艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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夕張の場合(6)

夕張がランニングから帰ってきた1時間後。夕張の自室の前。

 

コンコンコン。

「あっれぇ・・居ないのかなぁ」

「最上さん、早いですね」

「あ、不知火おはよう。さっきから部屋をノックしてるんだけど、出てこないんだよ」

「おかしいですね。島風さんが付いてる筈なんですが」

その時。

「よっ」

「あ、摩耶さん、おはようございます」

「夕張は今、ぐっすり寝てるんだ」

「?」

「あいつ、島風と徹夜でお喋りして、寝たのが5時過ぎなんだ」

「・・・あー」

「島風に付いとけっていったアタシのミスだ。ゴメンな」

「いえ、それで良かったんじゃないでしょうか」

「そう、かな」

「友達とお喋りすると気分が良くなりますから」

「まぁ、そうだな」

「でも徹夜で話せばヘロヘロだよね」

「ですね」

「なんで夕張は体力の限界までやっちゃうかなぁ・・」

はぁ、と、最上達は溜息を吐いた。

「とにかく、進捗状況はアタシが聞いて工廠長に伝えておくから、教えてくれ」

「あ、じゃあこの報告書にまとまってるからあげるよ。既に完了、後は明日待ち」

「不知火・間宮組の方も完了とお伝えください。詳細はこれを」

「ん。サンキューな」

「いえ、ほとんどまとめたのは夕張さんですから」

「僕の方もほとんど最終確認だけだったし、簡単だったよ」

「あとは夕張さんが、明日の工事までに復調するか、ですね」

摩耶が腕組みをした。

「一体どうしたら、あいつはちゃんと休むかなあ」

「大人しく寝かせる方法ですか?」

「瞬間的に元気にさせる方法ならいっぱいあるけどね」

「反動で今度こそ倒れちまうだろ」

「否定はしないよ」

「それじゃ困るんだって」

「んー」

その時、隣の部屋の引き戸が開いた。

「んん・・・あれ?摩耶達か。ここで何やってるんだ?」

「あ、木曾、おはよう・・・寝る時眼帯外してナイトキャップ被るんだね」

「アリだろ?」

「好き好きだけど・・うん、アリだね。可愛いよ」

「お、おほん。で、何やってるんだ?」

「夕張を大人しく休ませる方法、何かないかなって」

「そんなの簡単だって」

「え?」

「耳貸せ」

木曾に耳打ちされた最上は

「げげっ!そっ、それは、お、大人しく寝るしかないけど、で、でも・・」

とガクガク震えだし、木曾はふっと笑った。

「ま、出来るとは思えねぇけどな」

摩耶が眉をひそめた。

「一体なんだってんだ?目の前で内緒話なんて好かねえんだけど?」

木曾は最上を見た。

「最上、言って良いか?」

最上は蒼白になりながら

「あ、ああいや、た、確かに確実だけど、いや、その、ぼ、僕の方にも影響が・・・」

「いーから言ってみな!」

木曾は肩をすくめると、口を開いた。

「丸ごと停電させんだよ」

数秒間、面々は沈黙した。だが。

「・・・なるほどな。夕張の趣味は全部電気が無きゃ出来ねぇ」

「ま、摩耶?電気が無いって事は冷蔵庫も電子レンジも止まるんだよ?つ、通信だって」

「そういう所だけ電気が来りゃ良いんだろ?」

「へうっ!?あ、ほ、ほら不知火、事務方だって困るんじゃないのかい?」

「電卓は電池とソーラーなので別に・・コピーもいざとなれば手書きで複写すれば良いので」

「いいっ?!」

「んー、意外といけんじゃね?」

「や、やややや止めようよ摩耶、研究班だってサーバー持ってるじゃん」

「んだから、仕事やライフラインの電気が来てれば良いんだろ?」

「あ、あうう」

「・・・最上」

「な、なにかな?」

「・・・お前も電気来ないと趣味が出来ねぇのか?」

「いっ、いや、いやいやいやいやそんな事は無いよ!?無いよ!?」

「解り易いなあ最上は」

「ぐうっ」

「ま、今日1日っていうか、明日の朝食までだって」

「お、おおぉおぉぉおぉおおぉ」

不知火が最上を見た。

「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」

「だ、だだ、大丈夫さ、大丈夫。友人の為だよ、あと22時間46分35秒,33秒・・」

「めっちゃめちゃダメそうですけど」

「あ!」

「ど、どうしました?」

「タブレットなら使える!予備バッテリを・・あ」

「???」

「Wi-fi基地局も・・ネット回線も停電だね・・・あ、あは、あはははは」

「も、最上さん?最上さん!しっかり!」

「寝るしかないね・・そうさ、解ってる事じゃないか・・・」

摩耶は頷いた。最上がこれなら夕張も観念して寝る筈だ。

「よし、提督に掛け合ってくるぜ!」

 

「へ?今日1日停電させたい?」

「おう、夕張を確実に休ませてぇんだ。非常電源は回すからさ」

提督はガリガリと頭を掻いた。

「ええと、非常電源でどこが電気使えるんだ?」

摩耶は工廠長から貰った配線図を提督の机の上に広げた。

「んーとな、通信棟と食堂と鳳翔の店は全部OK、工廠は100V系だけだ」

「配送室とか研究室は?」

「ええっと、照明だけだな。寮も一緒だ。サーバはUPS連動で自動的に電源が切れる」

「空調も切れるのかい?」

「そうだな・・・あ、提督棟だけは空調も生きる」

「なんだか悪いなあ」

「良いじゃん。非常時の給電を試してみて、勘弁ならねぇって所を直せばさ」

「実地検証って事か・・だが今からドーンってのは急すぎないか?」

「夕張は今日寝かせてやりたいんだよ」

「ふーむ・・・なぁ扶桑」

本日の秘書艦である扶桑は、ずっと小首を傾げて聞いていたが、

「インカムは停電時でも使えるのでしょうか?」

「ああ、それは大丈夫だ」

「夕張さんはお休みなんですよね?」

「ぐっすり寝てる」

「では、午後1時から、明日の朝食まで、という事では如何でしょう?」

「なるほど、皆には対応する猶予を与えるという事か」

「はい。連絡はインカムから全艦娘へ一斉放送出来ますし、お休みなら気付かれないかと」

「ふうむ。扶桑はこの話自体、どう思う?」

「夕張さんに効果があるかどうかはさておき、非常電源の検証は良い事だと思います」

「・・解った。それじゃ扶桑案で良いかな、摩耶?」

「あぁ、その方が良いと思う」

「よし。皆には私が本番前にテストしろとごねたと言っときなさい。」

「なんでだよ・・・って、そういう事か」

「矛先は必要だろうよ」

「気心知れた連中には伝えても良いだろ?」

「ま、その辺は扶桑と摩耶に任せるよ。じゃ、始めてくれ!」

「おう!任せとけ!」

工廠長は訪ねてきた摩耶の言った事に眉をひそめた。

「まったく、夕張は何をしとるんじゃか」

「一度灸を据えるのも兼ねて、しっかり休ませたいんだよ」

「まぁ、もう配線類は引いてあるし、ディーゼル発電機と直結するなら簡単じゃ」

「その辺アタシは解らないから頼んじゃっていいかな?」

「構わんよ。1300時丁度に切り替えれば良いんじゃろ?」

「おう」

「後はやっておくから、研究班とかに知らせておけ」

「サンキュー、工廠長!」

摩耶の後ろ姿を見ながら、工廠長は呟いた。

「やれやれ。夕張よ、愛されておる事を自覚しておるか?」

 


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