艦娘の思い、艦娘の願い   作:銀匙

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木曾の場合(3)

交渉団出発から3時間後、海上。

 

「んー、やっと着くな」

「艦娘が船に乗ってるって変な感じだクマ」

「楽だったから良いにゃ」

その時、勧誘船がポーンと1度汽笛を鳴らした。

「営業活動開始だクマ」

球磨は営業活動と言ったが、実際は看板に明かりが点き、軍艦マーチが鳴る事を差す。

いつもは出航後5km位航行したら始まるが、今回は相手の位置が解っている事と、

「大音量で軍艦マーチ聞き続けるのはしんどいにゃ」

という事で、本陣の近海まで沈黙するようプログラムされていたのである。

木曾は鳴り始めた軍艦マーチを聞き流しながら、双眼鏡で艦影を探していた。

 

更に1時間後。

 

「水平線に見えるの、深海棲艦か?」

木曾は双眼鏡を球磨に手渡した。

「んー・・・艦種は特定しきれないけど深海棲艦だクマ。凄まじい数だクマ」

そう言いつつ多摩に双眼鏡を手渡す。

「ざっと3000と言われるだけあるにゃ。相当大きい個体も混じってるにゃ」

返って来た双眼鏡を再び覗く木曾と、目を細めて水平線を見つめる多摩。

「こういう時は水上偵察機が欲しくなるにゃ~」

「水上機?要らないね、そんな物は」

しかし、球磨はジト目で木曾を見た。

「要らないって言うより、整備するのが難しくて手に負えないだけじゃないかクマ?」

ぎくり。

木曾は双眼鏡から目を離さなかったが、硬直していた。

球磨が言う通り、木曾は大変不器用である。

新しくTVを買った時もリモコンを手に

「い、一体・・どれを押すと電源が入るんだ?」

と、固まっていた。もちろん予約録画なんて出来ない。

部屋の家電はTVと黒電話とエアコンだけ。スマホもケータイも持ってない。

だから艦娘達からは最もアナログな部屋として広く認知されている。

「木曾が雷巡になった時、酸素魚雷を整備出来るか心配だったにゃ」

「不器用を押してよく覚えたクマ。偉いクマ」

「いーから姉貴、ガシガシ頭撫でるの止めてくれ。深海棲艦を見逃しちまう」

球磨が撫でる手を止めて言った。

「そういえば、木曾は何でお姉ちゃんって言ってくれないクマ?」

「そうにゃそうにゃ。姉貴なんて他人行儀だにゃ」

木曾は展開に嫌な予感がして、左舷船室を出て右舷に向かうデッキを歩きながら答えた。

「敬ってる姉だから姉貴で良いんだよ。他の呼び方なんて恥ずかしくて出来ないね」

木曾の後をピタリ付き添う二人は甲冑のブレス(顔の前の覆い)を上げた。

「言って欲しいクマー」

「聞きたいにゃー」

木曾は振り返って両腕を腰に当てた。

「いーから今は索敵に集中しろっての!」

「お姉ちゃんって言ってくれたら頑張るクマ」

「にゃ」

木曾は明らかに嫌そうに姉達をジト目で見た。

二人とも目がキラキラ光ってる。こうなると梃子でも動かない。

・・・すっごい恥ずかしいから嫌なんだけどなあ。

木曾は深い溜息を1つつくと、小声で球磨に向かって言った。

「お、お姉・・・ちゃん」

「なんだクマー?」

「多摩にも多摩にも!」

「お、おおおお、お姉・・ちゃん・・・」

「やったにゃー!」

そして多摩と球磨はそれぞれ木曾の左右の両腕を掴むと、

「じゃ、撤退にゃ」

「飛び込むクマー」

と言うや否や二人は元来た左舷方向に突進。木曾ごと3人で海に飛びこんだのである。

木曾は面食らいつつも叫んだ。

「あ、姉貴!一体なん」

「息を止めるにゃ」

「潜るクマー」

がぼん!

