駆逐艦寮、現在。録画した映像を見終えた直後。
如月が言った。
「皐月さんは完全に目を開けてましたわね」
望月も頷いた。
「布団かけてたしな」
睦月も頷いた。
「足元確認してからはしご降りて行きましたし」
三日月が言った。
「あれは起きてるでしょ?どう考えても」
皐月は眉をひそめた。
「だって!僕本当に覚えてないよ!」
文月は腕を組みながら言った。
「覚えてないけど起きてるって事なんでしょうね」
弥生はしばらく考えていたが、ぽつりといった。
「物凄い、気遣い、ですね」
菊月が言った。
「睦月達の過酷な洗礼を受け続けて進化した、という事か。それにしても」
睦月達が一斉に向いた先は、文月だった。
「・・・・へっ?」
「踊るのはともかくとして、寝てる人を投げ落とすのは・・なぁ」
「幾らなんでも危険じゃねーの」
「で、でも、本当に覚えて無くて・・・」
「睦月がどうして無事で居るのかがむしろ不思議なくらいですわ」
「今の時点で痛くないの?睦月ちゃん」
「全然どこも痛くないですよ?平気です」
「睦月・・・タフだな」
「タフって言うか、そこまでされたら起きようよ」
「えー」
「それにしても、弥生の安眠を守っていたのがベッドの枠だったとはな」
「確かに中腰にならないと入って来れませんものね」
「なんか、ゲームで低能のゾンビを相手に無双プレイするやり方みたい」
「・・なんか皆さん酷くないですか?」
「やってる事が酷すぎるでしょうが!」
「ひうっ・・だって、本当に寝てる間なんですもん」
その時、弥生が言った。
「・・・結果的に、文月と睦月は、ベッドの上で寝た後は、大人しい」
菊月も頷いた。
「そうだ。私もそれは思った。最初から二人がベッドの上で寝てれば良いのではないか?」
「へっ?」
「無意識に、上で寝たいと思っていたのではないかと思ってな」
「・・・なるほど」
「今夜だけ、試してみたらどうだ?カメラ付けて」
「今度設置する時は部屋全体が見える位置に1台置きたいね!」
「そうですけど・・どこに置きます?」
「天井の角とかどうかな?あの辺りなら置いておけそうじゃない?」
皐月が指差したのは天井と箪笥の隙間だった。
「なるほど。高い所から撮れば全体が良く解りそうだ」
「で、もう1台は菊月達の部屋に置いとこうよ!」
「わ、我々の部屋か?」
「うん!」
「我々の方は何も無いぞ・・・」
「無きゃ無いで良いじゃん!意外な発見があったら面白いじゃん!」
如月は肩をすくめた。
「まぁ・・良いですけど。明日もお休みですし、今夜やってみましょうか」
翌朝。
「んじゃ、まずは僕達の部屋からだね!」
そういうと皐月は再生ボタンを押した。
「・・・お」
「文月ちゃん、今夜は静かなスタートですね」
「睦月ちゃんも静かだね」
「床で寝てる皐月ちゃんが、今寝返りを打ったね」
「掛布団を巻き取って抱き枕にしたね」
「布団・・・物凄い圧縮かけてない?」
「締め落とす勢いだよね」
「圧縮袋に入れてもああは縮まらない気がするよ?」
「あ」
「や、弥生ちゃん?ダメだよベッドの下から出て来たら!」
「ゾンビに襲われるよ!」
「もしかしてそのゾンビって、睦月と私の事ですか?」
「・・・あ、お手洗いに入った?」
「弥生ちゃん、記憶ある?」
「・・・全く、無い」
「あ、帰って来た」
「はやっ!入口からベッドまで一直線!」
「しかもベッドの枠に頭ぶつけてない!」
「寝たまま中腰になれるの?さすが弥生ちゃんね!」
「・・そんな事で褒められても・・嬉しくない」
そして映像はこの後特段のハイライトも無く、終わりを告げたのである。
如月が大きく頷いた。
