艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

290 / 526
扶桑の場合(2)

 

 

現在。食堂の調理場。

 

「困ったわね・・」

間宮は検品作業を終えて首を傾げていた。

「間宮さん、ちょっと頼みがあるんだけど」

「あ、提督、工廠長さん、おはようございます」

「どうしたの、困った顔して」

「それが、もち米と小豆と砂糖が何故か大量に届いてしまって」

提督と工廠長はごくりと唾を飲み、扶桑は横を向くと、

「悪戯はいけません。めっ!」

と、随分低いところに叱るような仕草をした。

「え、ええと、何か?」

「あ、あああああいや間宮さん、それ、私が買い取るよ」

「わ、わしも半額出す」

間宮はますます首を傾げた。

「へ?提督と工廠長さんがですか?いえ、間違えて届いたので返品します」

「い、いや、間違いでも何でも良いんじゃよ」

「お二人とも様子が変ですよ?」

「と、とにかく、その材料を使ってぼた餅を作って欲しいんだよ」

「ぼた餅・・あぁ、お盆の時期ですものね」

「そ、そうなんだよ」

「でもこれだけの量ですと全ての艦娘の皆様に配っても余りますよ?」

「良いの。良いから。お願いします」

「出来るだけ急ぎで頼みたいんじゃ」

「・・・あの、お二人ともお顔の色が優れないようですけど」

「なんでもない、なんでもないんだ」

「この件に深い入りしちゃいかん」

「は、はぁ・・じゃあ、よろしいのですか?」

「よろしいのです」

「作ったら箱に詰めてくれ。持って行くんでな」

「皆様に振舞われるのなら、お昼御飯の時に出しましょうか?」

「い、いいや、違うんじゃ。お重に詰めてくれ」

「はい?え、ええ、良いですけど、どうし」

「良いから!これ以上聞いちゃだめ!巻き添えになるよ!」

間宮はついに眉をひそめた。

「・・・提督、工廠長さん」

「な、なんだね?」

「ご説明を」

「じゃ、じゃから深入りは」

「気持ち悪くて仕方ありません!ご説明を!」

提督と工廠長は顔を見合わせ、扶桑を見た。扶桑は肩をすくめると

「では、私からお話します」

 

「なるほど。姫の島で犠牲になった妖精の方々への弔いの品なのですね」

「そうなんです」

「私にもお姿は見えませんが、この大量の発注はそういう事なのですね」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえ、扶桑さんが謝る事ではありませんから」

「発注書を細工した子はしっかり叱っておきますので」

扶桑がギロリと左の方を睨み、懐からお札を覗かせた。

「悪い子は、昇天ですよ?」

間宮がふうむと頷いた。

「ええと、おおよその対象数を教えてもらえますか?」

「・・・128体だそうです」

間宮は工廠長の方を向いて言った。

「工廠長さん」

「うむ?」

「工廠の妖精さんの場合、妖精さんのサイズでお一人2個でしたよね?」

「うむ。ゴマ小豆と小豆きなこを1個ずつじゃな」

「それなら128体の妖精さんの分、その2種類をご用意しますね」

提督が口を開いた。

「それはそれで、あと、手伝いを呼ぶから10名分、これは普通サイズで」

「解りました。それなら1100時にはご用意できます」

工廠長が時計を見ながら言った。

「午後から出発では帰るのが間に合わんじゃろう」

「そうですね。間宮さんにはぼた餅を頑張ってもらって、お弁当を鳳翔さんに頼みますか」

間宮が頷いた。

「では、出来上がりましたらお知らせします」

「よろしく頼むよ」

扶桑が間宮に言った。

「私の方から、もう悪戯しないよう言っておきましたので」

「ありがとうございます」

 

提督から説明を聞いた山城は即答した。

「姉様が行くならお供します」

「清々しいまでに姉思いだよね山城は」

「真っ直ぐです」

「うん、解った。じゃあ草引き要員を後6名集めてください」

「6名?」

「6名」

窓の外を見た山城はニヤリと笑った。

「そこに丁度6名居るじゃない」

提督と工廠長もつられて見た。

「6名+1だけどな」

 

