーパーが要りますし」
「・・・」
「植栽や雑草の手入れも要りますし、電球が切れたら変えねばなりません」
「・・・」
「陸軍装備も引っ越し前の緊急事態の対応の為にすべて売却し、今は在庫がすっからかんです」
「あぁ・・そういやそんな事あったなぁ・・」
「最低限の維持費に切りつめても、それでも2割は頂かないと厳しいのです」
「うぅぅ・・」
「他の方法で設備維持費用に相当する金額を捻出出来るなら、このお願いをすぐ取り消します」
艦娘達は一気に隣席の子と相談し始めた。騒然とする中で夕張は長考に入り、そして龍驤は、
「維持費のNO1はどこやねん?」
と聞き、不知火が
「まぁ・・・工廠ですね」
と言ったので、
「とりあえず工廠長呼んでこよか」
と返しつつ、席を立った。