現在。工廠。
ドックで勧誘船をメンテナンスしていた最上に、加古が声を掛けた。
「やっほ~、最上ぃ~」
「やぁ加古、どうしたんだい?」
「なんか面白い看板乗せた船を作ったんだって?」
「これの事かい?」
「おぉ!ほんとに看板だ!予想以上に巨大だったから気付かなかった!」
「でも、第1世代は幅がこれの倍近くあったんだよ」
「倍?!」
「うん。それを見てた僕からすると今は普通だよ」
「へぇー。で、今はメンテナンス中?」
「そうそう。あ、三隈、そのメガネレンチ取ってくれるかい?」
「はいどうぞ。加古さんこんにちは」
「クマちゃんやっほ~」
ボルトを締めつつ、最上が毒付いた。
「しっかし、どうにかならないかなぁ、たくもう」
加古が首を傾げた。
「なんかあったの?」
最上が振り向いた。
「宣伝の為には低速で長距離航海させたいんだよ」
「だね」
「でも、希望者が乗ったら鎮守府に速やかに送りたいんだよ」
「なんで?」
「だってボタン押して20日後に鎮守府到着って言われても切ないじゃんか」
「おぉ・・そんな答えが来たら帰っちゃうね」
「だろう?」
「納得」
「で、低速には低回転ディーゼルが向いてるんだけど、超高速にはガスタービンが向いてる」
「まぁね」
「両方積むのはコストがかかり過ぎるし、低回転ディーゼルじゃ攻撃が回避出来ない」
「そりゃそうだ」
「だから今はガスタービンのみなんだけど、低速航行用の減速機負荷が激しいんだ」
「ほとんど低速だろうからねぇ」
「5回に1回ずつ帰って来た時に減速機をオーバーホールしなきゃならない」
「そんなに酷使してるのかぁ」
「その度に後部をバラすから再出航までの時間が遅くなるし、どうしたもんかってね」
「減速機をパッケージにしてアッセンブリ交換すりゃ良いんじゃない?」
「・・・そうか。出航後に引っこ抜いたパッケージをオーバーホールするんだね?」
「そう。あとは、ボタン押した子を別の手段で送るとか」
「別の手段って?」
「例えばこの船は低速ディーゼルで巡回のみとするっしょ」
「うん」
「で、勧誘に応じた子達はシートに座ってボタンを押すと」
「うんうん」
「シートだけパカンと外れて打ち上がるとかさ」
「緊急脱出装置みたいにかい?」
「そうそう」
「長距離かつ精密な射出制御は厳しいよ。成層圏まで打ち上げたら気圧制御もいるし」
「んじゃー、横に飛ばす」
「例えば?」
「ええっと、あれなんて言ったっけ、カスピ海の怪物」
「エクラノプランかい?」
「そう!それそれ。あいつなら積載物が多くても時速500km位出せるでしょ?」
「うん。確かに船は台船形状だから、エクラノプランを乗せられるけど・・」
「けど?」
「エクラノプランが行っちゃった後の船を見つけた子は切ないよね」
「・・・台船だけだもんね」
「あと、海が大しけの時はエクラノプランは飛び立てない」
「おおう致命的!」
「だけど減速機のパッケージ化は凄く良いね。早速検討してみるよ。ありがとう」
「うんうん。ところでこの船って今どこまで行ってるの?」
「ボタンが押されなければ、2週間くらいかけて太平洋の真ん中くらいまでかな」
「・・・あのさ」
「なんだい?」
「もっと伸ばせるの、それ?」
「燃料タンクを増やせば行けるよ」
「・・てことはさ、太平洋輸送ルート作れるって事?」
「んー、機動性が悪くなるからあんまり大量には積めないよ」
「どれくらい積めるの?」
「積載量で言えば、アントノフ2機分だね」
「ええと・・何トンだっけ、あいつ」
「おや、度忘れなんて珍しいね。アントノフの積載重量は600t。これは1200tだよ」
「そうだった。1隻幾らくらいするの、これ?」
「第2世代は単純なSWATH船型だから・・6000t級の高速フェリーと同じ位だよ」
「燃料コストは?」
「満載かつ、最速航行または攻撃回避状態でリッター100m」
「うわう。燃料の種類は?」
「軽油さ」