「・・・凄いわ」
「何がだい、如月?」
「二人をハイベッドの上で寝かせると徘徊癖が無くなるのね!」
「は、徘徊癖・・」
「確かにそうですけど他に言い方が無いでしょうかと・・」
「これで弥生ちゃんの平和が確保されるわね!」
「え、ええと、僕の平和も確保されるよ・・」
「じゃ!これで終わりにしましょうか!」
頷く菊月達。驚く文月達。
「ええっ!?」
「こ、これから菊月達の部屋の様子を・・」
「弥生さんの問題も解決したし、もう充分じゃないですか!」
「・・・往生際が、悪い」
如月がぎくうっと固まったのに対し、睦月が笑顔で話しかけた。
「さ、早く見ましょ?」
菊月がごくりと唾を飲み込んだ。
「さ、み、皆、準備は良いか?」
「何の?」
「訂正。覚悟はいいか!」
「なんでそんなに緊張してるの菊月ちゃん?」
「万が一!万が一恥ずかしい映像が写っていたらと思うと!」
「大丈夫だって。文月ちゃんを抜くのは相当難しいから」
「・・それもそうか」
「ふええええっ!?」
「さすがに寝たまま変な踊りを踊って人を投げ飛ばすのに比べたら」
「いっ!言わないでください!」
「・・そうね。そうよね」
「よっし!じゃあ再生するよ!」
皐月が再生ボタンを押した。
「・・・皆、行儀良く寝てるなあ」
「ですね」
「・・・一時停止してるわけじゃないよね?」
「ちゃんと再生してるよ?」
「・・ほんとに動かないね」
そっと如月が溜息を吐いた時だった。
「あ」
「えっ?何してるのこれ?」
「起きたのは・・如月ちゃん?」
「ええっ!?」
「あ、三日月ちゃん起こしてる・・・」
「三日月ちゃん記憶ある?」
「ないです!あれっ!起きてる?!・・・あれれっ!?」
「望月と菊月も起こしてるね・・・二人とも覚えてる?」
「おっ、覚えてないわよ!」
「知らぬ!一切知らん!」
「あ、4人とも立った」
「円陣・・組んでるみたい・・・」
「あ、一方向に向いた」
「何するんだろう・・あ、前の人の肩に手を置いた」
「・・ぐるぐる回り始めたね」
「菊月ちゃん鼻提灯膨らませてるね」
「てことは完全に寝てるのに規則正しく周回してるって事?」
「凄いねえ。何というか、さすが菊月って感じ」
「何がさすがなんだ何が!」
「まあまあ、菊月さん落ち着いて」
「文月!何をニヤニヤしている!」
「えっ、だって、お仲間・・・」
「仲間じゃない!仲間じゃなああああい!」
「あ」
「一斉に止まったね」
「うわ、そのまま揃って布団入ったよ」
「・・・・また静かになった」
「も、もう1回あるかな?」
「もう夜明けですからねえ・・」
そのまま再生が終わるまで見続けたが、後は微かに寝返りを打つのみだった。
皐月が停止ボタンを押した。
満面の笑みを浮かべた文月と睦月に対し、打ちひしがれた表情の如月達。
睦月が引導を渡した。
「私達、仲間ですねっ!」
「いやあぁぁああぁぁあぁぁああぁあ」
その時。
ガンガンガンガン!
「何ですか何ですか?何の話ですか~?」
窓ガラスを叩きながら問いかける青葉の声に背筋が凍る程の冷たい笑顔で応じる文月と如月。
「ひっ!?」
「一切、黙秘いたします~」
「この事に触れたら・・・ソロル新報は速攻で廃刊にします~」
青葉は余りの迫力にだらだらと冷汗をかくと
「失礼いたしました~!」
と走って逃げて行った。
「これは、睦月型姉妹の秘密だよ」
「うん。外に漏らすべからず。自滅したくないよね」
「ぽろっと言わないように気をつけようぞ」
「あ、皐月、カメラから映像消しておいて」
「はーい」
こうして自分達の部屋で何が写っていたか、睦月達が語る事は一切無かったのである。