艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file26:憲兵ノ報告書

4月7日午後 大本営

 

「・・・・・。」

中将は3冊の報告書を読み終えると、報告書を脇に積み上げ、机の上で頭を抱えた。

報告書は憲兵隊と査察団が送ってきたものであり、それぞれ

 「艦娘自決事件調査報告書」

 「鎮守府大規模攻撃 被害状況調査結果報告書」

 「大本営直轄鎮守府調査隊 特別査察結果報告書」

と記されていた。

事件や攻撃の件は、表向きとしてとりあえずこれで良い。辻褄は合っているしな。

提督は異動扱いだから、難を逃れた艦娘達の扱いだけ考えよう。

問題は最後の報告書だ。

案の定、いや、予想以上に酷いな。

謹慎候補地調査の頃から、これでもかという程の偽装や資材横領のオンパレードだ。

さらに中将の血圧を上げたのは、艦娘や兵装の転売を示す取引の帳簿だった。

隊員や隊長の贅を尽くした調度品の写真も、艦娘達の涙の上にあると思うと吐き気がする。

隊長が既に亡くなっているのは悪運の強さ以外の何物でもないと中将は思った。

今、奴が生きてたら眉一つ動かさず対空機関砲の的にしてやったのに。

コンコンと、ドアをノックする音がした。

「失礼いたします中将さま、お部屋の掃除に参りましたぁ」

「あぁ、ありがとう。頼む」

掃除夫の作業をぼうっと見ながら中将は思いを巡らした。

大和から聞いた時はまさかと思った。信じたくなかった。

しかし、調査報告書でこれだけはっきりと示された以上、事実としか言いようがない。

私が撲滅を目指した腐敗が、まさかこんなに近くで長期間行われていたなんて。

そして懸念はもう1つあった。

調査隊の売買ルートに不明確な点が多いという事だ。

これだけ大規模な売買が行われていた以上、こちら側の協力者も調査隊だけではないだろう。

問題が広すぎる。そして公開捜査に踏み切れば海軍という組織全体が崩壊しかねない。

溜息を吐きつつ、引き出しからいつもの薬を取り出したが、ふと水差しの水が切れている事に気が付いた。

汲んで来るか。少し歩くのも良いだろう。

中将が部屋を出て行くと、掃除夫はきょろきょろと見回し、机の上の書類を手に取った。

そして室外の音に神経を注ぎながら、慌てて各ページの写真を撮っていった。

 

やがて中将は自室に戻ってくると、既に掃除夫は居なかった。

水差しを机の上に置こうとして、机の上の僅かな異変に気が付いた。

私は決して万年筆を紙の上以外には置かない。これは物心ついた時からのクセだ。

しかし、万年筆は今机の上に転がっている。出て行った時は報告書の上に置いた筈だ。

という事は、誰かが報告書を動かした?

まさか、あの掃除夫!

 

憲兵が捉えた掃除夫を身体検査した結果、超小型カメラと夥しい写真が見つかった。

すぐに尋問が開始され、掃除夫が白状したのが怪しい人物からの高額な依頼だった。

人間側に深海棲艦とつながりのある組織があるというのか?

中将は決断した。

これは、上層部会で腹を括ってもらうしかない。

 

 

4月12日朝 大本営

 

「中将、それは本当か?」

「大変残念でありますが、事実であります」

重苦しい沈黙が会議室を支配した。

会議名は「上層部会」

中将を始めとする海軍の上層部が定期的に話し合う最高幹部会だ。

調査隊の腐敗、内通者の存在、艦娘の転売組織、深海棲艦による大規模攻撃を中将は報告した。

1つでも重大事項なのに、4つも重なると議論も始まらない。

中将が口を開いた。

「最初に述べた3つの内容に絡み、改めて腐敗撲滅を提案するものであります」

別の参加者が口を開いた。

「全く異議はありませんが、世間に露呈すれば海軍の存続そのものが不可能になりますな」

中将が顔を歪めた。

「その通りであります」

「鎮守府焼失も秘匿せねばなりますまい。提督のなり手がいなくなってしまう」

「弱りましたな。対応には広域調査が出来る組織力と、高い現場判断力を持つ人員が必要だが・・」

「相すまぬが、憲兵隊にそこまでの余剰隊員はおらぬぞ・・・」

「まぁ、そうであろう。どこにもそのような優秀な余剰人員が居る訳がない」

中将はぴくりと反応した。優秀な余剰人員?

そうか、それなら復活させる筋が通る。

「居るかもしれん。いや、心当たりがある」

全員が中将を見た。

「十分広範囲に展開出来る軍事規模を有し、高い実力と統率力を持つ組織だ」

「相当信頼出来る構成員でなければ任せられぬが、その点は大丈夫か?」

「問題ない。ただ、彼らは逮捕や捜査といった権限を有していない」

「権限的にはそれでは間に合うまい。万一の際は戦闘も必要となろう」

「1箇所に強大な権限は与えたくないが、深海棲艦との交戦も予想される以上仕方ないな」

「憲兵隊長、逮捕捜査に関する特例を認めてくれないか?」

「この異常事態が終わるまでは致し方あるまいよ。ただ、あまり大っぴらにやらないでくれ」

「組織維持の資材や予算はどうする」

「権限の強さ、機動性の確保、資源提供、全ての秘匿まで必要となれば大本営直轄しかないだろう」

「大将、この組織を認めてよいものであろうか?」

「異常事態の終結までの特例措置として、これ以外の手はあるまい。よかろうよ」

「それでは、この中の誰が監督する?」

会議室が静まり返る。ハイリスクな立場である事は明白だったからだ。

中将が唾を飲み込むと、口を開いた。

「調査隊の愚行が影響している。私が責任を取りたいが、許してもらえるだろうか」

異議は出ず、中将に組織運営の全権が委ねられた。

こうして、腐敗対策用の特殊部隊ともいえる組織が上層部会で内密に承認されたのである。

上層部会終了後、中将は燃えていた。

必ず、必ず腐敗は潰す。

深海棲艦と繋がりがあるなら尚の事だ。

私の目の黒い内に全ての病巣を切り取る。

提督に全てを打ち明け、力を借りねばならない。

この戦いに負ければ海軍は滅亡の危機に晒される。最後のチャンスだ。

中将は廊下をカツカツと歩き出した。

 


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