艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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扶桑の場合(3)

 

現在。旧鎮守府の慰霊碑前。

 

工廠長の説明を聞き、提督は眉をひそめながら腕を組んだ。

「切ないですね」

だが、工廠長はこう切り替えした。

「提督が構わんのなら、うちで引き取るぞ?」

「はい?」

「さっきの逆で、必要とされればどんどん元に戻る」

「・・・ええと」

「別に幽霊になったわけじゃないからの、元通りになれば誰でも見えるようになる」

島風が口を開いた。

「工廠長さん、聞いて良い?」

「うむ」

「東雲ちゃんは、どうして深海棲艦ぽくなっちゃったの?」

「必要とした先じゃよ」

「必要とした、先?」

「うむ。艦娘や人間が必要とするのと同じように、深海棲艦が必要とすれば、な」

「あ」

「深海棲艦のような被り物と、深海棲艦のような肌の色をしておったじゃろ?」

「うん」

「地上で艦娘や人間に必要とされるように、深海棲艦に必要とされたんじゃよ」

「ってことは、慰霊碑の所に居る子達も」

「再び深海棲艦に必要とされればそっちに行くじゃろうな」

「その、慰霊碑の周りに居る子達は、うちに来ても良いんですかね?」

「そこはわしには解らん」

「扶桑さん、聞いてみてくれないかな?」

扶桑は横の足元を見た。

「えっとね、私達に修理や補給をしたり、建造や開発を手伝ってくれるかしら?」

すると、扶桑の視線の先がにわかに輝き出すと、妖精達が姿を現したのである。

「あー!」

声を上げたのは東雲であり、現れたばかりの妖精の一人に駆け寄っていく。

そして手を取り合うと嬉しそうにはしゃいだ。

「東雲、知り合いかの?」

「ず~っと前、最初の鎮守府で一緒だった子です!」

「・・・と、いうことは」

「その後すぐに鎮守府が攻撃されて、私は海に落ちちゃって」

「そうか・・」

「皆は海に落ちなかったんだね」

すると、東雲と手を取り合っていた妖精が言った。

「あの時の皆は散り散りになったの。私はその後、この鎮守府で頑張ったんだけど・・」

「また攻撃されて、姫の島になっちゃったんだね」

「そう。本当に悔しかったの」

工廠長はふむと頷いた。

「のう東雲」

「はい?」

「深海棲艦の艦娘化作業を手伝ってもらったらどうかの?」

「へ?」

「今は睦月と二人じゃから休むのも大変じゃろう。じゃが大勢居れば楽になるじゃろ」

「そ、それはそうですけど・・良いんですか?」

「工廠の妖精は充分居るし、困ったら手を貸してくれれば充分じゃよ」

「そっか・・・」

「東雲と睦月の二人で、やってきた事を説明してあげなさい」

東雲は妖精達を見た。

「えっと、深海棲艦になっちゃった艦娘さんを戻すのを、手伝ってくれますか?」

妖精達はにこりと笑って頷いたので、工廠長が、

「よしよし、じゃあ皆でぼた餅を頂こうじゃないか、のう?」

と言い、妖精達はわあっと喜んだ。

扶桑はぼた餅を手に、そっと慰霊碑の周りを確認した。

ぽつんと1体きりとかで、寂しく思いを募らせてる霊は居ないだろうかと。

だが、周りには見えなかった。

「山城、自縛霊やはぐれた子は見えますか?」

姉の声に素早く応じて探し始めた山城だったが、やがて首を振ると

「・・・いいえ姉様。私の方では見えません」

「そう。じゃあ大丈夫かしら、ね」

 

その後鎮守府に戻ったところ、提督室のエアコンはしれっと動いたそうである。

提督がリモコンを手にしたままガタガタ震え上がったのは言うまでもない。

 

1週間後の朝。

 

提督は研究室を訪ねた。

「おぉ、なんだか大所帯になった感じだね!」

睦月と東雲は、今日も部屋の隅で妖精達に艦娘化作業をレクチャーしている。

「あら提督、お疲れ様です」

愛宕が淹れてくれたお茶を飲みながら、提督は目を細めた。

睦月も東雲も、可哀想な過去を背負っている。

それが今ではああして妖精達に教える立場になっている。

そのお膳立てを我が鎮守府が出来たのなら本当に嬉しい。

「あ、提督、おはようございますにゃん」

「どう?皆、解ってくれそうかい?」

「理解してくれた子はまだ1割位ですが、皆熱心に聞いてくれるので、そのうちには」

「そうか・・そうだな」

以前、夕張や工廠長が凄まじい作業と言った通り、艦娘化手順は説明するのも一苦労なのだ。

しかし、姫の島で数々の兵装を開発し運用した熟練妖精達は少しずつ理解し始めた。

飲み込みの早い者は準備プロセスを手伝ったりしてくれているそうだ。

少しずつ、少しずつ。

 

一方。

 

島の森では、休日を利用して扶桑が森林浴をしていた。

森の奥深くで山城と二人、地面にゴザを敷いて座り、大木に背を預ける。

木漏れ日の中、森の澄んだ空気を胸一杯に吸い込んでは、そっと吐く。

目を閉じる。

鳥の声、遠くの潮騒の音、木が水を吸い上げる音。

そういった諸々を耳にしながら、森の空気を吸い、吐く。

ふと扶桑が隣を見ると、山城が寝息を立てていた。

「あらあら、先程目覚めたばかりだというのに・・・」

だが扶桑は、山城を起こさなかった。

「今日は折角のお休みの日ですもの、ゆっくり眠っても良いですよ、山城」

くすっと笑うと、再び木に背を預けた。

小鳥が頭上でさえずっていた。

ふと、扶桑は左手を木漏れ日にかざした。

薬指には提督から貰った小さなリングが収まっている。

リングを見ながらぽつりと呟く。

 