「へ、草むしり?この暑いのに?」

「ちょ!?なんで島風が草引きしないといけないの?」

「お墓参りは良い事ですよ!」

「張り切って参りましょ~!」

「・・・・」

「うわー、アタシが自分で行けば良かったぁ」

「愛宕ちゃん外出中だからね」

そう。たまたま外を歩いていたのは

夕張、島風、鳥海、睦月、東雲、摩耶、そして高雄である。

さすがに妖精の東雲は可哀想と思い、提督は免除しようとしたが、

「睦月ちゃんを手伝います!」

と、元気良く返事を返したので、提督は摩耶に

「睦月達が熱中症にならないように、頼む」

と耳打ちした。

 

そして、昼過ぎ。

 

「意外と・・生えてなかったわね」

という夕張の言葉の通り、慰霊碑の周辺は草が生えていなかった。

それは皆忘れていたのだが、工廠長は周囲の地面も整地し、石畳を敷いていた為である。

よって、浜から慰霊碑までは全く草がなく、慰霊碑周辺の砂利に生えた草を引くだけで済んだ。

 

「よっし、引いた草は袋詰めしたか?」

「は~い」

「じゃあ一人一束ずつお線香を持って、そこの蝋燭で火をつけて、慰霊碑に供えよう」

一人ずつ焼香を済ませる中、扶桑が包みを手に取った。

「ぼた餅、お供えしますね」

「ありがとう扶桑、頼むよ」

「はい・・ほら、押さないの。ちゃんと数はありますからね」

何も見えない空間に叱るような仕草を見せる扶桑を見て、島風が山城に聞いた。

「誰が居るの?」

「ええっとね・・妖精かな。昔の東雲ちゃんにちょっと似てる」

「へぇ、そんなちっこい子なんだ」

「そうね」

焼香を済ませた提督は山城に訊ねた。

「なぁ、妖精しか居ないのかい?」

「そうね。大勢居るけど全部妖精みたいね」

「あの時は艦娘達も居たよね」

「艦娘達は帰属したんだと思いますよ」

「あ、そうか、そういうことか」

帰属とは、船霊として海原に戻り、Lv1の艦娘として拾われるのを待つ事を指す。

「じゃあ艦娘の子達はそれぞれ鎮守府で再び生活してるのかな?」

「まぁ昇天した子も居るでしょうけど、ここに残ってる子は居ないわね」

「そういえば工廠長」

「なんじゃ?」

「艦娘の子達は転属とか帰属とかありますが、妖精さんの場合はどうなるんです?」

「ふむ」

工廠長はぐるりとメンバーを見渡すと、

「他言無用を、守れるかの?」

こくりと頷く面々を確認すると、工廠長は一つ咳払いをした。

「姫は深海棲艦じゃったから死んだと言うたがの、実は妖精に死の概念は無い」

「・・・は?」

「妖精はの、必要とする者が居れば、ずっと生きていられるんじゃよ」

「そうなんですか?」

「うむ」

「では、今扶桑達にだけ見えている妖精達は・・」

「誰も必要としなくなって時間が経ってるんじゃろう」

「このままだとどうなるんです?」

「そうさの。今は扶桑が姿を認めて話しかけているから少し回復しておるが・・」

じっと聞き入る面々に、工廠長は

「誰もが完全に忘れてしもうたら、そのまま消えるのじゃよ」

「消えるのが、すなわち死という事ですか?」

「まぁそうじゃ。そこまで忘れ去られたら二度と戻れんからの」

「すると、あの子達が鎮守府を尋ねてきたのは・・」

「提督か、扶桑か、山城かが覚えてるのを察して、忘れないでと言いにきたのじゃろうよ」

 

うみねこが遠くで鳴いていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。