艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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最上の場合(5)

 

 

深夜。ソロル鎮守府からそれなりに離れた海原。

 

深海棲艦が赤いボタンを押した所、がががっとスピーカーから雑音が聞こえたかと思うと、

「えっとー、深海棲艦の皆さん、おはようございます。こんにちは、こんばんは」

「!?」

話しかけられるとは思っても見なかったので戸惑いを隠せない一行。

「これから私達の鎮守府までご案内します。10分後に出航します。全員乗船してください」

「鎮守府までは 5 時間を予定してます。シートに座り、ベルトを締めてください」

深海棲艦達は互いにシートベルトを確認し、それが終わった頃にポッポーと汽笛が鳴った。

「それでは、出航します」

軍艦マーチが鳴り止んだ事に安堵したのもつかの間。

キュィィィィィィイイイィィイイン!

「!?」

看板の中から聞こえるエンジン音が急激に大きくなり、全員シートに押し付けられた。

はっ!速っ!何この加速度!

波!正面から横から!波が!もろに被る!

だが、船は一切途切れることなく猛烈な加速を続けていった。

「ヒェェエェェエエエエ!!」

 

ポ・ポポ・ポポ・ポポ・・ポーッ!

自室に居た瑞鳳はあれっと思った。

あれは深海棲艦を連れてきた時に船が自動的に吹く汽笛だ。

2回目でもう応募者が居るのか?それとも故障か?

双眼鏡で船のシートを覗いた瑞鳳は呟いた。

 

「あ」

 

レンズ越しに見えたのは、シートベルトをして目を回している深海棲艦達だった。

ざっと数えて10体くらいは居る。

お、お客さんだ!夕張達研究班に知らせないと!

瑞鳳はインカムをつまんだ。

 

「ヒ、酷イ目ニ・・遭ッタ」

「そんな速かったんですか?本当にすみません」

高雄と愛宕が深海棲艦達に謝っている時、すぐ傍で瑞鳳、最上、夕張が原因を調査していた。

 

「あっ、速力50ノットに設定しちゃってた。ごめーん」

「波が穏やかな時だけ上限35ノットに設定って頼んだじゃん」

「ごめんごめん。ここだけ古い値で書きなおしちゃった」

「50ノットって瑞鳳、それエンジンの設計上限出力じゃん!」

「だねー。でも5時間も回せるって事は仕様書かなりサバ読んでるんじゃない?」

「今度は回せるだけ回してみようよ」

「60ノット位?それとも70いっちゃう?」

「船体がバラバラになっちゃうよ。今回は戻そう」

「予備が来たら高速艇造って試したいわね。とりあえず今回は最大35に戻すね」

 

深海棲艦達、それに愛宕は溜息を吐いた。

高雄がジト目で瑞鳳を向いて言う。

「あのね、折角希望者が乗ってくれるんだから、もうちょっと丁寧に運んできなさい」

「そうね、設定間違いしたのは事実だよね。ごめんなさい」

深海棲艦の方を向いて瑞鳳がぺこりと頭を下げた。最上はふむふむと頷きながら、

「そうか。波を被らないように風防も設けたほうが良いね。強化ガラスがあった筈」

それを見て、グループのボスらしき深海棲艦がやれやれといった感じで口を開いた。

「モウ、イイ。トコロデ、艦娘ニ戻シテクレルノハ本当ナノカ?」

「ええ、本当です」

「1体辺リ、ドレクライカカルンダ?1週間トカカ?」

「大体8分位ですね」

「・・・・ハ?」

「10分はかからないと思います」

目をパチクリとさせる深海棲艦達と対照的に、研究班の面々は淡々と書類を取り出した。

「じゃ、問診票を御一人ずつ書きますので、こちらのテーブルにどうぞ」

 

それから3時間後。

 

「まだ、余裕で昼前なんだけど・・・」

「全員、戻っちゃった、ね・・・」

自分の身の上に起きた事がまだ信じられない元深海棲艦の艦娘達。

「えっと、良いですか?昼食場所と本日の宿泊場所を説明しますよ~」

「は~い」

説明する夕張と艦娘達の様子を見ていた最上は大きく頷き、

「目的は達してるね。それじゃ、今夜も引き続き試験航行させよう!」

と言った。

 

 

3週間後の朝。大本営「上層部会」会議室

 

「では、最後の案件になります」

司会の言葉を、中将はあくびを噛み殺しながら聞いていた。

決まりきった話題、決まりきった結論。眠気も増すというものだ。

 

「・・・えっ!?・・・え、ええと」

司会が原稿を見て驚く様子を見て、大将が声を掛けた。

「どうしたのかね?はやく言いたまえ」

「は、はい。え、ええと、深夜に巨大な看板が出没するようです」

「・・・なんだって?」

「看板です。看板自ら航行出来るようですが、呼びかけには一切応じなかったそうです」

「ふむ。夜なのに良く看板があるなんて解ったね」

「煌々と明かりが灯り、始終軍艦マーチを大音量で流していた、と」

「・・・疲れて幻覚でも見たんじゃないのかね?」

「深海棲艦との交戦中や遠征の帰り等、複数の報告があり、全て特徴が一致しております」

「あぁその、看板には何て書いてあるのか解ってるのかね?」

「なんでも、深海棲艦を艦娘に戻すから船に乗れと」

ぶふうっ!

中将は飲みかけたコーヒーでむせ返った。

100%提督の鎮守府の仕業だ!

「どうかしたのかね中将?」

「いえ、飲もうとした時に咳が出ただけで・・げふっげふっ」

「そうか。で、艦娘への影響は?」

「ありません。ある艦隊は夜戦時に看板を囮として無事撤退出来たらしいですし」

参加者の一人が言った。

「そんな目立つ看板なぞ深海棲艦がすぐ砲撃しそうなものだがな」

「ところが、巨大な割にすばしっこいそうで、幾ら砲撃されてもかわしていたそうです」

「どれくらい大きいのかね?」

「中型貨物船並の全長、全幅だそうです」

「!?」

会議室内が大きくざわめいた。

「一体誰が操ってるんだ?神業も良い所じゃないか」

「通信には一切応じないようです。あと」

「あと、なんだね?」

「実際に深海棲艦が乗船したのをある艦隊の雪風が見ておりました」

「ほう!どうなったのかね?」

「15分程停船し、深海棲艦達が全員乗り込んだ後、急加速して航行していったと」

「きゅ、急加速?どのくらい出ていたんだね?」

「雪風の話では30ノット以上出ていたと」

「30ノット!?」

「一体全体何者なんだ?それに、深海棲艦を艦娘に戻せるものなのか?」

「わしは開発部に長く居るが、そんな話は聞いた事が無いぞ?」

「それは囮の看板で、どこかの鎮守府が一斉砲撃して船ごと沈めてるんじゃないか?」

「そんなデカイ船をイチイチ作るコストを考えたら割に合わんよ」

「一体誰が、何の為に・・・」

首をひねる列席者をちらっと見た後、中将は溜息を吐いた。

提督に確認せねばなるまい。

 

「提督、中将から通信が入っていると、通信棟から連絡が参りました」

本日の秘書艦である扶桑は、インカムに耳を当てながら言った。

「は?」

「内容は良く解りませんが、お急ぎとの事です」

「解った、すぐに行こう」

 

 


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