「提督は提督らしく、最後の日まで私達にお命じください。胸を張ってお引き受け致します」

 

そう。

扶桑は心から、その言葉の通りに思っている。

 

扶桑型戦艦1番艦、扶桑。

日本独自の設計、世界初となる3万トン超の戦艦であるなど、建造中は期待を一身に浴びた。

しかし、時の悪戯で最後まで艦隊旗艦を拝命出来ず、山城が長くドックに居た事も災いした。

欠点ばかり言われるようになったのである。

そんなに酷い欠点じゃないはずだと扶桑は静かに涙していた。

だが、艦娘として着任した日、提督はこういって迎えた。

「おぉ、立派な船だねぇ。ようこそ我が鎮守府へ。歓迎するよ」

この人は批判しないかもしれない。

扶桑は警戒を完全には解かず、時間をかけて提督を観察していった。

やがて山城も着任し、航空戦艦になり、錬度も上がった頃、山城がぽつりと漏らしたのである。

「欠陥戦艦て言われ続けるのは辛いのよ」

提督は頷くと大本営から艤装の仕様書を取り寄せ、工廠長と首っ引きで調べ始めた。

何週間経っても提督は原因調査を諦めなかった。

「待ってなさい。必ずや問題を何とかしてあげよう」

山城はポーズだけだと肩をすくめたが、扶桑は観察結果からそうでもないかもと思っていた。

さらに数ヶ月が過ぎたある日、提督が嬉しそうに部屋を訪ねてきた。

「扶桑!山城!ドックへ来てくれ!多分いけるぞ!」

半信半疑のままドックで下ろした艤装に妖精達が改装を始めた。

「作業と検査で6日はかかるから、1週間経ったらまたおいで」

扶桑は他の人の修理を優先してくださいと提督に言ったが、

「大丈夫。この対応が終わるまで出撃を取りやめてるから破損した子は誰も居ないんだよ」

という答えに目を丸くした。

私達の改装の為に出撃を取りやめていると言うのか?

1日が過ぎ、2日経った3日目の朝。

扶桑は目覚めた時、ある変化に気付いた。

いつも起きぬけは首と太ももが張って痛かったのに、今朝はそれがない。

この痛みは物心付いたときにはあり、毎朝ゆっくりストレッチしないと治らなかったのに。

まさかとは思ったが、他に思い当たる節が無い。

提督の改修作業が功を奏しているのだろうか?

艤装を外した扶桑自身は船霊であり、実際の船は艤装部分である。

扶桑自身の健康は艤装部分の問題が無いほど良くなる。

問題とは、敵に攻撃されて破損した事も、元の設計が悪い欠陥もどちらも含む。

だから山城は自分よりも実は体が弱い。

扶桑がドックを訪ねると、提督は指揮机に伏して眠っていた。

手にはペンを持ったまま、手元の明かりは煌々と点いていた。

にわかには信じがたいが、もし自分の欠陥を本当に治してくれたのならば。

 

「その時は提督、扶桑は永遠にお供する事を、お約束いたします」

 

落ちていた毛布を提督の背中にかけながら、扶桑は提督に語りかけた。

さらに3日経ち、指定の144時間が過ぎた。

山城を連れていった扶桑は、山城と共に艤装を背負い込んだ。

なんというか、軽い。ずっと軽くなった。

「山城、いけるかしら?」

山城も変化には気付いたようで

「そういえば、最近背中の痛みが無いんです。艤装背負ってないからかと思いました」

「いいえ、きっと欠陥を提督が見つけて、直してくれたんでしょう」

「あんな短時間で?」

「6日間もかかったんですから短時間とは言えませんよ」

「私が前、どれだけドックに居続けたかを考えれば短いです」

「・・そうね。でも」

「でも?」

「痛みが減るのは良い事ですよ。提督のおかげなのでしょう」

「まぁそうですけど」

山城は姉の様子が変わった事に気づいた。妙に提督を庇っている。

あーあと溜息をつく。あんなおじさんに惚れるなんて。

姉は完璧なのだからもっと良い人と結ばれるべきなのだ。

でも、と山城は思いなおした。

姉様が好いた相手なのだ。姉の気持ちを尊重しようじゃないの。

 

その後、演習をしてみて扶桑と山城は歴然とした違いに気づいた。

体というか、艤装の取り回しが軽い。軽いと言う事は動かしやすく止めやすい。

更にはマニュアルに記された被弾危険個所が減っている。

砲台稼動部等にはケブラーの布で覆われ、弾薬や機構は厚い装甲に包まれた。

「もう欠陥戦艦なんて言わせないわ」

山城の言葉に頷きながら、扶桑は思った。

提督に言える日が来ようが来まいが、本日只今から扶桑は提督に全て捧げます。

 

扶桑は目を開けた。

改めて自分の左手を見る。

見るだけで幸せになれる、愛する人から贈られた小さな指輪。

何度見ても嬉しい。

長い間見つめ続けていた扶桑は、やがて山城と同じく静かな寝息を立て始めた。

木漏れ日は二人を柔らかく照らしていた。

 




扶桑編、終了です。
ちょっと短いので、続編があるかも。
今回は過去の経緯と姫の島の妖精達の後日談を押さえておきたかったのでご登場頂きました。
一部訂正入れました。

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