艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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file03:工廠長ノ決断

3月30日朝、鎮守府

 

おかしい。

鎮守府の妖精を束ねる工廠長はしきりに自分の顎髭を撫でていた。

工廠横にある妖精の休憩室では、椅子はおろか床まで突っ伏して寝る妖精達で溢れている。

併設の妖精病院でも高速建造材を使い続けた事による火傷など、担ぎ込まれた妖精で満員だ。

「医療妖精を殺す気か!全員入院させるつもりなら艦娘より先に入院棟を増設したまえ!」

般若の表情で病院長が怒鳴り込んできたのは4時間も前の事だ。

あれから何人送り込んだか覚えてない。忙しすぎて病院に見舞いにも行けない。

この鎮守府では艦娘の制作能力向上も訓練項目に入っているので、ほぼ毎日稼働してはいた。

その数はせいぜい日に5隻、開発も似たようなものだった。

しかし、この24時間に限れば、それは1時間の成果にも満たない。

開発数は100の大台をとうに過ぎている。

失敗ペンギンも大量発生しているが、艦娘が遠洋に放すべくピストン輸送している。

建造で2時間以上かかると見積もれば、即座に高速建造材が投入される。

一体何本高速建造材を持っているんだと在庫を確認したら3桁の数字が見えてぞっとした。

要員配置はもはや曲芸状態で、爆睡している妖精を叩き起こして交代させる有様だ。

間違って戦車や歩兵銃を呼び出してしまうなど、ミスも増えてきた。

指令書を何度見かえしても正規の書類であり、提督の承認印もちゃんと押してある。

提督は一体何を考えてこんな指令を発したんだ?気でも狂ったのか?

オーダーする艦娘だって交代してるとはいえ徹夜態勢でヘトヘトじゃないか。

霧島が立ったまま寝てるなんて初めて見たぞ。思わず瞼に目を書いてしまったじゃないか。

一緒にいた比叡は笑い転げていたが、犯人扱いされて霧島に追いかけられてたっけ。41cmは当たると痛いに決まってる。後で羊羹でも差し入れて詫びとくか。

いや、そんなことはどうでもいい。

このまま手をこまねいてるわけにはいかない。

うちはブラック工廠じゃない。品質へのこだわりもある。

まだ大怪我をした妖精が居ないうちに、事故が起きる前に、打てる手を打つしかない。

目を瞑り、しばし考える。背に腹は代えられない。恥も外聞もあるか。

工廠長は受話器を上げ、ある番号にかけた。

「もしもし、わしじゃよ・・・うむ、そうじゃ。体制が崩壊しかかっとる。限界が見えとるんじゃよ」

「そうじゃ。これ以上やるなら外部にも応援を頼まざるを得んよ。費用が掛かるぞい」

「多少でもペースを落とすなら・・解った。言っておくが、本当に物凄い額になるからの?良いんじゃな?」

受話器を置く。

よし。大番頭に許可は取った。やってやろう。

事務官を数名呼び出す。

「新設鎮守府へ技術指導に行かせている熟練妖精達を呼び戻せ。大至急だと伝えよ」

「はいっ!」

「休暇中の妖精も全員召集。これまでの8時間毎3交代から7時間毎4交代に変更じゃ」

「しょ、承知いたしました!」

「他の鎮守府から大型艦製作用の耐火作業服を借りてこい。全員に着用させる」

「借用費用が凄まじい事になりますが・・・」

「許可は出とる!命が最優先じゃ!なりふり構わずやれっ!」

「は、はいっ!」

全額請求してやるぞ。いや、3割増じゃな、3割増。

それだけじゃ物足りんのう。

終わったら全員ボーナス貰って1カ月バカンスとしゃれ込もう。

わしの本気、とくとご覧あれ、じゃよ。

今の妖気に満ちた工廠長の姿を見たら、flagshipのヲ級さえ裸足で逃げ出したに違いない。

 

もう一方で、受話器を置いたのは長門であった。

傍らで作業する不知火に呟く。

「普段からの信頼関係醸成は大事だな」

「妖精達は大番頭と呼んでいるそうですね」

「もう少し女らしい呼ばれ方をしたいものだがな」

「国民的ヒーローだから良いじゃないですか」

「ヒ・ロ・イ・ンだ、ヒロイン。頼むから間違えないでくれ」

「そうですね。押入れの奥にウサギのぬいぐるみを仕舞ってるくらい乙女ですものね」

「・・・なぜ知っている?」

「おや、噂は本当でしたか」

「くっ、むっ、むむぅ~~~~~っ!!!」

真っ赤になって恥じらう長門さん、なかなかレアで可愛いです。

御代わりも欲しいですが命も大事。引き時が肝心。

さて仕事仕事。

 

