島風がゴミ捨てに行ってる頃、駆逐艦寮、島風の部屋の前の廊下。
夕張は納得顔の文月に尋ねた。
「希望額を超えたって、どうして解ったの?」
「解説が欲しいですか?生臭い話ですよ?」
「わ、解ったわ」
「ええと、熱烈に欲しがってる人、というのは基本的に弱い立場です」
「え?」
「自分の未来が、相手の気分1つで天国にも地獄にも変わるからです」
「そ、そうね」
「夕張さんは何故値付けに困りましたか?」
「え、今後の付き合いが気まずくなったら嫌だなって」
「榛名さんがそう言う事を考えないと思いますか?」
「あ」
「もう1つ。払っても良い額の1/3という事を伝えています」
「う、うん」
「ということは、その3倍をすれば、最大幾ら払っても良いと考えていたかバレます」
「あ」
「上限額にしろ現実に払う額にしろ、あまりにも安いと機嫌を損なわれかねません」
「うーん・・まぁ、そうね。100コインとか言われたらムッとしちゃったかも」
「そして、本当に支払って良いと思っていた上限額は榛名さんしか存じません」
「そうね」
「最後に、それを強く欲しがっている人ほど、市場価格を知ってます」
「そりゃあ、良く知ってるだろうしね」
「市場価格は知ってる、余り安い額では仲間の機嫌を損ねる」
「・・・」
「よって強く欲しい程、「1/3」というキーワードはいつの間にか無視されます」
「なぜ?」
「上限額は自分しか知りませんし、高く払う分には問題は起こりません」
「あ」
「ですからそのお金は、榛名さんがお支払して良いと思う上限額なんです」
「・・そうね。即決価格に設定しようとしてた額だもん。過剰では無いけど安くはないわ」
「でも、榛名さんは安く買えたと思ってます」
「そうなの?」
「はい。思い込みですけど」
「思い込み?」
「幾ら出すかと言うのは2つの側面があります」
「というと?」
「1つは夕張さんとの関係を損ねずに手に入れる事」
「うん」
「もう1つは、それにその値段を払って良かったんだと言う自分への言い訳です」
「あ」
「希望額の1/3で良いと言われて払ったんだから、希望より安く買えたんだ」
「・・・」
「そして思わぬ形で予定より早く手にする事が出来たんだ」
「そりゃ、予定外よね」
「早く安く手に入ったと思う事で、支払った事に対する自分への言い訳は完璧です」
「うん」
「市場価格通りに払ったとしても、例えば送料や手数料が浮いたとか色々補完するものです」
「なるほど」
「いずれにせよ欲しい物が手に入ったので、榛名さんは満足なんです」
「なるほど」
「ちなみに中身の程度は良かったんですか?」
「未開封の新品よ。箱はビニールで包まれたまんま」
「それなら完璧です。中身の程度が悪いなら、その点で後悔するかもしれません」
「・・・・文月ちゃん」
「なんですかなんですか?」
「そんな恐ろしい洞察力、どこで手に入れたの?」
「龍田さんの自習ドリルですけど?」
「自習ドリル!?」
「完全勝利!金額交渉の心理と勝ち方実践トレーニング、っていう」
「物凄いタイトルね」
「完全勝利シリーズは役に立ちますよ。陸軍との交渉でもだいぶ助けられましたし」
「レベル高っ!」
「お仕事上、あちこちの交渉で負けていたら予算が赤字になるので必死です」
「・・・文月ちゃんて偉いよねえ」
「ふえ?」
思わず文月の頭をもよもよと撫でていた時、島風が帰って来た。
「ゴミ出してきたよー!続きやろうよ夕張ちゃん!」
「・・・そうだ」
「どしたの?」
「文月ちゃん、この後時間ない?」
「1時間位なら大丈夫ですよ」
「ちょっとだけ、出品先の相談乗ってくれないかなあ?」
文月は小首を傾げると数秒考え、
「売れ残り20%未満を成功として、報酬は落札額の3%で良いですか?」
「おおう。い、良いわよそれで」
「じゃあ頑張りましょー」
「ですから、E-7のコレクションケースはあえて宝石カテゴリで出品かなと」
「ほえー」
「なるほどー」
「で、早く売りたいですか?ちゃんと儲けたいですか?」
「んー・・売れそうかなあ」
「そこはなんとも・・」
「ただ、人が常に欲しい物じゃないから大勢が入札する物ではないと思うわ」
「そうすると、たまたま競らずに一発落札もありえますね?」
「だね」
「ならば希望額95%で開始、115%即決、期限6日後ではどうでしょう?」
「欲しい人は適正値より少し安く、確実に手に入れられる費用として妥当な割増上限額、か」
「開始価格で入れた人も6日間も待たされる間、次第に気になって即決をポチると」
「はい。D-18とかと一緒ですね」
「全て理詰めね。文月ちゃん凄いわあ」
「そ、それほどでもないです・・・それにしても本当に沢山出品するんですね」
「押し入れの大整理なのよ・・・」
「引っ越す前にやれば良かったじゃないですか」
「そろそろだよねって思ってたら突然引っ越しが決まったからね」
「あー、まぁ、そうでしたね」
島風がにこりと笑った。
「とりあえず、落札されるのが楽しみだねっ!」
「だねー」
「じゃあ今日はもう寝ようか・・・ん?」
夕張はPCをシャットダウンさせようとした時、メール着信に気付いた。
「ん?ナマゾンの発送連絡かな?」
確認すると、即決で落札された事を示すメールだった。
「はや」
「まだ出品してから1時間経ってないよ」
「まぁその為の即決だもんねえ」
文月が人指し指を立てた。
「明日のお仕事に支障をきたしてはいけませんよ」
夕張は肩をすくめて、PCをシャットダウンした。
「OK、じゃあランニング前に早起きしてやりましょう」
翌朝。
「・・・・・。」
「・・・・。」
島風と夕張は呆然としていた。
即決で落札された事を示すメールが大量に届いていたからである。
中には決済まで済ませた人も居るらしい。
「世の中、肉食社会なのね」
「割増でも欲しい人がこんなに居るんだねぇ」
「せめて決済後の発送は早くしてあげましょう」
「だね」
その日の夕方。
再び大量の即決落札メールを受け取った夕張は、島風に助けを求めた。
「今日1日で出品した半分が売れたの!?」
「そうなるわね・・」
「値段安過ぎたんじゃない?」
「市場価格とそんなに変わらないわよ。ただ程度はちょっと良いけど」
「ねぇねぇ、文月ちゃんに解説してもらおうよ~」
「そうね」