艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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最上の場合(8)

ハリケーン襲撃当日の夕方、空母寮瑞鳳の部屋。

 

「瑞鳳、ちょっと良いかな?」

「んー?どしたの最上ちゃん?」

「それがね、悪いニュースなんだ」

「どうしたの?」

「ハリケーンの発達が急激で、更にコースが変わってしまったんだ」

「悪いって事は・・」

「そう、今日の航行コースに被っちゃうんだ」

「自動航行だからね・・今更回収出来ないよ」

「呼び戻す機能があってもいいね」

瑞鳳は顔を曇らせた。

「その前に、帰ってこないかもね」

最上は肩をすくめた。

「それならそれで仕方ないけど、出来れば帰ってきて欲しいね」

 

その頃、現地では。

 

「オ、オイ、アノ雲ハ洒落ニナラン。コッチニ撤退シテ良カッタノカ?」

「艦娘達ノ射程圏内カラ退避スルニハ、コレシカナカッタジャナイカ・・」

 

艦娘達との戦いで劣勢になった深海棲艦の艦隊は、急速に近づいてくる雲に突き進んでいた。

背後には追撃態勢の艦娘達が居た筈だが、少し前からレーダーには映らなくなった。

恐らく巨大なハリケーンに突進するような愚行は避けたのだろう。

至極正しい判断である。

そう。艦娘達からは逃れられたが、目の前の雲は、海域は、異常だった。

遠目でもくっきり目が解るってどれだけデカいんだ?

次第に波を越える度に落ちる高さと角度が洒落にならなくなってきた。

「コレダケノ高波デハ海中モ大荒レダ。避難スル所ガ無イ。参ッタナ」

「僕達、沈ンジャウノ?」

強さを増す雨の中、袖を引っ張り聞いてくる部下に返す言葉が無い旗艦。

その時。

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

 

「・・・・?」

景色が真っ白になる程の豪雨の中、目を凝らした旗艦は看板の明かりが微かに見えた。

あれは、噂の・・・

「ゼ、全艦手ヲツナギ全速前進!真正面ノ看板ニ向カエ!」

「ナ、波ガ高イヨウ」

「進マナイヨウ」

「ガンバレ!ガンバルンダ!」

 

ちゃーららっちゃ ちゃーららっちゃ ちゃーららーららー♪

 

やっぱりそうだ。艦娘化の勧誘広告の巨大看板と、船室がある。

「サァ頑張レ!アノ船室ニ入ルンダ!」

「ウヒャッ!」

ザパァンと高波が押し寄せると、喫水線の下にある筈の看板が目の前に現れる。

そして次の瞬間、落下した船体が押し出す猛烈な波に襲われる。

それでも6体の深海棲艦達はなんとかデッキに這い登ると、右舷の船室内に入った。

「ゲホッ、ゲホッ、ゲッ」

「ダ、大丈夫カ、オ前達!」

「ウェーン、怖カッタデスー」

「ココドコデスカー?」

波の頂点から落下する時の急角度と無重力感は恐怖以外の何物でもない。

シートの固定台座にしがみ付くのがやっとだった。

だが、風防によって豪雨と暴風、そして波から解放された事で、少しだけ気が楽になった。

「ネェ!シートベルトシタラ座レルンジャナイ?」

「ソウダナ!皆シートニ座レ!」

何とか波間の穏やかな時を狙ってシートに座り、ベルトを固定すると、

「オ、オオ、何トカナリソウダナ」

そして改めて風防越しに外を見た深海棲艦達はぞっとした。

波の高さは30m以上の大しけであり、あの中にまだ居たら力尽きていたかもしれない。

「タ、助カッタ・・」

シートに固定されているという事に安堵した深海棲艦達は、そのまま眠ってしまった。

だが雨と潮ですっかり衰弱しており、動く事もままならなかった。

 

それから3時間後。

 

「おっ、おい!見ろ!船だ!」

「おーい!おおおーい!」

「近づいてくるか?」

「来てる感じだけど、気付いてるような反応が無いよ?」

「よし、皆、なんとかこちらから行って気付いてもらおう!行くぞ!」

 

先程、深海棲艦達を追い詰めていた艦娘達は、ハリケーンを直前で回避した。

しかし、暴風圏、強風圏を避け続けて航行した為に、当初予定航続距離を大幅に超過。

結果、海原の真っ只中で旗艦の戦艦が燃料切れという最悪の事態になってしまった。

周囲には島の1つも見当たらず、残りの船の燃料も僅か。

絶望的な状況で海原の先に見えたのが看板船、という訳だった。

 

「す、すまない皆、あと少し、このまま直線で行けば辿り着く!」

戦艦を懸命に引っ張る軽巡と駆逐艦達。

「いっちに!いっちに!いっちに!」

 

ちゃーちゃらっちゃっちゃらららちゃーちゃちゃらー♪

 

「軍艦マーチが聞こえるぞ!もう少しだ!」

「いっちに!いっちに!いっちに!」

 

こうしてやっとの思いで船に辿り着いた艦娘達は、左舷の船室に入った。

「た、助かった。皆、礼を言うぞ」

「なんか船体が歪んでいるが・・大丈夫なのか、これ?」

「お腹空きましたー」

「ええと・・このボタンを押せばソロル鎮守府って所に行くみたいですね」

「聞いた事が無いが・・鎮守府なら頼み込めば燃料位は補給してくれよう」

「じゃ、じゃあ押しますね」

 

ポチッ。

 

「えっとー、深海棲艦の皆さん、おはようございます。こんにちは、こんばんは」

「えっ!わっ、我々は艦娘なのだが・・・」

「きっと自動音声ですよ」

「これから私達の鎮守府までご案内します。10分後に出航します。全員乗船してください」

「あ、え、ええと、全員乗船してるのだが」

「だから、自動音声ですって」

「鎮守府までは 6 時間を予定しています。シートに座り、ベルトを締めてください」

「解った。皆、席に着いてベルトをしよう!」

「・・それでは、出航します」

軍艦マーチが鳴り止むと、次第にエンジン音が大きくなり始めた。

キュィィ・・・ィィィィイイイン!

ガクガクと船体が大きく震える。エンジンの音が不安定だ。

「頼む・・皆を・・助け・・」

緊張だけで精神力を保っていた旗艦の戦艦は、シートでがくりと意識を失った。

 

 

 


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