何の覚悟も無く後頭部からダイビングする格好になった木曾は鼻に水が入ってツーンとした。

しかし、木曾は目の前の光景に釘付けになっていた。

右舷方向から何発もの砲弾が着弾し、船室も看板も跡形も無く爆散したのである。

勧誘船は攻撃回避能力があるし、そもそも深海棲艦達は左舷方向に居た筈だ。

 

しばらく後。

木曾に交代で酸素ボンベの空気を吸わせつつ、海底を歩くように進む球磨と多摩。

やがて3人は島の裏側につくと、海上にざばんと出た。

「やっぱり甲冑に酸素ボンベ仕込んでおいて正解だったクマー」

「にゃー」

「げほっ!げっ、ゲホゲホゲホ!」

咳き込んでいるのは勿論木曾であり、球磨多摩は平然と木曾を曳航していた。

「木曾はまだまだクマー。でも可愛いから許すクマー」

「喋ってる最中でも上空の榴弾の気配位感じられないと危ないにゃー」

「そんな器用な真似出来るか!」

そこで球磨の表情が陰った。

「でも、あの弾は深海棲艦の撃った弾じゃないクマ」

「えっ?」

驚く木曾を見ながら多摩が継いだ。

「砲弾の飛翔音は間違いなく14cmだったにゃ」

「待ってくれ。14cmなんて骨董品、俺達は誰も装備してないぞ」

「そうだクマ」

「って事は?」

球磨が眉をひそめながら、鎮守府への回線を開いた。

「提督、判断を仰ぎたいクマ。状況を説明するクマ」

 

「艦娘に砲撃されたって事だな」

「そうだクマ」

「君達の怪我は?」

「無いクマ」

「上出来だ。現在地は?」

「着弾地点を中心として東に2km進んだ海上だクマ」

「着弾地点が見える奴等から見えない所まで移動したか?」

「ここまで海中を潜ってるし、島の反対側だクマ。周囲に艦娘は見えないクマ」

提督は目を細めた。

「上空に・・・水偵や艦載機は?」

球磨と多摩は油断なく空を睨んだが、

「見えないクマ」

「聞こえないにゃ」

「砲撃された時の深海棲艦達との距離は」

「深海棲艦の艦影が僅かに水平線上に見えたクマ」

「解った。少し待て」

提督は顔の前で両手をピタリと合わせると目を閉じた。

明らかに深海棲艦の砲撃ではない。

何故なら勧誘船は深海棲艦の攻撃なら回避出来るからだ。

14cm弾頭の飛翔音がしたという多摩の証言とも一致する。

勧誘船は民間船の外観で非武装であり、国際条約で攻撃は禁止されている。

一方で深海棲艦は条約などお構いなしに撃ってくる。

艦娘も深海棲艦も似たような弾を使うし、爆散した船は引き揚げるのも困難だ。

だから着弾した弾の種類を特定出来る証拠など残らないのが普通だ。

一方で最上は「船上以外で深海棲艦反応がある場合、攻撃を察知して回避する」と説明した。

演習等をしている艦娘が撃った弾に誤作動しない為の条件だ。

だがそれは今回の場合、深海棲艦が攻撃圏外にしか居なかったという証拠になる。

この被弾を無理なく説明するならば。

提督は目を開けると、長門を見て言った。

「偽装工作。開戦を望む者がいる」

長門は頷いて答えた。

「勧誘船に深海棲艦が攻撃した事を口実に交渉を中断させる気なのだろう」

「この交渉は極めて少数にしか知らされていない」

「大本営での炙り出しを頼むか?」

「ああ、暗号通信で頼む。まずは状況と可能性を大和経由で中将に伝えてくれ」

「任せろ」

長門が駆け出して行くと、提督は球磨に伝えた。

「球磨。後方からの攻撃を警戒しつつ、この事実を深海棲艦達に伝え、交渉に臨め」

「解ったクマ」

「伊19は南側への索敵を中止、現在地から後方に艦娘や艦載機が居ないか探れ」

「了解なの~」

「伊58は引き続き深海棲艦達を監視。2正面状態だが耐えろ。地点移動は許可する」

「訓練より簡単でち」

「油断するな。北上、大井。お前達も索敵対象に艦娘や艦載機を追加しろ」

「うへー、楽な任務だと思ってたのにー」

「仕方ないですわ北上さん・・作戦が悪いのよ(ぼそっ)」

「何か言ったかな大井さん」

「な、なーんにも申し上げておりませんわ!をほほほほほ」

「そうか、1人で1年位長期遠征したいのか。丁度南極調査船の護衛任務があってな」

「ごめんなさいすみません申し訳ありません。前向きに深い反省を検討する所存です」

「まったく・・頼んだよ」

「はぁーい♪」

提督とのやり取りを一緒に聞いていた加賀はふむと考えた。

大井は実力者だが今一つ提督を尊敬していない節がありますね。

ここはひとつ、帰って来たら提督の素晴らしさについてご説明しないといけません。

ダイジェストでお話すれば良いでしょうか。3日3晩ほどで済みますからね。

 

 


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