 

3月30日朝、鎮守府内空母寮

 

「加賀、時間よ。起きられる?」

「う・・」

開いた眼の先に、ぼんやりと赤城の姿が見える。

ここは加賀の部屋。夜明け近くに帰還した加賀は、何もせず布団にもぐりこんで寝てしまった。

布団が既に敷いてあったのは、赤城の気配りだろう。

「大丈夫、心配ない・・」

昨日の成果はほぼ満足出来る内容だった。

しかし、今日、明日と時間が進むほど艦娘も妖精も疲労が蓄積する。失敗も増える。

最終段階での余裕の為にも、今日出来るだけ成果を先取りしなくては。

「今日の秘書艦は扶桑さんよね」

「ええ、今日必要な計画はしっかり理解してもらってます。」

加賀は2・3回頭を振った。ようやく意識がはっきりしてきた。

「さぁ、お雑炊を頂きましょう。鳳翔さんの特製よ」

赤城が傍らの土鍋を開けると味噌の香りがふわりと漂う。

くぅとお腹が鳴った。そういえば昨日の昼以降は何も食べてない。

「ありがとう、赤城。頂きます」

「はい、召し上がれ。私も頂きます」

雑炊を口に運びながら、ふと壁のカレンダーを見る。

「あと2日、か」

「あと2日ある。きっと間に合うわ」

「そうね、間に合わせないと」

「皆の為に、ね」

「・・・美味しいな」

「ええ」

それきり二人は黙って食事を進め、しばらくして。

「御馳走様でした」

「お粗末さまでした」

加賀は蓮華を置くと、すっと立ち上がった。

「では、長門の所に行ってきます」

「行ってらっしゃい。」

 

隣の棟に入り、ある部屋の扉を開ける。

ここは戦艦寮にある長門の部屋。

長門はこの鎮守府の艦娘中最も高い練度、火力、装甲、装備を誇る文字通りの最高実力者だ。

普段は質実剛健で片付いた部屋だが、今は急遽運び入れられた机と椅子、書類に埋め尽くされていた。

書類の山の奥にいるのは不知火を中心とする事務方の面々だ。

提督と共に活動する秘書艦は普段と同じ通常業務をこなすので手一杯となってしまう。

この為、各班が遠征で集めた資材を提督へ報告する「表向き」と計画に使う「裏向き」に振り分けたり、不足分の資材を今日どのような遠征に埋め込むかといった処理はこの事務方が一手に引き受けていた。

長門は各班や事務方の艦娘達から次々と報告を受け、指示を返していた。

「おはよう加賀。少しは休めたか?」

長門は加賀に労いの言葉をかけた。帰港してから4時間も経っていない。

「大丈夫です。資材に問題はありませんでしたか?」

「問題どころか今日の遠征を減らせる程だ。不知火も太鼓判を押している。礼を言う」

不知火が顔を上げ、一礼する。

「助かります」

長門が眉をひそめ、言葉を発する。

「さて。昨日は皆士気も高く体力もあったが今日は反動が来よう。最大の山場だ」

不知火が言葉を続ける

「艦娘の開発残は十隻程度ですが不確定ゆえ油断出来ません。装備の方は今晩の取引分も含めて製作完了しています」

長門がうなづく。

「今日は建造に全力を尽くす。それと、加賀」

「はい」

「すまないが今夜も取引を主導してほしい。昼間の遠征ならびに演習から外すから、出来るだけ体を休めてくれ」

「よろしいのですか?」

「功労者は一番必要な褒賞を受け取るべきだ。あと、今夜取引に携わる艦娘にも伝えてほしい」

長門からリストを受け取る。

護衛部隊はやや少なく、昨夜に引き続きの艦娘も入っているが、タフな猛者に限られていた。

そして昨日主に輸送を引き受けた駆逐艦は全て休息。今日は軽巡が行うよう手配されている。

猛者と手練れ。これなら疲労によるミスも無いだろう。

だが、今日の演習や遠征はどうするのだ?

「承知しました。確かに伝えますが、これだけ休ませるとなると、今日の演習や遠征はどうするのですか?」

「ちょっと特権を使わせてもらう」

任務娘から今日の(偽装された)任務表を受け取った加賀は、目を丸くした。

「こ、これは・・・」

長門がニッと笑った。

「そうだ。喰えるときに喰っておかねば、な」

 

 

3月30日朝、提督室

 

「なぁ、扶桑・・・」

「提督、どうしました?」

大本営は一体どうしたのだ?

