艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

299 / 526
赤城の場合(3)

現在、朝、戦艦寮長門の部屋

 

 

「どうした伊勢、赤城。珍しいな」

部屋を訪ねると、長門は本を読んでいたのだが、伊勢は本に釘付けになった。

「あ、あのさ・・長門」

「なんだ?」

「どうしてそんな本読んでるの?」

長門の持つ本には「奇天烈な発想をモノにする5つの方法」と書かれていたからだ。

質問を聞いた長門はうんざりした顔になった。

「あぁ、聞いてくれるか?」

「もちろん」

「・・提督がな、脱走をしなくなった」

「そういや最近しないね」

「それ自体は大いに結構なのだが、代わりに知恵比べを挑まれるようになった」

「知恵比べ?」

「たとえば、これだ」

長門から伊勢に手渡された付箋には

 

 かゅいほてをこちえげりゆ

 

と、書かれていた。

「なにこれ?断末魔の絶叫?」

「これは暗号なのだ。五十音の同じ行の1文字後の文字にすると良い」

「1文字後?」

「”か”なら”き”、”ほ”なら”は”だ」

伊勢はすぐさま赤城に手渡しながら言った。

「赤城、あげる。あたしこういうのパス」

赤城はじっと見つめながら、

「きょ・う・は・と・ん・か・つ・お・ご・る・よ・・今日はとんかつ奢るよ!」

長門はうなづいた。

「そうだ。良くそらんじて言えたな。私は紙が無いと解けなかった」

「ルール教えてもらいましたからね」

「ま、そういうわけだ。これが秘書艦になるたびに1枚ずつ来る」

「毎回同じルールなら、解読表を作っておいたら良いじゃないですか」

長門は肩をすくめた。

「あの提督だぞ?毎回違うんだ。前回はいろはの1文字前で降参寸前まで追い込まれた」

伊勢は首を傾げた。

「聞けば良いじゃん。解んないって」

長門が眉をひそめた。

「言えば「おや、降参か?解読は1番でなくて良いのかな?」って返されるんでな」

赤城は頷いた。

提督は長門の負けず嫌い&1番が大好きな事を十二分に知り尽くしている。

私なら「全く気にしません!」と胸を張って答えるだろう。

だが問題はそこではない。

「ところで長門さん!」

「な、なんだ?」

「とんかつ美味しかったですか?!」

「えっ?あ、ああ、そりゃ鳳翔の店のだったから美味しかったぞ」

伊勢も口を揃えた。

「鳳翔さんの店でとんかつデート!?」

長門は首を傾げた。

「晩御飯を共にしただけだ。それがどうしたというんだ?」

伊勢は赤城を向いて言った。

「ダメだよ赤城!きっとこっちが普通だよ!」

「ですよね!」

長門はますます首を傾げた。

「一体何の事なんだ?」

伊勢がキッと長門に向かって言った。

「ねぇ長門!聞いてよ!」

 

「き、気持ちは解るが・・二人ともそこまで照れなくても良い気がするな」

長門の答えに頷きながら、伊勢はさらに質した。

「長門は提督とおやつとか食べてるの?」

長門は困った顔を返した。

「私はそのような習慣が無いし、茶を淹れるのは苦手でな」

「苦手なの?」

「どうしても苦くなってしまうのだ」

「どうやって淹れてるの?」

「その・・茶葉をぬるま湯でふやかせば良いと聞いてな、20分位漬けたのだが」

「あー」

「何が悪いかもう解るのか!?」

どう説明したら良いのかと悩む赤城に対し、伊勢は

「提督室の隣の給湯室で良いんだよね?」

「うむ」

「じゃあさ、一旦湯を沸かすじゃん」

「ま、待てメモを取る・・・よし、沸騰までで良いのか?」

「沸騰までだよ」

「うむ。それで?」

「お湯呑に8割の辺りまで注ぎます」

「白湯をか?」

「そう」

「う、うむ。それで?」

「急須を取り出して、茶葉を1匙入れます」

「そ、その時になってから急須を出すのか?」

「その時です」

「わ、解った。それで?」

「そしたらお湯呑から急須に湯を移します」

「全部か?」

「全部です」

「う、うむ、それで?」

「砂時計を急須の隣に持ってきます」

「窓辺にあるやつだな?」

「そうです」

「さ、最初から用意してなくて良いのか?」

「いいんです!」

「わ、解った。それで?」

「急須の隣に置いたらひっくり返して3分カウントします」

「うむ」

「そしたらお湯呑に、1/4ずつ交互に入れます」

「1/4ずつ、交互にだな?」

「大体ね。そして3/4まで入れたら終わりです」

「つまり・・3回ずつ入れるんだな?」

「3回ずつです」

「急須に余ったらどうしたら良い?」

「もし余ったら、自分の湯呑に入れて」

「なるほど」

「そしたら急須を洗って仕舞い、砂時計も戻します」

「提督に出す前にか?」

「そうです」

「う、うむ。解った」

「そしたらそれで出したら良いよ」

長門は走らせたメモを見るとうむと頷き、

「やってみるか。礼を言うぞ伊勢!」

「こちらこそ、普通の感覚を取り戻せたよ。ありがと!」

赤城はなるほどと頷いた。

わざと手順を前後させているのは、それで湯を冷ましたり茶葉が開く時間を稼ぐ為だ。

給湯室の砂時計は3分用だ。

淹れる時間は3分ではちょっと足りないが、かといって6分は長過ぎる。

恐らく同じ手順で日向にも伝えたのだろう。

これなら解りやすいし、後で今取ったメモを見返しても同じように淹れられる。

さすが日向を妹に持つ姉だなと思った。

 

長門の部屋を辞し、廊下を歩きながら伊勢は言った。

「あれくらいのリアクションが普通だよね」

赤城も頷いた。

「普通と言うか、すっかり慣れている感じでしたね」

「カッコカリまでの間、散々振り回されたからかなあ」

「あぁ、脱走とか一人で対処されてましたよね」

「ま、あたし達が面倒だったってのもあるけど」

「何というか、関わらない方が提督が喜ぶ気がしましたよね」

「うん。提督もハッキリ言わないんだけどさぁ」

「明らかに長門さんにかまって欲しがってましたよね」

伊勢がビシリと赤城を指差した。

「そうそう!それ!ピッタシ!」

赤城は溜息を吐いた。

「ほんとにまったく、どいつもこいつもですよ」

「そこから長門は外して良いよね」

「ま、そうですね。あと伊勢さんも」

「ありがと。長門はさすが鎮守府最高艦娘だよね」

「認めざるを得ませんね」

二人はうんうんと頷きながら、途中で別れると、それぞれの部屋に帰った。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。