「うーむむむ、12000t運ぶのに軽油でリッター10mか・・・」
「これでも結構改善してるんだけどな」
「混載フェリーの倍の運賃を払うか、か・・・」
「何の事だい?」
「太平洋横断便を当時のフェリーの倍の値段で復活させて需要があるかって話」
「それはきついんじゃない?あの頃はコンテナ船やRORO船とかもっと安い手段があったし」
「でも確認したいなあ・・誰に相談したらいいと思う?」
「解んないけど、事務方辺りに聞いてみたらどうかな?」
「よっしゃ。ありがと最上!」
「どういたしまして。こちらこそありがと!」
「た・・・太平洋海運ルートが復活出来るんですか?」
加古の話に文月は目を剥いた。
「ただ、最低運賃は少なくとも混載フェリーの倍、いや、3倍近いと思うんだ」
「ええと・・最大積載量は?」
「1隻1200t」
「少なっ!」
「まぁ攻撃回避性能を維持する為だからねえ」
「一般的じゃないので、需要があるかどうか、ちょっと聞いてみますね」
「お願いしちゃっていい?」
「はい」
「じゃ、よろしくぅ!」
加古は再び最上の部屋を訪ねると、船の図面のコピーを貰って帰った。
加古は元々別の鎮守府の所属艦娘だった。
当時から戦術も含めて奇想天外な案を考えたかと思うと、すぐに実現しようとする。
最初は無理無理と言っていた周囲も実例を見て、「加古ならやるかも」と思うようになった。
だが、当時の司令官は伝統ある戦術を順守する事を好み、事ある毎に対立した。
対立は激しい憎悪にまで発展し、艦娘達とも疎遠になり、ついには幽閉されてしまう。
悶々とする中、轟沈時に強い思いがあると深海棲艦になると知った加古は肚を決めた。
あえて見つかるように脱獄し、制止命令をわざと無視し、自分を撃たせたのである。
「自分が思う通りに動きたいだけなんだ。お願い、お願い・・・」
沈みながら加古は強く強く望んだ。
そして深海棲艦のレ級として生まれ変わった加古は、奥深い海域で散々艦娘達を振り回した。
「ホゥラ、ヤッパリコノ戦術正シイジャン。アレモヤッテミヨウ」
こうして艦娘達を恐怖のどん底に引きずり込んでいたが、ある日ふと気づいた。
「ンー、ソロソロ戦法ノ検証モ飽キタナア。開発シタイナァ」
そう。深海棲艦の側では兵装や装備開発は行えないのである。
轟沈時に持ってきた装備を元に複製し、皆に持たせるというやり方だったからだ。
だが、加古は元々そっちの方が好きだった。
「開発シヨウヨ~、サセテヨ~」
当時のボスだった戦艦隊のル級に申し立てても
「開発スル装置ガ無イカラネエ・・・ゴメンネ」
と、肩をすくめられた。
以前の司令官に比べればずっと理解のあるボスだったので加古は我慢していたが、
「開発シタイナァ、開発~」
とは思っていた。
そんなある日、ボスのル級が艦娘に戻ると言い出したので、加古は迷わず言った。
「僕モ一緒ニ行ク!皆ニモ話セバ、皆デ鎮守府ニ行コウッテナルヨ!」
深海棲艦生活も飽きた!艦娘に戻ってどこか良い鎮守府を探そう!
そして提督の居るソロル鎮守府で艦娘に戻ったのである。
艦娘に戻った後、加古は進路の回答を保留にしたままソロル鎮守府をぶらぶらと歩いていた。
ここは前の鎮守府とは随分様子が違うと思ったからだ。
前の鎮守府ではビシビシと張り詰めた雰囲気で、食事も休憩も全て司令官から指示された。
だが、ここはやけに提督の影が薄い。
艦娘化の作業でも提督は艦娘達と混ざって見学してるだけで、何も指示しなかった。
売店や食堂も間宮が一人で仕入れからメニューまで全部仕切っている。
教育棟では艦娘が艦娘に教えている。
事務方は提督の業務を代行までしている。これって良いんだっけ?
そもそも、自分がぶらぶら歩いていても誰一人として咎めない。
「変な鎮守府だなあ」
広い砂浜で寝転び、見聞きした事を振り返っていると声を掛けられた。
「・・・加古?」
視線を向けると、そこには古鷹が居た。