昨日のやたら成果の少ない遠征といい、今日の戦艦大暴れともいうべき任務といい、おかしいにも程がある。

鎮守府の資源を枯渇させたいのか?私が資材をくすねるとでも思っているのか?

そこまで信用を失っていたのか。

「扶桑、私は大本営から全く信用されていないらしいよ」

「あら、まだ大本営の事を気にされているのですか?」

「なに?」

不忠ともいえる大胆な言葉に驚き、扶桑を見ると微かに手が震えている。

お怒りですね扶桑さん。なんか言ったか私?

「提督、これは独り言です」

 

え、扶桑さん、何を言う気ですか?

盗聴器の音声を聞いていた青葉と衣笠は顔を見合わせ、インカムのスイッチを入れる。

「ワレアオバ、ワレアオバ。長門さん、至急応答願います」

ここで計画を暴露されては洒落にならない。最悪、その前に起動しなければならない。

衣笠は懐の遠隔スイッチを確かめた。本来は最終段階で起動するモノだ。

しかし、長門達に連絡が取れず、提督室内で異常事態が予想される場合は二人の独断で起動する権限も与えられている。

しかし、計画が失敗するリスクは飛躍的に高まってしまう。艦娘や提督が怪我をする可能性もある。

青葉は長門に状況を説明していた。扶桑さん、早まってはダメ、ダメですよ。

 

「・・・扶桑?」

「提督、いい天気ですね」

扶桑は窓辺に立ち、視線を海に向けたまま話を続けた。

「数多ある鎮守府の中で、私達姉妹の抱える欠陥を大規模に調査し、完治させたのはここだけです」

提督は開きかけた口を閉じた。ここは黙って聞いている方が良さそうだ。

「ここに居る艦娘は幾度も複雑な訓練を受け、最も手に馴染む、使いやすい装備を与えられました」

「火力より回避力、砲弾より装甲、突撃より再戦、生きて帰れ、勝てる戦しかするな。口酸っぱく言われました」

「戦い方だけではなく、装備開発や艦船建造のコツまで丁寧に教えてくれました」

「提督が私達をどれだけ大切にし、慈しんでくれているかは骨身に沁みて解っております」

「そして、提督は本来この鎮守府で使用して良い筈の遠征で得た資源をずっと、大本営に献上してきました」

「更には新しく作られた鎮守府にも熟練の妖精を派遣したり、開発指導もされてきました」

扶桑が言葉を切る。沈黙が提督室を覆った次の瞬間。

「それなのにっ!」

提督の方を向き直った扶桑の双眸には涙が溢れていた。

「それなのに・・提督に対するこの仕打ちはなんですか?丸裸で深海棲艦の只中に行けと?」

「大本営は恩人を見捨てろというんですよ?あんまりじゃないですか!」

提督は呆気に取られた。扶桑は演習で大破しても激昂した事など無かったのに。

 

青葉が、衣笠が、長門が、不知火が、皆が手を止めてスピーカーから聞こえる扶桑の話を聞いていた。

指を動かすのも憚られる、張り詰めた空気。

 

「提督」

「あ、あぁ、なんだ?」

「私は大本営がどんな意図を持っていようと気にしませんが、この鎮守府のやり方に誇りを持っています」

「扶桑・・お前・・・」

「提督は提督らしく、最後の日まで私達にお命じください。胸を張ってお引き受け致します」

数秒の沈黙の後。

「解った。ではいつも通り、遠征と演習を任務表に沿って行いなさい」

「ありがとうございます」

ポン、ポン、ポン。

承認印を規則正しく押していく。

そうだな、明日が最後だ。厭世的になって任務表までおかしく見えてしまったのだろう。

枚数が少ない気がするが、まだ動揺してるのか。いかんいかん、普段通り、普段通り。

「では、よろしく頼む」

任務表を受け取った扶桑は、にっこりと微笑んだ。

「それでは、本日の遠征・演習に入ります」

 

「長門さん」

「なんだ?」

「・・・不知火は、扶桑さんの能力を侮っていたかもしれません」

「気にするな不知火、私もだ。さて、青葉、衣笠」

「はいっ」

「引き続き監視を。だが、扶桑は任務を理解している。過度の心配は無用だ」

「了解しましたっ!」

「青葉取材っ、いえっ、監視を続けますっ!」

 




ちょっと長めでした。
次も長いかも。かも。

時刻関係の説明を入れました。
工廠長の言い回しを訂正しました。

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